けなげなホムンクルスは優しい極道に愛されたい

イワキヒロチカ

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■奈良県某所 ???

 征一郎は、極道の家に生まれた自分を不幸だと思ったことはない。

 母は乱世の英雄のような人物で、目を剥くようなエピソードも多かったが、彼女は息子を大いに愛し可愛がってくれたので、母の愛を試したり疑ったりしたことはなかった。
 父は……異世界から来た勇者あたりに退治された方が世のため人のためになるド外道だ。魔王だとか、邪神だとかそういう存在で、奴が存在していることで人類のためになることは一ミリグラムもないに違いない。快楽殺人者の方がまだ、人の命について尊んでいるのではないか。そう思えるほど、奴の好むエンタメの前には、人の命は無価値である。
 それでも、その暴力が征一郎とその周囲の人間に向けられたことは一度もない。彼の息子にとって、暴力はあまりダメージにならないというのもあるのだろう。そこに楽しさを見いだせなければ無差別に暴力を振るうような男ではないとはいえ、これはそれなりにすごいことなのではないだろうか。
 同意は得られにくいだろうが、迷惑な身内のおかげで無駄な苦労も多く、同情的な視線を頻繁に向けられようとも、征一郎は征一郎なりに、黒神会ごと己の家族を愛していた。

 が。
 今は正直、普通のお家の子に生まれたかったと駄々っ子のように喚きたい気持ちで一杯である。
 先日までのまともな、ちびと少しずつ心を通わせるハートフルストーリーは一体どこに行ってしまったのか。
 ……ホムンクルスの少年と愛を育んでいる時点でまともではないというのはこの際置いておく。

 三百六十度、闘技場内に響き渡る野太い歓声、罵声、怒声。
 征一郎の立つ、中央に置かれた六角形のリングは高い鉄条網に囲われ、電流が流れているのか時折バチッと音を立てる。
 「いるか?この仕様」と征一郎は肩を落とした。

 凌真の悪い癖だ。
 久住凌真は、征一郎の武術の師である。
 師と言っても、共に山に篭ったり滝にうたれたりしたわけではなく、ふらりと芳秀の屋敷に顔を出した時につかまっては、征一郎が一方的にこてんぱんにされていただけだが。
『お前の場合、理論はいらないだろう。見て覚えろ』
 そう嘯いた凌真はどんな武器も達人級に使いこなし、征一郎を追い詰め続けた。
 普通の子供ならば音を上げる仕打ちも、武神のような母と邪神のような父を持つ征一郎にとっては楽しみであった。
 少しずつ応戦できるようになり、結果、無双の極道が出来上がった、というわけである。
 つまり、ファンタジーだと断じられたが、今の征一郎の強さは他ならぬ凌真が鍛えたせいなのだ。

 凌真は両親よりも遥かにまともな人間ではあるが、強さへの執着だけは征一郎にもついていけないところがある。
 この闘技場も、己より強い相手を探すのが真の目的だ。
 今日はここで、征一郎の腕が鈍っていないか試すつもりだろう。
 恐ろしく気が進まない。

 遠くを見つめていると、一際客席の声が高くなり、名状し難い音を立てながら、件のモンスターが、恐らく棲みついている場所……闘技場の壁に開いた穴から出てきた。
 その大きさは三階建てのビルほどもあろうか。
 不定形のぶよぶよとした体に、大小入り混じった無数の目と口らしきものがついている。
 征一郎はひくりと口元を引きつらせた。

「いや……普通にモンスターだろこれ」

 モンスターや異形といったところで、巨大な熊とか、既存の動物を掛け合わせたキメラ程度のものを想像していた。
 こんな悪夢の産物が出てくるとは。
 確か、凌真はこれが最近突然現れたようなことを言っていなかっただろうか。
 出どころが十中八九芳秀なのはもう今更何とも思わないが、まさかこのクリーチャーは、東京からぶよぶよと移動してきたのではないだろうなと、いらない心配が脳裏をよぎる……のは、現実逃避か。
 相手が人なら、いくらでも受けて立つが、これは……、

 できればさわりたくない。
 バズーカとか、対戦車ライフルとか大物用の武器で吹き飛ばしたい。

 無数の目と視線が合うと、化物は威嚇するようなおぞましい雄叫びをあげた。
 レフェリーのような存在はなく、命の保証すらされない地下闘技場だ。
 征一郎は、せめて金属バットでも握りしめてくればよかったと、特大のため息を吐き出した。
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