先日まで最強の聖剣使いでしたが、 今日から治癒術師(Lv1)としてがんばりますっ!

小島 知晴

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第一話 今日から正真正銘の治癒術士ですっ!(しょんぼり剣士と共に)

第一話 今日から正真正銘の治癒術士ですっ!(しょんぼり剣士と共に) 1

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 大陸の海沿いに位置する交易都市エンターリア。

 海が近く陸路も整備されたこの街には、様々な国から船や商人がやってくる。世界中の様々な品物や人が集まる大陸一の貿易の要だ。

 そんなエンターリアの一角にある冒険者ギルドは、入ってすぐにそれとわかる雰囲気を醸し出している。

 広い室内には幾つかのテーブルと椅子が申し訳程度に置いてある。そこにあぶれた者達は立ったまま知り合いと談笑したり、柱や壁に背を預けおのおの自由に時間を過ごしている。

 そして、冒険者ギルドの一番奥にある大きな受付カウンターには、横一列に受付の係員が三人並んで業務をこなしていた。

 受付カウンターの一番右端。そこでフードを被った一人の少女が手続きを進めていた。

 肩の辺りで切り揃えられた栗色の髪に、くりくりとした大きな瞳。少女はとても可愛らしい愛嬌のある顔をしている。


「えーっと、エリィさん。あとはこっちの書類にもサインお願いします」

 
 丸い眼鏡に長い髪を片方で三つ編み結った女性のギルド係員が、羊皮紙で作られた書類の束をを少女に手渡した。

 ざっと見た感じ十枚以上はある。

 エリィと呼ばれた少女は、その書類の厚みをげんなりした表情で見る。


「うう……相変わらず手続きが多いですね」


 冒険者ギルドのカウンターで、エリィは書類に書かれた文面を仕方なく読む。


「しょうがないですよ。エリィさんほどの冒険者の転職ですから、法精庁に提出書類やなんやかんやで書類は多くなっちゃうんです」


 私達も大変なんですよ。と係員は溜息をついた。


「こんなに面倒なら、別に一般冒険者と同じ手続きでいいですよぉ。わざわざ特別扱いで手続きを面倒にしなくても……」


 愚痴をこぼしながらエリィは書類の署名欄に、自分の名前を書きはじめる。


「世界を救った聖剣士の転職ですよ? 法聖庁だって許可したくないんですよ本当は」


「ちゃんと許可もらいましたもん」


 エリィはがりがりと勢いよくペンを走らせ、署名を続けながら頬を膨らませる。


「それは、エリィさんが許可してくれなきゃ今後は法聖庁の要請には応えないって駄々をこねるから……」


 係員の言葉に、エリィのペンがぴたりと止まった。



「だ、駄々なんてこねてませんよ! 失礼な」


 一旦ペンを置き、エリィは係員に抗議する。


「転職ジョブチェンジという個人的な要件に対して公権力を乱用して拒否しようとするから、じゃあじゃあ私も貴方たちの言う事は聞きません! と言っただけで……って……なんでこの話知ってるんですか?」

 
 法聖庁とエリィとの間で、揉めに揉めた問答があったのが、かれこれ五日前。

 確かに日数こそ経っているが、エリィだって法聖庁との話を(半ば無理矢理に)まとめて、すぐにエンターリアまでやってきたのだ。

 
 法聖庁は大陸中央に位置する最大の都市、王都ハルベルクにある。そこから海沿いのエンターリアまでどう急いでもエリィがかけた日数と同じぐらいはかかる。

 
 噂の伝わり方があまりにも早すぎる。

 
「おかしくないですか?」 

 
 エリィは目の前の係員を疑念の眼差しで見た。


「ギルドにはどんな噂も、最速で耳に入ってくるんですよ」


 職員はにっこり笑った。


「そ、そうだったのですね……」

 
 信じられずにエリィはまだじっと係員を凝視しするが、係員は微笑むだけでそれ以上答えない。

 エリィは情報社会の恐ろしさを知った。 


「ギルドに所属する冒険者の情報は、常に最新のものを仕入れておかないと、世界中に散らばる皆さんのサポートはできませんからね」


 その理屈はわかるのだが、それにしたってとんでもない情報網だ。


「依頼をこなしに遠方まで出かけた冒険者の方が、急病になって帰ってこれなくなったりしたら、すぐに迎えに行ったりしないといけませんからね」


「な、なるほどぉ……それは頼もしい限りです」


 エリィは気を取り直して、署名を再開する。

 三十分が過ぎた頃、ようやくすべての書類への署名が終わった。


「はい、これで不備なくつつがなく転職に関する手続きは完了です」


 一枚づつ書類を確認していた係員は最後の一枚に目を通し終えると、書類束を止め金で挟み、一枚目の空白部分にギルドの承認印を勢い良く押印した。

 承認印とカウンターに挟まれた書類束からドン、と心地良い音が鳴った。


「やっと終わりました……」


 利き腕である右手の親指の付け根辺りを揉みほぐしながら、エリィは大きなため息をついた。

 それと同時に嬉しさがこみ上げてくる。

 転職を思い立ってから、なんだかんだでもう半年近くの期間が過ぎていた。

 長い道のりだった。

 くる日もくる日も法聖庁に通い。

 係員に駄々をこね。

 担当管理官に駄々をこね。

 最後には法聖大臣にも駄々をこねた。

 駄々をこねにこね倒した日々が、今日ようやく結実したのだ。

 達成感にエリィは、両手を握りガッツポーズをした。


「これで今日からエリィさんは、晴れて治癒術士? としてギルドに登録されました。おめでとうございます」


「いま、治癒術士? って言いました? なんで疑問形なんですか!」


 係員のさいげない一言を、エリィの耳は聞き逃さなかった。


「いや、だって……エリィさん聖剣使いなんですよ? 黄昏の六神官を打ち倒し、青の竜帝に致命傷を負わせ撤退させた、いわば世界を救った英雄じゃないですか」


「別に私の実力だけじゃないですよ。パーティーのみんなで協力したから色んな事を乗り越えられたのですし」


 謙遜ではなく、エリィは心からそう思っている。

 今でこそ、その名を轟かせる冒険者の一人に名を連ねてはいるが、元は大陸の隅にある田舎町の出身だ。冒険者ギルドへの登録の仕方もわからなかった自分が、ここまでやってこれたのは一緒に旅した仲間達の協力があったからこそだ。



「それに、あれですよ? 英雄クラスの剣士から初心者の治癒術士だとクエスト達成時のギルド報酬とか、天と地ほどの差で安くなっちゃいますよ?」


「お金の事は大丈夫です。今までの冒険でもらった報奨金をがっぽり貯金しているので!」


 エリィは得意気に胸を張った。

 貯金額には自信がある。

 無駄遣いにも……自信がある。


「そりゃ、エリィさんクラスなら一生遊んで暮らせるぐらいの報奨金や報酬アイテム持ってるでしょうけど……何もいちから別の職業やらなくても、しかも後衛職……」


 粛々と手続きを進めているが、係員はいまいち納得できない様子だ。

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