TSですが、ワンナイトした極道が責任をとるとか言いだして困っています

イワキヒロチカ

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 冬耶を乗せたSUVが停まったのは、潮風と経年による劣化の目立つ倉庫の立ち並ぶ埠頭の一角だった。
 この一帯は今は使われていないのか、あたりに人気はない。
 すぐ目の前には東京湾が広がっていて、今は海の広大さがやけに不気味に感じられた。
 車から引きずり出された冬耶は、倉庫の中へと連れて行かれる。
 シャッターを締め切った埃っぽい庫内はがらんとして、かつては荷物が積まれていたであろうスチール製の大きなフレームと、隅の方にパレットと呼ばれる荷役台がいくつか重ねてあるだけで、他には特に何もない。

 パーカーの男は、結束バンドで後ろ手に冬耶の手首を拘束すると、突然突き飛ばす。
「っ………、」
 当然、コンクリートの上に尻餅をつく結果になり、冬耶は呻いた。
「ここで大人しくしていろ」
 わけもわからず一方的に振るわれる暴力は、恐ろしい。
 反発するほどの気概もなく、また、現状で暴れるメリットも見つからず、冬耶は俯いた。
 腕以外を拘束しないということは、それでも冬耶をここから逃がさない自信があるということだ。
 ここに来るまで、関係者以外出入りしていないであろう工場と倉庫をいくつも通り過ぎた。
 スマホも取り上げられてしまったし、人通りも車通りもないこの場所では、仮にこの倉庫から出られたとしても、逃げ切るのは難しいだろう。

 車を運転していた方の男は、一連の様子をまるで日常風景を見るような無関心な瞳で眺めていたが、不意に懐からスマホを取り出し、画面を操作すると口元を歪ませた。
「流石に早えな」
 その謎の発言からそう時間を置かずして、徐々にこちらに近付いてくるオートバイの排気音に気付く。
 まさか、と思う。
 そういえば、先程車の中で、御薙も呼んであると言っていた。
 来ては駄目なのに。
 ここで囚われているのは確かに恐ろしいが、目の前で御薙が酷い目に遭う方がもっと嫌だ。

 だが、願いも虚しくオートバイの音は近くで止まり、すぐに、先ほど冬耶達が入ってきた扉が開く。

「真冬……!」

 飛び込んできたのは、やはり御薙であった。
「み、御薙さ、」
 逃げて欲しいと言おうとすると、頭にごり、と硬い物が当たる。
 それが何なのか、冬耶からは見えなくても、生命の危機を本能が感じ取り、血の気が下がった。
「そこから動かないでください」
「三雲、お前……」
 御薙は、何故かやりきれないような表情で、冬耶に銃を突きつけている男…三雲を見遣る。
 その一瞬の微妙な空気をかき消すように、車を運転していた男が薄笑いを浮かべて御薙の方へと歩を進めた。

「すみません、御薙の兄貴、わざわざこんな埃っぽいところまで来てもらっちまって」
「倉下、そいつは組のこととは関係ねえ。俺がいりゃ十分だろ。もう解放してやれ」
「ま、俺としてもこんな面倒なことはやりたかないんですがね。心中には相手が必要じゃないですか」
「そんな陳腐な筋書きがまかり通ると思ってんのか」
「まかり通すのが俺たちの仕事です」

 酷薄そうな表情のまま、冬耶にしたのと同じように御薙を拘束すると、念入りにスチール製のフレームに括り付ける。
「ま、流石に今は明るすぎますんで、ちょっと夜まで待っててもらえますかね」
 言い捨てると倉下は踵を返し、三雲もそれに続く。
「おい!三雲!」
 御薙に呼ばれた三雲は振り返ると、昏い瞳でじっと御薙を見た。
「……、あんたが、悪いんだ」

 そして、ガチャンと扉の締まる音が響き、次いで外から鍵をかける音も聞こえた。

 埃っぽい倉庫に二人きりになってしまった。
 直前の御薙と三雲のやり取りが気になっていると、少し離れた位置にいる御薙が、不自由な体勢で頭を下げる。
「悪かった。まさか、奴らがこんなことまでするなんて、俺の読みが甘かった」
 助けに来てくれた人に頭を下げられて、冬耶は慌てて首を横に振った。
「そ、そんな、御薙さんは悪くないです。お、…私の方が、気付かず車に乗ってしまって、ごめんなさい」

 こんな時にも、呆れられたのではないかと気にしている自分が嫌になる。
 呆れるもなにも、ずっと嘘をついていた冬耶を、彼は軽蔑しているだろう。
 会いたくもなかったに違いない。
 それでも、優しい人だから、真冬を見捨てられなくて来てくれたのだ。

「……ごめんなさい……」
「いや、俺が…、なんて言ってる場合じゃねえな。とにかく今は、ここからお前を逃がすことを最優先にしねえと」
 確かに、先程倉下は何やら心中とかおかしなことを言っていた。
 このままでは、二人とも危ないのだ。
「何か、策はあるんですか?」
「……………………今考える」
 御薙は苦い顔で、真冬が攫われたという連絡を受けてすぐ、慌てて飛んできたため、何も考えていなかったと告白した。

 自分のためにそんなに急いできてくれたなんて。
 申し訳ないと思うべきだし、今はそんな場合ではないというのに、冬耶は湧き上がる嬉しい気持ちを殺しきれなかった。
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