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「(この事態を……どう切り抜けたら……)」

 どんな時も我が道をゆき、取り乱したりすることのない店長が見事に固まっているのを見て、冬耶の背中を嫌な汗が流れた。

 店長は、名を高原たかはら国広くにひろという。
 彼は『JULIET』の店長であり、店主、つまり社長でもあった。
 年は二十五歳と経営者としては若く、容姿はといえば半端に伸ばした髪を褐色に染め、眉は細く、切れ長の瞳は左右対称に整っているが、眼光が鋭すぎてただひたすらに剣呑な色を放っており、年齢以前に本人の方に責任者らしかろうとする意思は皆無であると思われる。
 冬耶が『JULIET』で働き始めてから、「店長(の目つきや口調)が怖いので」と辞めていった新人は両手の指では足りない。

 ただ、店長…国広は、決して暴君ではなかった。

 ……………………。
 前言を一部修正する。
 彼は暴君ではあるが、誰にでも平等に暴君であり、その理不尽さも陰湿さとは無縁で、他人が自分と同じように暴君であることを許容する度量を持っていた。
 冬耶は国広のその強さや心の自由さに、恐れよりも尊敬の念を抱いている。
 時に「理不尽すぎる」と絶望することもないではないが、頼もしい上司であることは疑いようもなかった。

 その店長に、こんなことをどう話したら良いのか。
 そもそも、今の自分は『真冬』として認識してもらえるだろうか?
 当然だが、今の冬耶を見て「真冬が男になった」とは思わないだろう。
 普通の人間は、性別が入れ替わったりしない。
 そうすると、自分は本人不在のキャバ嬢のベッドに寝ている謎の全裸の男性ということになる。
 完全に通報案件だ。
 冬耶が国広でも通報すると思う。
 全裸でお縄になるなんて、社会的にも精神的にも再起不能になる予感しかしない。

「てめー……」

 そうだ、恋人のふりをすれば……と思いついた時、低い声が聞こえてきてハッとした。
 見れば国広は俯き、握りしめた手は震えている。

 やばい、これはもうボコボコにされてポリスメンに突き出される気配しかない。

「いやあの、これは、ちょっとした手違いというか……」
 慌てて言い訳しようとしたが、それを遮るように国広は吼えた。


「てめー真冬!何勝手に男に戻ってんだよ!」


 ・・・・・・・・・はい?


 え?わかってるの?どうして?
 ついうっかり男体が女体になったり、女体が男体になったりするのはよくある話なの?

 そんな疑問がまず頭をよぎったが、ズカズカと部屋を横切った国広が、冬耶の視界を埋め尽くすほど至近に詰め寄ってきたので(メンチきってきたので、が正しい)、聞くことはできなかった。
「まさか、その体で接待したんじゃねえだろうな」
「い、いえ、違いますけど。……違うと、思うんですけど……」

 最中に男に戻っていたなんてことがあったとしたら?
 恐ろしすぎる想像だが、事は行われたようであったし、穏やかに朝を迎えそうだったということは、体が変化したのは事後なのではないだろうか。
 相手も酔っていたと思うので、ちょっと自信はないが。

 はっきりしたことが言えなくてモゴモゴしていると、どういうことだと眼光鋭く聞かれて、朝の経緯を説明した。

「……なるほどな」
「……店長、あの、こんな……驚かないんですか?」
「お前の生態には特に興味はねえよ。俺にとって大事なのは店のことと、金のことだけだ」

 興味があるとかないとかではなく、普通は女性が男性になっていれば驚いたり信じなかったりすると思うのだが……。
 しかしよく考えてみれば、彼は、冬耶が元は男だったことを知るこの家の主の孫なのである。
 もしかして、祖父から何か冬耶の体のことに関して聞いているのかもしれない。

 通報を免れてほっとしていると、国広はスマホを取り出し、ざっと通知を確認した。
「今んとこ、先方からはなんの連絡もねーから、失敗ではないんだろうということにしておく」
 無作法があったとか、逃げ出してしまったことで苦情が入っていないようならよかった。

「とにかく、今日もちゃんと出勤しろよ」

 安心したところにビシッと指を突きつけられ、釘を刺されて驚く。
「こ、この体でですか?」
「ボーイと雑用くらいはできるだろ。うちは人手が足りねえんだ。シフトに穴開ける分きちんと働け」
 やはり、国広は暴君だった。
 がっくりと肩を落としたが、最悪だった体調の方は、休息を取ったからかだいぶ良くなっているようである。
 断る理由を見つけられず、冬耶は渋々頷いた。
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