けなげなホムンクルスは優しい極道に愛されたい

イワキヒロチカ

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幕間12

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■都内某所 黒崎芳秀邸

 車を降りた月華は、取り次がれるのを待たず屋敷の中へと突入していく。
 屋敷の主は日本の極道の頂点に立つ男で、本来ならば身内のような立場であってもそれなりの礼を尽くさなければいけないところだろうが、今にも人を斬りそうな形相の月華を咎めるものは誰もいない。

「ちょっと会長!?僕の大事な身内にちょっかい出さないでっていつも言ってるよね!?」

 すぱーん!と襖を開け放ち、何の遠慮もなくずかずかと近寄っていくと、目当ての人物は定位置である縁側で呑気に茶をすすっていたようだ。やけにのどかな雰囲気が実に白々しい。
「なんだやぶからぼうに。謎のひょっとこなんて俺は知らねえぞ」
 面倒臭そうに振り返った男は、縁日の屋台で売られているようなひょっとこのお面をかぶっている。
 人をおちょくった無駄な演出に、月華は口元を引き攣らせ拳を握り締めた。
「まだひょっとことも何とも言ってないとか突っ込まないよ言っとくけど」
「ひょっとこ~(裏声)」
「なんなのそれ相槌!?鳴き声!?心の底からイラつくんですけど!?」
 出会い様のツッコミだけで血管が切れそうになり、激しい眩暈を覚える。
 人類にとって害悪でしかないこの男に比べれば、九鬼などかわいいものだ。

「ったく、お前はうるせえなあ」
 外したひょっとこのお面を横に置きながら、芳秀は呆れたように片頬を上げる。
 月華の方が非常識だとでもいうような物言いをされるのは甚だ心外だ。斬りたい。
 その存在を抹殺したい相手でありながら、九鬼や城咲にするように脅しで刀を突き付けないのは、単純に剣の腕だけでは芳秀に敵わないからだ。
 月華の居合の腕前は達人クラスであるが、それでも届かない領域に芳秀はいる。
 技術的なこともあるが、あとは恐らく失うことへの覚悟の差なのだろう。

「いや~、あともう少しでお前んとこの内部資料をばらまけそうだったんだけどなあ。やっぱ遺伝子操作のスパコン頭脳は違えな」
「何で自分の傘下の組織を陥れようとしてるの?黒神会にとって何かいいことあるのソレ!?」
 芳秀は失敗失敗、と楽しそうだが、笑い事ではない。
 現在黒神会に流れている金はほとんどが月華の稼いだものであり、月華の会社の内部資料が晒されるということは黒神会の資金源が全て流出するようなものである。
 芳秀個人としては痛くも痒くもないのかもしれないが、黒神会も一応組織である以上、突然瓦解すれば社会的な影響も大きいはずだ。

「いいことのあるなしじゃねえ。人の嫌がる顔が三度の飯より好きだからに決まってんだろ。愛情表現だよ」

「(知ってはいたけど……滅びればいいのにこの外道)」

 キリッと言われても、これほどまでに人類のためにならない人間を、月華は他に知らない。
 人ならざるものをハントするご職業だった今は亡き征一郎の母に、『鷹乃さんどうしてこの男を始末していってくれなかったんですか』と詰め寄りたい気持ちでいっぱいだ。
「そんなに暇なら征一郎ででも遊んでてよ」
「あいつは今、奈良だ」
「何で突然奈良?……あ、久住さんかな?」
 聞きかけて、黒神会幹部で西側を任されている男がいたのを思い出した。

 久住凌真。
 彼のことは、誰かに話したことはないが少しだけ苦手だ。
 過去にこれといった出来事があったわけではなく、嫌いというのとも違う。
 真意が一切読めないので、非常にやりにくい相手だというのも理由の一つだが、とにかくあまり関わり合いになりたくなかった。

「征一郎の奴は今頃、あいつのとこの地下闘技場で、触手とくんずほぐれつぬるぬる相撲の真っ最中だろ」
「何それ気持ち悪い」
 それもこれもどうせこの男の差し金だろうが、征一郎の触手プレイなど見たくもない。
 要するに『征一郎がいなくてちょっと退屈』していたということか。迷惑極まりない。
 この外道は、いつになったら子離れできるのだろうか。
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