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第二話 やばばっ!エルフ谷のリフィリット(ゴブリンとか赤竜とか)
第二話 やばばっ!エルフ谷のリフィリット(ゴブリンとか赤竜とか) 2
しおりを挟む「ところで……タカヤさん」
エリィはタカヤに声をかける。
タカヤのつま先から頭のてっぺんまでじろじろと眺めまわして怪我の確認をする。
「ん?」
「お怪我は……ありませんか?」
タカヤが怪我をしているのを期待していいる事がばれないように、エリィは努めて自然に振る舞った。
不謹慎この上ない。
「いや、べとべとにはなったけど。これといって怪我はないけど……」
顔や腕をタカヤは確認するが、怪我らしい怪我は見当たらないようだ。
「そんなぁ、何かあるでしょう? こう、ちょっと擦りむいちゃったなぁーとか」
「なんで残念そうなの??」
不審がるタカヤを無視して、エリィはしつこく食い下がる。
実際のところ、治癒魔法を披露したくて仕方がなかった。
指先がほんの少し切れていただけでも、全力で(覚えたばかりの)治癒魔法を使ってやろうとエリィは思っていた。
なんでも良い。ほんの僅かでも良いから怪我を……。
エリィは怪我に飢えていた。
「そう言われても、本当に怪我なんて……あっ!」
腰から尻の辺りを撫でたところで、タカヤは手を止めた。
その動きをエリィは見逃さない。
「怪我ですかっ!」
チャンスの到来に、エリィは前のめりになる。
「ちょっとだけお尻が痛いかも……さっき尻餅をついたからかな?」
タカヤの申告を聞いて、エリィは両手を上げた。
ついでに自然と大声も出る。
「あーーっ! それはいけませんねっ! 治癒魔法ですぐに回復しないと手遅れになってしまいますよっ! お尻の肉がもげちゃいますよっ!」
「そんなに!? 普通の打ち身だと思うけど??」
大袈裟なリアクションでわざとらしく心配するエリィ。
「……治療したいの?」
さすがに治療したがっている事がタカヤにバレたが、エリィは気にしない。
このまま勢いで押し切って何がなんでも治癒魔法を試すのだ。
「ささ、早く治療を」
「いや、放っておいても全然大丈夫だけど?」
「そう言わずに、今なら無料ですよ」
エリィは親指と人差し指でゼロの形を作る。
「もとから無料じゃ……」
「もぅ~いいじゃないですか、魔法使わせてくださいよ~」
駄々をこねてエリィはゴリ押す。
「えっと、じゃあせっかくだしエリィに治してもらおうかな」
エリィのやる気に折れたのか、タカヤは渋々頷いた。
「はい! この治癒術士エリィにお任せください!」
エリィは鞄から治癒術学書<初級入門>の本を取り出すと、治癒魔法の準備にとりかかる。
「では、患部をこちらに」
「あ、はい……」
言われるがままにタカヤはエリィにお尻を向けた。
少し恥ずかしそうだ。
エリィはその場にしゃがみ込み、患部に右手をかざす。
「では、はじめます……」
エリィは真剣な表情で、手に持った本と患部を交互に見る。ただ突っ立っているだけなのにタカヤも緊張しているようだ。
確認しておくと、現在治療しているのはただのお尻の打ち身である。
「大地と風に召します幾多の精霊達よ……」
治癒術学書<初級入門>の二ページ目に書かれた基礎中の基礎の呪文を目で追いながら、エリィは詠唱を開始した。
薄っすらとエリィの右手が光を帯びる。
「おお……」
タカヤは初めて魔法を見るかのように、感動の声をあげている。
え? そんなに感動するほどです? 初級魔法なのに?? いや、こんなに感動してもらえるのは嬉しいですけど……。
不思議に思いながら、エリィは治療を続ける。
「かの者の傷を癒したまえ……“そよ風の治癒”」
エリィが詠唱を終えると同時に、ぽわっと可愛らしい音と共に光が小さく弾けた。
「い、いかがでしょう?」
大きく息を吐き、恐る恐るエリィは聞く。
戦うという事に関してエリィには絶対の自信がある。
しかし、こと魔法に関してはまだまだ未熟なのを自覚している。
切り傷などは魔法が効けば塞がるので魔法の成否がわかりやすいが、打ち身やもっと大きな怪我……例えば体内の怪我などは目には見えないため、魔法をかけられた本人の自己申告に頼るしかない。
「うーん……」
痛みのあった部分の尻の肉をつまんだり揉んだりして、タカヤは確認する。
「確かに……痛みはなくなった……かな?」
「でしょうでしょう! そうでしょうっ! 」
タカヤの感想にエリィは大いに喜んだ。
治癒術士としての初仕事を果たせた事が嬉しい。
他の治癒術士にはなんて事ない治療だが、エリィにとっては大きな一歩だ。
「これからも、何かあったら頼むよ」
「もちろんですよ。これからも私がどんな怪我でも治してみせますからっ!」
今の治癒術士としての実力では、あらゆる怪我はかなり言い過ぎだったが、エリィの志はそれぐらいに高かった。
せっかく苦労して治癒術士に転職したのだから、いつかはどんな血みどろに怪我した仲間さえも、一瞬で治せるようになりたいっ!
女神の加護級の極大治癒魔法を使えるようにっ!
エリィは胸の中で、そんな野望を密かに燃やしていた。
もちろん、それは当分先の話である。
***
タカヤがスライム相手にへっぽこぶりを披露し、お尻の治療をしてもらった場所から、さらに二時間ほど歩いた。
南へ延びた街道は二股に別れ、そこから南東に伸びた道を進んだ場所に、大きな森があった。
数えきれない木々が生い茂り、こんもりと緑に膨らんでいるため、ぱっと見にはちょっとした山に見える。
二人はその入り口に立っていた。
「めちゃくちゃでかい森だな」
視界に入りきらない森の全貌を、タカヤは珍しそうにきょろきょろと見上げていた。
「ここはエンターリアの近くで一番大きなスリ二ドの森です」
エリィは説明する。
「目的の場所がここなのか?」
依頼の手続きはすべてエリィにお任せだったので、どこに行ってどういう目的を達成すればいいのかを、タカヤは知らない。
「この森の真ん中辺りに、川が流れる谷があるのですが、そこに依頼主の方がいらっしゃいます」
立ち止まっていても仕方ないので、街道から繋がる森の入り口を進む事にする。
「でもさ、本当に大丈夫なのか?」
森を進みながらタカヤがぽつりと聞いてきた。
「何がですか?」
「だから、ギルドで受けた依頼」
説明するタイミングを逃していたが、そろそろ詳しい内容をちゃんと話したほうがいいかもしれない。
「ああ、それなら心配しなくても大丈夫ですよ」
歩を進めながら、あっけらかんとエリィは答える。
「今回の依頼の討伐対象はゴブリンです。スライムに比べれば知能もありますし、武器も持っていますけど、それでも人間に比べれば非力な魔物ですから」
「え? 武器とか持ってるの?」
それはタカヤにとっては予想外だったのか、かなり驚いている。
スライムとさえ戦った事がなかったのだ、武器を持った相手と戦った経験もないのだろう。
驚くのも無理はない。
もちろん、ゴブリンはスライムより強い。
エリィだって本当は、タカヤのためにスライム討伐の依頼にしてあげたかった。
しかし、残念ながらスライム関係の依頼は、他の初心者パーティーに全部とられてしまっていた。
「で、でも全然よゆーの依頼ですからっ! 大丈夫ですからっ! 二人なら楽勝なのでっ!!」
「本当に?」
タカヤはめちゃくちゃ疑っている。
「いざとなればさっきみたいに、私が助けに入りますから」
「それは助かるけど……でも、エリィって剣士とかじゃないよな?」
ぎくり。という音でも聞こえそうなほど、エリィは動揺する。
巨漢だとかスライムだとかを殴り倒しておいて今更だが、エリィは非常に返答に困った。
「そ、それは……ほら、アレです。故郷のおばあちゃんから、幼い頃に武術を少々な教わっていたので」
どう言って良いのかわからず、エリィはまたも架空のおばあちゃんの話で誤魔化した。
実際におばあちゃんは存在するが、エリィの祖母はそんな人ではない。
「そうなんだな、でもやっぱり不安は不安だよ……」
タカヤは今にも泣きそうだ。
エリィからすれば、まったくこれっぽっちも心配する必要はないのだが……。
ゴブリンを倒して帰ってくるだけ。
散歩のついでに、買い物をして帰ってくるようなものだ。
こればっかりは経験を積んで慣れてもらうしかない。
これから先、冒険者としてたくさんの依頼をこなさなければならない。
弱気なままでは困るのだ。
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