八重子の部屋

イワキヒロチカ

文字の大きさ
上 下
10 / 19

ハウスメイド八重子の手記3

しおりを挟む

 某月某日 都内某所

「みんな…こんにちは…。私、迷惑系oretuber八重子…。今日も『ドキッ…BLだらけのストーキングもとい見守り道中…ポロリ(と盗撮画像の流出)もあるよ』はじまるよ…………」

 私はスカートを揺らして、画面の向こうの閲覧者に向かってアイドルらしきポーズを決めた。
 我ながら「お前が迷惑系自称するの草」「昭和かよ」など、どこからどう突っ込んでもいい(BLだけに)趣深い口上である。
 しかし、少し高度すぎたのか、本日のお供である桜峰湊の心は掴めなかったようだ。
 明らかに「何を言っているのかわからなかった」顔で、目をぱちぱちと瞬かせている。

「あの…八重崎さん?今のは一体…?」
「八重子よ」
「…えっと」
「マンネリ化を防ぐため…本日は雑踏のライブ配信風…」
「はあ」
「ご奉仕メイド桜子も…もっとアゲてこ…」
「いや、別に今日は桜子ではないですけどね!?」

 メイド服を持参してお揃いにしたかったが、湊に街中で目立つ格好をさせると、メンズブラックホールと化すため、自粛した。
 モブ姦は、未遂でも好みが分かれる。

「湊……あまり大きい声を出すと……マルタイに気付かれる……」
「マルタイ?」
「捜査や警護の対象のことを指す……警察用語……」
「へぇ、そんな風に言うんですね。…じゃなくて、今のこの状況なんですけど、同性とのおつきあいにまだ不安がありそうな鈴鹿のデートを見守るって…、こっそりじゃないと駄目なんですか?同行させて貰えば……」
「モラハラ夫は外面がいいもの…。二人きりの時にこそ、真の姿が見える…」
「久世様に限って、モラハラとかはないと思いますけど…」
「それは……わからない。高学歴高収入の空き家がとんでもない事故物件は婚活あるある……」
「う、うーん、まあ、そんな話も聞くような聞かないような……。あ、二人がお店に入りますよ」
「何故に個人経営の小さな中華飯店……。もっと…個室のある高級料理店にすればいいのに…奥に布団が敷いてある赤坂の料亭とか…」
「そ、そんなお店があるんですか?」
「我々の業界では……日常……」
「(どこの業界かなあ……)」

 それにしても、カウンターとテーブル席がいくつかという小さな店では、観葉植物に隠れて会話を盗み聞きするような真似もできない。
 これだから最近のアベックは……と、舌打ちをしていると、不意に視界に入った男が、じっとこちらを見ている。

「あれ?君……、」

 一体どんな偶然か、それはこちらが一方的に顔を知っている間接的な知り合いであった。
 もちろん、相手がこちらを知っているはずはないので、私は知らぬ顔を決め込んだ。

「……何か……?」
「あ、違うか。ごめんね、突然声をかけてしまって。知り合いによく似ていたものだから」
「……人間は……一匹見たら同じ顔が百匹いる、って……どこかの誰かが教えてくれた……」
「八重子ちゃん、それは虫…」
「そうだっけ?うーん……『論語』かな?」
「『君主論』……かも……」
「なるほど!メキャベツの仕えた君主は影武者が百人いたんだね!」

 とんだ芽キャベリズムに湊は頭を抱えているが、『君主論』の著者名を薄ぼんやり知っていて、且つその内容についても薄ぼんやりと認識している風でありながらこの切り返しができるとは、なかなかの使い手であると、私は好敵手と出会った手応えを感じていた。

「ところで、鈴鹿…って聞こえたような気がしたけど、もしかして、君達はうちの子の知り合いなのかな?」
「えっ、うちの子って……」
「さっきそこのお店に入って行った二人組の、小さい方」
「え、鈴鹿の…万里君のお父さんなんですか…!?」
「テロップ……まさかのお父さん登場……」
「八重子ちゃん、動画はもういいですから…。いや、でも、奇遇?ですね?」
「本当、奇遇だね!」

 鈴鹿父……鈴鹿春吉は、気まずさの欠片もない笑顔を向けてくる。
 メイド服姿の美少女と談笑している中年男性ということでかなりの衆目を集めているが、一切気にした様子はない。

「バンリクンのお父様は…こちらで何を…?バードウォッチング…?」
「いや~それが、最近息子が難しい年頃で、あまり色々話してくれないから、ちょっとデートを出歯亀もとい清い交際かどうか見守ろうと思って」
「成人している息子の清い交際は……少し不安に思うべきところ……」
「八重子ちゃん、しっ」
「君達は?」
「八重子たちは……ベストフレンドの恋路が上手く行くように草葉の陰から応援しているチア冥土……」
「そうなんだ!それはありがとう。そんな風に応援してくれる友達がいるなんて、万里は幸せ者だなあ。……あっ……!」
「ど、どうかしましたか?」
「このお店の天津麺、すごく美味しそうだね……!」
「ご一緒に……餃子もいかがですか……」
「いいかも!お腹減ったし。ちょっと入ろうか!」

 鈴鹿春吉は、先程息子たちが入っていった店の中へと突進していった。
 固唾を呑んで(湊が)中の様子を窺っていると、「ちょ、父さんこんなところで何してるの!?」「え?天津麺美味しそうだったから、メイド服姿の美少女が…あれ?いない」「何言ってるのか全然わからないんだけど。誤魔化すならもう少しましなこと言ってよ」というやりとりが遠く聞こえてくる。

「……………………見つかっちゃってますね」
「約束された…結末…」

 一瞬で平和な中華飯店を混沌異空間に変えてしまうとは、流石は我が好敵手。
 私は同志鈴鹿春吉に、心の中でそっと敬礼をおくった。

「今日は…未知との遭遇があったから…お開きにする…」
「そ、そうですね。その方がいいと思います」
「この後は…松平家で第二部…」
「えっ、うちで?」
「久世昴と鈴鹿万里の本番を見損ねてがっかりしてるみんな…この後はBL極道定番の俎板ショーを…配信するよ…」
「やりませんから…」
「顔には…モザイクをかけるから…大丈夫…。ガチ五郎にも聞いて」

 そこでおもむろにスマホを取り出した湊が基武に通報して、私は取引中のブツのように回収された。
 どうやら基武から、対処に困ったらそうするようにと指示されていたようだ。
 相手がガチ五郎ならなんでも良さそうな湊が、何故断るのか解せない。
 oretuberとは難しいものである。

 つづく(かもしれない)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対にお嫁さんにするから覚悟してろよ!!!

toki
BL
「ていうかちゃんと寝てなさい」 「すいません……」 ゆるふわ距離感バグ幼馴染の読み切りBLです♪ 一応、有馬くんが攻めのつもりで書きましたが、お好きなように解釈していただいて大丈夫です。 作中の表現ではわかりづらいですが、有馬くんはけっこう見目が良いです。でもガチで桜田くんしか眼中にないので自分が目立っている自覚はまったくありません。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/110931919)

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

みどりとあおとあお

うりぼう
BL
明るく元気な双子の弟とは真逆の性格の兄、碧。 ある日、とある男に付き合ってくれないかと言われる。 モテる弟の身代わりだと思っていたけれど、いつからか惹かれてしまっていた。 そんな碧の物語です。 短編。

初恋はおしまい

佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。 高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。 ※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

処理中です...