上 下
10 / 30
3 アルバイトの先輩 岩下久美《いわしたくみ》の話

10.アルバイトの先輩 岩下久美《いわしたくみ》の話 ②

しおりを挟む
 ファミレス時代の、二見華子さんの話をもっと?
 といってもねえ、思い出せることはこれくらいだけどね。

 そうねえ。
 外見はさっき言ったとおりだったけれど。

 ああ、とにかく痩せていたね。
 それも病的な痩せ方ね。

 うちの娘もそうだったけれど、普通、あのくらいの年の子って、ちょっとぽっちゃりしていたりするものじゃない?
 そういうところがまったくなくて、手や足がガリガリに細くてね。
 着替えているところを何度か見たけれど、胸の下なんてアバラが浮いていたからね。

 親はまともに食べさせていないのかしらって思ったわ。
 店長も気の毒に思ったのか、まかないを多めにあげたりしていたわよ。
 そうしたらあの子、ニヤーッって笑って、

「ありがとうございますぅ」

 また変に舌っ足らずな感じで、甘えた声でお礼を言ってね。
 なんて声でお礼を言うんだろうと思ったものよ。

 でもね、目は少しも笑っていなかったね。
 ええ、あたしには分かるの。
 あれは感謝なんかこれっぽっちもしていない目だったわよ。

 いるじゃない。
 人からなにをしてもらっても、ありがとうが言えない人。
 助けてもらっても、少しも感謝の気持ちを持たない人。
 二見華子さんって、そういう人だったわよ。

 中学時代の先生の話?
 ええ、それは二見華子さん自身がしゃべっていたことよ。
 休憩時間にね、他のバイトの子たちもいる前で、いきなり話しはじめたの。

「相手は三十歳で、国語の先生でした。わたしのことを好きだっていって、先生の家にまで連れていかれたり、逆に先生、わたしのアパートにまで来たりしてぇ」

 ニヤニヤしながら、自慢げに話すのよ。
 なんて子だ、と思ったわね。

 普通、先生が女子生徒に手を出すなんて、先生のほうに怒りが湧くんだけどね、あたし。
 そりゃそうでしょう。十代の、右も左も分からないような女の子に粉かけるなんて、教師の、いや大人のやることですかって思うもの。

 だけれど、二見華子さんの場合は、そうはならなかったわね。
 二見華子さんは、もう嬉しそうに、

「先生はわたしの母親とも会ってくれた」

「けっきょくは、別れの道を選んだんです」

「そりゃ、悲しかったですよぉ」

 ペラペラと、よくしゃべる口だこと。
 あたしもおしゃべりについては、他人様のことはよう言えないけれどね。
 三十路の教師と恋愛したなんて話を、よくこんなところで出来るもんだ、と思いましてね。

 そのくせ、その日は二見華子さん、オーダーミスを一件、やらかしてねえ。
 あたし、やかましく怒りましたもん。

「男漁りの話もいいけれどね、仕事に来ているんだから、仕事は仕事、ちゃんとやってもらわないと困るのよ!」

 すると二見華子さん、くわっと目を剥いて、顔を真っ赤にして、プルプル震えてね。
 いきなりあたしに背中を向けて、わっと泣きながら部屋の外に飛び出して、店長の名前を呼んだのよ。

 店長に、あたしのことを告げ口に行ったんですよ。
 もうなにからなにまで、気分が嫌になる子でね。
 こっちがうんざりしたわけよ。

 仕事のミスを注意しただけで、あんなに泣かれるようじゃ、なんにもならない。
 使い物にならない。あたしはそう思ったわね。

 それから、あたしと二見華子さんの関係は、もう険悪そのもの。
 いよいよ、あたしたち、目も合わさなくなったわけね。
 店長もそれを察してか、バイトのシフト、なるべくあたしと二見華子さんがかぶらないようにしてくれたんだけれどさ。

 それでもどうしたって、かぶるときが出てくるわけよ。
 そういうときに限って、事件が起きるわけね。
 事件といってもね、あたしにとっては大した話じゃないんだけれど。

 ファミレスにね。
 例の教師がやってきたのよ。
 そう、二見華子さんが、告白されたのなんだのって騒いでた、例の中学の先生。

 名前は、そう、乙原といったかしら。
 その乙原先生が、昼下がりのファミレスに、登場したわけね。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~

aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。 ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。   とある作品リスペクトの謎解きストーリー。   本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

ファクト ~真実~

華ノ月
ミステリー
 主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。  そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。  その事件がなぜ起こったのか?  本当の「悪」は誰なのか?  そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。  こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!  よろしくお願いいたしますm(__)m

影の多重奏:神藤葉羽と消えた記憶の螺旋

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に平穏な日常を送っていた。しかし、ある日を境に、葉羽の周囲で不可解な出来事が起こり始める。それは、まるで悪夢のような、現実と虚構の境界が曖昧になる恐怖の連鎖だった。記憶の断片、多重人格、そして暗示。葉羽は、消えた記憶の螺旋を辿り、幼馴染と共に惨劇の真相へと迫る。だが、その先には、想像を絶する真実が待ち受けていた。

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

処理中です...