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木凪様の言うとおり
しおりを挟む「木凪、相談したいことがあります。…今大丈夫ですか?」
ある日月華のオフィスを訪れたましろは、仲間への挨拶もそこそこに木凪の元へとやってきて、真剣な表情でそう切り出した。
突然の『お悩み相談』に少なからぬ好奇心を刺激されたが、『異次元の異世界人』の異名を取る木凪が「もちろんだよ、聞かせて」などという一般的な切り返しをするわけもない。
「旦那とレスで困っているという相談以外なら……聞かなくもない……」
無駄に渋って見せたがしかし、木凪にとって羽柴ましろは鬼門の相手だった。
「レス…?あっ、お返事のことですね?千駿さんとの意思疎通はちゃんとできていると思います」
「……間違ってるのになんとなく正しい回答になっているあたりが…、…解せない…」
「えっ、間違い?」
木凪は、無駄に渋ったことでボケをボケで返されツッコミにならざるを得なかった己の失態に、内心で舌打ちをする。
「それで相談…って……?夜の営みの…マンネリ化に悩んでいる…とか…?」
「実は、猫ちゃんについてなのですが」
「その『ネコ』は隠語的な……?」
「隠語?」
「……………………」
「……………???」
木凪にとって羽柴ましろは鬼門の相手だった。(二回目)
面倒なので、「猫が?」と続きを促す。
ましろは頷き、相談を再開した。
「一緒に住んでいる猫ちゃんのことなのですが、私がとろいせいで、うまく遊ぶことができなくて…。なんとか私でも猫ちゃんと遊べる方法はないでしょうか…」
相手が実はネコだった、自分もネコなので困っている、とかそういうネタもとい悩みならまだしも、何故、動物の行動学の専門家でもない自分に食肉目ネコ科ネコ属の家畜のことを聞くのだろう。
ggrksという古のネットスラングが喉元まで出かかったが、言ったところでましろの答えはだいたい想像がつく。「ggrksとはどういう意味ですか?木凪は物知りだから、何でも知っていると思ったのです」などと言われるだけだ。
煙に巻こう。
木凪はそう決めると、デスクの抽斗を開けた。
取り出したもののパッケージを開け、更に紙とペンとハサミを用意する。
「……猫は…動くものを好む……。動かすのが難しければ…既に動いているものを使えばいいだけのこと…」
「あ、でも…自動のおもちゃはすぐに飽きてしまうみたいで…」
「ならば、人間と機械の共同作業、自動と手動のハイブリッドで…攻める…」
「……ハイブリッド?」
突然始まった工作に、ましろは目を丸くした。
帰宅した千駿は、リビングのラグの上に落ちているものを見て、凍りついた。
側に寄ってきたましろが、固まっている千駿を見て不思議そうに首を傾げる。
「ちー様…?あ、その猫のおもちゃですか?」
「………………猫、の?」
「はい、私が上手くシロと遊べないので、何かいい案はないかと木凪に相談したのです。そうしたら、これを作ってくれました」
「彼が……。遊ぶ?シロと……、これで?」
にこにこと頷くましろとは対照的に、表情を凍り付かせたままの千駿は、見間違いかもしれないともう一度その「猫のおもちゃ」を見る。
なんとなく強弱を変えるものっぽいつまみがついた手のひらサイズのリモコン。そこから伸びたコードは、直径二センチほどのたまご型の何かへと繋がっている。
どこかに当てたり筒状になっている場所に入れたりするのに適していそうなシリコン素材のそこには、現在は紙に描いた虫の羽と思しき物がテープで貼りつけられており、一見して、猫のおもちゃに、見えなくも、
……見えない。
ちなみに色は、定番のピンクである。
「リモコンのスイッチを入れると、コードの先についているじゃれる部分がぶるぶるして、それをこう…人が動かすとより一層猫の好奇心をくすぐると…」
「……………。それで、シロは遊んだのか?」
「…駄目でした…。私も上手くできなかったのですが、ぶるぶるするのが、むしろ気味が悪かったみたいです」
それはそうだろう。
「そもそもこれは猫のおもちゃじゃなくてロー…、ゴホン!」
「??ちー様?」
「…いや。猫の趣味も千差万別だからな。またペット用品の専門店でも見に行こう」
「はい…。私ももっと、俊敏さを鍛えます…!」
ましろは無邪気に決意を新たにしている。
千駿の脳内では、純真なましろを微笑ましく思う気持ちと、このおもちゃでましろと遊びたい欲望とが激しく戦い、
……欲望が勝利した。
「ましろ」
「はい、ちー様」
「そのおもちゃだが、別の使い方もできるのを知っているか?」
「え……、知らないです、教えてください、ちー様!」
猫のおもちゃだと思っていたものが、大人のおもちゃだったことを身をもって知ることになったましろであった。
これが木凪の目論見通りであるということは、言うまでもない。
……ということにしておこう。
おしまい。
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