先日まで最強の聖剣使いでしたが、 今日から治癒術師(Lv1)としてがんばりますっ!

小島 知晴

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第一話 今日から正真正銘の治癒術士ですっ!(しょんぼり剣士と共に)

第一話 今日から正真正銘の治癒術士ですっ!(しょんぼり剣士と共に) 2

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「いいじゃないですか。私は心機一転、初心に戻って冒険をしたいのです! 初級冒険者を満喫したいのです!」


 エリィはぐっ、と拳を強く握った。初級冒険者としてやっていくぞ! という固い決意が込められている。


「さすがに初級冒険者は無理がありますよ」

 
 係員は冷静に言った。


「でも、もしまた剣士に戻りたくなったら、いつでも相談に来てくださいね」

 
 係員は諦めたように溜息を吐いた。


「き、来ませんよ! 私は治癒術士としてこれから大活躍していくんですから」


 署名の邪魔になるからと、隣に立てかけてあった法杖を手に持ちエリィはやる気をアピールする。
 
 初級冒険者と自称している割に、エリィの持つ法杖はかなり……いや、とても豪奢な見栄えだった。

 それもそのはず、この法杖は初心者冒険者が到底購入できる金額のものではない。本来は高レベルの治癒術士が装備するような逸品だ。

 衣装はさすがに高価なものを身につけると目立つので、気を遣って安価な初心者の上下セットを購入した。だが、この法杖だけはひと目ぼれしてしまい、潤沢な資金にものを言わせ一括現金購入したのだ。

 ……まだ治癒術士としての登録手続きも済んでいなかったにも関わらず。


「エリィさん、その法杖だいぶ目立ってますよ」

 係員の感想は至極真っ当なものだ。

 エリィだってそう思っている。

 金飾りや宝石がはめ込まれた豪奢で、それでいて気品の漂う真っ白な法杖は、初級治癒術士の衣装を纏ったエリィが持っているだけでとにかく目立つ。

 はっきり言って誰が見てもアンバランスだ。その証拠にギルド内にいる何人かの冒険者は、エリィの姿を奇異な視線でちら見している。

 それでも、どうしても欲しかったのだから仕方ない。エリィはこの法杖を添い遂げる覚悟で、思い切って購入したのだ。


「いいんです、これは治癒術士だったおばあちゃんから譲り受けた大切な杖。という設定なので」


「設定って……」


 エリィは咄嗟に考えた適当な設定を持ち出した。


「まぁ、エリィさんなら色んな魔法も使えるでしょうから、大丈夫でしょうけど」


「全然使えませんよ?」


 頭にクエスチョンマークを浮かべ、エリィは係員を見る。


 「え?」


 係員の目が大きく開かれる。


「え?」


 エリィは小さく首を傾げる。

 二人の間に一瞬の沈黙が流れる。


「あ、でもでも大丈夫です。ちょっとした掠り傷を治す魔法は覚えましたし、困った時はこの治癒術学書<初級入門>を読めばなんとかなりますよ」


 エリィは肩からかけた初心者冒険者御用達の大きな皮製の鞄から、自信満々に薄い本を取り出して見せた。


 係員は目頭を抑える。


「掠り傷ならって、エリィさんは大丈夫でも他のパーティーメンバー死んじゃいますよっ!」


 係員は必死に訴えた。

 本来ならギルド登録前に、エリィが見せた本に書かれているような内容の治癒術は、どんな初心者治癒術士も習得してからやってくるものだ。

 にも関わらず、エリィはそんな基本的な事もすっ飛ばして、治癒術士に転職したのだ。

 係員が驚くのも無理はない。


「そこは心配いらないです。色々な事態に備えてあるので」


 エリィはさらに鞄をごそごそと漁り、奥底から涙的状の瓶を三つ取り出した。瓶の中にには桜色の液体が詰められている。


「それは……」


 係員の目は半分閉じられている。じと目である。


「エクストラポーション《最高級 極》です! これがあれば腕がもげそうになっても、お腹から腸が出そうになっても、ばっちり治りますよー」


 物騒な事を言いながら、ごろごろとカウンターの上にエクストラポーションを置き、エリィはどや顔で係員を見る。

 エクストラポーションは消費回復薬の中では最上級の効能を持つ。

 一年で作り出せる数が限られているため、王都ハルベルクの一番大きな道具屋でも十個も置いていれば良い方で、交易都市とはいえエンターリア中の道具屋でかき集めても三個も見つかるかどうかという品物だった。

 当然その希少性から、通常のポーションに比べて値段も10倍以上はする。

 その中でも最高級品となれば数も少なく、更に値段も跳ね上がる。

 エリィもかき集めるのに相当に苦労した。


「いや、初心者治癒術士がそんな高級アイテムごろごろ持ってたらおかしいでしょ」


「これも村を出るときに、おばあちゃんが持たせてくれた設定にするので大丈夫です」


「どんなおばあちゃんなんですか、さすがに無理がありますって。その杖を持って歩いてるだけでもすでにおかしいのに」


 エリィはツッコまれたら全部おばあちゃんが持たせてくれた。で押し通すつもりだ。

 
「無茶苦茶ですよ」

 
 係員の声は疲れきっている。


「これはいざという時の保険ですよ。せっかく治癒術士になったんだから、使える魔法でなんとかしますから」


「掠り傷しか治せない治癒術士と旅をするなんて、私なら絶対に嫌ですよ」


 係員の意見はもっともである。


「本当お願いしますね。一応、法聖庁とギルドのほうで、聖剣使いのエリィさんが転職した事は外部に漏れないように伏せていますので」


 法聖庁での一件がたった数日で、これだけ早くギルド係員の中で噂話としてまわっているのに、本当に外部に漏れないのだろうか?

 エリィにはどうにも疑問だった。

 とはいえ、エリィ自身はもし転職した事が誰に知られても困る事はない。もともと隠すつもりもなかった。

 だからといって、私は元聖剣使いのエリィ=スノウドロップだと吹聴して歩く訳ではないが……。


「あくまで、治癒術士のエリィさんと聖剣使いのエリィさんは別人という……」


「なるほど、そういう設定なのですね」


 係員が言い終わる前に、エリィは口を挟んだ。


「……そういう手続きです」


 係員は間髪いれずに訂正する。


「聖剣使いは今や冒険者や大陸中の人たちの憧れ。聖剣使いが存在する事にしておかないと法聖庁の面子も立たないですし、竜帝の残党への牽制にもなりますから」


「別に職業を変えただけで、私は私ですよ」


「世の中には肩書が大事な場面もあるんです、特に政治の世界では。しばらくは英雄として担がれるのは我慢するしかないですよ」


「えー……いやだなぁ」


 エリィは心底面倒臭そうに言った。

 英雄だなんだと周りが好きに呼ぶ分には構わないが、政治だとかそういった面倒な事に、知らないうちに自分の名前が使われるのはあまり良い気がしない。


「さて、手続きも終わりましたし。エリィさんはこれからどうするんですか? 何か依頼を受注していきます?」


 話を切り上げ、係員は通常の業務に戻る。いつまでもエリィだけの相手をしているわけにはいかないのだろう。

 係員の手元には、この後の仕事のものと思われる書類がまだまだ積まれている。

 もし、エリィが治癒術士としてはじめての依頼を受けるなら、その手続きも済ませてさっさと次の冒険者を呼びたいに違いない。
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