TSですが、ワンナイトした極道が責任をとるとか言いだして困っています

イワキヒロチカ

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 冬耶は今、初めて乗る車の後部座席に座っている。
 隣には御薙が鎮座ましましており、車内にはただひたすらに気まずい沈黙が流れていた。
 何故、こんなことになってしまったのだろう。

 時を少し戻す。
 国広の「御薙さん、もちろん今日も、うちで楽しんでってくれるんですよね?」発言に絶望はしたものの、この男がやれと言ったらもうやるしか道はない。
 それを重々承知している冬耶は、無駄な抵抗はせずに、店に出るなら服をどうしようかとその後のことに考えを巡らせたが、しかしそれに異を唱える人物がいた。

「おい、体調不良で倒れた女に接客させようってのか」

 カタギよりも人道的なヤクザである。

 ヤクザよりも人使いの荒い国広は、凄まれてあっさりと前言を撤回した。
「おっとそうでした。真冬、今日は早退でいいぞ」
「車出すから、乗ってけ。家どこだ」
「えっ、いえ、あの、すぐ近くなので」
 帰っていいと言われほっとしたのも束の間、新たなピンチの出現に、咄嗟に断ろうとしたが、そうは問屋が卸さない。
 国広が強すぎる目力で「がっつり媚売って点数稼いでこい」というサインを送ってくる。
 冬耶は、意に添わぬ指示を出されたピッチャーのように小さく首を横に振って見せたが、瞳に¥マークをたたえた鬼監督もとい国広からの指示は頑なに「やれ」の一点張りだ。
 心の底から遠慮したかったというのに、ヤクザらしくないヤクザから、どうした、行くぞ、抱えてやろうか……と急かされて、冬耶に逃げ場はなくなった。
 かくして冬耶は、店の外に待機していた甚だ不穏な黒いセダンに乗り込む仕儀になったのだった。

 車内の沈黙は、それが近しい相手ならともかく、昨晩の接待相手だから大変気まずい。
 何か話さなくてはと焦りながら窓の外を見ていると、対向車線をオートバイが走っているのが見えた。

 今は、バイクには乗ってないんですか?

 そう聞きたかったが、もちろん聞けるわけもない。
 どうして引っ越さなくてはならなかったのか、どうしてヤクザになったのか、本当は、そんなことも聞きたいのに。

 昨晩は、冬耶は『真冬』だったから、初めて会う者同士として、当たり障りのない会話を楽しむことが出来た。
 だが今朝、『真冬』は『冬耶』に戻ってしまったのだ。
 今は再び女性の姿になってはいるものの、三年間積み上げてきた『真冬』としての仮初の自分が、一瞬『冬耶』に戻ったことで、揺らいでいる。
 『冬耶』だった頃も、決して人と話をするのが嫌いでも苦手でもなかった。
 けれどそれは友人や教師に対しての話で、『真冬』が身につけてきた話術とはまた違う。
 姿が変わったことで瞬時に思考を切り換えられる程、冬耶は器用ではない。
 相手が特別な人なだけに、殊更にどうしていいかわからなくなってしまっていた。

 永遠にも思える時間だったが、実際には大した距離ではないため、やがて車は冬耶が居候させてもらっている高原家に着いた。
 共に降り立つと、表札を見た御薙が難しそうな表情になる。

「……お前、まさかと思うが晴十郎せいじゅうろうさんの家に住んでんのか」

 『晴十郎』というのは、冬耶の恩人であり、国広の祖父であり、『JULIET』とそう遠くはない場所に店を構えるバー『NATIVE STRANGER』のマスターでもある、この家の家主のことだ。

「マスターをご存じなんですか?」
「この界隈で仕事してる奴で、あの人を知らない奴はいないだろ」
 こんなやりとりは、別の人ともしたことがある。
 晴十郎は、冬耶にとってもすごい人だが、他の人にとってもまた同じようにすごい人のようだ。
「家族ってわけじゃねえんだよな」
「居候です……」
「…国広の奴もここに住んでるのか?」
「店長は私がここに来るよりも前にここを出てて、今はマンションで一人暮らしをしてるみたいですね」
「……そうか」
 御薙の妙にほっとしたような響きを含んだ声音に、冬耶は首を傾げた。

 店長がどこに住んでいるか気になるのだろうか?

 思わずじっと見つめると、御薙は何故かばつの悪そうな顔になる。
「詮索して悪かったな。あれだ、…国広とお前が同じ家に住んでたら、ちょっと面白くねえと思っただけだ」
「えっ……」

 それはまさかヤキモチとか、そういう…、

「と……、とにかく、今日はゆっくり休め。無理させて悪かったな」
 照れ隠しのように頭を掻きまぜられて、冬耶も俯いて赤くなった顔を隠した。
 御薙は「また店に行く」と言い残して、慌ただしく車に乗り込む。

 冬耶は、去っていく車をそっと目で追った。
 優しくされると、彼を騙す形になっている冬耶としては、本当に申し訳なくていたたまれない。

「(好きになっても……責任を取ってもらうわけにはいかないのに……)」

 これからどうなるのだろうと不安な気持ちを抱えながら、冬耶は、家の中へと入っていった。
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