27 / 85
27
しおりを挟むすぐに御薙がビールとグラスを持って戻ってくる。
先日お邪魔した際もビールだったような気がするので、単純にビールが好きなのか、あるいはあまり酒に強くない冬耶が酔いすぎないようにとの気持ちからかもしれない。
今夜はキャストの押し売りをされたようなものなのに、気を遣わせてしまうのが申し訳なくて、せめて心を込めて注がせてもらった。
「今日は、嫌な思いをさせちまったな」
ソファに並んで乾杯をすると、先程の一件について重ねて謝られてしまい、ふるふると首を横に振る。
御薙は悪くないと言いたいが、彼が『JULIET』に日参していなければ今日の事態がなかったのも事実で。
それでも自分は気にしていないということをこれ以上どう伝えていいかわからず、別のことを聞いてみることにした。
「あの人は…組長さんの、息子さん…なんですか?」
「そうだ。仁々木若彦という」
言ってから、何かを思い出したように少し笑う。
「国広は不名誉なあだ名を付けて毛嫌いしてるようだが、あの人は、あいつが言うほど無能な人じゃない」
店での一幕を回想してみる。
確かに、ただ粗暴なだけ、ただ頭が悪いだけ、というようには見えなかった。
「親父だって、本当は俺よりもあの人に跡目を継がせたいはずだ」
親父、というのは御薙の父親のことではなく、仁々木組の組長のことだろう。
親子ならば、自分の子供に跡を継いでほしいと思うのは、恐らく一般的な感情だ。
冬耶の父親も、開業医ではなかったため跡を継ぐとかいうことではなかったが、息子が自分と同じ医者になることを望んでいた。
それにしても、組長ならば、次期組長の指名を自由にできそうな気がするのだが……。
「どうして組長さんはそうしないんですか?」
「組のシノギ…仕事のやり方について、二人は意見が合わなくてな。若彦さんは、もっと金になることをしたがってる」
「もっとお金になることというと……」
「違法なやつだな」
なるほどと頷いてはみたものの、そもそもヤクザは違法なお仕事をされているのでは。
少し不思議に思って御薙の顔を見ると、「仁々木組は、街の人達の善意で成り立ってる今時珍しい任侠団体だから」と教えてくれた。
つまり、いわゆるみかじめ料が仁々木組の主な収入源というわけだ。
あの国広がそうたくさん金を納めているようには思えないのだが、それだけで組を維持していけるのだろうか。謎だ。
仁々木組の財政状況はともかく、若彦がやりたいのは、みかじめをとるよりももっと儲かるが大分違法なこと、というのはわかった。
「御薙さんは、組長さんの考え方に賛成なんですね」
「ああ。それと、もしこのまま俺が組長になったら…、組をたたむ方向で動くつもりだ」
「え……、仁々木組をなくしちゃうんですか?」
「今はもう、仁義だ任侠だって時代じゃないからな。親父も、女子供や弱い奴を食い物にするような仕事をしてまで生き残るより、今の仁々木組のまま終わらせたいって言ってる。俺は、組がなくなっても子が…組の連中が生きていけるようにする、それまでの代理の組長みたいなものなんだ」
真剣に組の行く末を語る横顔を、冬耶は見つめていた。
子供の頃、憧れたひとがそこにいる。
ヤクザになっても、彼の面倒見の良さ、優しさは何も変わっていないのだと感じて、胸が熱くなった。
冬耶の視線に気づき、御薙が苦笑する。
「あー…、悪い。こんな話、つまんねえだろ」
「そんなことないです…!御薙さんのことをたくさん聞けて、すごく嬉しいです!」
「……そうか」
昔の彼の面影を見つけたような気がして嬉しくなった冬耶は、思わず力説してから、御薙の表情を見て(あっ……)と思った。
照れたように外された視線はしかし、目元が和らぎ、優しい横顔になっている。
御薙の向けてくれる気持ちに対して、とても前向きなことを言ってしまったような。
接待なのだからこれで正解なのかもしれないけれど、『冬耶』としてはそれでは駄目で、板挟みの感情に混乱してきた。
複雑すぎる感情が入り乱れて焦って顔が赤くなってしまうのは、ビールのせいだと思ってもらるだろうか。
こんな時に、「金や時間を使わせて申し訳ないと思うなら、きっちり奉仕してこい」という国広の言葉が脳裏をよぎって、店長は黙っててくださいと、心の中の悪魔を追い払う。
彼が今どんな気持ちでいるか、表情を窺おうとして視線を上げたら、ばっちり目が合ってしまった。
何か言わなくてはと思いながら、無言で見つめ合う。
そのまま御薙の顔が近付いてきても、冬耶はそれをぼーっとみつめていた。
1
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました
葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー
最悪な展開からの運命的な出会い
年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。
そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。
人生最悪の展開、と思ったけれど。
思いがけずに運命的な出会いをしました。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
パーティを追い出されましたがむしろ好都合です!
八神 凪
ファンタジー
勇者パーティに属するルーナ(17)は悩んでいた。
補助魔法が使える前衛としてスカウトされたものの、勇者はドスケベ、取り巻く女の子達は勇者大好きという辟易するパーティだった。
しかも勇者はルーナにモーションをかけるため、パーティ内の女の子からは嫉妬の雨・・・。
そんな中「貴女は役に立たないから出て行け」と一方的に女の子達から追放を言い渡されたルーナはいい笑顔で答えるのだった。
「ホントに!? 今までお世話しました! それじゃあ!」
ルーナの旅は始まったばかり!
第11回ファンタジー大賞エントリーしてました!
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる