TSですが、ワンナイトした極道が責任をとるとか言いだして困っています

イワキヒロチカ

文字の大きさ
上 下
6 / 85

6

しおりを挟む

 冬耶は夢を見ていた。
 それは、今にも雪が降り出しそうな、とても寒い日の記憶である。

 冬耶の両親は共に多忙で、関係は冷え切っており、たまに顔を合わせれば口論ばかりしていた。
 その日も、珍しく休日に二人ともが在宅だったというのに、朝から険悪な雰囲気だった。
 幼い冬耶は二人に、喧嘩をしないでほしいとお願いをした。
 それでなくても、二人とも不在が多く、家族三人揃うということが少ないのだ。
 しかし、勇気を振り絞った仲裁も、「これは大人の話だから、子供は口を出すな」という一言で切って捨てられて、冬耶は悄然とその場を立ち去った。

 部屋に戻り、勉強道具を手にして、外に出る。

 玄関先に座ると、かろうじて車がすれ違える程度の、広くはない通りを挟んで、向かいの家が見えた。
 向かいの家にはガレージがあり、そこでは一人の青年がオートバイの洗車をしている。
 彼自身は、小さな怪我をしていたり、薄汚れた格好をしていることが多いのに、大きなオートバイはいつもピカピカだ。

 彼がそのオートバイに乗って出ていくのを、何度も見たことがある。
 ヴォン!と太く高く吼える排気音に、誇りや自由を感じて、聞くとなんだか胸が熱くなるのだ。

 季節は冬で、とても寒いが、家の中で二人の口論を聞いているよりは、外で彼を見ている方が、ずっといい。
 教科書を開いて、勉強をしているふりをしながら、そっと彼の姿を追っていた。
 だが、彼はチラリと冬耶の方を見たかと思うと、どこかへ行ってしまった。
 用事ができたのだろうか。
 ガレージはそのままなのですぐに戻りそうだが、冬耶に見られているのが嫌だったのか。
 不快にさせてしまったかもしれないと心配しているうちに、彼は戻ってきた。
 自宅のガレージの方ではなく、まっすぐに冬耶の方へ歩いてくる。

「ほら」

 差し出され、思わず受け取ったものは、缶コーヒーだった。

「んなとこにじっとしてちゃ寒いだろ」

 彼は笑って、着ていたジャケットを冬耶の肩に着せかけてくれた。

 二人とも無言のまま、コーヒーを飲む。
 どこか遠くで子供の声がしている。
 家の前を、車が通っていった。
 彼は、冬耶がこんなに寒い日に外で勉強をしている理由を、何も聞かない。
 ややあって、ぐいと自分の分の缶コーヒーを飲み干すと、また愛車の方へと戻っていった。

 冬耶は呼び止めたりせず、手の中の細い缶コーヒーを持ち直した。
 ぽかぽかする。
 空調のきいている家の中よりも、ずっとそこは暖かくて。

「ありがとう、大和おにいちゃん」

 もごもごと口の中でお礼を言う。
 お礼なのだから、本人に聞こえなければ意味がないと思うけれど、どういうわけか恥ずかしくて、面と向かって伝えることは出来なかった。
 案の定聞こえなかったようで、彼は既にオートバイの方に意識を向けてしまっている。
 冬耶は、彼が肩にかけてくれたジャケットをかきあわせて、もう一度胸の裡だけで、ありがとうと呟いた。


 懐かしい。
 『冬耶』の人生の中で、数少ない優しい思い出だ。
 彼との優しい時間は、孤独な冬耶にとって大きな支えだったが、終わりの時は唐突にやってきた。

 ある日から、向かいの家の周囲を柄の悪い男達がうろつくようになり、そのうち、夜中や早朝に大声の罵倒などが聞こえるようになった。
 心配になり、こっそり警察に通報したこともあったが、根本的な解決にはならなかったのだろう。

 ある日、学校から帰ってくると、彼の家の前には大きなトラックが止まっていた。
 家の中のものを運び出しているようだが、彼の姿も、彼の両親の姿もない。
 母に、向かいの家はどうしたのだろうと聞いても、引っ越したのではないかと、冬耶の知りたい情報は何も知らないようだった。

 確かに、柄の悪い男達に嫌がらせをされていたようだし、引っ越しは必要だっただろう。
 しかし本当にただの引っ越しだったのだろうか?
 真相を確かめる術はなく、また一連の出来事から事態を推測できるほど大人でもなかった冬耶は、現状を受け入れることしかできなかった。

 ただ…、もうあの時間は戻らないのだ、と、何故かそれだけは確信していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

パーティを追い出されましたがむしろ好都合です!

八神 凪
ファンタジー
勇者パーティに属するルーナ(17)は悩んでいた。 補助魔法が使える前衛としてスカウトされたものの、勇者はドスケベ、取り巻く女の子達は勇者大好きという辟易するパーティだった。 しかも勇者はルーナにモーションをかけるため、パーティ内の女の子からは嫉妬の雨・・・。 そんな中「貴女は役に立たないから出て行け」と一方的に女の子達から追放を言い渡されたルーナはいい笑顔で答えるのだった。 「ホントに!? 今までお世話しました! それじゃあ!」  ルーナの旅は始まったばかり!  第11回ファンタジー大賞エントリーしてました!

Sweet☆Sweet~蜂蜜よりも甘い彼氏ができました

葉月めいこ
BL
紳士系ヤクザ×ツンデレ大学生の年の差ラブストーリー 最悪な展開からの運命的な出会い 年の瀬――あとひと月もすれば今年も終わる。 そんな時、新庄天希(しんじょうあまき)はなぜかヤクザの車に乗せられていた。 人生最悪の展開、と思ったけれど。 思いがけずに運命的な出会いをしました。

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

生意気な弟がいきなりキャラを変えてきて困っています!

あああ
BL
おれはには双子の弟がいる。 かわいいかわいい弟…だが、中学になると不良になってしまった。まぁ、それはいい。(泣き) けれど… 高校になると───もっとキャラが変わってしまった。それは─── 「もう、お兄ちゃん何してるの?死んじゃえ☆」 ブリッコキャラだった!!どういうこと!? 弟「──────ほんと、兄貴は可愛いよな。 ───────誰にも渡さねぇ。」 弟×兄、弟がヤンデレの物語です。 この作品はpixivにも記載されています。

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

再び大地(フィールド)に立つために 〜中学二年、病との闘いを〜

長岡更紗
ライト文芸
島田颯斗はサッカー選手を目指す、普通の中学二年生。 しかし突然 病に襲われ、家族と離れて一人で入院することに。 中学二年生という多感な時期の殆どを病院で過ごした少年の、闘病の熾烈さと人との触れ合いを描いた、リアルを追求した物語です。 ※闘病中の方、またその家族の方には辛い思いをさせる表現が混ざるかもしれません。了承出来ない方はブラウザバックお願いします。 ※小説家になろうにて重複投稿しています。

処理中です...