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しおりを挟むなんとかすると言っても、今は自分も女性なので、あまり無茶はできない。(別に男だったとしても、できることにそう差はないのだが)
見間違いの可能性もあるので、状況をもう一度確認する。
鮮やかな花柄のワンピースに水色のトレンチコートを合わせた、ロングヘアーのギャル風のメノウと、黒地に紫のクマのぬいぐるみがプリントされたオーバーサイズパーカーをワンピースのように着こなしている、ツインテールの美少女月夜。少々異色な組み合わせの二人の前に立ちはだかっているのは、金色に染めた短髪、背中に大きくゴールドのスカルプリントの入った黒いカットソーという、非常にオラついたファッションの人相の悪い男だ。
その雰囲気は明らかに険悪そのもので、やはり早急に男を退ける必要性を感じた。
冬耶は、取り出したスマホをそのまま耳に当て、ビルの影から少し体を見せるようにして、「ねー、やばくない?女の子絡まれてるんだけど」「やばいよ、通報しよ?」と、気持ち声色を使い二人分を演じる。
この「通報するふり」は、男に聞こえる必要はあるが、潜めているようにも聞こえなくてはならず、その加減が難しい。
これが一般人であれば、警察を呼ばれても実害がなければ、相手がよほど訴えでもしない限りその場で注意される程度で解放されるだろうが、暴力団関係者であれば話は別だ。
一般人よりも執拗に取り調べをされたり、面倒なことになりやすいので、通報されたら逃げていく場合が多いのだ、…というのは晴十郎や国広の受け売りである。
御薙のようないい人もいるので、ヤクザというだけで十把一絡げに犯罪者扱いというのはどうなのかと思うこともあるが、こういうときだけはありがたい。
そして狙い通り、男は何やら悪態をつくと、あっさり退散していった。
上手くいってよかった、とビルの陰で胸を撫で下ろしていると、冬耶に気付いた二人がこちらの方へと歩いてきた。
「やっぱり真冬。助けてくれてありがとう」
月夜が薄く微笑む。彼女は店では『不思議ちゃん』系のキャラで、プライベートでもどことなくミステリアスな雰囲気だ。
「ちょうどいいとこに来てくれて助かったよー。もー、あいつしつこくてさ」
バチン、と音のしそうなウィンクでお礼を言ってくれるメノウ。二人は、ちょうど冬耶と同じ頃『JULIET』で働き始めた、同期のような存在でもある。
店ではフォローしてもらうことも多いので、今日のところは助けになれたようで何よりだ。
「二人ともお疲れ。災難だったね。あの人も、店に来てお金落としてくれたらちょっとは相手にしてもらえるかもしれないのに」
「んー、それは、うちの店入れないから、嫌がらせじゃん?」
「あいつは仁々木組の、バカ様派だから……」
「えっ、そうだったの?」
お客様の話を他の誰かに教えたりしない。これはまあ、当然のことではあるのだが、キャストたちの間では、雑談ついでの愚痴で情報共有されてしまうことは稀によくある。
月夜の言う『バカ様』とは、仁々木組組長の息子のことだ。組長は立派だが、息子の方は今ひとつ人望に欠けているようで、国広が陰でそんな呼び方をしていることから、キャストたちの間でもそんな風に認識されていた。
冬耶もそういう薄ぼんやりとした伝聞で、若頭の御薙と組長の息子のどちらが跡目を取るかで仁々木組が揉めているということは知っている。
国広が御薙派なので、『バカ様』派は基本出禁ということも。
店にみかじめ料を取りに来るのは腰の低い年配の男性で、接待をするまでは御薙とも会わなかったし、その『バカ様』とも会ったことはなかった。
だから、さらにその下っ端など、知る由もない。
そうだったのかと驚くと、逆に驚いた顔をされてしまった。
「知らなかったの?彼ピの敵なんだから、チェック入れときなよー」
「彼ッ……!?」
メノウから唐突なボディーブローを喰らい、冬耶は激しく動揺した。
「……いや、ええと……、ゴホン!御薙さんとは、別にそういう関係では……」
「じゃ、愛人?」
「でも、真冬は本気でしょ」
「そ、」
可愛い女子二人にやたらと差し込まれて、後退る。
二人は一体何を根拠にそんなことを仰っているのか……。
「えー、だって真冬があんなに楽しそうに話してた人初めてだよね。いつもお客様とはなんとなーく距離置いててさ。その辺が、無駄に野郎どもの競争心に火をつけてる感あるんだけど」
「真冬の…誘われるだけ誘われてついていかない接客は、私たちリスペクトしてる…よね」
二人に、そんな風に評価されていたとは知らなかった。
真冬目当てに熱心に通ってくる客は、二人よりもよほど少ないのに。
それにしても、自分はそんなに楽しそうにしていたのだろうか。
恋心がだだ漏れてしまっていたようで、なんだかとても恥ずかしい。
「ま、ヤクザだから色々あれかもだけど、でも好きならさ、ちゃんと捕まえておきなよ?二人の禁断の愛の行方、楽しみにしてるからー」
「愛し合う二人には、社会的な立場など関係ないのであった……」
「ちょ、何その無責任なモノローグ……!」
興味半分、面白半分、要するにただの野次馬根性的なエールを送られて、冬耶はがっくりと肩を落とした。
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