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第十三夜
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警察のバッシングを煽るようにテレビでも報道を始めた。
警察庁と警視庁のみならず大阪府警や兵庫県警、愛知県警など大都市を管轄する警察本部に報道記者やJNRから支援を受けた市民団体が押しかけて騒ぎ立てていた。
ただ秋田県警の周りには人っ子一人おらず騒ぐ人間はいなかった。新潟県警も意外と騒ぐ人が少なかった。スナック佐渡のりりこママや幾人かの市井の人たちが冷静な対応を呼び掛けて落ち着いていたのである。
実際のところ地方の県警はそれほど大きくはなかったのである。ただ、大都市圏は大きな騒ぎとなっていた。
警察庁長官の鬼龍院闘平はその騒ぎを17階の警察庁長官執務室から見下ろし駆け込んできた次長の水村修一郎が「代議士先生がどういうことかと聞かれているんですよ!」と言うと冷静に「直ぐに収まる。我々が落ち着かなくてどうする!」と喝を入れて東京の街を見つめていた。
「このままではJNRの思うつぼだ。だがここで警察が腐っては日本の国民を守ることは出来ない……みんな、頼むぞ」
秋田から東京に戻った東大路将は実家に戻り母親と姉の茉莉と夕食の席で向かい合いながら
「瀬田祥一朗って人を知っている?」
と聞いた。
茉莉はチラリと母親の茉代を見た。茉代は息を吐き出すと
「そうね、知っているわ」
と答えた。
将は表情を厳しくすると
「教えてもらいたい」
と告げた。
彼女は冷静に
「知ってどうするの?」
と聞いた。
将は真っ直ぐ彼女を見つめて
「その瀬田祥一朗って人は犯罪組織の人間で罪を犯した人だ。だが、俺の知り合いであることを知った方が良いと言われた」
と言い
「身内であることで迷うかもしれないと思われているかもしれないけど俺は身内でも犯罪者なら逮捕する」
と告げた。
彼女は少し苦く笑って
「そうね、難しい問題だわ。確かに罪を犯しているなら逮捕することは正しいと思うわ」
と言い
「将、私が貴方に警察官になって欲しいと思ったのは利也さんの後を継いでほしい気持ちもあったけど……もう一つあったの」
と告げた。
「でも、今の貴方じゃその願いは到底叶えられそうにないわ」
将は「え」と声を零した。
彼女は将を見ると
「瀬田祥一朗はJNRの組織の六家という事でどんな罪を?」
と聞いた。
将は「それは」と言い
「今は分からないけど、必ず暴いてみせる」
と答えた。
彼女は息を吐き出して
「お父さんは弟を信用したわ」
と告げた。
「正義の心を信用しなくてはならない時もあるわ」
……JNRの人間になると言った時にそれでも正義の心は失わないと言った弟を信用したわ……
将は翼の言葉を思い出した。
『俺もJNRの人間だった……でもお前は仲間として受け入れてくれた。でも六家は別か?』
将は俯き
「瀬田祥一朗が何故六家になったのか……何のために六家になったのか」
と呟き
「俺は六家の人間は全員私利私欲のためだと思ってた。天童やJNRの組織になった人間の中には生きるために入ったものや本当の正体を知らずに入ったものの正義を捨てきれずに心を入れ替えて生きようとした人間もいると分かったから受け入れた」
と言い
「そのまま私利私欲のまま罪を重ね続ける人間がいるのもわかったからそう言う人間は逮捕した」
と告げた。
「六家は始まりだから……全員騙されたりしたわけじゃなくて自分から全てが分かっていて欲の為に入ったんだと思っている」
茉代は笑むと
「祥一朗さんの妻は私の妹でなるみ礼二が開発した密輸ルートからばら撒かれた麻薬に侵されて自殺したの」
と告げた。
将は目を見開いて茉代を見た。
彼女は視線を伏せ何処か憂いを乗せて
「妻が麻薬中毒で自殺なんて……祥一朗さんは警察官であったのに気付かなかった自分の愚かさと愛する妻を助けられなかった自責の念とで葛藤したんでしょうね。警察を辞めるとあの人に話をしてきたわ。それを止めたのが鎌谷元警察庁長官だったの。鎌谷元警察庁長官もなるみ礼二と金で繋がっていたけれど心には捨てきれない正義があったと思うわ。それと彼と本当に利害関係で繋がっていた面々が何か大きく罪を広げるかもしれないという危惧も持っていたのかもしれないわ。祥一朗さんに何時か警察庁長官に信用できる人物がついてなるみ礼二の負債が動き出した時に力になってもらいたいと、あえてなるみ礼二の下に行くように頼んだそうなの」
と告げた。
「その代わり悪の組織に入ることで周囲に迷惑をかけるかもしれない。いえ、たった一人の息子の全てをめちゃめちゃにするかもしれないのであらゆる物を切り捨てる気持ちがないとダメだという話だったの」
将は蒼褪めると
「ま、さか」
と告げた。
母親の茉代は静かに頷いた。
「将、貴方の本当の父親なの。祥一朗さんは」
将は暫く呆然と虚を見つめた。頭の整理がつかなかったのだ。六家の一人でいつか対峙する時がくる敵だと思っていたからである。
茉莉は経緯を知らなくても弟の将が両親の子供でないことは知っていたのだ。父親が連れて帰ってきた弟。それだけは分かっていた。
だけど。
「ね、将」
と彼女は呼びかけて
「私は将を本当の弟だと思っている。今も」
と告げた。
「将の性格もわかっているつもりだわ。その貴方がもしそういう組織に足を踏み入れようとしたら私はきっと『何故?』と聞くわ」
……きっとそこには理由があると私は知っているから……
「きっと貴方に瀬田祥一朗と言う人のことを知れと言った人は身内だと知れと言ったわけじゃなくて『何故その道を選んだのかを知れ』と言う意味で言ったんじゃないかしら」
六家の人びとにも理由はある。
金のため。
名誉のため。
所謂、欲のため。
だが、そうでない時もある。
将は姉の茉莉を見つめた。
彼女は微笑んで
「将は私とお母さんが押し付けて警察官になったけど……あの日から……合宿に出席した日から本当の警察官になったと思う。でも警察官は正義のために悪を捕まえてただ罰するだけなのかしら? 将のお父さんたちはどちらも警察官だったし正義はあったと思う。でもただ罰するだけの正義だったのかしら?」
と言うと
「ご馳走様」
と告げて立ち上がり自室へと立ち去った。
母親の茉代も笑むと
「今は考えなさい。貴方は祥一朗さんの血と利也さんの心を引き継いだ子よ、きっと貴方ならたどり着けるわ」
と告げて立ち上がった。
将は暫く黙って座り込んでいた。確かに瀬田祥一朗や六家に対してはただただ捕まえてやるという気持ちしかなかった。諸悪の根源はなるみ礼二親子と彼らで天童翼や根津省吾や他の下にいた人たちはある意味において騙されて入って逃げようにも逃げられない状況で……という人もいた。
反対に彼らと同じ立場の人間であっても自らの欲のために組織に寄り添い人を殺して罪を犯し続けていた人間もいた。
岩手で詐欺を働くのを手助けしていたクラブのママだった水谷梅子や新潟で教官を身代わりに殺して成り代わっていた佐々木紀夫など他にも沢山いた。
同じ立場であっても人によって正に千差万別だった。
結局、人なのだ。
「六家も……一人一人全てが違う人なんだ」
立場や階級だけを見て決めつけるんじゃなくて
「俺は全然人と向き合っていなかったのかもしれない」
罪は罪だ。
法を犯せば捕まり罰せられる。
だが肩書だけで罪もなく決めつけて罰するのは間違えている。
将は顔を上げて前を見つめると
「相手と向き合って……その行動が正義であるか、法を犯していないかを見極めないと」
と呟いた。
……警察官であってもそうでなくても『相手も人であり自身も人である』ことを忘れちゃダメなんだ……
「相手の立場がどうであれば一人の人間として『どうなのか』なんだ」
将は立ち上がり
「瀬田祥一朗……俺の本当の父と向き合おう。きっと父さんも母さんも姉さんもそう望んで俺に警察官の道へと誘ったんだ」
と笑みを浮かべると自室へと戻った。
もう迷いはなかった。
翌日、将が警察庁の入っている合同庁舎へ着くと記者やテレビ局が集まっていた。JNRが煽っているのだろう。メディアは公明正大と言う訳ではないのだ。
将は慌てて建物の中へと駆け込み内部組織犯罪対策課のフロアへと姿を見せた。中には既に桐谷世羅と天童翼と根津省吾と菱谷由衣がいて、中央のテーブルに遠野秋日と八重塚圭が座っていた。
将は「俺が最後だった」と心で突っ込みながら
「おはようございます」
と告げた。
桐谷世羅は顎を動かして
「集まれ」
とテーブルに全員を呼び寄せた。
その時、将は手をあげて
「あ、すみません」
と言うと
「俺、皆さんに言うことがあります」
と告げた。
翼と省吾と由衣は彼を見て、遠野秋日と八重塚圭も見た。
将は息を吸い込み吐き出すと
「瀬田祥一朗の行方を追おうと思う。それでちゃんと向き合って話をしようと思う」
と告げた。
「その上で罪を犯していたら逮捕する。例え本当の父親でもそこは俺の正義が許さないと思うから」
省吾は目を見開き
「え? なんか、さらりと凄いこと言ってた気がするけど……あの瀬田祥一朗って東大路のお父さん??」
と聞いた。
翼は彼が将を助けた時点である程度想定はしていたので「やっぱりな」と心で突っ込みだけであった。が、それ以上に将の中にあった固い壁を彼が乗り越えたのだと気付き笑みを浮かべていたのである。
「良かったぜ」
由衣も
「そうですね、瀬田祥一朗については情報を精査したところ犯罪の情報は出ていませんが、JNRの六家である以上はその事情は聞いた方が良いと思います。JNRは犯罪組織と言う位置づけにありますから」
と答えた。
八重塚圭は複雑な表情を浮かべたものの
「その……家族だからと手心を加えないという言葉を信じます」
と告げた。
遠野秋日は彼女の背中を軽く触れ
「圭ちゃん、俺もJNRの一員だった。悟と正樹も俺が誘ったせいであんなことになったんだ」
と告げた。
彼女は彼を見ると
「それは遠野さんも」
と告げかけた。
が、遠野秋日は首を振ると
「同じなんだ。だからこそ俺はその過ちの分だけJNRがこれ以上悪事をしないために彼らの悪のために悲劇が起きないようにするために頑張ろうと誓った。これはこれまで不幸にしてしまった人たちへの贖罪なんだ」
と告げた。
彼女は俯いて
「……そうね、兄さんも正樹さんもJNRに入った時は喜んで、警察に入った時も感謝していたもの……被害者面だけするのは間違いね」
と呟いた。
将は敬礼をすると
「俺は例え父であっても罪を犯していたら逮捕します。でもこれは六家だけじゃない……JNRだけじゃない。罪を犯した人間と向き合って逮捕しようと思っている」
と告げた。
「これまでの俺は唯闇雲に正義と言う言葉を振りかざして悪を許さないだけだったけど、確かに悪は許さないけど……何故と向き合って逮捕しようと思うし、その何故と向き合うことで犯罪を止めることも出来ると思った。本当の正義は外へ向けての言葉だけじゃなくて俺自身への自戒の言葉だと今は思ってる」
桐谷世羅は笑みを深め
「一つ壁を越えたな」
と心で告げると
「では、作戦を聞こうか」
と告げた。
情報戦を仕掛けてきているJNRへの反撃である。
遠野秋日は笑みを浮かべると
「情報には情報で。メディアにはメディアで」
と計画を説明した。
その夜の東京の渋谷のスクランブル交差点を始めとして大阪の地下街、名古屋の地下街の屋外大型ビジョン広告に動画が流れた。
『スクープ!! 警察を叩くニュースを流した東都中間テレビと東都中間新聞社の重役と警察官の殺人を指示した闇組織の人間が闇の交際!!』
とJNRの和田秀雄と東都国内テレビの重役である大場久雄が共にスナックへ入っていく姿が映っていたのである。
そして、八重塚圭が映り
「私の兄は警察官でしたがこの男と同じ組織の人間に殺されました」
と泣きながら
「東都中間テレビには真実を報道していただきたいです!」
と告げた。
その動画は大都市の有名屋外広告をハイジャックして巨悪報道すると情報がリークされておりどんな報道がハイジャックするのかと映しに来ていたライブニュースの画面に映ったのである。
東都中間テレビ局の大場久雄はテレビ局の最上階にある広々としたちょっとした会議すら出来そうな執務室の中でそのニュースを見て蒼褪めると
「……何故、あの時の映像が……」
と携帯を手にすると電話をかけて
「ちょっと、お話が違うじゃありませんか!!」
と叫びかけて背後の扉が開くのに振り向き目を見開いた。
「君は!?」
手持ちのカメラを構えた遠野秋日が立っており
「ああ、フリー記者です」
と言い
「どうぞ、お話を」
と告げた。
大場久雄は携帯がプチンと切れるのに
「お、お待ちください!! 私は貴方のご命令で!! ご命令で警察を」
と言い、その姿がテレビに映っているのに座り込んだ。
その後、一気に東都中間テレビ局が『犯罪組織と結びつき警察を叩き犯罪組織への介入を封じようと世論を動かす報道をした』と他のテレビ局が流し始めた。中には同じように指示を受けて同調したテレビ局もあったが反転して泥をかぶるのは東都中間テレビだけでいいとの思惑から報道を始めたのである。
そういうところは強かなのである。
翌日には各警察の前に押しかけてきていた市民団体やテレビ局の姿は消え去り正に打って変わっての静寂状態であった。
大場久雄は情報交換と共に警察に身柄の保護を願い出たのである。
和田秀雄とのやりとりが止まり、直ぐに白馬和時から電話があり、警察を騒がせるニュースを流させたということであった。その電話番号を調べたが既に解約されており登録住所の場所には誰も住んでいなかったのである。
ただ和田秀雄が白馬和時の屋敷を知っておりその場所を話していたのである。
将は落ち着いた合同庁舎の中の内部組織犯罪対策課のフロアで泊まりこんでおり、警察庁長官の鬼竜院闘平が調べさせていた天海礼華が服役していたと言われる刑務所の報告を桐谷世羅から聞いていたのである。
刑務所の看守の一人が鷹司陽が調べにきて応対に出てその帰宅後から姿を消しており、警察庁から査察が入ってその報告がされたのである。
『残念ながら天海礼華はおりませんでした。いま行方を眩ませている看守の行方を調べております』
桐谷世羅はそれを聞きフロアで泊まっていた将と翼と省吾と由衣に
「天海礼華はJNRの組織員だった看守によって逃がされていた」
と言い
「恐らく和田秀雄が言っていた白馬和時と十津川朱華と共にいると思う。そこに……瀬田祥一朗も捕まっていると思われる」
と告げた。
同じとき、鷹司陽と平岡政春は東京の郊外の一角にある周りが木々に覆われた屋敷が見える場所に木の影に隠れながら立っていた。
和田秀雄を捕まえた時に聞きだした場所であった。建物の周囲には物々しく傭兵崩れの私設警備員の姿があり銃を携帯していた。
鷹司陽は小型カメラを設置して平岡政春を見ると
「行こうか」
と告げた。
平岡政春は頷いて
「はい」
と答えた。
JNRとの最期の対決の時が迫っていたのである。
警察庁と警視庁のみならず大阪府警や兵庫県警、愛知県警など大都市を管轄する警察本部に報道記者やJNRから支援を受けた市民団体が押しかけて騒ぎ立てていた。
ただ秋田県警の周りには人っ子一人おらず騒ぐ人間はいなかった。新潟県警も意外と騒ぐ人が少なかった。スナック佐渡のりりこママや幾人かの市井の人たちが冷静な対応を呼び掛けて落ち着いていたのである。
実際のところ地方の県警はそれほど大きくはなかったのである。ただ、大都市圏は大きな騒ぎとなっていた。
警察庁長官の鬼龍院闘平はその騒ぎを17階の警察庁長官執務室から見下ろし駆け込んできた次長の水村修一郎が「代議士先生がどういうことかと聞かれているんですよ!」と言うと冷静に「直ぐに収まる。我々が落ち着かなくてどうする!」と喝を入れて東京の街を見つめていた。
「このままではJNRの思うつぼだ。だがここで警察が腐っては日本の国民を守ることは出来ない……みんな、頼むぞ」
秋田から東京に戻った東大路将は実家に戻り母親と姉の茉莉と夕食の席で向かい合いながら
「瀬田祥一朗って人を知っている?」
と聞いた。
茉莉はチラリと母親の茉代を見た。茉代は息を吐き出すと
「そうね、知っているわ」
と答えた。
将は表情を厳しくすると
「教えてもらいたい」
と告げた。
彼女は冷静に
「知ってどうするの?」
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将は真っ直ぐ彼女を見つめて
「その瀬田祥一朗って人は犯罪組織の人間で罪を犯した人だ。だが、俺の知り合いであることを知った方が良いと言われた」
と言い
「身内であることで迷うかもしれないと思われているかもしれないけど俺は身内でも犯罪者なら逮捕する」
と告げた。
彼女は少し苦く笑って
「そうね、難しい問題だわ。確かに罪を犯しているなら逮捕することは正しいと思うわ」
と言い
「将、私が貴方に警察官になって欲しいと思ったのは利也さんの後を継いでほしい気持ちもあったけど……もう一つあったの」
と告げた。
「でも、今の貴方じゃその願いは到底叶えられそうにないわ」
将は「え」と声を零した。
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「瀬田祥一朗はJNRの組織の六家という事でどんな罪を?」
と聞いた。
将は「それは」と言い
「今は分からないけど、必ず暴いてみせる」
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「お父さんは弟を信用したわ」
と告げた。
「正義の心を信用しなくてはならない時もあるわ」
……JNRの人間になると言った時にそれでも正義の心は失わないと言った弟を信用したわ……
将は翼の言葉を思い出した。
『俺もJNRの人間だった……でもお前は仲間として受け入れてくれた。でも六家は別か?』
将は俯き
「瀬田祥一朗が何故六家になったのか……何のために六家になったのか」
と呟き
「俺は六家の人間は全員私利私欲のためだと思ってた。天童やJNRの組織になった人間の中には生きるために入ったものや本当の正体を知らずに入ったものの正義を捨てきれずに心を入れ替えて生きようとした人間もいると分かったから受け入れた」
と言い
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と告げた。
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茉代は笑むと
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と告げた。
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と告げた。
「その代わり悪の組織に入ることで周囲に迷惑をかけるかもしれない。いえ、たった一人の息子の全てをめちゃめちゃにするかもしれないのであらゆる物を切り捨てる気持ちがないとダメだという話だったの」
将は蒼褪めると
「ま、さか」
と告げた。
母親の茉代は静かに頷いた。
「将、貴方の本当の父親なの。祥一朗さんは」
将は暫く呆然と虚を見つめた。頭の整理がつかなかったのだ。六家の一人でいつか対峙する時がくる敵だと思っていたからである。
茉莉は経緯を知らなくても弟の将が両親の子供でないことは知っていたのだ。父親が連れて帰ってきた弟。それだけは分かっていた。
だけど。
「ね、将」
と彼女は呼びかけて
「私は将を本当の弟だと思っている。今も」
と告げた。
「将の性格もわかっているつもりだわ。その貴方がもしそういう組織に足を踏み入れようとしたら私はきっと『何故?』と聞くわ」
……きっとそこには理由があると私は知っているから……
「きっと貴方に瀬田祥一朗と言う人のことを知れと言った人は身内だと知れと言ったわけじゃなくて『何故その道を選んだのかを知れ』と言う意味で言ったんじゃないかしら」
六家の人びとにも理由はある。
金のため。
名誉のため。
所謂、欲のため。
だが、そうでない時もある。
将は姉の茉莉を見つめた。
彼女は微笑んで
「将は私とお母さんが押し付けて警察官になったけど……あの日から……合宿に出席した日から本当の警察官になったと思う。でも警察官は正義のために悪を捕まえてただ罰するだけなのかしら? 将のお父さんたちはどちらも警察官だったし正義はあったと思う。でもただ罰するだけの正義だったのかしら?」
と言うと
「ご馳走様」
と告げて立ち上がり自室へと立ち去った。
母親の茉代も笑むと
「今は考えなさい。貴方は祥一朗さんの血と利也さんの心を引き継いだ子よ、きっと貴方ならたどり着けるわ」
と告げて立ち上がった。
将は暫く黙って座り込んでいた。確かに瀬田祥一朗や六家に対してはただただ捕まえてやるという気持ちしかなかった。諸悪の根源はなるみ礼二親子と彼らで天童翼や根津省吾や他の下にいた人たちはある意味において騙されて入って逃げようにも逃げられない状況で……という人もいた。
反対に彼らと同じ立場の人間であっても自らの欲のために組織に寄り添い人を殺して罪を犯し続けていた人間もいた。
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同じ立場であっても人によって正に千差万別だった。
結局、人なのだ。
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立場や階級だけを見て決めつけるんじゃなくて
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罪は罪だ。
法を犯せば捕まり罰せられる。
だが肩書だけで罪もなく決めつけて罰するのは間違えている。
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「相手と向き合って……その行動が正義であるか、法を犯していないかを見極めないと」
と呟いた。
……警察官であってもそうでなくても『相手も人であり自身も人である』ことを忘れちゃダメなんだ……
「相手の立場がどうであれば一人の人間として『どうなのか』なんだ」
将は立ち上がり
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と笑みを浮かべると自室へと戻った。
もう迷いはなかった。
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「おはようございます」
と告げた。
桐谷世羅は顎を動かして
「集まれ」
とテーブルに全員を呼び寄せた。
その時、将は手をあげて
「あ、すみません」
と言うと
「俺、皆さんに言うことがあります」
と告げた。
翼と省吾と由衣は彼を見て、遠野秋日と八重塚圭も見た。
将は息を吸い込み吐き出すと
「瀬田祥一朗の行方を追おうと思う。それでちゃんと向き合って話をしようと思う」
と告げた。
「その上で罪を犯していたら逮捕する。例え本当の父親でもそこは俺の正義が許さないと思うから」
省吾は目を見開き
「え? なんか、さらりと凄いこと言ってた気がするけど……あの瀬田祥一朗って東大路のお父さん??」
と聞いた。
翼は彼が将を助けた時点である程度想定はしていたので「やっぱりな」と心で突っ込みだけであった。が、それ以上に将の中にあった固い壁を彼が乗り越えたのだと気付き笑みを浮かべていたのである。
「良かったぜ」
由衣も
「そうですね、瀬田祥一朗については情報を精査したところ犯罪の情報は出ていませんが、JNRの六家である以上はその事情は聞いた方が良いと思います。JNRは犯罪組織と言う位置づけにありますから」
と答えた。
八重塚圭は複雑な表情を浮かべたものの
「その……家族だからと手心を加えないという言葉を信じます」
と告げた。
遠野秋日は彼女の背中を軽く触れ
「圭ちゃん、俺もJNRの一員だった。悟と正樹も俺が誘ったせいであんなことになったんだ」
と告げた。
彼女は彼を見ると
「それは遠野さんも」
と告げかけた。
が、遠野秋日は首を振ると
「同じなんだ。だからこそ俺はその過ちの分だけJNRがこれ以上悪事をしないために彼らの悪のために悲劇が起きないようにするために頑張ろうと誓った。これはこれまで不幸にしてしまった人たちへの贖罪なんだ」
と告げた。
彼女は俯いて
「……そうね、兄さんも正樹さんもJNRに入った時は喜んで、警察に入った時も感謝していたもの……被害者面だけするのは間違いね」
と呟いた。
将は敬礼をすると
「俺は例え父であっても罪を犯していたら逮捕します。でもこれは六家だけじゃない……JNRだけじゃない。罪を犯した人間と向き合って逮捕しようと思っている」
と告げた。
「これまでの俺は唯闇雲に正義と言う言葉を振りかざして悪を許さないだけだったけど、確かに悪は許さないけど……何故と向き合って逮捕しようと思うし、その何故と向き合うことで犯罪を止めることも出来ると思った。本当の正義は外へ向けての言葉だけじゃなくて俺自身への自戒の言葉だと今は思ってる」
桐谷世羅は笑みを深め
「一つ壁を越えたな」
と心で告げると
「では、作戦を聞こうか」
と告げた。
情報戦を仕掛けてきているJNRへの反撃である。
遠野秋日は笑みを浮かべると
「情報には情報で。メディアにはメディアで」
と計画を説明した。
その夜の東京の渋谷のスクランブル交差点を始めとして大阪の地下街、名古屋の地下街の屋外大型ビジョン広告に動画が流れた。
『スクープ!! 警察を叩くニュースを流した東都中間テレビと東都中間新聞社の重役と警察官の殺人を指示した闇組織の人間が闇の交際!!』
とJNRの和田秀雄と東都国内テレビの重役である大場久雄が共にスナックへ入っていく姿が映っていたのである。
そして、八重塚圭が映り
「私の兄は警察官でしたがこの男と同じ組織の人間に殺されました」
と泣きながら
「東都中間テレビには真実を報道していただきたいです!」
と告げた。
その動画は大都市の有名屋外広告をハイジャックして巨悪報道すると情報がリークされておりどんな報道がハイジャックするのかと映しに来ていたライブニュースの画面に映ったのである。
東都中間テレビ局の大場久雄はテレビ局の最上階にある広々としたちょっとした会議すら出来そうな執務室の中でそのニュースを見て蒼褪めると
「……何故、あの時の映像が……」
と携帯を手にすると電話をかけて
「ちょっと、お話が違うじゃありませんか!!」
と叫びかけて背後の扉が開くのに振り向き目を見開いた。
「君は!?」
手持ちのカメラを構えた遠野秋日が立っており
「ああ、フリー記者です」
と言い
「どうぞ、お話を」
と告げた。
大場久雄は携帯がプチンと切れるのに
「お、お待ちください!! 私は貴方のご命令で!! ご命令で警察を」
と言い、その姿がテレビに映っているのに座り込んだ。
その後、一気に東都中間テレビ局が『犯罪組織と結びつき警察を叩き犯罪組織への介入を封じようと世論を動かす報道をした』と他のテレビ局が流し始めた。中には同じように指示を受けて同調したテレビ局もあったが反転して泥をかぶるのは東都中間テレビだけでいいとの思惑から報道を始めたのである。
そういうところは強かなのである。
翌日には各警察の前に押しかけてきていた市民団体やテレビ局の姿は消え去り正に打って変わっての静寂状態であった。
大場久雄は情報交換と共に警察に身柄の保護を願い出たのである。
和田秀雄とのやりとりが止まり、直ぐに白馬和時から電話があり、警察を騒がせるニュースを流させたということであった。その電話番号を調べたが既に解約されており登録住所の場所には誰も住んでいなかったのである。
ただ和田秀雄が白馬和時の屋敷を知っておりその場所を話していたのである。
将は落ち着いた合同庁舎の中の内部組織犯罪対策課のフロアで泊まりこんでおり、警察庁長官の鬼竜院闘平が調べさせていた天海礼華が服役していたと言われる刑務所の報告を桐谷世羅から聞いていたのである。
刑務所の看守の一人が鷹司陽が調べにきて応対に出てその帰宅後から姿を消しており、警察庁から査察が入ってその報告がされたのである。
『残念ながら天海礼華はおりませんでした。いま行方を眩ませている看守の行方を調べております』
桐谷世羅はそれを聞きフロアで泊まっていた将と翼と省吾と由衣に
「天海礼華はJNRの組織員だった看守によって逃がされていた」
と言い
「恐らく和田秀雄が言っていた白馬和時と十津川朱華と共にいると思う。そこに……瀬田祥一朗も捕まっていると思われる」
と告げた。
同じとき、鷹司陽と平岡政春は東京の郊外の一角にある周りが木々に覆われた屋敷が見える場所に木の影に隠れながら立っていた。
和田秀雄を捕まえた時に聞きだした場所であった。建物の周囲には物々しく傭兵崩れの私設警備員の姿があり銃を携帯していた。
鷹司陽は小型カメラを設置して平岡政春を見ると
「行こうか」
と告げた。
平岡政春は頷いて
「はい」
と答えた。
JNRとの最期の対決の時が迫っていたのである。
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よろしくお願いいたしますm(__)m

九龍城寨図書館と見習い司書の事件簿~忘れられたページと願いの言葉~
長谷川ひぐま
ミステリー
「あらゆる本が集まる」と言われる無許可の図書館都市、『九龍城寨図書館』。
ここには、お酒の本だけを集めた図書バーや、宗教的な禁書のみを扱う六畳一間のアパート、届かなかった手紙だけを収集している秘密の巨大書庫……など、普通では考えられないような図書館が一万六千館以上も乱立し、常識では想像もつかない蔵書で満ち溢れている。
そんな図書館都市で、ひょんなことから『見習い司書』として働くことになった主人公の『リリカ』は、驚異的な記憶力と推理力を持つ先輩司書の『ナナイ』と共に、様々な利用者の思い出が詰まった本や資料を図書調査(レファレンス)していくことになる。
「数十年前のラブレターへの返事を見つけたいの」、「一説の文章しかわからない作者不明の小説を探したいんだ」、「数十年前に書いた新人賞への応募原稿を取り戻したいんです」……等々、奇妙で難解な依頼を解決するため、リリカとナナイは広大な図書館都市を奔走する。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
10u
朽縄咲良
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞奨励賞受賞作品】
ある日、とある探偵事務所をひとりの男性が訪れる。
最近、妻を亡くしたというその男性は、彼女が死の直前に遺したというメッセージアプリの意味を解読してほしいと依頼する。
彼が開いたメッセージアプリのトーク欄には、『10u』という、たった三文字の奇妙なメッセージが送られていた。
果たして、そのメッセージには何か意味があるのか……?
*同内容を、『小説家になろう』『ノベルアッププラス』『ノベルデイズ』にも掲載しております。
夜の動物園の異変 ~見えない来園者~
メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。
飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。
ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた——
「そこに、"何か"がいる……。」
科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。
これは幽霊なのか、それとも——?

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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