忘れられし被害者・二見華子 その人生と殺人事件について

須崎正太郎

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7 菱沼市連続殺人事件 容疑者の供述書

24.菱沼市連続殺人事件 容疑者の供述書 ①

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 正直に言っていいですか?
 ずいぶんと遅かったですね。
 それがいまの本音です。

 日本の警察って、もっと優秀だと思っていました。
 二人目か三人目のときには、とっくに逮捕されていると思ったのに。
 いいえ、もっと言えば、わたしが母の遺体を隠したときに、今日こそ捕まる、明日にも捕まると覚悟していたのに。今日までなにをやっていたんですか?

 刑事さん、そんなに怖い顔をしないでください。
 事件のことは、ちゃんと全部、お話ししますから。
 どこから話しましょうか。

 そうですね。
 わたしが子供のころから、ずっと話したほうがいいでしょうね。
 そうしないと、事件のことが、なにも分からないでしょうから。

 わたしが新聞記者になりすまして、秋吉瀬奈や乙原光昭に会って回ったときに、録音した音声データは、もう聞いたんですよね?
 だったら、わたしの生い立ちも、もう分かっていますね?

 はい。

 わたしは、二十八年前、蜂谷康三と二見淳子の間に生まれた娘です。
 しかし両親は、夫婦ではなく、いわゆる不倫関係だったため、結婚はせず。
 わたしは父に、認知をされて、養育費だけ貰いながら、シングルマザーである母の下で育ったのです。

 母は、だめなひとでした。
 勉強も肉体労働も苦手で、どんな仕事もうまく勤まりません。

 対人関係も不得手でした。
 いつもニコニコしていて、そのために第一印象だけは悪くありません。
 その場その場では調子よく他人に話を合わせるから、ダメなひとだと見抜きにくい。

 ですが。
 少し難しい話をすると、

「分からなぁい」

「そういう話、興味がない」

「無理無理、あなた、代わりにやって」

 これが口癖で、難しいことは全部他人に丸投げ。
 大事な話をしても、まったくまともな回答が返ってきません。
 それでは他人の信頼を得ることなどできませんよね。

 母は、どんな仕事も長続きせず。
 父から振り込まれた養育費も、後先考えずに適当に使ってしまうため、生活はいつも苦しかったのです。お金が入ると、すぐにお酒やお菓子を買ったり、自分の服や化粧品を優先してしまうため、わたしにはろくに服も本も、食事さえも、回ってきませんでした。

 そんな母に育てられたため、わたしはいつも汚い服を着て。
 しかもコミュニケーションがたいへん苦手な子となりました。
 いつも無口で、いつも笑わず。そして勉強もスポーツもできないのです。

 このような子供が小学校に入れば、もう結果が最初から見えています。
 わたしは当時の同級生から、無視、嫌がらせ、嘲笑、仲間はずれ等々、酷いいじめを受けました。

 特に小学校から中学校まで一緒だった秋吉瀬奈。いまは結婚して芥川瀬奈という名前になったあの女は酷いものでした。小学校一年生の秋、わたしのアパートに遊びに来て、うちが貧乏だと分かってから、態度が露骨にひどくなりました。いつもわたしを馬鹿にするようになりました。そして彼女は、ある日の朝に、わたしのペンケースをいきなり取りあげて、どこかに隠してしまったのです。小学校入学のときに、母が、珍しく買ってくれた大事なペンケースだったのに。

「なんで、こんなことするの? 返して!」

 わたしは当然、訴えました。
 けれども秋吉瀬奈は、ニヤニヤするだけでなにも言いません。
 これがこの女と、その取り巻きの特徴でした。わたしとは口喧嘩もろくにせず、聞こえよがしの陰口を叩いたり、ものを隠したりしては、ただニヤニヤするだけなのです。

 わたしの学生時代において、いじめっ子はたくさんいましたが、小一から中三までネチネチと絡んできたのはこのひとくらいのものです。中学校でテニス部に仮入部をしたときだって、テニス部の先輩方に、

「二見さんは運動音痴だし、性格も暗いから、入部させないほうがいいですよ」

 なんて、わたしの目の前で言うんです。
 もう嫌だ。そう思ってわたしはテニス部に入りませんでした。
 いつも読書ばかりで、暗い子だと言われていたので、自分を変えたいと思って運動系のテニス部を選んだのに。テニス部員という肩書きさえあれば、明るい中学生になれると思っていたのに。すべて台無しです。

 秋吉瀬奈との関係は、こういったことの繰り返しでした。
 廊下を歩いていたら、すれ違いざまに悪口を言われたり。
 男子とちょっと話をしたらクスクスニヤニヤ笑ったり。話しかけるだけで「臭い、臭い!」ってキャーキャー言われて逃げ出されたり。

 ひとつひとつは小さなトラブルでしたが、それが積み重ねとなれば、人間の心は病んでしまいます。秋吉瀬奈の行動は、まさにそれでした。

 わたしが行った偽のインタビューでは、わたしのことを、面白い子だったとか、ギャグを言っていたなんて答えていましたが、わたしは面白くもなんともありません。
 わたしはいつだって「取ったものを返して」「もう話しかけてこないで」くらいしか、言っていないんです。
 それが、秋吉瀬奈にとってはたまらなく面白いらしくて、いつもニヤニヤしていました。
 だから面白いひとだった、ということになっているんでしょうけれど。

 繰り返しますが。
 わたしはちっとも面白くなかったのです。

 刑事さん。
 いま、小さくうなずきましたね?
 なぜ、うなずいたのですか。わたしのなにかが、分かったのですか?

 もしかして、わたしが秋吉瀬奈を殺した理由を、学生時代のいじめの仕返しだと思っていませんか?

 ええ、それもあります。
 わたしは秋吉瀬奈を、殺したいほど恨んでいました。
 この女と関わったばかりに、わたしの学生時代は滅茶苦茶でした。

 それなのに、秋吉瀬奈は、二十代で一戸建てを建てるような男と結婚して、子供を産み育て、幸福を満喫している。こんなに腹の立つ話はありません。その上、秋吉瀬奈は、自分と家族と一戸建てをSNS上にアップしているのです。それを見たときのわたしの憤り、理解できるでしょうか? もっとも、そのおかげで、秋吉瀬奈の現在の住所を特定して、殺害することができたのですが。

 ええ。
 憎い憎い、秋吉瀬奈。
 わたしをいたぶり続けた、あの女。

 けれども。
 わたしが秋吉瀬奈の殺害を決めたのは。
 最後の一押しになったのは、小学生や中学生時代における、いじめの話だけではないのです。

 分かりませんか?
 想像もつきませんか?
 わたしが持っていた録音データを聞いて、なにかおかしいと思いませんか?

 気付かないのならば、いいのです。
 あなたも所詮は、秋吉瀬奈と同類の人間だったと、それを証明しているだけのことですから。

 ごめんなさい。
 あなたを責めても仕方ありませんね。

 そんな顔をしないでください。
 ちゃんとお話、しますから。
 順を追って、最後まで。
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