30 / 30
ある被害者の証言
30.ある被害者の証言
しおりを挟む
どうも。
おかげさまで助かりました。
一命を取り留めるって、こういうことをいうんですかね、はは。
ええ、大丈夫です。
答えることができます。
ただ、なにを話したらいいのか……。
まず、あの犯人のこと、私は記憶にないんですよ。
ええ、私は会ったことがあるのかどうか、まるで覚えていない。
だから、どうしてこんなことになったのか。なぜ、私が襲われなければならなかったのか、少しも分かりません。
当時の状況ですか。
家を出ようとしたんですよね。
小腹が空いたので、コンビニにいこうと思って。
服を着替えて、財布と携帯とカバンを持って、靴を履いて、ドアを開けて、玄関を出て――
後ろにいました。
ええ、いきなり背後です。
「こんにちは」
驚きましたよ。
抑揚のない声で挨拶をされました。
ぼさぼさの黒髪に、血走った眼、腫れぼったいまぶた。
ヨレヨレのTシャツに、チェック柄のロングスカート。
焦点が合っていないような、うつろな眼差しで、
「わたしのことを覚えていますか?」
私は首を振りました。
実際、相手の姿に見覚えはありませんでした。
「本当に覚えていないのですか? 分かりませんか? あなた、あれだけのことをわたしにしておいて」
不気味な声でした。
人間の、それも若い女性の声音とは思えません。
音声データを逆再生したような、それは奇妙な声で、彼女は続けます。
「わたしはあなたを覚えています。観察しました。幸せそうでなによりです。よかったですね。本当によかった。自分の発言も行動も、そこまで綺麗さっぱり忘れられるのであれば、人生は薔薇色でしょうとも。そうでしょう。そうでしょうとも」
女はゆっくりと近付いてきます。
右手に、銀色のなにかを持っている。
それに気が付いたとき、冷や汗をかきました。
殺される。
直感しました。
それなのに、身体が金縛りにあったみたいに動きません。
夢か、幻か。
あるいは蜃気楼でも見ているようでした。
現実の光景とは思えないままに、私は彼女の刃を何度も何度も、何度も……。
ええ、まったく身に覚えがないんです。
どうして私がこんな目に遭わないといけないのか。
分かりません、なにも分かりませんよ。誰なんですか、あの犯人は。
捕まったんですか? どうなんですか?
あれは恐らくまた、次の犠牲者が出ますよ。
気をつけてください。
家を出たら、本当に、いきなり後ろにいました。
気配も足跡もなにもなく。
幽霊かなにかのように。
「わたしのことを覚えていますか?」
この言葉に気を付けてください。
この言葉に、なによりも……。
(了)
おかげさまで助かりました。
一命を取り留めるって、こういうことをいうんですかね、はは。
ええ、大丈夫です。
答えることができます。
ただ、なにを話したらいいのか……。
まず、あの犯人のこと、私は記憶にないんですよ。
ええ、私は会ったことがあるのかどうか、まるで覚えていない。
だから、どうしてこんなことになったのか。なぜ、私が襲われなければならなかったのか、少しも分かりません。
当時の状況ですか。
家を出ようとしたんですよね。
小腹が空いたので、コンビニにいこうと思って。
服を着替えて、財布と携帯とカバンを持って、靴を履いて、ドアを開けて、玄関を出て――
後ろにいました。
ええ、いきなり背後です。
「こんにちは」
驚きましたよ。
抑揚のない声で挨拶をされました。
ぼさぼさの黒髪に、血走った眼、腫れぼったいまぶた。
ヨレヨレのTシャツに、チェック柄のロングスカート。
焦点が合っていないような、うつろな眼差しで、
「わたしのことを覚えていますか?」
私は首を振りました。
実際、相手の姿に見覚えはありませんでした。
「本当に覚えていないのですか? 分かりませんか? あなた、あれだけのことをわたしにしておいて」
不気味な声でした。
人間の、それも若い女性の声音とは思えません。
音声データを逆再生したような、それは奇妙な声で、彼女は続けます。
「わたしはあなたを覚えています。観察しました。幸せそうでなによりです。よかったですね。本当によかった。自分の発言も行動も、そこまで綺麗さっぱり忘れられるのであれば、人生は薔薇色でしょうとも。そうでしょう。そうでしょうとも」
女はゆっくりと近付いてきます。
右手に、銀色のなにかを持っている。
それに気が付いたとき、冷や汗をかきました。
殺される。
直感しました。
それなのに、身体が金縛りにあったみたいに動きません。
夢か、幻か。
あるいは蜃気楼でも見ているようでした。
現実の光景とは思えないままに、私は彼女の刃を何度も何度も、何度も……。
ええ、まったく身に覚えがないんです。
どうして私がこんな目に遭わないといけないのか。
分かりません、なにも分かりませんよ。誰なんですか、あの犯人は。
捕まったんですか? どうなんですか?
あれは恐らくまた、次の犠牲者が出ますよ。
気をつけてください。
家を出たら、本当に、いきなり後ろにいました。
気配も足跡もなにもなく。
幽霊かなにかのように。
「わたしのことを覚えていますか?」
この言葉に気を付けてください。
この言葉に、なによりも……。
(了)
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

九竜家の秘密
しまおか
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞・奨励賞受賞作品】資産家の九竜久宗六十歳が何者かに滅多刺しで殺された。現場はある会社の旧事務所。入室する為に必要なカードキーを持つ三人が容疑者として浮上。その内アリバイが曖昧な女性も三郷を、障害者で特殊能力を持つ強面な県警刑事課の松ヶ根とチャラキャラを演じる所轄刑事の吉良が事情聴取を行う。三郷は五十一歳だがアラサーに見紛う異形の主。さらに訳ありの才女で言葉巧みに何かを隠す彼女に吉良達は翻弄される。密室とも呼ぶべき場所で殺されたこと等から捜査は難航。多額の遺産を相続する人物達やカードキーを持つ人物による共犯が疑われる。やがて次期社長に就任した五十八歳の敏子夫人が海外から戻らないまま、久宗の葬儀が行われた。そうして徐々に九竜家における秘密が明らかになり、松ヶ根達は真実に辿り着く。だがその結末は意外なものだった。
若月骨董店若旦那の事件簿~満開の櫻の下に立つ~
七瀬京
ミステリー
梅も終わりに近付いたある日、若月骨董店に一人の客が訪れた。
彼女は香住真理。
東京で一人暮らしをして居た娘が遺したアンティークを引き取って欲しいという。
その中の美しい小箱には、謎の物体があり、若月骨董店の若旦那、春宵は調査をすることに。
その夜、春宵の母校、聖ウルスラ女学館の同級生が春宵を訪ねてくる。
「君の悪いノートを手に入れたんだけど、なんだかわかる……?」
同時期に持ち込まれた二件の品物。
その背後におぞましい物語があることなど、この時、誰も知るものはいなかった……。
この満ち足りた匣庭の中で 三章―Ghost of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
幾度繰り返そうとも、匣庭は――。
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
その裏では、医療センターによる謎めいた計画『WAWプログラム』が粛々と進行し、そして避け得ぬ惨劇が街を襲った。
舞台は繰り返す。
三度、二週間の物語は幕を開け、定められた終焉へと砂時計の砂は落ちていく。
変わらない世界の中で、真実を知悉する者は誰か。この世界の意図とは何か。
科学研究所、GHOST、ゴーレム計画。
人工地震、マイクロチップ、レッドアウト。
信号領域、残留思念、ブレイン・マシン・インターフェース……。
鬼の祟りに隠れ、暗躍する機関の影。
手遅れの中にある私たちの日々がほら――また、始まった。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io
Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
どんでん返し
井浦
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
virtual lover
空川億里
ミステリー
人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。
が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。
主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる