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しおりを挟む突然こんな発言をしては、まるで冬耶が御薙を襲おうとしているかのようだ。
そういうことではなく…と、不穏な言葉の意味について説明する。
陽気を供給してもらうにあたり、御薙にとってそうした方が精神衛生上いいのではと思ったのだと。
わざわざ言葉にすると若干悲しい気持ちになったが、そもそも自分は、男であることを隠して御薙に近付いた(仕事だったにしても、下心はあった)のだから、これくらいの気遣いは必要だろう。
だが御薙は、冬耶の弁明を半分くらい聞いたあたりで、眉を寄せ、考え込むような表情になった。
相手が自分の言葉に共感していないことを感じながらも、冬耶はとにかく邪な意図はなかったことを念押しする。
「だから、その、気を使わずに」
「俺の言い方が悪いのか、お前が鈍いのか……。まあ、緊急時とか、時間のないときはその方がいいかもしれないけどな」
「え……?」
ぼやくような声音で言われたことが理解できず、聞き返す。
何か、怒っている?
彼を不愉快にさせるようなことを言ってしまったのだろうか。
戸惑っていると、御薙は冬耶の隣に座った。
その距離が体温を感じられるほどに近かったため、反射的に腰をずらそうとしたが、御薙と反対側についた手を覆いかぶさるようにして押さえられ、身動きができなくなる。
「み、御薙さ、…!?」
驚いている間に顔がアップになって、唇が重なった。
どうして?
「ぁ、…待、」
なぜ今こんなことをするのかわからず、冬耶は顔を離そうとしたが、顎を掴まれてそれは叶わなかった。
困惑する口の中に舌が入り込み、結合が深くなる。
「んんっ……、」
乱暴ではないが、強引に舌を絡めとられて、冬耶は呻いた。
粘膜でも御薙の体温を感じていると、気持ちがよくて頭がぼうっとしてきてしまう。
霞みかけた頭の片隅に、チカリと既視感を感じた。
あの夜も、こんな風に、何度も……、
蘇りかけた記憶の残滓に、腰がぞくりと震える。
「(やばい、勃っ…、)」
突然、ピリリリリ、と電子音が響いた。
一瞬で甘い空気は霧散し、どちらからともなくぱっと身体を離す。
「……くそ」
御薙は悪態をつくと懐からスマホを取り出し、冬耶に「悪い」と断ってから電話に出た。
「……はい。わかりました、すぐに行きます」
通話はたったの三語で終わり、御薙は溜息をつきながら、スマホを再び懐に戻す。
「悪いが、親父に呼ばれた。俺は行くが、お前はハルが来るまでここにいてくれ」
離れて行った体温を「残念」などと思ってしまった、欲望に忠実過ぎる己を心の中で激しく罵りながら、冬耶は何度も頷いた。
唐突なキスの理由も気になるが、現在の(下半身の)状態を知られたら困るので、行ってもらえるのは助かる。
「一階に戻るだけなら、迎えに来てもらわなくても…」
「いや、途中で誰かに出くわした時には、ハルがいた方がいいからな。ここで待っててくれ」
おさまったタイミングで移動を…、とはいかないようだ。
ドアの方へと向かいかけた御薙だったが、不意に足を止めて振り返った。
何となく前かがみで円周率を数え始めていた冬耶は、視線を感じ顔を上げる。
「御薙さん?」
「どうも伝わってないようだから、改めて言っとく」
「?は、はい…」
「お前が嫌なら強制はしないし、抵抗があるなら口でするとかでもいい。けど、俺は性別とか関係ないくらいお前に惚れてて、今もこのまま抱きたいのを耐えてるからな。それは忘れるなよ」
言うだけ言って、御薙は出て行った。
一人残された冬耶は、しばらく御薙の言葉を反芻した後、ばったりとソファに倒れ込む。
「(……なに、今の?)」
冬耶が男でも何も気にしていないということを伝えるために、あんなキスをしたのか。
「(恥ずかしい……)」
なんだか、御薙に「気にしない」と言ってもらいたくてあんなことを言ったようで。
御薙はなぜそれほどまでに真冬を好きになってしまったのか。
ふわふわとした気持ちのまま、冬耶はそっと唇を撫でた。
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