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しおりを挟む責任って。
真剣な瞳で見つめられて、思わず絶句する。
冬耶は夜の街で働くようになるまで、学校で教わることや教科書に載っていること以外の事柄にかなり疎かった。
今もそれほど詳しいとはいえないが、そんな冬耶でも、ヤクザが一晩の接待の相手に対して責任を取ったりしないことくらいは知っている。
気に入ったので愛人にしたい、くらいはあるかもしれないが。
……そういうことだろうか?
いや、なんとなくだが、この顔は違う気がする。
彼は、とても真面目で誠実な人だ。
ヤクザになって変わってしまっていたらどうしようと少し心配していたが、昨晩話していて、根っこの部分は何も変わっていないと感じた。
真摯に見つめられると、真剣な交際を申し込まれているようでドキドキしてしまう。
もともと好意を持っていた人にこんなことを言われたら舞い上がってしまうのはどうしようもないが、勘違いしてはいけないと、己の心にブレーキをかける。
『責任を取る』ということは、つまるところ義務感やけじめのようなもので、別に『真冬』を好きだとかそういうことではないのだろう。
昨夜、真冬に言ったらしい『すべて本気だった』という何かも、もしかして責任の所在に関してかもしれない。
あるいは自分がずっと『真冬』のままでいられるのなら、彼の責任感の強さにつけ込んで恋人にしてもらうという強気な選択肢もあっただろうが、今はもう、またいつ男に戻るかもわからない身だ。
ここは遠慮するほかない。
だが、どうやって断ればいのだろう。
昨夜のことは接待でしたことなので、本気にされても困る…とでも言えばいいのだろうか。
その方が御薙もほっとするかもしれないけれど、言い方によっては相手に失礼にもなるだろうし、機嫌を損ねてそもそもの接待の意味がなくなってしまっては本末転倒だ。
「(どうしよう、どうすれば……)」
否とも応とも答えられずに硬直していると、ノックもなしにドアが開いて、ずかずかと遠慮のない足どりで国広が入ってくる。
「御薙さん、真冬、目が覚めたんすか?」
驚いたが、冬耶は一旦返事を引き伸ばせたことにほっとした。
眉を寄せた御薙が、一つ首を振って立ちあがる。
「国広、お前な、話し中に」
「いや、そのことなんですよ。真冬を気に入ってくれたのは嬉しいんすけど、今そいつを寿退社させられると、ちょっと困るんですよね」
「……どういうことだ?」
「そいつの親御さんの借金、うちで立て替えたんですよ。それを稼ぐまでは、置いといてもらえませんか」
「(借、金……!?)」
初耳である。
当然だが、そんな事実はない。
御薙が真偽を確かめるように、こちらを振り返った。
反射的に首を横に振りかけたが、その後ろでは国広が、話を合わせろというような目配せをしている。
国広の悪巧みを察し、冬耶は内心で叫んだ。
「(……店長……助けに来てくれたんじゃなかったんですか……!)」
この男は、何故御薙に、『真冬』が欲しければ、彼女が返済を終えるのを客として大枚はたきながら待つか、自ら借金を立て替えるかのどちらかだ、という無駄すぎる究極の二択を迫っているのか。
相手の誠実さに付け込んで、金を毟り取る気満々である。
国広は、彼のことを支持しているのではなかったのだろうか?
あるいはこのことすらも、接待にまつわる駆け引きの一部なのかもしれないが……。
しかも頭の痛いことに、今はこの小芝居に乗ることが、冬耶の最善の逃げ道だった。
「………………、」
困り果てた冬耶は、否定はできないまでも積極的に嘘をつくこともできず、表情を暗くしてただ俯く。
その様子が、借金のせいで御薙の気持ちに応えられないことを悲しく思っているように見えているとは、夢にも思わず。
「ま、そういうわけなんで。御薙さん、もちろん今日も、うちで楽しんでってくれるんですよね?」
この雰囲気で、明るくそんな客引きができる国広の心臓の強さに、冬耶は呆れを通り越して絶望を覚えた。
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