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しおりを挟むなんだか眩しい。
そう思いながらうっすら目を開けると、店長の事務作業用兼応接用の部屋のようだということがわかったが、自分はどうしてこんなところで寝ていたのだろう。
鈍く頭痛の残る視覚に照明が酷く眩しく感じて、体勢を変えようと身じろぐと、テーブルの上にひょっとこのお面が置かれているのが目に入る。
唐突に、意識を失う前の経緯を思い出して、ざっと血の気が下がった。
「目ぇ覚めたか」
更に上の方から声がして、人がいることに気づいていなかった冬耶は、飛び上がりそうなほど驚いた。
視線を向けるまでもなく、その声が御薙のものであるとわかり、心臓が早鐘を打ちはじめる。
落ち着け自分。
先程、彼は店長とどんな話をしていた?
少なくとも、接待相手が男だったことに怒っていた風ではなかった。
だとしたら、『冬耶』の素顔を見たところで、『真冬』と同一人物だとは思わないだろう。
昔の知り合いとしての『冬耶』だと気付かれた場合には、ここで働いていることの経緯などは少し嘘をつかなければならないかもしれないが、今朝の時点で男になっていたのを目撃されていないのなら、この場はなんとかしのげるはずだ。
「おい、真冬…?」
『真冬』?
こたえがないことを不審に思ったのか、御薙が呼びかけた己の名前は、しかし予想外のものだった。
恐る恐る体を起こすと、心配そうな表情で見下ろす御薙と目が合ってしまう。
反射的にぱっと視線を外し俯けば、ソファの上に半身を起こした自分の体が目に入り、驚きに目を瞠った。
「(え……女になってる……!?)」
胸には膨らみがあり、店長から借りた制服も、そもそも少し冬耶には大きかったのだが、更にぶかぶかになっていた。
一瞬ホッとしたが、これはこれで、誤魔化すのが結構面倒な事態ではないだろうか。
「国広の奴は、貧血だろうから寝かせとけばいいなんて言ってたが、やっぱり具合が悪いんじゃねえか。医者を呼ぶか?」
慌てて冬耶は首を横に振った。
「だ、大丈夫です。……よ、よくあることなので!」
動揺しすぎてあまり大丈夫ではなさそうなことを言ってしまった。
案の定、御薙は眉を寄せている。
「……俺のせいか」
「え……」
「昨夜のことを後悔してるから、俺と合わせんのが気まずくて、ひょっとこを」
「ちちち、違います!ひょっとこはその、…は、恥ずかしくて、咄嗟に装着してしまったというか」
「そ、……そうなのか」
店長の辱め及び店の話題作りという打算の産物です、と説明するわけにもいかず、意味不明なことを言ってしまった気がする。
縁日でもないのにひょっとこのお面をつけている方が恥ずかしい気がするのは、気のせいということにしておいてほしい。
ひょっとこはともかく、何故ボーイの制服を着ているのかと聞かれたら、「今日はボーイとしてシフトに入っています」で誤魔化せるだろうかと悩んだが、彼はそれ以上装いについては突っ込まなかった。その代わり。
「昨夜のことだが……」
「あ!あの、店長も言ってたと思いますけど、そのことなら、ちゃんとわきまえてるつもりですから、ご心配なく……」
応えられるわけでもないのに、面と向かってなかったことにしてほしいと言われるのは辛くて、被せるようにして先回りすると、御薙は苦い表情になる。
「……やっぱり、聞こえてたのか」
「……ごめんなさい。気になってしまって」
「いや。聞いていたなら話は早い。昨夜は酔ってはいたが、お前に言ったことは全て本気だった」
ゴクリ。
何を言われたんだ俺。
酒を飲んでいた時の雑談の記憶しかない。
そして想像していた話と何か違うような。
内心滝汗をかいていると、男前な顔が迫ってくる。
何を言われたのか覚えていないくせに、何故か昨夜の男の身体の熱さだけは思い出してしまい、頬が熱くなった。
「だから、責任を取らせてくれ」
「せ、……えっ?」
責任?
って、えええええええ!?
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