37 / 85
37
しおりを挟むお互いのために会わないようにしなくては、と思っていたのに、会ってしまえば、途端に慕わしい気持ちが溢れてきてしまう。
厚意とはいえ、自分のために来てくれたのだと思えば、猶更。
だが、今はそんなことを考えている場合ではないのだ。
しがみつきたいほど楽しいことの多い人生ではないが、流石にこんな死に方はしたくない。
ましてや、御薙を巻き込むなんて絶対に嫌だ。
御薙も考えると言ってくれたし、動ける自分がまず周囲の状況の確認をしよう、と決意した冬耶は、突き飛ばされたまま座り込んでいた固い地面から立ち上がってみた。
打った尻は少し痛むが、怪我はなさそうだ。
「真冬、そのまま、ちょっと後ろ向いてくれ」
「?はい…」
立ち上がってすぐ、少し離れた場所で拘束されている御薙からの指示に、何だろうと思いながらも素直に従う。
「それなら、自力で外せるかもな」
「この…結束バンドですか?」
どうやら、冬耶の拘束を気にしてくれていたようだ。
道具としての性質上、そんなに簡単に外れてしまったら困る類のものだと思うのだが、自力で何とかなるのだろうか。
「引っ張るとか……?」
「まあ、力任せでも絶対に外れないってわけじゃねえが、もう少し楽な外し方がある」
御薙は、前屈みになり、両腕を上げ、横に引っ張りながら振り下ろす、という動作を何度か繰り返せば、外れるはずだと教えてくれた。
本当かな?と半信半疑だったが、実践してみると、振り下ろすごとに締め付けは緩み、手首に食い込むほどだった結束バンドはあっけなく外れた。
「すごい…、本当に外れました……!」
「大丈夫か?痛かったと思うが、怪我してねえか」
擦れた場所は多少痛かったが、拘束されたままよりはずっといい。
「大丈夫です。御薙さんの方は……」
「俺は、チェーンで繋がれてるからな。流石に動けそうもねえ」
流石に御薙の方は念が入っている。
冬耶に関しては、御薙の指示でバンドを外すことくらいは織り込み済みなのだろう。
非力な女一人自由になったところで、何もできないと思われているのだ。
実際、少し歩きまわってみたが、入ってきたドアには鍵がかかっているようだし、シャッターを壊すことも難しい。
一応窓もあるが、倉庫のかなり高い位置にあり、割ったところで脱出は難しそうだ。
そもそも、脱出したところで、外では彼らが見張っているだろう。
彼らは銃も持っていたし、仮に御薙も自由になったところで、ここから生還できる可能性は低いのではないか。
せっかく両手が自由になったというのに、自分にやれることが見つからず悔しい。
冬耶は、じっと自分の手を見つめた。
性別が入れ替わるような謎の体質なのだから、こんな時くらい謎のパワーを発揮して大脱出できればいいのに。
いっそ鬼にでもなれればなどと現実逃避をしてしまいそうだ。
晴十郎や五十鈴の言う鬼がどういうものか、冬耶には節分の鬼のようなイメージしかないが、とりあえず強そうではある。
VSヤクザということなら、役に立ちそうだ。
「(駄目だ。もっと現実的なことを考えないと……)」
せめて体が男に戻れば、荒事の際はもう少し役に立てるかもしれない。
女の体になって生活をしてみて、圧倒的というほどではないが、体力や筋力に差を感じた。
無論、個人差はあるだろう。例えば五十鈴ならば、女性だが男の冬耶よりも強そうなので、あくまで平坂冬耶の性別が入れ替わった時の差異ではある。
だが、どちらにしても、男に戻るということは、現状では鬼になるのと同じくらい非現実的な話だ。
男に戻るということは、御薙に協力してもらわなければならないわけで、まさかそんなことを言えるはずもない。
そんな思考に行きついてしまった自分がとても浅ましく感じられて、冬耶は自己嫌悪に唇を噛んだ。
喧嘩の一つもしたことのない自分の考えられることはたかが知れている。
御薙の意見も聞いてみようと視線を上げると、彼も自分の方を見ていた。
その視線はやけに真剣で、冬耶は戸惑う。
「あ、あの、……」
どうしてそんなに見ているのかと聞くと、御薙は気まずそうに目をそらした。
「……悪い。未練がましいな、俺は」
「え……?」
未練……?
1
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
パーティを追い出されましたがむしろ好都合です!
八神 凪
ファンタジー
勇者パーティに属するルーナ(17)は悩んでいた。
補助魔法が使える前衛としてスカウトされたものの、勇者はドスケベ、取り巻く女の子達は勇者大好きという辟易するパーティだった。
しかも勇者はルーナにモーションをかけるため、パーティ内の女の子からは嫉妬の雨・・・。
そんな中「貴女は役に立たないから出て行け」と一方的に女の子達から追放を言い渡されたルーナはいい笑顔で答えるのだった。
「ホントに!? 今までお世話しました! それじゃあ!」
ルーナの旅は始まったばかり!
第11回ファンタジー大賞エントリーしてました!
Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました
葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー
最悪な展開からの運命的な出会い
年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。
そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。
人生最悪の展開、と思ったけれど。
思いがけずに運命的な出会いをしました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
生意気な弟がいきなりキャラを変えてきて困っています!
あああ
BL
おれはには双子の弟がいる。
かわいいかわいい弟…だが、中学になると不良になってしまった。まぁ、それはいい。(泣き)
けれど…
高校になると───もっとキャラが変わってしまった。それは───
「もう、お兄ちゃん何してるの?死んじゃえ☆」
ブリッコキャラだった!!どういうこと!?
弟「──────ほんと、兄貴は可愛いよな。
───────誰にも渡さねぇ。」
弟×兄、弟がヤンデレの物語です。
この作品はpixivにも記載されています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか
サクラ近衛将監
ファンタジー
レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。
昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。
記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。
二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。
男はその未来を変えるべく立ち上がる。
この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。
この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。
投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。
再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜
長岡更紗
ライト文芸
島田颯斗はサッカー選手を目指す、普通の中学二年生。
しかし突然 病に襲われ、家族と離れて一人で入院することに。
中学二年生という多感な時期の殆どを病院で過ごした少年の、闘病の熾烈さと人との触れ合いを描いた、リアルを追求した物語です。
※闘病中の方、またその家族の方には辛い思いをさせる表現が混ざるかもしれません。了承出来ない方はブラウザバックお願いします。
※小説家になろうにて重複投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
悪魔の犬
おさかな
BL
あるヤクザの組、篝火会(かがりびかい)の組長代理である黒川来夏(くろかわらいか)は篝火会の組員が全治2ヶ月の大怪我をする事件が多発していた。怪我をした組員は皆「黒木来夏に合わせろ」と襲撃犯に言われたという。そして黒木来夏が襲撃犯の元へ向かうと…。
初めてアルファポリスで投稿をしたおさかなです。小説を作る自体が初めてなので誤字脱字などがあってもご了承ください。もしかしたらグロテスクな表現があると思います。
毎日一話更新する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる