警狼ゲーム

如月いさみ

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第十四夜

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 警視庁主導で動くことになった。
 警察庁は警察機構を総合的俯瞰的に管理指示するが実行力は警視庁の方が遥かに高かったからである。

 機動隊。
 刑事部捜査一課。
 そして、組織犯罪対策課。
 各々の場所で終結しながらも一つの意識として統一されていた。

 東大路将も警察庁のフロアで桐谷世羅の元に集まり時計を見ていた。

 桐谷世羅は将と天童翼と根津省吾と菱谷由衣の三人を見て
「この作戦はそれぞれの場所で行動を展開するが統制が取れていないと失敗する」
 と言い
「時計を合わせ、10時から行動を開始する」
 と告げた。
「鷹司警視正が現地のライブ映像を機動隊に送っている。武器を所持した傭兵らしい人間が屋敷を守っているので今回は航空自衛隊の力も借りることにしている。航空自衛隊が屋外で武器を携帯するJNRの人間を排除した後に機動隊が突入し、我々が入る」

 ……後方だが常に命の危険があると思っておいて欲しい……

 桐谷世羅も将も翼も省吾も由衣も防弾チョッキと銃は携帯していたのである。

 桐谷世羅は更に
「今回の目的はJNRの破壊であり、天海礼華と白馬和時、十津川朱華の逮捕と瀬田祥一朗の保護だ」
 と告げた。
「これでJNRの中枢は完全に破壊できる」

 ……その後の末端は時間が掛かるだろうが掃討戦になる……

 将も翼も省吾も敬礼をして
「「「はい!!」」」
 と答えた。

 桐谷世羅は由衣を見ると
「菱谷は現場の外で各部署との連携役を頼む」
 と告げた。

 彼女は敬礼をして
「はい!」
 と応え
「……私の所属していたJNRと対抗する組織の創立と後ろ支えをしていたのは……瀬田祥一朗でした」
 と告げた。

 桐谷世羅は「やっぱりな」と心で突っ込んだ。中心人物で『あの方』と言うワードは出るが名前が出なかったことと彼女が瀬田祥一朗の名前に反応を示していたことで大体の予測はしていたのである。

 それはもちろん、将の母親である東大路茉代から瀬田祥一朗の経緯を聞いたから判断できたことであった。

 翼は驚いたものの
「菱谷自身から話してくれてよかった」
 と言い笑みを浮かべた。

 省吾も頷き
「ん、後方での連携役お願いするね」
 と告げた。

 将は静かに笑みを浮かべたものの言葉を発することはなかった。今はこの作戦コードを成功させ、瀬田祥一朗の本当の姿と向き合わなければならないと思っていたからである。

 六家の人間として。
 父親として。
 彼の真実を見つめなければならないのだ。

 桐谷世羅はそんな将を見つめ笑むと
「よし! 時計を合わせるぞ! 9時59分0秒」
 と言い、一分間のカウントを行った。

 そして、10時になると足を踏み出し
「行動開始だ!」
 と全員でフロアを出た。

 鬼竜院闘平は彼らが出たフロアの一階上にある警察庁長官の執務室から遠くビル群と空が交わる空間を見つめ
「……頼むぞ」
 と呟いていた。

 嵐山正義警視総監もまた執務室で全体の報告を受けながらジッと正面を見据えていた。
「俺は祈るしかできない」

 赤木勇介もまた鷹司陽と電話連絡をして
「鷹司、最期の〆だ。頼む」
 と告げた。

 鷹司陽は現場の周辺の木の影から平岡政春と共に上空を見上げ白く線を引く飛行機を目に
「わかった。最初の事件が長いことかかったな」
 と苦く笑った。

 そして、平岡政春を見ると防護マスクをかぶりながら
「俺たちも動こうか」
 と告げた。

 平岡政春は笑むと同じように防護マスクを着用して
「はい」
 と答えた。

 次の瞬間に建物周辺に煙が広がり催涙弾が多数落とされた。煙は建物にかかるくらいに達し、二人はその中へと飛び込んだ。同時にマスクをつけた機動隊員も催涙弾で苦しむ私設警備員を取り押さえ始めた。

 屋敷の中では4階の豪華な部屋の中から外を見て天海礼華が
「まさか、自衛隊まで動かすなんて」
 と呟いた。

 白馬和時は床に倒れていた瀬田祥一朗を見ると
「和田には個々の住所ではなくもう一つの方を教えておいた……そこへ駆け込めば爆破するように仕掛けておいたのに」
 と服を剥いで
「発信機がないかは確認したはずなのに」
 と呟いた。

 十津川朱華は椅子に座って笑うと
「20年も私たちの仲間のふりをしてきた男ですもの……発信機を飲み込むくらいはするんじゃないのかしら?」
 と告げた。
「私は酒家も失って屋敷も全てを失って終わっていたけれど貴方たちが共に隠し財産で立て直そうと言ったから付き合ったけれど」

 ……もう終わりなんだからそろそろ教えてくれないかしら? 隠し財産の場所を……

 白馬和時は彼女を見ると
「何を言っている、俺たちに対して隠し財産のことなど知らぬふりをして一人で手に入れるつもりなんだろう? お前が場所を知っているのは分かっている。話せ」
 と告げた。

 十津川朱華は目を見開くとチラリと天海礼華と瀬田祥一朗を見た。
「冷静に考えなさいよ、白馬。確かに私はなるみと良い仲になってあの島の駐在になって富を手に入れたわ。でも、なるみが一番信用して場所を教えるとすれば娘の彼女でしょ? 彼女からは聞いていないの?」

 ……どうして部下だった貴方を含めて私や瀬田や杉山や三津野や松村に話をするのかしら? ……

 白馬和時は少し考えてチラリと後ろの窓際に立っている天海礼華を見た。
「礼華お嬢さま、俺はお嬢さまからなるみの女だった十津川が場所を知っていると聞いたから彼女に声を掛けた。しかし、十津川の言うことももっともだ」

 ……どういうことですか? ……

 天海礼華は銃をポケットから出すと
「そうね、お父さまは私に多くの遺産を残してくれたわ。それを隠し財産と言うなら『私が知っている』が正解ね」
 と言いニヤリと笑うと銃を十津川朱華に向けてはなった。

 十津川朱華は立ち上がりかけて撃たれるとそのまま床に倒れ落ちた。

 天海礼華は笑いながら
「わからない? お父さまが私の母や私以外の女を好きになるなんて許せるわけがないでしょ。目の前で始末するために呼び寄せたのよ」
 白馬、ありがとう、と言い蒼褪める白馬和時に
「鎌谷の息子と娘は失敗したけれど鎌谷じゃないから見逃したの。後はこの男と……一番許せない……鷹司……」
 と顔を歪めた。
「父を逮捕して……私を投獄したあの男……瀬田と一緒に始末してやるわ」

 彼らの足元では機動隊と私設警備員が銃撃戦を繰り広げ、将と翼と省吾も銃を手に足を踏み入れていた。
 将は見上げて
「瀬田祥一朗……どこにいる」
 と呟いた。

 真実を。
 本人の口から真実を聞きたいのだ。

 何故、六家になった?
 その心は本当に正義の為だったのか?

 その時、背後から肩を掴まれ驚いて振り向いた。そこに鷹司陽が立っており
「4階だ」
 と言い
「まだ制圧されていないから、かなり危険だがどうする?」
 と告げた。

 将は銃を手に
「行きます」
 と答え、振り向いた翼と省吾に頷いてみせた。

 翼は笑むと
「こっちは任せろ」
 と敬礼し、省吾も
「頑張れ、ちゃんと答え見つけなよ」
 と笑みを見せた。

 鷹司陽と平岡政春は将を間にして階段を確保している機動隊の後ろを通って駆けあがった。

 階段を制圧して守っている機動隊員は鷹司陽に
「3階4階はまだなのでくれぐれも気を付けて」
 と敬礼をした。

 鷹司陽も敬礼して
「ありがとう」
 と応え、警備隊員の間を抜けて廊下へと出ると周囲を見つめながら足を進めた。

 恐らく殆どの警備員が1階2階に集中しているのだろう静寂が広がっていた。将は勝手に流れる緊張からの汗を軽く服で拭い息を吐き出した。
 瞬間であった。部屋の角から男が一人銃を構えて飛び出してきたのである。

 鷹司陽は素早く男の腕を撃ち抜いた。男が蹲ると周囲を見ながら男の銃を回収して銃の柄で打ち付け気絶させた。
「手加減はできないからな。手加減すると俺たちが殺される」

 そう言って足を進めた。
 ドックンドックンと煩いくらいに心臓の鼓動が強く早く打ち付けているのが分かる。
 周囲が静かなだけに自分の息や鼓動がこれほど煩いとは『マジか』と突っ込みたくなるほどであった。

 将は足を進めて廊下を進みながら何時銃弾が飛んでくるか分からない状況に
「これが……日本か?」
 と思わずつぶやいた。

 平岡政春はそれに
「警察が崩壊したらどこもかしこもこうなるだろ。法はあっても紙に書いたモチになる。守る者がいないとな」
 と呟いた。
「俺がJNRにいた時は正にこの状況だった」

 ……法よりもJNRの指示だったからな……

 将は笑むと
「そんな世の中にするわけにはいかないな。誰もが平和が普通だとそう生きていけるように人々を社会を守らないとな」
 と告げた。

 奥の扉の前に三人ほどの白馬和時が雇った施設警備員がおり、将は足を踏み出すと銃を素早く構えた男の腕を撃った。鷹司陽は驚いたものの将が彼らの目を引いたのだと理解し、彼を狙ったもう一人の男の腕を銃で撃ち、平岡政春も残りの一人を撃った。

 将が倒れ蹲る男たちに近付きかけた瞬間に鷹司陽が手で制止した。
「銃声は部屋の中にも聞こえている」

 その瞬間に扉の向こうから銃声が響き、目の前で男たちが逃げかけて倒れた。扉は三カ所ほど割れて飛び散り将と鷹司陽と平岡政春は扉に背中を付けた。

 将は倒れた男たちの側にあった銃をそっと拾い確保するとピクリと動いた彼らに小さな息を吐き出した。
「……警察が来るまで息をしておいてくれ」
 そう小さく呟き割れた穴から中を見たが見えるのは豪華な調度品と壁だけであった。

「そこにいるんでしょ? 撃ってあげるから出てきなさいよ」
 女性の声が響いた。

 将には聞き覚えのない女性の声であった。だが、恐らくは天海礼華だろうことは分かった。
 このままでは膠着状態である。捕えるためには彼女と部屋の中にいる十津川朱華と白馬和時と向き合わなければならないのだ。

 鷹司陽が将の肩を掴むと引き寄せ
「俺が戸を開けて飛び込む。天海礼華の右を狙う」
 と告げた。

 将は一瞬「ん?」と鷹司陽を見た。

 瞬間に鷹司陽が扉を開けて中へと飛び込んだ。パンっと銃声が響きすぐさま将と平岡政春は中へ入ると銃を構えた。

 鷹司陽は銃を構えて引き金にかける指先に力を込めた。天海礼華も右手に持っていた銃の引き金を引いた。
 
 銃声がシンクロして響いた。
 将は瞬間に鷹司陽の指示の意味を理解すると天海礼華の左手を撃った。

 鷹司陽の右肩を銃弾が貫通し、天海礼華の右手を銃弾が貫通し彼女が左手で撃とうした銃がはじけ飛んで白馬和時の足元に転がった。

 天海礼華は左手の銃を撃たれて驚き
「何故?」
 と将を見て呟いた

 将はそれに銃を構えたまま
「銃を手にした左手の引き金が……動いたからだ。鷹司警視正が言ったのは両利きだという意味かも知れないと思った」
 と告げた。

 左手の銃は持ち帰るのではなくそのまま撃つと判断したのだ。

 彼女は笑うと
「指先の動きで私の両利きを見抜いたのね。でも都合が良かったわ」
 と言うと、ポケットからスイッチを出すと
「さようなら」
 と言いかけて、響いた銃声に目を見開いた。

 胸元に赤いシミが広がり彼女の背後のガラスが音を立てて割れたのである。
 鷹司陽も将も彼女を撃とうとした平岡政春も誰もが驚いて白馬和時を見た。

 白馬和時は冷静に笑むと
「礼華お嬢さま、貴方の役目はもう終わりましょう。なるみ警視長の娘でも貴方のお守りは終わりだ」
 と告げた。

 そして、三人を見ると
「鷹司警視正、東大路巡査、平岡巡査……覚えておいてあげますよ。これからのターゲットとしてね」
 と言い、血だまりの中で倒れる天海礼華の元に足を進めると起爆スイッチを入れた。
「後10分……急がないと多大な被害が出ますよ?」

 鷹司陽は舌打ちすると
「平岡! 下に知らせに走れ!! 死人を出すな!!」
 と叫んだ。

 戸惑いかけた平岡政春はハッとすると
「はい!!」
 と駆けだした。

 走り出した白馬和時を捕まえようと動きかけた将の腕を掴んで制止し鷹司陽は
「東大路! お前は瀬田祥一朗を担いで逃げろ! 急げ!!」
 と叫んだ。

 将は顔を歪めると
「しかし」
 と言いかけた。

 鷹司陽は将の頬を殴ると
「事態を見極めろ!! 奴を掴まえる前に被害が拡大する!! 奴は必ず俺たちの前に現れる。絶対にな」
 今は助けられる命を助けるんだ、と告げた。
「警察官は犯人逮捕だけが仕事じゃない! 人に尽くす! それは命に尽くすことだ!!」

 ……お前は父親の真実の声を聞かなければならない……
 
 将はハッとすると
「はい!」
 と答え瀬田祥一朗を担いで部屋を出た。

 入れ替わるように下に状況を知らせた平岡政春が駆け込み十津川朱華を抱えようとしていた鷹司陽と代わって彼女を抱き上げて走った。

 鷹司陽は天海礼華を左肩に担ぎかけた。
 天海礼華は薄眼を開けると
「……なぜ、助け、るの……?」
 と聞いた。

 鷹司陽は彼女を見ると
「俺が警察官だからだ。あんたを死なせるために追い詰めたんじゃない」
 と告げた。

 天海礼華は笑むと
「ずっと憎んでいたわ。今も貴方が憎いわ……憎くて、憎くて、そうね、父のことを忘れていくのに……貴方のことは忘れなかったわ。恋と間違うくらいに貴方を憎んだわ」
 というと頬にキスをして押し退けると
「     」
 というと微笑んで割れた窓から飛び降りた。

 正にあっという間の出来事であった。
 鷹司陽は立ち上がって窓を覗き込み、下で絶命している彼女の姿を見ることしかできなかったのである。

 平岡政春は戻ってくると
「鷹司警視正!!」
 と叫び呆然と振り向いた鷹司陽に
「時間がありません!!」
 と彼の手を握りしめた。
「俺はまだ……貴方の指導が必要なんです……俺を拾っておきながら途中退場は許さない」

 下の階では私設警備員は全員投降し館から逃げ出していた。

 将は瀬田祥一朗を支えながら館の外で上を見つめていた。
「鷹司警視正……平岡」
 
 翼も省吾も駆け寄り
「東大路、大丈夫か?」
 と二人を支えた。

 由衣も瀬田祥一朗を支えると
「ご無事で良かったです」
 と微笑んだ。

 桐谷世羅も駆けつけると心配そうに出入口を見ている将に
「まあ、心配するな。あの人を死なせねぇ奴が向かってる」
 と告げた。

 その後器、戸口から平岡政春に支えられて鷹司陽が姿を見せると、直ぐに激しい爆音と共に屋敷が半壊した。

 十津川朱華は重体であったが一命を取り留め、一連の東北での和田への指示と各地のJNRの拠点など全てを自白した。
 4階から飛び降りた天海礼華は死亡が確認されて事実上JNRは崩壊したのである。

 鷹司陽と瀬田祥一朗は手当てのために警察病院へ収容され、鷹司陽については平岡政春が彼の妻である鷹司千代と交互に看護をしていたのである。

 鷹司千代は微笑んで
「彼の子供を産んであげることが出来なかったけど……沢山の後継者を貴方自身が作ってくれたわね」
 毎日忙しくて幸せだわ、と告げ、窓の外に視線を向け
「ねえ、あなた……あなたは昔からどこか自分の命をギリギリで投げ出してしまいそうなところがあったわ」
 と言い驚いて見つめた鷹司陽に
「彼女が死を選んだのは貴方に生きてほしかったからね」
 貴方にはまだまだ育てないといけない子がいるから頑張って、と微笑んだ。

 鷹司陽はそれに苦く笑むと
「赤木とかにはぐちぐち言われてるけどな」
 と赤木勇介と平岡政春が扉を開けて入ると同時に告げた。

 赤木勇介はメガネのブリッジを軽く上げて
「それが見舞いに来た相棒に言う言葉か?」
 と言いつつ
「俺の息子と平岡巡査をちゃんと育ててくれ」
 ったく、父の背中を見ろって言っているのに、とぼやいた。

 鷹司陽は笑って
「そうだな、怪我が治ったら島へ帰るからな」
 と言い
「お前の息子の勇気は島の良い駐在員になってるぞ。またには連絡してやれよ」
 と告げた。
「平岡巡査も教育しないといけないから、その時は力を貸してくれ、赤木」

 赤木勇介は笑むと
「もちろんだ」
 と答えた。

 鷹司陽は鷹司千代を見ると
「悪いが席を外してくれ」
 と言い、赤木勇介を見ると
「お前に言っておきたいことが、鬼竜院警察庁長官にも伝えてくれ」
 と天海礼華の最後の言葉を告げた。

 赤木勇介は目を細めると
「あの天海礼華がそんなことを……白馬和時も今は行方不明だし……JNRは崩壊しても禍根はまだ残っているということか」
 と呟き
「また来る」
 くれぐれも無茶はするなよ! と告げると病室を後にした。

 同じ病院だが一階上の瀬田祥一朗の病室に将は訪れており、看病をしていた母親の茉代は
「さあ、20年ぶりの親子の会話をしなさい、祥一朗さん。利也さんもずっとそれを望んでいたわ。偽りのないあなたの言葉を聞かせてあげて」
 と親子の会話をするように勧めて病室を後にしたのである。

 将は椅子に座り瀬田祥一朗を見つめると
「俺は真実が知りたい」
 と告げた。
「貴方が何故なるみ礼二のJNRの六家になったのかを」

 この後、瀬田祥一朗は警察からの取り調べを受けることになる。暫く会うことは出来ないだろう。同時に瀬田祥一朗がそこですべての真実を話すだろうことは分かっていた。

 だが。
 だが。
 将は人伝えでなく自分の耳で聞きたかったのだ。
「貴方の言葉で、貴方の声で聴きたいんだ」

 瀬田祥一朗は笑むと
「俺は兄の後を追うように警察官になった」
 と静かに言葉を紡ぎ始めた。
「兄はノンキャリアだったが俺は総合職試験を受けてキャリアで警察官になり正義のために尽くそうと思った。悪人を捕まえ、裁きの場へ引きずり出す。その為なら何を犠牲にしても良いと思っていた。理奈もわかってくれる女性だから結婚したところがあった。理奈は優しく何時も俺を包み込んでくれていた。だが、元々持病があったようで出産後に理奈は一人でその悪化と戦っていた。一度だけ『貴方、警察の仕事を休めないかしら? 話があるの』と言われたが、警察はそんな簡単に休める訳がないと告げた。それから三日後に理奈はマンションから飛び降りて死んだんだ。彼女の血中から薬物反応が出て愕然として家に入って初めて自分の家を見たような気分になった」
 そう言い、将の手を握りしめた。
「お前は泣き声すら上げる元気もないほど痩せこけて家の中はぐちゃぐちゃだった。洗い物は溜まって……本当にすまないと思っている」

 将は目頭が熱くなって何かが頬を伝っていたが唇を開くことは出来なかった。

 瀬田祥一朗は更に
「警察官だ正義だと振り翳しておきながら己が一番愚かだと気付いた。彼女を失って初めて彼女の存在の大きさに気付いた。そして、彼女の苦しみに目を向けなかった自身の非情さに警察官を名乗ることなどできないと思った。俺は直ぐに降格人事となって巡査になった。だが、警察を辞めるつもりだったのでもう良いと思ったが、その時に鎌谷元警察庁長官が降格人事になって警察へ不満を持つかもしれない俺になるみ礼二から話が来るだろうと鎌谷元警察庁長官は奥さんが病気でその治療費のためにダメだと思いながらもなるみ礼二に手を貸していたそうだ。妻を蔑ろにしていた俺とは正反対だった。そして、なるみ礼二と彼の撒き散らす欲に吸い寄せられた人間たちが万が一にも警察を食いつぶそうとした時には本当に信用できる人間たちに力を貸すようにと人を守る警察を失うわけにはいかないのだと……ただ組織の人間になれば全てを失うだろうと、世間から責められるだろうと、もしかしたら欲に流されるかもしれないと、それでも、俺の中の残り火のような正義をあの人は信用すると言ってくれた」
 と微笑み
「俺は正義正義と振り翳していい気になっていた。だがそれを聞いてわかったんだ。正義とは誰かに振り翳すものではなく自戒の為の言葉だと、そして、警察の正義は人を守ることと、人を守る法を守ることだとその時初めて理解した。だからこそ俺はあの人に応えることにした」
 と告げた。
「あの人は最後に俺にそれを託して警察を去り、その後に鷹司警視正と当時の組織犯罪対策部が麻薬ルートを暴いてなるみ礼二と娘の礼華を逮捕した。だがなるみ礼二の背後の人間は手付かずの状態にあった」

 それから瀬田祥一朗はずっとJNRの動きを監視し続けたのである。そして、鎌谷安男が危惧していた通りに警察庁長官が浜中勝彦から鬼竜院闘平へと変わったのをきっかけになるみ礼二の負の遺産が犯罪に走り出し、瀬田祥一朗は警告を送り、その後に鷹司陽と連絡を取り警察内部の捜査を鷹司陽が行い、JNRの内部の動きを瀬田祥一朗が調べ、連携をとっていたのである。

 将はその長い父のこれまでの話を聞き終えると微笑み
「俺はやっぱりお父さんの子供で、同時に貴方の子供でもあった」
 と告げた。
「俺も正義を振りかざしていた。だけど正義は自分の中の自戒の言葉でもあって他人に押し付けるだけの言葉じゃないと貴方のことを切欠に鷹司警視正や、課長や仲間や関わった多くの人たちに教えてもらった」

 ……俺は警察官を続ける……
「人々に尽くし人々を守る警察を守るために」

 立ち上がると敬礼して
「お父さん、待っています」
 と告げた。

 瀬田祥一朗は目を見開くと笑みを浮かべて敬礼をした。
「兄も姉も将を素晴らしい子に育ててくれた」

 ……ありがとう……

 社会は少しだけ落ち着きを取り戻したのである。
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