警狼ゲーム

如月いさみ

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第十一夜

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 盛岡駅で東大路将を捕まえたのは青森県警本部組織対策部組織対策一課第一係の係長である古屋悠也と言う男であった。

 彼は驚く将や側にいた天童翼や根津省吾に
「助けてもらいたい」
 と告げたのである。

 元々次の合宿の開催場所は青森県警であったが、はっきり言って何の準備もしていない。つまり、行ったとしてもどうしようもない状態なのだ。しかし、なぜ彼が盛岡に将が来ていることを知っていたのかが将本人も含めて三人ともが思ったのである。

 驚く将と省吾を見て、最初に冷静さを取り戻した翼が
「取り合えず、そこのレストランに行こうぜ。この状態じゃ新幹線乗って東京って雰囲気じゃないからな」
 と構内にある軽食だけしか置いていない小さなレストランへと全員を誘った。

 将も頷くと
「だよな」
 と言い、古屋修也に
「お話はお聞きしますが、落ち着いた場所で聞きたいので」
 と歩き出し、照明がそれほど明るくない落ち着いた雰囲気のするレストランに入ると一番奥の席に腰を下ろした。

 古屋悠也の隣に将が座り、正面に翼と省吾が座った。レストランは先にチケットを買って注文する形なので全員がコーヒーを買ってそれをテーブルの上に置いた。
 店員が水をそれぞれの前に置いてチケットを千切り立ち去ると直ぐにコーヒーを持って
「どうぞごゆっくりと」
 と定番の言葉を告げて立ち去った。

 少し混乱した頭が落ち着き将は息を吐き出すと古屋悠也に
「それで助けてほしいというのは? それから俺を訪ねてきたんですか?」
 と聞いた。

 古屋悠也も落ち着いたらしく
「ああ、JNRの組織を専門に対処している部署があってそれが君たちだと聞いたので」
 と告げた。

 それに間髪入れずに翼が
「誰に?」
 と聞いた。

 古屋悠也はフゥと息を吐き出し
「鷹司警視正だ」
 と告げた。

 三人は顔を見合わせて
「鷹司……??」
 と呟いた。

 知らない名前である。だが、警視正とついているので署長か県警本部長辺りの人間なのだろう。将はう~んと唸りながら
「青森県警本部長が俺達にヘルプを求めさせたのなら」
 と言いかけた。が、それに古屋悠也は冷静に
「いや、青森県警の本部長は斉藤君夫青森県警本部長だ」
 と否定した。
「鷹司警視正はいまは弘前駅前交番で駐在をしている」

 ……。
 ……。
 将は思わず
「え!? 駐在員?? 警視正で??」
 と声を上げかけて抑えた。

 翼も省吾も思わず息を飲み込んだ。通常はあり得ない。勿論、降格人事で左遷されたのならあり得るが、そういう警察官は大抵直ぐに辞めてしまう。しかも警視正のままなどありえない。

 古屋悠也は疑惑の視線を向けられて
「いや、弘前駅前交番に来たのは2週間前で、その前はここの盛岡で交番勤務をしていたらしい……」
 と告げた。

 将は顔を顰めると
「益々あり得ないだろ」
 と呟いた。

 翼は目を細めて
「その前は新潟でその次が山形とか言わないだろうな」
 と告げた。

 古屋悠也は困ったような表情で
「そこまではしらん」
 と言い
「その鷹司警視正が今なら盛岡に警察庁の内部組織犯罪対策課の人間がいると思うから、今の窮状を知らせた方が良いと言ってくれて……この顔写真を見せてくれたわけだ」
 と携帯に写真を映した。

 将はそれを見て
「これは警察内のデータベースにある身上書の写真だ」
 と言い
「まあ、警視正ならアクセスできるけど……」
 と携帯を手にすると
「課長に話を通しますのでヘルプの理由をお聞きしたい」
 と告げた。

 古屋悠也は頷くと
「同僚の刑事部捜査一課第二係長の鎌谷夕一がJNRに脅されて俺の上司であるソタイの課長を殺すように迫られている」
 と告げた。
「内部でばらせばすぐに分かる。その場で彼の妹の真理奈ちゃんを殺すと言ってきている……奴は見張られているみたいで万一のことを考えてネットゲームを通じて俺にヘルプを出してきた。その時に偶々本部に報告書を出しに来ていた鷹司警視正が声を掛けてくれて内部は危ないから一番信用が出来る君たちに知らせるようにと言ってくれたんだ」

 将は腕を組んで
「つまりその鎌谷夕一係長がソタイの課長を殺す前にJNRに知られないように妹の真理奈ちゃんを助けてほしいということですね」
 と告げた。

 古屋悠也は頷いた。
「だが、青森県警本部内は信用できない」
 
 翼も省吾も将を見た。将は頷くと携帯を出して桐谷世羅に電話を入れた。桐谷世羅は直ぐに応答に出ると
「青森県警の話だな」
 と告げた。

 将は驚いて
「何故?」
 と聞いた。

 桐谷世羅は肩を竦めながら
「まあ、その話は後でするが……お前たちはそこから青森へ向かってくれ。こちらから岩手青森秋田の順で回っていると話を付けて置く」
 と告げた。
「だが、青森県警の中にJNRの人間がいる可能性があるから十分注意してくれ」

 将はそれに
「あの」
 と言うと
「ここで試してもいいですかね?」
 と口元に笑みを浮かべた。

 ……秋田県警……

 古屋悠也は驚いて
「え? 青森県警がダメだから秋田って……それはやめてくれ」
 と告げた。

 そこにもJNRがいるかもしれないのだ。将は彼に
「話では秋田県警は特別らしくJNRの人間がいないと思われる県警本部です」
 と言い
「恐らく東北にいる六家を瓦解させようと思うとそこの力を借りなければならない」
 と告げた。

 桐谷世羅はそれを聞き
「許可する」
 と告げた。
「俺から隼峰県警本部長に話を通しておくからメールで送る電話番号へ連絡して話をしろ」

 将は頷くと
「わかりました」
 と応え、電話を切った。

 古屋悠也は祈るように
「頼むぞ」
 と呟いた。

 将は送られてきた番号に電話をして直ぐに応答があると
「警察庁組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課の東大路将です」
 と告げた。

 落ち着いた声が返り
「話はあらかた聞いている。青森県警には知らせずこちらで動ける人間を私服と一般車で協力する」
 と告げた。
「いま選任して集めているので写真を用意してもらいたい」

 ……聞き込みも難しいから防犯カメラや高速のカメラの収集とかが主になると思うが……

 切れ者である。将は承諾すると直ぐに古屋悠也から鎌谷真理奈の写真と彼女の住んでいた住所を受け取りそれと同時に和田秀雄の写真も付けて送った。
「違うかもしれませんが今各地で事を起こさせている人物です。JNRの人間と六家の一人とを繋いでいる人物です」

 隼峰統県警本部長はそれに
「了解した」
 と応え、集まってきた面々を見て
「今から携帯に送る女性を救出する。場所は青森全般だ。先ずは彼女の住んでいた場所から足取りを追ってもらいたいが、青森県警は現在関与できないので、防犯カメラと高速のカメラから頼む」
 と呼びかけた。
「何かあれば直ぐに連絡を入れてもらいたい」

 ……人質の命が掛かっている、頼む……

 それに全員が敬礼して立ち去った。
 隼峰統は軽くメガネのブリッジを上げて
「……少し前に鷹司警視正から新潟、山形、岩手、青森と……あと宮城県警からの出入りについての警告は受けていたが……こんな形で協力することになろうとは」
 と呟き、整った容貌に鋭い表情を浮かべた。

 それに隣に立っていた北上友視が
「鷹司警視正って……警察庁刑事局の赤木刑事局長の懐刀だろ? その人が何であっちこっち動いているんだ? しかもここでは角鹿南駐在所で駐在していたし」
 と告げた。

 隼峰統は笑みを浮かべるともう一人隣で立っていた立花孝一と二人に
「鷹司警視正は県警本部長になると警察庁から巡回駐在員として受け入れの拒否をしてはならないと言われている」
 と言い
「警察庁からの各県警本部の偵察員だと思う」
 と告げた。
「前の県警本部長から話を聞いていたが今回は一人でなく二人だったが……恐らく今回の東北でのJNRの動きを読んで各地を回っているということだ。西日本で赤木刑事局長が動いてから即効で東日本に乗り込んだと言っていたからな」

 ……まあ今回はそれだけじゃないけどな……

 それはシークレットと言うことである。
 将は新幹線のチケットをキャンセルして直ぐに新青森行きのチケットを取り、その足で青森県警へと向かった。ただ、先に古屋悠也を青森へ戻るように言い、時間差で青森へと向かったのである。

 自分たちと彼が一緒に青森に行くと動きが悟られる可能性があったからである。それだけ被害者が殺される可能性が高いということである。

 新幹線に乗り将は翼と省吾とボックス席にして向かい合い
「とにかく、向こうで全てを手配するという流れで行こう」
 と告げた。
「流れはこれまで何度もしているからわかっているし……リストも向こうでアクセスして用意しよう」

 翼は頷いて
「そうだな」
 と答えた。
 省吾もコクコクと頷いて
「わかった」
 と告げた。

 緊張して新青森駅を降り立った時に彼らを出迎えたのは見知った人物であった。

「久しぶりだな、東大路教官に天童教官に根津教官」
 平岡政春であった。

 彼は警察官の制服を着て敬礼をすると
「青森県警本部へお送りします」
 と告げた。

 将は驚きながら
「平岡……」
 と告げた。

 平岡政春は黙ってパトカーまで彼らを連れて行くと運転席に座った。助手席には男性が座っており人好きのする笑みを浮かべると
「間に合ってよかったよ」
 と言い
「秋田県警も動き出してくれたし、助かった」
 と告げた。

 そして肩越しに振り向き
「初めまして、現在弘前駅前交番で彼と駐在をしている鷹司陽であります」
 と告げた。

 将は目を見開くと
「あ、あの……どうして警視正で駐在を? それに何故俺たちのことを? それから」
 と言いかけた。

 平岡政春はゆっくりパトカーを走らせながら
「こいつもこんな慌てるんだな。おもしれー」
 と心で突っ込みつつハンドルを動かした。

 鷹司陽は息を吐き出すと
「ある人からJNR……なるみ礼二の負の遺産が動き出したと聞いたからね。西日本は落ち着いたし、十津川朱華は逃げたし……だったら次に向こうが固めようとするのは東日本東北方面だろうと思ってね」
 と言い
「元々、俺は定期的に日本の駐在所を回っているからそのまま進路を北に向けただけだ」
 と告げた。
「今はその人と赤木の連携役だな。向こうで言えば和田秀雄みたいな立場だ」

 将はあっさり全てを応えられて息を吐き出しふと平岡政春を見ると
「その、平岡は何故?」
 と聞いた。

 あの時、自分の手を弾いてリベンジすると去っていったのだ。なのに。嬉しいし……安心したが何故? と思ったのである。

 それに鷹司陽が
「彼は東北でJNRの情報収集をしていたから俺が拾ってある人に紹介した。ああ、勿論、彼の制服は正式のモノだから安心してくれ」
 と笑って
「俺が赤木に用意させた」
 と告げた。

 翼も省吾も
「赤木、赤木って……赤木刑事局長だろ?」
 と思っていたのである。

 翼は息を吐き出し
「その、赤木刑事局長と貴方の関係は?」
 と聞いた。

 鷹司陽は静かに笑むと
「同僚、仲間……そして相棒だな」
 と言い
「それにこれは俺やあの人や赤木のケジメの戦いだ」
 と告げた。
「だから君たちの協力をしようと思う」

 将も翼も省吾も顔を見合わせた。
 平岡政春はそれに
「俺のケジメでもある」
 と告げた。
「JNRに染まっていた決別の戦いだ」

 将はそれを見ると笑みを浮かべた。
「すごく嬉しい。一緒に戦おう、平岡」
 
 翼も省吾も言われて
「「俺たちもだな」」
 と呟いた。

 パトカーは青森県警本部の駐車場に止まり平岡政春は車を降りると、鷹司陽に会釈して前を行くと三人を連れて斉藤君夫県警本部長の元へと連れて行った。
 鷹司陽は4人を見送り
「さて、俺も今回は動き回らないとな」
 と言うと赤木勇介に
「瀬田祥一朗との連絡が昨日から途絶えているから俺はそっちを追うことにする。鎌谷元警察庁長官の息子たちの方は彼らに任せておいて大丈夫だろう。秋田県警も動き出したからな」
 と報告すると青森県警本部の重厚な建物を見て背を向けると立ち去った。

 将たちはフォローを弘前駅前交番に臨時で来ていた平岡政春巡査につけて準備を進めるように青森県警本部長に言われて敬礼をして会議室へと向かった。

 突然の方向転換だったので受け入れ側の青森県警も受け入れ態勢が全く取られておらず会議室は良くある長机と椅子だけの状態であった。辛うじてホワイトボードはあったが、流石にパソコンやプリンターがないと警察学校にいる新人警察官の選別ができない。
 
 平岡政春はそれを見越したように二台のパソコンと印刷用のプリンターを用意して
「一台は警察官データベースにアクセスできるようにしている」
 と言い
「これで人狼ゲームの参加者が選べるだろ」
 と告げた。
「もう一台は」

 そう言って立ち上げると画面が4分割されており、そこに警察内部の映像が映っていたのである。
「青森県警には狼がいる……見張っておく必要があると思ってな」

 将は笑むと
「やっぱり平岡は切れ者だったな。それに冷静さも持ってる」
 と告げた。

 平岡政春は肩を竦めると
「人狼ゲームではあっさり負けたけどな」
 と応え
「他に必要なものがあったら言ってくれ」
 と告げた。

 将は警察内部の防犯カメラの映像を見てその一つに映る人物を見ると
「いや、今は大丈夫だ」
 と答えた。
「ちゃんと鎌谷夕一が映る映像を引っ張ってくれているからな」

 人質の問題もあるので早々長引かせることが出来ないだろう。鎌谷夕一が妹の命をとるか、組織犯罪対策課の課長の命をとるか、どちらかを選んで行動するだろう。

 将は些か焦ってはいたのである。どちらの命も助け、且つ、犯人を捕まえる必要がある。きっと鎌谷夕一の近くにJNRの人間がいるはずである。

 そう考えると将は顔を上げて翼を見た。
「天童、平岡、根津。JNRの人間って普通の人間とどこが違う?」

 三人は同時に将を見た。将は彼らを見て腕を組むと
「いや、例えばさ、お前らが警察に入った後にJNRから資金が振り込まれるとか……そういうのあるのかなぁと思ってさ」
 と告げた。
「あれば金の流れを追って調べることが出来るかもしれないと思って」

 翼は冷静に
「まあ、俺らみたいな下っ端は就職して色々いうことを聞いていれば出世が早いって感じで金はない」
 と告げた。
「元々俺たち自身が就職が難しいというのもあったし出世していくってことが最大の魅力だったからな」

 省吾も平岡政春も頷いた。翼は腕を組むと
「そうかぁ、と言うことは青森県警の刑事部捜査一課の中で出生に違和感がある人間を探すとヒットするかもしれないな」
 と告げた。
「根津、悪いけど新人警察官のリストと後刑事部捜査一課の面々の身上書を出してくれ」

 省吾は「了解」と言うとパソコンの上で指を走らせながら右手で時々マウスを手際よく動かした。そして、暫くするとパソコンと繋いでいるプリンターが動き始めた。

 将は防犯カメラの映像を見ながら
「とにかく今は怪しい奴を見つけないとな」
 と呟いた。

 省吾はプリンターから紙を取ると
「これが刑事部捜査一課の身上書。口利きとかはやっぱり人に聞かないと書類には載っていないよ」
 と告げた。

 翼はそれを見て
「後は突然の移動だな」
 と何枚かを選んで置いた。
「この2人は怪しい」

 全員が2枚の身上書を見た。将は顔を顰めて
「交番勤務1年で2か月前に刑事部捜査一課第二係に移動?」
 と呟いた。

 平岡政春はもう一枚を見て
「こっちは先月だな。同じように交番勤務1年半ほどでこっちは第一係だな。つまり鎌谷夕一の部下か」
 と告げた。

 翼は頷くと
「交番勤務は通常短くても2年だろ? まして刑事部の捜査一課に新人だ。その上、10月とか9月っていうのがな。普通は来年の4月とかじゃないのか?」
 と告げた。
「でも、今回のことを何が無くても計画していたとしたら見張りとしては良いポジションだ」

 将は「確かに」と呟き
「画面を見ながら、こいつと、少し離れていてわかりにくいが……写真の感じからこいつだな」
 と告げた。

 翼は頷いた。
「東大路が言わなかったら気にもしていなかったな」
 
 将は肩を竦めて
「でも俺じゃぁこの二人に目を付けなかった」
 と言い、平岡政春に
「悪いけど、組織犯罪対策課の古屋さんに話をしたいことがあるって伝えてもらえるか?」
 と告げた。

 平岡政春は笑むと
「了解」
 と敬礼をすると部屋を後にした。

 将は翼と省吾を見ると
「じゃあ、本業の方を進めよう」
 と告げた。

 青森県警での合宿である。場所の選定も必要であった。雪が深いので屋内で行うことは必須である。それには省吾がネットで屋内施設を調べ
「この盛運輸サンドームはどうかな? 値段も安いし広いから問題はないと思うけど」
 と告げた。

 将は施設の内容を見て
「よし、ここに決めて設置依頼だな」
 と言い、翼に省吾が出し新人警察官の一覧を見せた。

 翼はJNRの人間の可能性がある人物を2人ほど選び出し
「後は誰でも良いと思うけど」
 と答えた。

 将は残りの6人を選んだ。その時、平岡政春が戻ってくると
「今夜、居酒屋『弘前』で会おうと、って言ってきた」
 と告げた。

 将と翼と省吾は顔を見合わせた。どこだ? そこは。の世界である。それに平岡政春は苦笑して
「安心してくれ、俺が知っている」
 と返した。

 いわば先に青森で交番勤務をしていたのだ。それなりに土地勘が働くようになっていた。もちろん、その店に行くこともあったのだ。居酒屋『弘前』は青森駅前の賑やかさから離れた徒歩20分ほどのホテル街に入り込んだ場所にある居酒屋であった。

 二階建ての日本家屋で総菜がカウンターに置かれた小料理屋に近い名前だけ居酒屋の店である。
 色々な手配を済ませて夕方の6時になると将は翼と省吾の二人と平岡政春の案内を受けてその店の二階の個室へとたどり着いた。既に古屋悠也が待っており
「申し訳ない。それで話と言うのは何だ?」
 と座って注文を通してから直ぐに話しかけられた。

 将は頷くとカバンから
「一つはこの二人について」
 と告げた。
「この二人の配属時期とかがおかしいのでその辺りで知っていることがあったら」

 古屋悠也は二枚を見ると
「あ、ああ……この二人は警務部の田中さんの縁故だって聞いたな」
 と告げた。
「まあ、君らも内情は大体わかっていると思うけど縁故はないと言いつつもあるんだ」

 将も翼も省吾も、平岡政春ですら顔を見合わせて苦く笑むしかなかった。

 翼は将に
「ってことはやっぱり」
 と告げた。

 将は冷静に古屋悠也を見て
「この二人と警務部の田中と言う人物はJNRの可能性があります」
 と告げた。

 古屋悠也は驚いて
「え!? まさか」
 と告げた。

 将は息を吐き出すと
「その辺りはちゃんと調べないとわかりませんが、この人事はタイミング的にも鎌谷夕一さんの見張りにはうってつけの配属ですし、これまでの経験上JNRは主に警務部……つまり人事を操作できる部署に人を送り込んでいることが多い」
 と告げた。

 古屋悠也は蒼褪めながら
「……確かに……わかった、俺も調べて置くし、この3人に関して夕一に注意するように言っておく」
 と告げた。

 将は頷いた。
「ただ、気になったのが恐らく俺たちのことやJNRの進出を考えても今回の鎌谷夕一さんの件は向こうが起こそうとして起こしたと思うので彼と狙われている組織犯罪対策課の課長にはJNRに狙われてる理由があるんじゃないかと思います」

 翼も省吾も平岡政春も将を見た。それに関しては自分たちは考えていなかったのである。

 古屋悠也は腕を組むと
「課長に関しては思い当たる節がある。青森県で最近急に外国人の移住が増えた場所があって……それが一か所だけ突出して反対に住んでいた住人が転出していったりいなくなったりしていて、その内偵をしている最中だからだろうな」
 と呟いた。

 平岡政春はハッとすると
「もしかしたら今別町の方では?」
 と告げた。

 古屋悠也は頷くと
「何故?」
 と聞いた。

 平岡政春は手帳を見ながら
「いや、鷹司さんが県データの転出と転入のチェックしていた時に気にかかると言っていた場所の一つだったので……あそこは近くに幾つもの津軽海峡に面した漁港があるし半島でも奥まった場所で何かしていてもわかりにくいが外部へのアクセスは悪くないとか言ってました」
 と告げた。
「あと仲泊と……大鰐です」

 古屋悠也は息を吐き出すと
「あの人は何者だ」
 とぼやきながら
「そこは二つとも課長も気にしていた」
 と告げた。

 そして暫く沈黙を守った後に
「これは関係ないかもしれないが」
 と言うと
「鎌谷は隠しがっていたがまああまり評判は良くないんだが二代前の警察庁長官の息子なんだ。鎌谷元警察庁長官のな」
 と告げた。
「浜中前警察庁長官の時に海外の組織と繋がって麻薬ルートを開発して逮捕されて刑務所で自殺したなるみ礼二元警察庁長官官房審議官を伸し上げた人で金で繋がっていたって話があってな……鎌谷自身も『否定はできない』と言っていたが、まあ、だからあまりそれを言いたがっていないんだ」

 将は「ああ」と言うと今回のJNRのできた経緯を思い出しながらも
「その事件は俺たちは知らなくて」
 と告げた。

 古屋悠也は苦く笑うと
「だろうなぁ、まあ一つの禁忌みたいなものだからな」
 と言い
「まあわかった発端は逮捕劇の13年前に警察庁のソタイの知り合いの両親が火事と見せかけられて殺されていたって話からだ。俺もその辺りはよくわからないが、赤木刑事局長配属されて直ぐのことだからもしかしたら赤木刑事局長の知り合いなのかもしれないが、それでその出回っていた麻薬ルートを調べるとその知り合いの両親が殺された島が中継地点になっていてなるみ元警察庁長官官房審議官が逮捕されたって話だ。その時に娘も一緒に逮捕されたらしい」
 と説明した。
「詳しくは赤木刑事局長に聞いたらいいと思う。あの当時のソタイで残っているのは赤木刑事局長くらいだからな。みんな勇退しているからな」

 将は頷いて
「はい」
 と応え、鷹司陽の言葉を思い出していた。

『同僚で仲間で……相棒だな』

 もしかしたら彼のその時に赤木刑事局長の側にいたのかもしれないと考えたのである。

「でも、鎌谷元警察庁長官は利害関係があったけどなるみ元警察庁長官官房審議官を警察庁長官にしなかったのは事件が発覚したからですか?」

 古屋悠也は首を振ると
「いやいや、事件発覚は鎌谷元警察庁長官が辞めた後だ。浜中前警察庁長官になって暫くしてからだな。その間はなるみ元警察庁長官官房審議官が下についていたから」
 と告げた。
「まあ、話では浜中前警察庁長官にしたのは最後の良心だったんじゃないかなんて言われている」

 翼は冷静に
「ってことは、そのなるみって奴は鎌谷元警察庁長官を恨んでいた可能性があるよな。裏の繋がりがあったら後釜の警察庁長官になれると思っていたと思うし」
 と告げた。

 将は小さく頷いた。
「ただ、亡くなっているからな」

 省吾はそれに
「でも、JNRで恩があると思っている人たちだったら?」
 と告げた。

 可能性はゼロではない。最後に裏切った鎌谷元警察庁長官の息子を序に陥れようとしたと考えられる。不思議そうに見ている古屋悠也に将は頭を下げると
「貴重な話をありがとうございます」
 と言い
「最後に真理奈さんが行方不明になる前のことでわかる範囲を教えてもらえますか?」
 と告げた。

 古屋悠也は頷くと
「あの日は真理奈ちゃんと俺と夕一で食事をしようって話になっていて…夕一のLINEに『早く終わったのでそっちに向かいます』って入って県警本部の前で待っていたんだが、恐らく向かっている途中で」
 と首を振った。

 つまり。
 将はハッとすると
「わかりました! 古屋さんに連絡を取る方法を教えてもらえますか?」
 と聞いた。
「俺達の方でも何か分ったらご連絡します」

 古屋悠也は携帯を出すと
「直ぐには出れない可能性はあるが」
 と告げた。

 将は頷いてアドレスの交換を行った。古屋悠也を見送ると食事をして平岡政春に
「平岡が繋げてくれた防犯カメラの動画なんだが日付と時間を指定してみることって出来るか?」
 と聞いた。

 翼がそれに
「もしかして県警本部でと思っているのか?」
 と聞いた。

 省吾は驚いて
「まさか、目立つし直ぐに足がつくと思うけど」
 と呟いた。

 将は頷いて
「でも、鎌谷さんには本部内に目があるから県警本部に知らせるなって言っているだろ? それに同じ警察の中の人間がすると思っていないから……ある意味において死角だと思うんだ。まして、妹さん自身が信用しているとしたらこっちで待っていてくださいって案内されたら付いて行きそうだと思わないか?」
 と告げた。

 平岡政春は息を吐き出すと
「出来る。明日するか?」
 と聞いた。

 将は首を振ると
「今すぐ」
 と答えた。

 そして、将は秋田県警の隼峰県警本部長に電話を入れると
「これは可能性の問題なんですが彼女を誘拐した人間が警察の人間かもしれません」
 と告げた。

 それを聞き隼峰統は眼鏡を軽く上げながら報告を手に
「それなら、報告で一台気になるパトカーがあると入っていました。しかしパトカーなのでと考えていたところです」
 と言い
「青森から岩手との県境を抜けて宮城へ抜けようとしていたパトカーです」
 と告げた。
「今回のように県越えの応援要請がない限りパトカーが県を越えるというのはないので」

 将は「宮城県か」と呟いた。
 もし、そうならば動くのが難しい。ここで自分たちが合宿を辞めて移動を始めたらそれこそ分かっています。まして、鎌谷夕一もそろそろ限界に来ているだろう。

 その時、古屋悠也から電話が入った。将は携帯を取ると
「あの」
 と言いかけた。
 それに被さるように彼の声が響いた。
「直ぐに来てくれ!! 本部の……屋上だ!!」

 全員が「「「もしや!」」」と考えると立ち上がって支払いを手早く済ませると走り出した。

 間に合え! 間に合え! 間に合ってくれ!!

 将は心で叫びながら懸命に走り、平岡政春が本部に着くと
「こっちだ!」
 とエレベータに案内し、それに飛び乗って最上階まで行くと飛び降りて屋上へと続く階段を駆け上がった。

 そこに2人に取り押さえられて倒れている鎌谷夕一の姿があった。将は駆け寄ると古屋悠也と知らない男性を見て
「ま、さか……間に合わなかった」
 と呟いた。

 それに男性が
「いや、俺は無事だ」
 と言い
「それより、鎌谷捜査一課一係長が」
 と呆然と告げた。

 古屋悠也の腕の中で苦しそうに
「救急車は……呼ばないでくれ」
 と告げた。
「俺は良いが真理奈は」

 将は携帯を手にすると
「救急呼びます」
 と救急車を二台呼び、男性を見ると
「貴方が組織犯罪対策課課長ですね」
 と聞いた。

 男性は頷いて
「ああ、和泉という」
 と告げた。

 和泉晟組織犯罪対策課長は顔を顰めて
「彼に呼び出されて飛びかかられた時は焦ったが、刺したのは彼自身だった」
 と言い
「それで遅れてやってきた古屋に話を聞いて……まさか妹さんが」
 と呟いた。

 古屋悠也は頷いて
「君たちに言われてあの二人を見張っていたら一人が階段で上から駆け下りていくのが見えて……」
 と顔を歪めた。

 将は頷くと
「時間はありません」
 と言い
「天童はその辺りにまだ誰か潜んでないか見張っていてくれ」
 と指示し、血に濡れたハンカチを手にすると和泉晟の胸元につけて
「倒れておいてください」
 と告げた。
「それから、古屋さんはきっと本部長などに聞かれると思うので和泉課長を刺して自分も刺したと話してください」

 三人は直ぐに理解するとその通りに動き出した。将は息を吐き出すと
「それから」
 と言いかけて平岡政春の姿がないことに顔を顰めた。が、今はそれどころではなかった。

「根津は一緒に付いて行って状況説明を」

 省吾は頷いて人々とともに上がってきた救急隊員を迎えた。古屋悠也は救急隊員に
「二人の手当てをお願いします!」
 と言い駆け寄ってきた本部長達を遮るように
「鎌谷が突然課長を刺して……俺が駆けつけたら自分自身も……」
 と涙を拭った。

 省吾は血に濡れて倒れている和泉課長を手当てしようとした救急隊員に近寄り
「このまま急いで搬送お願いします。これは警察庁からの指示です」
 とそっと呟いた。

 救急隊員は頷いてタンカーに乗せると騒めく人々の間を下へと運んだ。省吾は心で「俺、怖いこと言った助けてー」と叫びながら和泉晟と共に救急車に乗り込んだのである。

 将は見当たらない平岡政春を気にしつつも鎌谷夕一の救急車へと乗り込んだのである。鎌谷夕一は手当てを受けながら将を見ると
「真理奈は」
 と呼びかけた。

 将は冷静に
「今、調べています」
 と言い
「生きてください。そうでないと妹さんは地獄の苦しみを味わう」
 と告げた。
「貴方が死んで助かっても彼女は貴方の命の分だけきっと苦しみ続ける。生きるんです。絶対に」

 鎌谷夕一は唇を噛みしめるとそのまま意識を手放した。
 緊急手術が行われ和泉晟も救急車の中で事情を説明し表向き緊急手術となった。将が省吾と合流したときに隼峰統から着信があった。

「いま部下が鎌谷真理奈と思われる女性を保護した。秋田県警本部の方に向かって貰っている」

 将は安堵の息を吐き出すと
「ありがとうございます」
 と答えた。
「しかし、県を越えていたので……心配していましたが良かった」

 それに隼峰統は窓の外を見ながら
「宮城県のある人物の別荘に監禁されていたのを鷹司警視正が保護し、連絡をして秋田県の県境で引き渡してもらった」
 と告げた。
「彼女には身の安全のために暫く秋田県警の方で保護しておこうと思っている」

 将は頷くと
「それでお願いいたします。ここでやるべきことが終わったら次は秋田へ行きます。そして、お願いしたいことがあるので」
 と告げた。

 隼峰統は頷くと
「了解した」
 と答えて通話を切った。

 将は隣で立っていた省吾に
「真理奈さんは大丈夫だ」
と告げた。

 省吾は笑顔で
「良かった」
 と答え
「そう言えば、平岡くんがいなくなっていたね」
 と告げた。

 将は頷くと
「ああ」
 と答え
「でも彼女を助けたのが鷹司警視正だから……きっとJNRの凶行を止めるために動いていると俺は思っている」
 と告げた。

 その日の夕方に桐谷世羅と共に警察庁組織犯罪対策部の面々が青森県警にやってくるとJNRの組織員だった警務部警務課人事係の係長と彼によって捜査一課と二課に配属された二人が更迭された。同時に同じように彼が配属をした面々の聞き取り調査が大々的に行われたのである。

 鎌谷夕一の手術は成功し妹である真理奈の無事を知ると全てを話したのである。同時に和泉晟が内偵していた土地の不正売買についても大きくメスが入ったのである。

 将たちは一段落つくと予定外ではあったが行うとしていた合宿を予定通りに遂行したのである。それが終わると隼峰統と約束していた通りにその足で秋田県警へと向かったのである。

 彼らは青森から日本海側へ抜けて秋田へと向かう列車に乗り窓を見つめながら消えてしまった平岡政春のことを考えていたのである。

 何があったのか? まさか、裏切ってJNRの六家の一人に報告に言ったのだろうか? そんな憶測が将の胸の中に過ったが
「今は信じる。あの時の平岡は本当の心を見せてくれていた」
 と呟き、灰色の空の下で荒れ狂う日本海の波を見つめていたのである。

 同じ灰色の空の下で和田秀雄は宮城県の郊外にある大きな屋敷の一角で杉山真也を前に頭を下げていた。
「勝手なことをして申し訳ありません……しかし人質が見つけられずに成功していれば天海礼華さまも杉山さまに一目置かれたとおもい」

 彼はそう言いつつも隠している手で拳を作っていた。
 それを見た杉山真也は一瞬目を細めたものの直ぐに笑みを浮かべると
「新潟や今回やこれまでの度重なる勝手な行動は許してやろう……思わぬ収穫があったからな」
 とチラリと後ろの部屋の戸を見た。
「勝田、松村が捕まり、十津川は白馬に寝返った。お前を使ってあの女に入れ込んでこっちで勝手なことをされては巻き沿いを食らって共倒れになる」
 ……お前も馬鹿な考えを捨てた方が身の為だぞ……

 和田秀雄はそれに視線を動かして
「しかし、天海礼華様は六家を生んだなるみ礼二長官官房審議官のご息女で……なるみ礼二長官官房審議官が愛されていた子だと……白馬さまもそれを忘れてはならないと」
 と告げた。

 杉山真也はピクリと眉を動かすと
「それは奴自身が権勢を誇るための戯言だと気付かないのか」
 と言い
「最初はそうだ……だが十二分にその恩を返したし……あの女は六家を滅ぼす女だ」
 と立ち上がり
「とにかく俺は裏切り者の瀬田を白馬に渡して縁を切る」
 と告げた。

 和田秀雄は頭を下げて
「わかりました」
 と呟くと屋敷を後にした。
 が、少し離れると携帯を手に連絡を入れた。

「瀬田祥一朗を捕獲いたしました。それを引き渡して六家から抜ける算段をしているようです」

 ……え? 鷹司という者もですか? 天海さまがそのようにおっしゃっておられると、わかりました、白馬さま……

 和田秀雄はそう答えると携帯を切り宮城県警本部に向かって
「鷹司、陽と言えばあの時に鎌谷真理奈を連れて逃げた駐在か」
 と言うと車を走らせた。
「ちょうど良い、俺も先の礼をさせてもらわないとな」

 その時、一台の車がすれ違うように走って過ぎ去ったのである。

 将は秋田駅に降りたち、迎えに来ていた隼峰統の片腕である北上友視にホテルへと案内されたのである。

「もう7時だから、今日は秋田名物でも食ってゆっくり休んでくれ」

 彼はそう言うとホテル内のレストランへと三人を案内して食事を終えると
「では、明日秋田県警本部で」
 と立ち去ったのである。

 将も翼も省吾も部屋に入ると流石に疲れが溜まっていたようでバタンキューと倒れるように眠りに落ちた。

 この時、春の前の大寒の風が町を駆け抜けていたのである。
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