先日まで最強の聖剣使いでしたが、 今日から治癒術師(Lv1)としてがんばりますっ!

小島 知晴

文字の大きさ
上 下
4 / 21
第一話 今日から正真正銘の治癒術士ですっ!(しょんぼり剣士と共に)

第一話 今日から正真正銘の治癒術士ですっ!(しょんぼり剣士と共に) 4

しおりを挟む
 
   ** ** **

 冒険者ギルドから通りを二つほど超えた辺り、その裏路地にある酒場『不知火亭』
 
 少しでも多く報奨金を得るため、パーティーを組まず一人で依頼をこなす強者や、そもそも冒険者ですらない盗賊を生業にしているような荒くれものがたむろする、エンターリアでも悪い噂の絶えない酒場だった。
 
 そんな店内の一番奥の席。タカヤはこの世の終わりのような顔で、ちびちびとミルクを啜っていた。


「これからどうすりゃいいんだ……」
 

 手の平に乗せた数枚の銀貨を眺めて、深く溜息をつく。
 
 ギルドに登録した事で冒険の準備資金を得る事はできたが、これからの行く末に立ちこめた雲が晴れたわけではない。


「一人で依頼を受けるって言ってもなぁ……」
 
 
 腰に携えた鉄で作られた剣に目をやる。
 
 ギルドに登録した時に貰った準備資金で、とりあえず街の道具屋で揃えたものだ。
 
 その重みは自分には分不相応に思えた。
 
 試しに購入してすぐに軽く素振りをしてみたが、ひと振りで手首を痛めそうな重さだった。
 
 タカヤの体格は標準的な若者のそれだし、どちらかといえば華奢なほうだ。鉄の塊を振り回せるような体力や筋力は備わっていない。
 
 身を守る武器もまともに扱えない人間が、魔物の闊歩する街の外に一人で出るなど、みすみす命を自分から捨てに行くようなものだ。


「はぁ……とりあえずなんでもいいから仕事探すかぁ……」


 魂まで抜けそうな深いため息を吐きながら、タカヤは立ち上がった。


「よう、お前さんも仲間の作れないあぶれ者かい?」
 

 席を去ろうとしたタカヤの前に、一人の男が立ち塞がった。
 
 見上げなければいけないほど大柄な男の腕は、タカヤの足よりも太い。背中には人間が振れるのか? というぐらい大きな斧が見えている。

 男は眉間に皺を寄せて、タカヤを見下ろしている。


「何か……用っすか……」


 男の迫力に圧倒される。

 正直に言って怖い。
 
 体格もそうだが、男の人相はどう見ても悪人にしか見えない。


「困ってるなら俺が稼げる仕事紹介するぜ?」
 

 にやりと笑うと、男の人相が一段と悪くなる。


「いや、特に困ってないんで……全然お構いなく……」
 
 
 本当は仕事があるならすぐにでも飛びつきたいところではある……それが真っ当なものなら。
 
 だが、タカヤにはどうにもそんなおいしい話には思えなかった。
 
 やんわり断ってその場を離れようとする。


「まぁ、そう言うなよ兄弟」

 
 馴れ馴れしい口調で男はタカヤの腕を掴んで引き留める。

 振りほどこうと動かしてみても、男の腕力が強すぎてびくともしない。


「なに、簡単な仕事だ街道を定期的に通る行商の馬車をな、その腰にぶら下げた剣でちょいと脅してやるのさ。その後で馬車の積荷をごっそりいただくって寸法よ……簡単な仕事だろ?」

 
 タカヤは耳を疑った。


「それって普通に強盗じゃないか。冒険者のやる事じゃないだろ」
 

 タカヤの中にある冒険者象。それは、依頼を受けて困っている人を助けたり。世界を救うために悪の魔王と戦ったり。
 
 名を挙げるため、心からの善意で誰かの役に立つため。冒険者になる理由は様々だとしても、初心者もベテランも関係なく、困った人達のもとに駆け付ける。
 
 そう思っていた。それが、こんな強盗まがいの事を言うなんて。
 
 もちろん、こんな冒険者はごく一部なのはタカヤにもわかる。

 わかる……が、それにしたってたちが悪い。


「エンターリアにやってくる冒険者なら、どんな初心者でも田舎者でも、この酒場がどんな場所か知らねぇはずはないぜ。お前だって一攫千金狙ってんだろ? だったら楽に稼ぐ仕事を紹介してやるって言ってんだよ」
 
 強盗なんて絶対にやりたくないが、言う事を聞かないと何をされるかわかったものではないのも確かだ。
 
 なんとかこの場を切り抜けなくては。そう思うものの、タカヤにはどうすれば良いのかわからない。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は本当にそういう仕事をする気はないんだって!」


「なんだぁ? こっちは親切で言ってやってるってのによぉっ!」


「いや、ほんと大丈夫なんで! 自分でなんとかするんで!」
 
 
 怒りに任せて男はタカヤの胸倉を掴んだ。

 足が宙に浮いた状態のタカヤは、男の迫力にすっかり圧倒されてしまう。

 必死に首を振るが、男は納得できないのか鬼の形相で睨みつけた。

 このまま男の言う事を聞くしかないのか……と諦めかけたその時。
 
 ばぁんっ!

 と大きな音とともに、酒場の扉が勢いよく開かれた。

 酒場にいた全員の視線が、扉を開けた人物に集まる。もちろん、タカヤもそのうちの一人だ。


「たのもー! たのーもー! お楽しみのところ失礼しますよ!」
 

 鈴の鳴るような可愛いらしい、はきはきとしたよく通る声が店内に響く。
 
 ざわついていた店内が、一瞬で静まりかえった。客達の視線は今しがた扉を開いた人物へと注がれている。
 
 外の陽光を背中に背負い。右手をどーん、と前に突き出し扉を開けたままのポーズでエリィが立っていた。
 
 タカヤの胸倉を掴んでいた男も、まだ呆気にとられている。
 
 どうもどうもと周りに頭を下げ、客の顔を一人ずつ確認しながらエリィはゆっくりと店内を歩く。


「ん~……違うなぁ、他の場所なのでしょうか……」
 
 
 客の顔を見ながらあーでもないこうでもないと言いながら、エリィはさらに店の奥へと歩を進めると、タカヤと男の前で足を止めた。


「あ……」
  

 エリィはまじまじとタカヤの顔を見つめる。


「いや……あの……えっと……何?」
 

フードの奥から見えるくりくりとした瞳が自分を凝視しているのがわかった。タカヤは気まずさで反射的に目を逸らす。
 
 タカヤの胸倉を掴んでいる男など、眼中にないようにエリィは男を突き飛ばし、タカヤの目の前に立つ。
 突き飛ばされた男がおいっ! と、文句を言おうとするが、エリィはまったくこれっぽっちも気にせずに話し始める。


「貴方がギルドであまりに経験がなさすぎて、一緒に旅する仲間が見つからなかったしょんぼり剣士のタカヤさんですか?」


 エリィに悪気はまったくないが、初対面の人間に対してあまりに失礼である。


「えっと……まぁ……そうだけど、言い方……ひどくない?」


 事実なので否定はできないが、タカヤは内心傷ついた。

 先程の冒険者ギルドでのやりとりを嫌でも思い出してしまう。

 冒険者として生きていくためにギルドで仲間を募ったところ、何人かは声をかけてくれたが、タカヤの技量を聞くと皆、途端に表情を曇らせて当たり障りのない言葉でタカヤの元を去っていった。


「やはりそうでしたか!」


 エリィは大きな瞳を輝かせ、鼻先と鼻先がぶつかりそうなほどタカヤに顔を近づけた。フードに隠れていたエリィの顔がはっきりと見える。

 可愛い。

 タカヤの心拍数がひとつ跳ね上がる。

 どんぴしゃストライクでタカヤの好みのタイプだった。

 が、それよりも今はこの距離感が問題だ。

 可愛い女の子とお近づきになれるのは本来嬉しい事だが、それにしたって近すぎる。
 
 嬉しいより恥ずかしいが勝る。

 吐息がかかりそうな距離に、タカヤはもはやどうしていいかわからなくなる。

「ちょ、ちょ、ちょっと……さっきから何? 意味がわからないんだけど? あと、顔、顔近い」


「やーーーーーっと見つけましたよ! もぉ、街中探したじゃないですかー」


 顔を離すとエリィはタカヤの肩をばしばしと叩く。


「じっとしておいてくれないと困りますよ。まったくー」


「あのさ……とりあえず一旦、一旦落ちつこう」


 タカヤは一歩下がり、エリィと距離をとる。


「あ、申し遅れました。私、エリィ=ス……にょうごにょごにょ……です!」


 名乗ろうとするエリィだが、途中で不自然に言い淀んで誤魔化した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

転生したら王族だった

みみっく
ファンタジー
異世界に転生した若い男の子レイニーは、王族として生まれ変わり、強力なスキルや魔法を持つ。彼の最大の願望は、人間界で種族を問わずに平和に暮らすこと。前世では得られなかった魔法やスキル、さらに不思議な力が宿るアイテムに強い興味を抱き大喜びの日々を送っていた。 レイニーは異種族の友人たちと出会い、共に育つことで異種族との絆を深めていく。しかし……

ウルティメイド〜クビになった『元』究極メイドは、素材があれば何でも作れるクラフト系スキルで商売をして生計を立てていく〜

西館亮太
ファンタジー
「お前は今日でクビだ。」 主に突然そう宣告された究極と称されるメイドの『アミナ』。 生まれてこの方、主人の世話しかした事の無かった彼女はクビを言い渡された後、自分を陥れたメイドに魔物の巣食う島に転送されてしまう。 その大陸は、街の外に出れば魔物に襲われる危険性を伴う非常に危険な土地だった。 だがそのまま死ぬ訳にもいかず、彼女は己の必要のないスキルだと思い込んでいた、素材と知識とイメージがあればどんな物でも作れる『究極創造』を使い、『物作り屋』として冒険者や街の住人相手に商売することにした。 しかし街に到着するなり、外の世界を知らない彼女のコミュ障が露呈したり、意外と知らない事もあったりと、悩みながら自身は究極なんかでは無かったと自覚する。 そこから始まる、依頼者達とのいざこざや、素材収集の中で起こる騒動に彼女は次々と巻き込まれていく事になる。 これは、彼女が本当の究極になるまでのお話である。 ※かなり冗長です。 説明口調も多いのでそれを加味した上でお楽しみ頂けたら幸いです

スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜

櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。 パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。 車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。 ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!! 相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム! けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!! パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...