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5 蜂谷クリニック事務員 篠原《しのはら》みどりの話
15.蜂谷クリニック事務員 篠原《しのはら》みどりの話 ①
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(録音開始)
おたくも来られたのですか。
華子さんの事件からこっち、このクリニックにもずいぶん、マスコミさんが来られましてね。
新聞にテレビ、雑誌、それから面白半分のユーチューバーまで、ずいぶん登場されましたけれどね。また新聞記者さんのご登場ですね。
最近は少し控え気味になってきたかと思ったら。
あれだけの事件だから、仕方ありませんけれどね。
華子さんに、華子さんの同級生に、華子さんを教えていた先生まで亡くなったのですからね。
いいですよ。
何度でもお話しします。
蜂谷先生はお疲れですから。
私のほうで答えられる限りは、お答えしますとも。
私は篠原みどり。
四十七歳になります。
この蜂谷クリニックの事務員を務めております。
そうです。
もう二十年もお世話になっているんですよ。
さて。
ご存知でしょうから、隠し立てはいたしません。
二見華子さんは、蜂谷クリニックの院長、蜂谷康三先生の娘さんになります。
いまから二十八年前に蜂谷先生が、スナック『夕顔』で働いていた、二見淳子《ふたみじゅんこ》さんとの間に作ったお子さんです。
といっても、私はそのころ、蜂谷家とはなんの関わりもありませんでした。
私が蜂谷クリニックに就職したのは、二十年前のことですからね。
当時の淳子さんと華子さんについてのお話は、あくまでも、後になって先生から聞いた話でしかありません。
約三十年前。
スナックで淳子さんを見初めた蜂谷先生。
先生にはすでに奥さまがおられました。
しかし、蜂谷先生は淳子さんに一目惚れしてしまい、毎日のようにスナックを訪れては、熱心にかき口説いたと言われています。
そのとき蜂谷先生は三十六歳。
淳子さんは、四十歳くらいだったそうです。
写真を見たことさえないので、当時の淳子さんがお綺麗だったかどうかは分かりません。
男好きのする女っていますから。
特にああいう、水商売の女性はそうじゃありませんか?
失礼。
ともかく蜂谷先生は、最初こそ淳子さんに入れあげたものの、次第に、相手のしつこさや、
「奥さんと別れて、わたしと一緒になって」
という、お定まりの文句に嫌気がさし、スナックへ足を運ばなくなっていきました。
ですが、そのころ、淳子さんはお腹の中に赤ちゃんを身ごもっていたのです。
それが華子さんですね。
華子さんが、淳子さんのお腹の中にいると分かったときには、もう中絶できない時期になっていました。
蜂谷先生は、奥さまにバレないように、ずいぶんと気を配ったようですが、結局はバレてしまいました。
蜂谷先生、スキが多いところがありますからね。
淳子さんも、あまり頭の巡りが良いほうでなかったようだから。
それは当然、奥さまに露呈しますわね。
失礼。
淳子さんは、やがて華子さんを出産しました。
その後、恥知らずにも蜂谷クリニックに日参して、認知を要求。
このときは、蜂谷先生、奥さま、淳子さんの三人……。
いえ、赤子時代の華子さんもいたようですから、正確にいえば四人ですが。
ともかく、成人三人の間で、相当の口論が行われました。
いえ、口喧嘩ではおさまらず、暴力さえ飛び交ったといいます。
最終的に、華子さんは蜂谷先生のお子様だと認知されました。
ですが、淳子さんと華子さんは、藤崎町に引っ越し。
蜂谷先生と同居はしない、ということに決まったのです。
それから当分の間、蜂谷先生は、養育費を淳子さんに送っていたそうです。
金額は分かりませんが、それなりの額だったと聞いております。
それなのに、淳子さんと華子さんの生活はかなり荒んでいたようです。
華子さんに至っては、貧しい服装、少ない食事という、やっぱりお定まりの育児放棄状態になっていったとか。
それだけが原因ではないのでしょうが、のちに高校も中退してしまい、その後はどんな仕事も長続きしない状態になってしまったそうです。
淳子さんは、振り込まれた養育費をほとんど自分のために使い込んでいたようです。
だからこそ、華子さんにはろくに服も買ってやらなかったとか。
鬼のような母親ですね。
知恵がなければ情もないのでしょうか。
こんな女に、いっときとはいえ心惹かれた蜂谷先生も、どうかしていたのでしょう。
医者は激務です。
先生は整形外科ですが、朝から晩まで、近所のお年寄りから、部活動で怪我をした学生まで、多くの患者さんを相手に診察を行い、汗を流しておられます。
さらに業務だけではなく、日々、進化していく医療技術に後れを取らないために、勉強も続け、他のお医者様たちとの交流も重ね、クリニックの経営をもやっていかねばなりません。
医者は世間のイメージほど、気楽な商売ではないのですよ。
お金が入るのは間違いありませんがね。多額の報酬がなければ心折れてしまうような、それは苦しい仕事なのです。
それほど疲労しきっていた蜂谷先生を、本来、心癒やす役割を果たすのが、奥さまなのでしょうが、残念ながらあの奥さまは、あまり先生に愛情を注いでおられないご様子。
本当にかわいそうな先生です。
三十年前も、さぞお疲れだったことでしょう。
そこを、二見淳子のような馬鹿な女につけこまれて……。
失礼。
ともあれ、蜂谷先生は二見淳子に養育費を送り続けました。
華子さんとも会うことはなかったのですが、父親として存在に気をかけるときもあったようです。
それからしばらくして、私が蜂谷クリニックに就職したあと。
小学校低学年の華子さんが、突然、蜂谷クリニックに現れたことがあります。
「お父さん、いますか?」
蜂谷先生には、奥さまとの間にもお子さんがふたりおられますが、もちろんその子は、お子さんたちとは別人でした。
くせっ毛のおかっぱ頭に、一重まぶたで、なんだかいやしそうな顔つき。
ガリガリの身体。ヨレヨレのシャツ。体格に似合わぬ小さなミニスカート。
そんな子が、クリニックの窓口に現れたとき、私は直感しました。
ああ、これが話で聞いていた華子ちゃんなのだ、と。
それにしてもびっくりしました。
華子ちゃんがクリニックに来るなんて、私は聞いていません。
つまり、華子ちゃんは、先生に許可を得てここに来たわけではなく、おそらく華子ちゃん自身の意思で、勝手にここにやってきたのだと推測しました。
「あなた、華子ちゃんね?」
私は、華子ちゃんに優しく声をかけました。
彼女は、こっくりとうなずきます。やっぱり華子ちゃんでした。
「先生はね、いまお仕事中なの。どんなご用事できたの? お母さんは、このことを知っているの?」
「お母さんは知らない。わたしが、お父さんに会いたくてここに来た」
「どうやってきたの?」
「歩いて」
少し驚きました。
淳子さんの住んでいるアパートと、蜂谷クリニックでは、歩いたら大人でも一時間はかかる距離のはずです。父親に会いたい一心で、歩いてきたのでしょうか。すごい体力と行動力です。子供といっても侮れないものです。
「先生は、華子ちゃんが来ることを知らないのね?」
「うん」
私はこのとき、決めました。
この子がここに来たら、先生のストレスになる。
蜂谷家の平穏も崩れる。それに、クリニックにやってきている患者さんの間でも、先生に隠し子がいるという噂が広まり、クリニックの悪評にも繋がる。
小さな町では、医者の醜聞は致命的です。
私は思いました。ここは華子ちゃんを追い返すことが、従業員である私の役目だと。
「華子ちゃん。ここに来るなら、お母さんの許しを得て来ないといけないわね。分かる?」
「お母さん、たぶん許してくれないと思う」
「だったらますます、ここに来ちゃいけないわね。さ、帰りなさい。お母さんが心配しているはずよ」
「でも、お父さんに会いたい」
「それはだめ。……ね? さあ、出ていって。家に帰れないなら、タクシーで送っていってあげる」
華子ちゃんは、泣きそうな顔をしていました。
けれども、彼女を先生に会わせたら、トラブルが蜂谷家に訪れることは容易に予見できました。
だから私は、華子ちゃんをクリニックの外に追い出し、ちょうどやってきた流しのタクシーに乗せて、アパートまで送り返したのです。私が同行することも考えましたが、仕事があります。それにまだ夕方でしたし、ひとりでも大丈夫だろうと思いました。
酷いことをする、とお思いですか?
勝手なことをする、とお考えですか?
そうかもしれません。
ただ、そのときの私は、まだ蜂谷クリニックに就職して二年目。
前の職場でも、その前の職場でも、人間関係に失敗して退職していた私は、今度こそ辞めるわけにはいかないと思っていました。隠し子騒動で蜂谷クリニックから客足が遠のき、倒産されては困ると思ったのです。私なりの自己防衛であり、私なりの蜂谷先生に対する忠誠心のつもりでした。
……どうされました?
不思議そうな顔をされていますが、私の行動はそれほど奇妙でしょうか?
あとになって冷静に振り返ると、確かに奇異に思われるかもしれません。
けれども、当時の私は間違いなく。
それが蜂谷家にとって最善だと信じていたのです。
それから。
しばらくの月日が経ちまして。
そう、ずいぶん時間が経ったのです。
いまから六年ほど前になりますか。
成人した華子さんが、突然、蜂谷クリニックに姿を現したのです。
ええ。
約束もなにもありませんでした。
まさに奇襲です。なにを考えていたのでしょう?
華子さんは、いきなり蜂谷クリニックの受付に登場し、他の患者さんも待合室にいる中、それは大きな声で、
「二見華子です。お父さんはいますか! 娘が会いにきました! 顔を見せてください! 二見淳子の娘です!!」
そんなことを言い放ちました。
小学生時代と違って、積極的そのものでした。
クルクルの髪を茶色に染め上げた、でっぷりと太った娘が、いきなり登場したので、蜂谷先生はびっくり仰天。
診療室から姿を見せたあとは、目を見開きながら、華子さんの格好を上から下まで見つめていました。
ええ。
そのとき、私もその場所にいましたからね。
これは大変なことになるな、と。
内心、冷や汗をかいておりました。
おたくも来られたのですか。
華子さんの事件からこっち、このクリニックにもずいぶん、マスコミさんが来られましてね。
新聞にテレビ、雑誌、それから面白半分のユーチューバーまで、ずいぶん登場されましたけれどね。また新聞記者さんのご登場ですね。
最近は少し控え気味になってきたかと思ったら。
あれだけの事件だから、仕方ありませんけれどね。
華子さんに、華子さんの同級生に、華子さんを教えていた先生まで亡くなったのですからね。
いいですよ。
何度でもお話しします。
蜂谷先生はお疲れですから。
私のほうで答えられる限りは、お答えしますとも。
私は篠原みどり。
四十七歳になります。
この蜂谷クリニックの事務員を務めております。
そうです。
もう二十年もお世話になっているんですよ。
さて。
ご存知でしょうから、隠し立てはいたしません。
二見華子さんは、蜂谷クリニックの院長、蜂谷康三先生の娘さんになります。
いまから二十八年前に蜂谷先生が、スナック『夕顔』で働いていた、二見淳子《ふたみじゅんこ》さんとの間に作ったお子さんです。
といっても、私はそのころ、蜂谷家とはなんの関わりもありませんでした。
私が蜂谷クリニックに就職したのは、二十年前のことですからね。
当時の淳子さんと華子さんについてのお話は、あくまでも、後になって先生から聞いた話でしかありません。
約三十年前。
スナックで淳子さんを見初めた蜂谷先生。
先生にはすでに奥さまがおられました。
しかし、蜂谷先生は淳子さんに一目惚れしてしまい、毎日のようにスナックを訪れては、熱心にかき口説いたと言われています。
そのとき蜂谷先生は三十六歳。
淳子さんは、四十歳くらいだったそうです。
写真を見たことさえないので、当時の淳子さんがお綺麗だったかどうかは分かりません。
男好きのする女っていますから。
特にああいう、水商売の女性はそうじゃありませんか?
失礼。
ともかく蜂谷先生は、最初こそ淳子さんに入れあげたものの、次第に、相手のしつこさや、
「奥さんと別れて、わたしと一緒になって」
という、お定まりの文句に嫌気がさし、スナックへ足を運ばなくなっていきました。
ですが、そのころ、淳子さんはお腹の中に赤ちゃんを身ごもっていたのです。
それが華子さんですね。
華子さんが、淳子さんのお腹の中にいると分かったときには、もう中絶できない時期になっていました。
蜂谷先生は、奥さまにバレないように、ずいぶんと気を配ったようですが、結局はバレてしまいました。
蜂谷先生、スキが多いところがありますからね。
淳子さんも、あまり頭の巡りが良いほうでなかったようだから。
それは当然、奥さまに露呈しますわね。
失礼。
淳子さんは、やがて華子さんを出産しました。
その後、恥知らずにも蜂谷クリニックに日参して、認知を要求。
このときは、蜂谷先生、奥さま、淳子さんの三人……。
いえ、赤子時代の華子さんもいたようですから、正確にいえば四人ですが。
ともかく、成人三人の間で、相当の口論が行われました。
いえ、口喧嘩ではおさまらず、暴力さえ飛び交ったといいます。
最終的に、華子さんは蜂谷先生のお子様だと認知されました。
ですが、淳子さんと華子さんは、藤崎町に引っ越し。
蜂谷先生と同居はしない、ということに決まったのです。
それから当分の間、蜂谷先生は、養育費を淳子さんに送っていたそうです。
金額は分かりませんが、それなりの額だったと聞いております。
それなのに、淳子さんと華子さんの生活はかなり荒んでいたようです。
華子さんに至っては、貧しい服装、少ない食事という、やっぱりお定まりの育児放棄状態になっていったとか。
それだけが原因ではないのでしょうが、のちに高校も中退してしまい、その後はどんな仕事も長続きしない状態になってしまったそうです。
淳子さんは、振り込まれた養育費をほとんど自分のために使い込んでいたようです。
だからこそ、華子さんにはろくに服も買ってやらなかったとか。
鬼のような母親ですね。
知恵がなければ情もないのでしょうか。
こんな女に、いっときとはいえ心惹かれた蜂谷先生も、どうかしていたのでしょう。
医者は激務です。
先生は整形外科ですが、朝から晩まで、近所のお年寄りから、部活動で怪我をした学生まで、多くの患者さんを相手に診察を行い、汗を流しておられます。
さらに業務だけではなく、日々、進化していく医療技術に後れを取らないために、勉強も続け、他のお医者様たちとの交流も重ね、クリニックの経営をもやっていかねばなりません。
医者は世間のイメージほど、気楽な商売ではないのですよ。
お金が入るのは間違いありませんがね。多額の報酬がなければ心折れてしまうような、それは苦しい仕事なのです。
それほど疲労しきっていた蜂谷先生を、本来、心癒やす役割を果たすのが、奥さまなのでしょうが、残念ながらあの奥さまは、あまり先生に愛情を注いでおられないご様子。
本当にかわいそうな先生です。
三十年前も、さぞお疲れだったことでしょう。
そこを、二見淳子のような馬鹿な女につけこまれて……。
失礼。
ともあれ、蜂谷先生は二見淳子に養育費を送り続けました。
華子さんとも会うことはなかったのですが、父親として存在に気をかけるときもあったようです。
それからしばらくして、私が蜂谷クリニックに就職したあと。
小学校低学年の華子さんが、突然、蜂谷クリニックに現れたことがあります。
「お父さん、いますか?」
蜂谷先生には、奥さまとの間にもお子さんがふたりおられますが、もちろんその子は、お子さんたちとは別人でした。
くせっ毛のおかっぱ頭に、一重まぶたで、なんだかいやしそうな顔つき。
ガリガリの身体。ヨレヨレのシャツ。体格に似合わぬ小さなミニスカート。
そんな子が、クリニックの窓口に現れたとき、私は直感しました。
ああ、これが話で聞いていた華子ちゃんなのだ、と。
それにしてもびっくりしました。
華子ちゃんがクリニックに来るなんて、私は聞いていません。
つまり、華子ちゃんは、先生に許可を得てここに来たわけではなく、おそらく華子ちゃん自身の意思で、勝手にここにやってきたのだと推測しました。
「あなた、華子ちゃんね?」
私は、華子ちゃんに優しく声をかけました。
彼女は、こっくりとうなずきます。やっぱり華子ちゃんでした。
「先生はね、いまお仕事中なの。どんなご用事できたの? お母さんは、このことを知っているの?」
「お母さんは知らない。わたしが、お父さんに会いたくてここに来た」
「どうやってきたの?」
「歩いて」
少し驚きました。
淳子さんの住んでいるアパートと、蜂谷クリニックでは、歩いたら大人でも一時間はかかる距離のはずです。父親に会いたい一心で、歩いてきたのでしょうか。すごい体力と行動力です。子供といっても侮れないものです。
「先生は、華子ちゃんが来ることを知らないのね?」
「うん」
私はこのとき、決めました。
この子がここに来たら、先生のストレスになる。
蜂谷家の平穏も崩れる。それに、クリニックにやってきている患者さんの間でも、先生に隠し子がいるという噂が広まり、クリニックの悪評にも繋がる。
小さな町では、医者の醜聞は致命的です。
私は思いました。ここは華子ちゃんを追い返すことが、従業員である私の役目だと。
「華子ちゃん。ここに来るなら、お母さんの許しを得て来ないといけないわね。分かる?」
「お母さん、たぶん許してくれないと思う」
「だったらますます、ここに来ちゃいけないわね。さ、帰りなさい。お母さんが心配しているはずよ」
「でも、お父さんに会いたい」
「それはだめ。……ね? さあ、出ていって。家に帰れないなら、タクシーで送っていってあげる」
華子ちゃんは、泣きそうな顔をしていました。
けれども、彼女を先生に会わせたら、トラブルが蜂谷家に訪れることは容易に予見できました。
だから私は、華子ちゃんをクリニックの外に追い出し、ちょうどやってきた流しのタクシーに乗せて、アパートまで送り返したのです。私が同行することも考えましたが、仕事があります。それにまだ夕方でしたし、ひとりでも大丈夫だろうと思いました。
酷いことをする、とお思いですか?
勝手なことをする、とお考えですか?
そうかもしれません。
ただ、そのときの私は、まだ蜂谷クリニックに就職して二年目。
前の職場でも、その前の職場でも、人間関係に失敗して退職していた私は、今度こそ辞めるわけにはいかないと思っていました。隠し子騒動で蜂谷クリニックから客足が遠のき、倒産されては困ると思ったのです。私なりの自己防衛であり、私なりの蜂谷先生に対する忠誠心のつもりでした。
……どうされました?
不思議そうな顔をされていますが、私の行動はそれほど奇妙でしょうか?
あとになって冷静に振り返ると、確かに奇異に思われるかもしれません。
けれども、当時の私は間違いなく。
それが蜂谷家にとって最善だと信じていたのです。
それから。
しばらくの月日が経ちまして。
そう、ずいぶん時間が経ったのです。
いまから六年ほど前になりますか。
成人した華子さんが、突然、蜂谷クリニックに姿を現したのです。
ええ。
約束もなにもありませんでした。
まさに奇襲です。なにを考えていたのでしょう?
華子さんは、いきなり蜂谷クリニックの受付に登場し、他の患者さんも待合室にいる中、それは大きな声で、
「二見華子です。お父さんはいますか! 娘が会いにきました! 顔を見せてください! 二見淳子の娘です!!」
そんなことを言い放ちました。
小学生時代と違って、積極的そのものでした。
クルクルの髪を茶色に染め上げた、でっぷりと太った娘が、いきなり登場したので、蜂谷先生はびっくり仰天。
診療室から姿を見せたあとは、目を見開きながら、華子さんの格好を上から下まで見つめていました。
ええ。
そのとき、私もその場所にいましたからね。
これは大変なことになるな、と。
内心、冷や汗をかいておりました。
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