TSですが、ワンナイトした極道が責任をとるとか言いだして困っています

イワキヒロチカ

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 体を揺すられたように感じて、目を開けた。
 そこは御薙の部屋でも自分の部屋でもない、車の後部座席のようで、どうやら段差か何かで車体が揺れたことで目が覚めたらしい。
 内装には見覚えがあり、運転席へと視線を向けると、シートの隙間から晴十郎の姿を確認できた。
 冬耶は、まだ痛む頭を押さえながら、のそのそと体を起こす。

「ああ、起きたか。まだ具合が悪いだろうから、そのまま横になってた方がいいよ」

 前方左側のシートから、五十鈴がひょいと顔を覗かせた。
 晴十郎もバックミラー越しに視線をくれる。
「あの愚孫から貴方が倒れたと連絡があったとき、ちょうど五十鈴が店で飲んでいましたから、医者がいれば安心だと思い、一緒に来てもらったのですよ」
 五十鈴は冬耶に話をするために『NATIVE STRANGER』に来てくれていたのだろう。
 自分から話を聞きたいと言っておいてこんなことになってしまい、申し訳なく思う。
「……すみません。五十鈴先生にも、ご迷惑を…おかけしてしまって」
「すぐ着くから、もう少し寝てな」
 そんなことは気にしなくていいと、優しい声音に促されて、再び後部座席に横になる。
 そっと体を確認すると、再び女性になっていた。
 こんなにすぐにまた女性になるのなら、どうしてあの時男に戻ってしまったのか。
 理不尽な気持ちが湧き上がったが、終わったことだと思えば、それもすぐにしぼんでいく。

 ……終わってしまったのだ。

 唐突に、御薙との関係が終わった実感が押し寄せてくる。
 自分には悲しむ資格なんてないとわかっているのに、胸が痛くて、苦しい。
 せめて、一人になるまで我慢しなくてはと思う。
 けれど、喪失感は制御できぬほどに強く、止める間もなく感情がぽつりと零れ落ちる。
 それからはもう、堰を切ったように後から涙が溢れて、冬耶は顔を覆った。
「っ……、ぅ、っ……ふ、く……っ」

 号泣する冬耶に、二人は何も聞かずにいてくれた。
 使いな、とタオルを投げ渡されて、気遣いにますます涙が出てしまった。


 家に着くと、晴十郎はべそをかく冬耶を部屋まで連れて行き、いつもと変わらぬ穏やかな声音で諭す。
「あの愚孫には、明日は休ませると伝えておきます。顔色がとても悪いようですので、貴方は少し体を休めた方がいいでしょう」
 子供のように扱われても、大丈夫と見栄を張る元気もなく、素直に頷いた。
 国広は怒るだろうが、この調子ではまともに接客をこなせそうもない。
 ドアを閉めて一人になると、服を脱ぎ捨て、ベッドに入る。
 不幸中の幸い……などと思うことは出来そうにもないが、体の変化に伴う体調不良のせいで、目を閉じるなり夢も見ずにぐっすりと眠った。

 次に目覚めた時には少しすっきりしていたが、ベッドの中でぼんやりしているうちにまた涙が出てくる。
 昨晩の御薙の「悪かったな」という最後の言葉は、恐らく「お前が男だったら無理だ。気を持たせて悪かった」ということなのだと思う。
 普通の人だったら、もっと嫌悪感をあらわに、騙していた冬耶のことを責めたのではないだろうか。
 御薙は最後まで優しくて、そんな人を裏切ってしまった自分が、本当に許せない。
 自分は一体何をしているのだろう。初恋の人の接待を他の人に譲りたくないという醜い執着心が、この結果を招いた。
 こんな自分、消えてしまえばいいのに、とベッドの中で体を縮め、泣きながら再び眠った。

 やがて夜になり、朝と全く同じベッドの中でぼんやりしていると、足音がして、部屋のドアがノックされた。
 
「私だよ、五十鈴だ。体調はどうだ?よかったら、診察をさせてくれ」

 冬耶の体調を心配して、わざわざ訪ねてくれたようだ。
 流石にこれを無視して寝ていることはできない。冬耶は怠い体を起こし、部屋着を身につけるとドアを開けた。
「こんばんは。具合はどうだい?」
 酷い顔をしているだろうに、五十鈴は何も言わず、優しく声をかけてくれる。
 心が弱っている今は、労わられると涙腺が緩んでしまう。
「体は……平気です」
 五十鈴は冬耶をベッドに座らせると、聴診器や血圧計などでごく一般的な診察をして、確かに体は大丈夫そうだねと苦笑した。
 そして、不意に目を細めて、冬耶の瞳を覗き込む。
「…大丈夫そうならあんたの体の話もしようかと思って来たが、どうする?また今度にするかい?」
 冬耶は、一瞬躊躇ったが、すぐに首を横に振った。

「……聞かせてください」

 今は何も考えたくない、という自分もいる。
 だが、御薙との関係が終わっても、この体との付き合いは終わらないのだ。
 どんな情報でも聞いておいて、今後の身の振り方を考えるべきだろう。
 それに…、誰かといる方が気が紛れるかもしれない。

 じゃあ茶でも飲みながら話そうかと、五十鈴は冬耶をダイニングに連れ出した。
 そこには、夜だというのに晴十郎がいて、どうやら茶を淹れる用意をしているようだ。
「お店は……」
「本日は、定休日ですよ」
 今日は何曜日だっただろうか。定休日ではなかったような気がする。
 もしかして、冬耶のことが心配で、休みにしてくれたのだろうか。
 申し訳ない気持ちになりながらも、いてくれたことがとても嬉しかった。

「何か食べられそうですか?」
 聞かれて、今日一日何も食べていないことに気づいた。
 あまり食欲はないが、空腹は感じる。
 心が弱っている時に食べたいものといえば、あれしかない。
「うどん……ありますか?」
 晴十郎は、冬耶がそう言うことを予想していたとでもいうように、にっこり笑って頷いた。
「ええ。すぐにお作りしますよ」
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