生徒会長・七原京の珈琲と推理 学園専門殺人犯Xからの手紙

須崎正太郎

文字の大きさ
上 下
11 / 16

第十話 十月二十五日――第三の事件、七原襲撃

しおりを挟む
 十月二十五日の午前九時。
 講堂に全校生徒が集められた。

 本来、安曇学園の生徒は全学年で三百八十人のはずだが、今日の出席者数は二百人ほどだった。その二百人の前で、田中校長が壇上に上がり、二度も巻き起こった事件について「非常に遺憾に思う」と告げた上で「いま、警察の方々が全力で捜査をしてくれている。事件は必ず解決します。どうか皆さん、動じないでください」と言った。

「また、来月に開催を予定していた文化祭ですが、これについても、誠に遺憾ながら、中止することに致しました」

 講堂中がざわついた。

「先生たちも大変残念に思っています。しかしながら、やむを得ない事態です。どうか生徒の諸君にも、ご理解いただきたい。そう思います」

 やけにしゃべり方が丁寧なのは、Xのことを意識しているんだろうか。
 そうだ、この二百人の中に、Xがいる可能性があるんだ。Xがいると思えば、言葉選びも慎重になるか。

「次に、生徒会長」

 集会の司会を務めていた教頭先生が、僕のことを呼んだ。
 僕と高千穂翠と佐久間君、つまり現生徒会のメンバーだけは、ほかの生徒たちとは別の場所、先生たちの隣にあるパイプ椅子の上に座っていたわけだが、田々中教頭の呼び出しに応じて、僕は全校生徒の前に移動した。

「生徒会長の七原です」

 僕は、ちらりと延岡先生のほうを見てから口を開いた。
 今日のことは、昨日の打ち合わせ通りだ。喋る内容も、延岡先生と相談の上、もう決まっている。僕は頭の中の原稿を読み上げた。

「校長先生から先ほどお話があったように、今年の文化祭は開催を中止します。皆さん、とても残念だと思います。僕も残念です。ですが、現在、学校が置かれている状況を考えれば、やむを得ないことだと思います。来年こそ、明るい文化祭を開催できたらいいと思います」

 喋りながら、ありきたりと言うか、誰でも言いそうな台詞だなと思っていた。
 まあ、生徒会長ってこういうものなんだろうけれど。

 けれども、こうしてみんなの前に立っていると、体操座りをしている生徒一同、二百人の顔がよく見える。ほとんどの生徒はうつむいていたり、ぼんやりと僕のほうを見たりしているだけだが、二割くらいの生徒は、悔しそうに、悲しそうに、眉間にしわを寄せていた。

 これだ。こういうのが、たまらないんだ。Xになんの思惑があるか知らないが、文化祭を楽しみにしていた、文化祭に向けて準備をしていた生徒たちを蹂躙する権利など、お前にあるものか。腹が立つのだ。お前は何様だ、という気持ちになるんだ。たまらない。

 だから僕は、拳を握りしめて、

「こんな毎日は、いつまでも続きません」

 予定になかった言葉を口にした。
 延岡先生が、教師陣が、いっせいに僕のほうを見た。

「殺人犯Xは必ず逮捕されます。昔の安曇学園が戻ってきます。事件が解決し、みんなが笑顔になって、また学校生活を楽しんで、……卒業して何年か経ったら、あんなこともあったね、と振り返って、永谷先生や猿田君のことを悼みながらも、幸せな人生を送って、友達同士でまた集まることができる、そんな未来が必ずやってくる。僕はそう信じています」

 自分でも驚くほど、言葉を紡ぐことができた。
 綺麗事かもしれないが、それは偽らざる、僕の真実の心境だったのだ。

 話を終えて、小さく一礼する。
 すると、生徒たちがいっせいに拍手を始めた。叱られるかと思っていたが、先生たちでさえ、拍手を繰り返していた。僕はちょっと赤くなって、また一礼してから、生徒会の仲間のところへと戻った。拍手はまだ鳴りやまなかった。隣の席に座っている高千穂翠に目をやると、彼女は無言のまま、けれどもやはり、拍手を続けていた。

 やがて拍手が鳴り止む。
 今度は延岡先生が生徒たちの前に向かい、これからの学園生活について話を始めた。
 そんな先生を見つめながら僕は、高千穂翠にしか聞こえない声音で言った。

「かっこつけすぎたかな」

「ううん。良かったよ」

 高千穂翠の声は、これまでに聞いたことがないほど優しかった。

「わたし、いまでも永谷先生のことは嫌いだけれど。でも、いまのは良かった」

「ありがとう」

「うん。……良かった」



 その日の放課後、生徒会にはいつものように僕ら三人とウグ先輩が集まった。「やあやあ、名演説!」なんて、先輩は囃したててきた。

「君を生徒会長に選んだ、私の目に狂いはなかった。君はもう立派な会長だよ、はっはっは。これで生徒会も安泰だ」

 先輩はそう言ったが、文化祭が中止になってしまったので、さしあたって生徒会がやるべきことはなくなってしまった。Xについて話そうかとも思ったが、新しい閃きもなかったで、今日のところはいったん帰宅しようとなり、僕ら四人は、午後四時には学校を出たのである。

 雲が多く、薄暗い空だった。風も冷たい。
 まず駅まで向かって、ウグ先輩を電車に乗せる。
 次に五分ほど歩いて、佐久間君とマンションの前で別れた。

 あとは僕と高千穂翠だ。
 僕らはふたり揃って、残り十分ほどの家路を歩いた。
 保育園も小学校も同じなだけあって、僕らの家は近い。というか、同じ町内だ。お互いの家を行き来したことはないのだけれど、場所は知っている。いつ知ったかも忘れたけれど。

 十二階建ての茶色いマンションを前にして、高千穂翠が立ち止まった。
 ここが彼女の家だ。立派な、オートロック付きのマンションだ。

「ここでいいかな」

「うん、大丈夫。会長こそ平気?」

「うちはもうすぐそこだよ。こっちも大丈夫。じゃあ、また月曜日に」

 明日が土曜日なので、僕はそう言った。
 高千穂翠はうなずいて「バイバイ」と小さく言ってから手を振った。

 ひとりになり、家路を行く。雲がいっそう低くなってきた。住宅街だけあって、道に人気はまるでない。車さえ走っていない。我が地元ながらいつ見ても、不景気というか、寂れた空気だな。

 喉の渇きを覚えて、僕は自販機の前に立った。
 コーヒーばかり飲んでいると脱水になる、とか母親が言っていたような記憶がある。水分補給をしたいなら、水なりスポドリなりを飲むのがいいそうだが、それはそれとしてちょいと一杯、なんて、呑兵衛《のんべえ》みたいなことを考えつつ僕はアイスコーヒーを一本購入、取り出し口に手を伸ばして。

 たっ、たっ、たっ。

 足音が聞こえた。
 なにか嫌な気配がした。
 振り返る。

「うわっ!?」

 仰天した。人間だ。それも全身黒尽くめの、黒い野球帽に黒いサングラスに黒いマスクに、黒いパーカーにデニムといういでたちの、あからさまな不審者が、僕のほうに走り寄ってきて、ひゅん、ひゅん、白光りする刃物を振りかざしてきたのだ!

 な、なんで、なんで――声も出なかった。僕は慌てて逃げようとして、足がうまく動かず、むしろ足首をひねりながら派手に転倒してしまった。「なっ、おい!?」我ながら情けない、なんでこんな言葉で叫んでしまうのか。人間、いざとなるとまともに動くこともできなくなるらしい。助けて、という一言が出てこない。

 それにしたって誰だ、こいつは。真っ黒だ。
 男か女かも分からない。動きに迷いが無く、素早い。転んだせいで、相手の背丈もよく分からない。

 Xか。
 Xなのか!?
 Xが、学校の外なのに襲ってきたのか!?

 それもこの僕を。
 どうして! なんで! なぜ……!

 持っていたスクールバッグを放り投げる。けれども黒ずくめはあっさりとそれを避ける。
 もうだめだ。武器もなにもない。起き上がることもできない。やられる――

「会長ーっ!!」

 ものすごい声量だった。
 空気を切り裂くようなその声は、紛れもなく高千穂翠のものだった。

 高千穂翠が、猛烈な速度でこちらに駆け寄ってくる。早い。さすが元バスケ部のエースだ。スクールバッグを持ったまま走ってきて、そのまま、野球のバットでもフルスイングするように、バッグを黒ずくめに打ちつけた。すると黒ずくめは慌てたように回れ右をして、路地裏へと走り去っていってしまった。

 あとには僕と高千穂翠だけが残される。
 た、助かった。高千穂翠に助けられた。

「会長、大丈夫?」

「あ、ああ」

「良かった。マンションに入る前に振り返ったら、あいつが会長のあとを追いかけていたの。だからわたし、嫌な予感がして、追いかけてきたんだけれど」

「あ、ありがとう。助かった。本当に――う、ぐく……!」

 ひねった左足の痛みが増してきた。
 ダメだ、立ち上がることができない。足に力が入らない。

「待っていて。いま救急車を呼ぶから」

「そんな、大げさな……」

「大げさなことなの。いいから、そのままじっとしていなさい!」

 高千穂翠とは思えない激しさ。
 僕は茫然自失としながら、ようやくここで、自分が生命の危機だったことに気が付いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

旧校舎のフーディーニ

澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】 時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。 困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。 けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。 奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。 「タネも仕掛けもございます」 ★毎週月水金の12時くらいに更新予定 ※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。 ※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。 ※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。 ※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。

それは奇妙な町でした

ねこしゃけ日和
ミステリー
 売れない作家である有馬四迷は新作を目新しさが足りないと言われ、ボツにされた。  バイト先のオーナーであるアメリカ人のルドリックさんにそのことを告げるとちょうどいい町があると教えられた。  猫神町は誰もがねこを敬う奇妙な町だった。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

呪鬼 花月風水~月の陽~

暁の空
ミステリー
捜査一課の刑事、望月 千桜《もちづき ちはる》は雨の中、誰かを追いかけていた。誰かを追いかけているのかも思い出せない⋯。路地に追い詰めたそいつの頭には・・・角があった?! 捜査一課のチャラい刑事と、巫女の姿をした探偵の摩訶不思議なこの世界の「陰《やみ》」の物語。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか―― 『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。 更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。 鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。 古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。 オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。 ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。 ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。 ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。 逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。 出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

処理中です...