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 『真冬まふゆ』は、薄暗い部屋で目を覚ました。
 その目覚めが爽やかでなかったのは、まだ夜が明けきっておらず朝日が差し込んでいないからではない。
 睡眠の妨げになるほど、具合が悪かったからである。
 具体的には、頭痛、吐き気、関節痛、全身の倦怠感等々…まるでたちの悪い季節性の風邪でもひいたかのような症状だ。
 『真冬』は、己のコンディションを確認しながら首を捻る。

「(なんで、こんな…二日酔い?昨日は、何して……………………あっ!)」

 思わず声が出そうになって、ギリギリのところで堪えた。
 微かに首を傾けて、恐る恐る隣をうかがう。
 暗くても、よく見なくてもわかる。そこには、一人の男性が眠っていた。
「(そうだ、俺、昨夜はこの人と…)」
 じわじわと経緯を思い出すにつれ、眠気も具合の悪さもどこかへ行ってしまった。 

 昨日のことである。
 出勤するなり店長から「今夜はうちの店の今後を左右するようなVIPが来るから、丁重にもてなせ」との命を受け、客がやってくると、言われた通り店の個室で一対一の接待をした。
 飲んでいるうちに意気投合して、場所をうつし、長いこと話をしながら飲んでいたところまでは覚えている。
 だが……二人でベッドに入ることになったあたりの記憶はない。

「(やっ………た?)」

 肝心な行為の最中のことは、ごく断片的に「そういうことがあったような気がする」程度の記憶というか、体感のようなものが残っている。
 要するにほとんど覚えていないに等しいのだが、行為自体はあったように思う。
 するとこれは、励みすぎたゆえの具合の悪さなのだろうか。
 初めて…だったので、事後というのがどういう感じなのかよくわからない。

 店長の言う「もてなせ」が、酒の相手以上のことだとはわかっていた。
 『真冬』の働くキャバクラ『JULIET』の店長は、口と目つきとあと性格も悪いが一応従業員を大切にしてくれているので、断るという選択肢はあったのだと思う。
 頷いたのは、自分がそうしたかったから。
 店長がそれを知っていたとは思えないが、その接待の相手は、『真冬』の旧知の人だった。
 彼は気付かなかったけれど、彼は『真冬』の、……そう、恐らく初恋の人だ。
 『真冬』が断れば他の人が接待をするのだろうと思ったら、引き受ける以外の選択肢はなかった。
 恐らく……昨夜のことは彼にとってはただの接待だろう。
 立場上、こんな接待はよくあることのはずだ。
 『真冬』としては、かなうはずもなかった想いだから、たった一晩だとしても、役得と思うべきところだろう。
 ほどんと覚えていないので、経験としてカウントするべきかどうかは少し悩むところだが。

 ベッドインした経緯を思い出せないので少々心許ないとはいえ、互いに全裸で朝を迎えているということは、接待としてもそれなりに成功したと言えるのではないだろうか。
 彼がこれで『JULIET』をご贔屓にしてくだされば、店長の機嫌も良くなり、一石二鳥というものだ。

「(こんな気持ちで寝直せそうもないし、ちょっと水でも飲ませてもらおうかな……)」
 彼が起きたらどんな態度でいればいいのか、うまく『真冬』として振る舞えるだろうか。
 その際の会話をシミュレートをしながら、ベッドからこっそり抜け出そうとした『真冬』は、自分の体に違和感を覚えた。
 うまく表現できないが、何か、重力のかかり方が違う気がする。
 嫌な予感がして、恐る恐る自分の体を見下ろした。

「(…………………嘘)」

 ざっと血の気が下がる。

 『真冬』の体は、男に【戻って】いた。
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