忘れられし被害者・二見華子 その人生と殺人事件について

須崎正太郎

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2 中学校時代の恩師 乙原光昭《おとはらみつあき》の話

7.中学校時代の恩師 乙原光昭《おとはらみつあき》の話 ②

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「それはいけないよ。僕たちは教師と生徒なんだから」

 二見華子の告白を、僕はもちろん毅然として断りました。
 当時の僕はまだ若かったので、見目麗しい女子生徒に告白されて、嬉しい気持ちも、少しだけありました。

 でも交際はもちろん、できませんよ。
 僕たちの間柄で。当然でしょう?
 けれども二見華子は引き下がらず、

「どうしてダメなんですか。先生と生徒でもいいじゃないですか。先生は『型破り』なんでしょう? 破天荒でいいじゃないですか。生徒と交際しても、いいじゃないですか」

「無茶を言わないでくれ。型破りといっても、できることと、できないことがある。いくら僕と君が親しくてもそれは許されない関係なんだ」

「禁断の恋ということですか? でも、でも……」

 二見華子は消え入りそうな声で、

「先生はそもそも、わたしのことが好きなんですか? どうなんですか?」

「生徒としては好きさ。君は真面目だし……」

「そういう好きを求めているんじゃありません。わたしのこと、女として、どう見ているかを聞いているんです!」

 思春期の女の子は、思い詰めると凄い迫力を出しますね。
 二見華子は、わたしに抱きつかんばかりに迫りよってきました。

 大きくて、吸い込まれそうな瞳。
 翡翠を思わせるような、澄み切った双眸――
 僕はどう答えたらいいか分からなくなり、思わず黙り込んでしまいました。

 すると二見華子は。
 なにかを勘違いしたのでしょう。

「先生もわたしのこと、好きなんですね? けれど、それを口には出せないんだ」

 そんなことを言い出したのです。
 なんという思い込みの強さ。自分勝手な解釈。
 僕は思わず、唖然としてしまいましたが、二見華子はもうご機嫌で、

「いいんです。先生の本音が分かりましたから。だったら先生、表では付き合うって言えないけれど、裏でこっそり付き合うのはいいですよね? わたし、うまくやります。周りにバレないようにしますから」

「いや、バレなければいいとか、そういう問題じゃないんだ」

 僕ははっきりと言いました。
 これが『叱る』というやつですね。
 教師として、また大人の男として、僕は二見華子を教育しなければと思ったのです。

 はい?
 僕は先ほど、バレなければどうということはない……。
 と、そう言ったじゃないか、ですって?

 いやいや。
 缶コーヒーをおごる程度のことと、女子生徒と教師が交際することでは、話の次元が違いすぎますよ。

 記者さん、そこは常識の問題ですよ。
 しっかりしてくださいよ。
 ねっ?

 ははは。

 さて、二見華子の話に戻ります。
 彼女は、僕の叱責に対して、

「またまたぁ」

 ニコニコと笑って、

「いいんですよ。わたし、もう分かりましたから。女の勘ってやつです。先生はわたしのことが、本当は大好きでたまらない。だけど立場上、それが言えない。そうですよね。大丈夫です。わたしを他の、子供っぽいクラスメイトと一緒にしないでください。分かりますから、すべて分かりますから」

 なんということでしょう。
 初めて会ったとき、おとなしそうに見えた二見華子が。
 こんなにも積極的で、こんなにも自分勝手に動く少女だったとは。

 なにを言っても無駄でした。
 二見華子はもう、僕と両思いだと思い込んでしまったのでした。

 それからですか?
 ええ、二見華子は、学校にいるときはこれまでと変わらない生徒でした。
 おとなしくて、友達付き合いもあまりせず、図書室にばかり入り浸っている。

 でも、僕とすれ違うときは必ず目配せをするのです。
 少しだけ、口元を緩めたりもしていました。

 わたしたち、付き合っているのよね。
 そう言わんばかりに。

 信じられませんか?
 絶句していらっしゃるようですが。
 ええ、けれどもこれは真実なのですよ。

 そして中学二年生の終わりごろの話です。
 二見華子はどこから調べあげたのか、僕のあとでも尾けてきたのか。
 僕が一人暮らしをしているアパートにまで、やってきたのです。
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