TSですが、ワンナイトした極道が責任をとるとか言いだして困っています

イワキヒロチカ

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「(そんな……)」

 絶望に目の前が暗くなる。
 冬耶の身体が男になっていることに、御薙は気付いたのだろうか。
 体が変化したのは、ブランケットをかける前だったのか、後だったのか。
 事態に蒼白になっていると、廊下へと繋がるドアが開いて、冬耶は飛び上がりそうになった。

「目ぇ覚めたか」

 御薙が近くまで歩いてきたため、慌てて拾ったブランケットで体を隠す。
「体の具合は、どうだ」
「は、はい、平気……です」
 心身ともに全然平気ではないが、それどころではない。
 だが、一体何を言われるかと身構えてガチガチに固くなる冬耶とは対照的に、御薙の声は落ち着いている。
 普通なら、自分の接待をしていたキャストが実は男性だったなんてことがわかれば、これはどういうことだと詰め寄ると思う。
 それとも……、気付かれていないという可能性も……ある、だろうか?
 しかし、冬耶が寝ていたのは二人で酒を飲んでいたソファで、自分から横たわった覚えはないので、意識を失った後に御薙が乗せてくれたものと思われる。
 それで気付かないということがあるのか、冬耶はそこまで楽観的になれない。
 或いは、体が変化したのは、ブランケットをかけた後、冬耶の目覚める寸前だったとか。
 …それも、あまりに楽観的だろう。

 どちらにせよ、突っ込まれないのであれば、このまましらばっくれてしまおうか?

 そんなずるい誘惑が脳裏を過った。
 御薙は優しいから、気付いていたとしても冬耶の『聞かれたくない』という気持ちを汲んでくれるかもしれない。
 だが、それをすることは、冬耶の方が耐えられそうもなかった。
 今誤魔化したら、この先ずっと気になってしまうだろう。
 意を決して、震える声で聞いてみる。

「あの……、私の体を、見ましたか……?」

 そろそろと顔を上げると、じっとこちらを見つめる御薙と目が合ってしまった。
 御薙は何かを言いかけ、そして何故か諦めたように首を振ると、改めて口を開く。
「……どういうことかって聞いてもいいのか?」
 この言葉はつまり、肯定だ。
 冬耶はガックリと項垂れる。

 『本来女性だが、何故か時折男の体になってしまう』と嘘をついた方が、知らずに男の相手をさせられていたと思うよりもダメージは少ないだろうか?
 だが、どちらにしろ、性別が入れ替わってしまうことを話さなければならないのだ。
 だとしたらもうこれ以上、この誠実な人に嘘を重ねたくなかった。
 例え信じてもらえなかったとしても、本当のことを言いたい。

 冬耶は、自分は男として生まれたが、ある日突然女性になってしまったこと。その後は、ずっと女性として生活していたが、先日突然男に戻り、それからこうした体の変化が頻繁に起こるようになったことなどを御薙に打ち明けた。

 御薙は冬耶の話を聞いても、騙されたと怒ることはなく、それどころか労りの表情になった。
「正直、まだ現実感がないが……、お前も大変だな」
「し、信じてくれるんですか……?」
 にわかに信じられず、思わず聞き返す。
 自分から話しておいて聞き返したのが面白かったのか、御薙は微かに笑った。
「まあ、この目でお前の身体が変化していくところを見ちまったからなぁ」

 なんと、変態の瞬間を見てしまったのか。
 自分でも、変化していく途中の身体を見たことはない。
 それを見られたことが、恥ずかしいような、そんなものを見せてしまって申し訳ないような複雑な気持ちになった。
 いくら目撃してしまったからといって、こんなことを信じてくれる御薙は、本当に懐が広いと思う。
 こんな時にも御薙の人柄に感動していると、彼は不意に表情を引き締めた。

「確認しておきたいんだが」
「は、はいっ……」

「……お前は、男が好きってわけじゃないんだな?」

 ドクン、と視界がぶれるほどに鼓動が鳴った。
 じわりと冷や汗が出て、緊張に指先が冷たくなる。
 どうしてこんな質問を?いや、この部分を確認したいのは当然かもしれない。
 先ほど、これ以上彼に嘘をつきたくないと思った。
 けれど、「いいえ、恐らく同性愛者です」と正直に答えたら、御薙は冬耶を軽蔑するだろう。
 自分を女性だと偽って近付いてきたゲイのキャバ嬢なんて気持ち悪いだろうし、なによりそんな卑怯な行為を、彼が良しとするとは思えなかった。

「(……言えない)」

 また嘘を重ねてしまうことを心苦しく思いながら、冬耶は質問に首肯する。
 彼の顔を見ることはできなかった。
 御薙は「そうか」と苦々しげに頷く。
 そして、ぽつんと、呟くように言った。

「悪かったな」

 それは一体何への謝罪なのか。
 聞けずにいると、御薙はすっと踵を返す。
「今、国広経由で清十郎さんに連絡を取った。迎えに来てくれるそうだ。俺はまだ仕事があるからこのまま出るが、オートロックだから、鍵のことは気にせず帰ってくれ」
「え……、」

 御薙が、行ってしまう。

 向けられた背中に拒絶を感じて、焦った冬耶は、引き留めてもどうにもならないのに、反射的に手を伸ばした。
「待っ……」
 そこでまた、唐突に鼓動が乱れて、全身を走る苦痛に視界が歪む。
「(嘘、こんな、何度も……っ)」

 冬耶はラグの上に転倒し、再び意識を失った。
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