警狼ゲーム

如月いさみ

文字の大きさ
上 下
9 / 64

第九夜

しおりを挟む
「将、お前を愛しているぞ」

 大きな手でいつも頭を撫でてくれていた。優しい笑顔に父が何時も着ていた警察官の制服が目に焼き付いている。

「お父さん、俺は警察官になる!」
 そう言うと父は何処か少しだけ悲しい顔をして
「そうか、楽しみにしている」
 と応えてくれていた。

 だけど、その顔が痛くていつの間にか父に憧れて警察官になる夢は消え去り、流行りのIT業界へ行くことが夢になっていた。

 父が亡くなる時に言った言葉がずっと心に残っている。
「お前が警察官になって……真実に行き付いたら……誤解をするかもしれないが…………はお前をずっと愛している」

 ……俺と同じだぞ、愛も思いも……

 それは父が亡くなっても俺を見守ってくれているということだと思っていた。

 将はふと目を覚まして視界浮かぶ姉と母親と仲間たちの心配そうな顔に
「……父さんの夢を見てた」
 というと再び目を閉じた。

 意識を取り戻したことで命の心配は無くなり茉莉と茉代は泣きながら翼や省吾や由衣に頭を下げた。
「「ありがとうございます」」

 彼らに行くように指示を出して一人てんてこ舞いで仕事をしていた桐谷世羅は翼からの連絡を受けて安堵の息を吐き出した。

 将が意識を失っている間に山形県警の人事異動など様々なことが進行していた。そして、その裏でJNRの和田秀雄も密かに新潟へ行き密かに動いていたのである。
 西日本が落ちて今度は山形まで落ちたのである。これ以上ことが進むと六家の半数が落ちることになる。まして、残っている一人は裏切り者の瀬田祥一朗だ。
 
 和田秀雄は息を吐き出すと
「あの時……奴が救急に連絡を入れた。奴こそ裏切り者だ」
 と呟き、JR新潟駅から少し離れた小針駅の側にある喫茶店に座りながら外を見つめていた。

 喫茶店はドライフラワー壁に飾られた愛らしい内装で和田秀雄がいる場所は特に観葉植物が並べて植えられて少し個室風になっている一番窓側の奥の場所であった。
 彼はその席に座りカランカランと音が鳴ると少し腰を浮かせて入口を見ると入ってきた人物に手をあげて迎え入れた。その人物は小針駅を最寄り駅とする新潟県警警察学校で『勝尾時春教官』と呼ばれる人物であった。

 和田秀雄は勝尾時春が前に座ると笑みを浮かべ
「山形県警が落ちた」
 と第一声で告げた。
「組織の人間は更迭され今までしてきたことを再捜査され逮捕されている」

 それに勝尾時春は目を見開いて息を飲み込んだ。
「ま、さか」

 和田秀雄は写真を置くと
「これが警察内部で我々を洗い出している部署の人間だ。恐らくこちらを重点に動いている」
 と告げた。
「新潟に入ったら始末しろ」

 ……俺は他にも警戒を呼び掛ける場所がある……

 勝尾時春は写真を手に震えながら
「……こんなことになるなんて」
 と顔を伏せた。

 外は雪が白い幕のように流れ、地上に白亜のカーペットを敷き広げていた。

 将は桐谷世羅から
「まあ、傷が治るまで動けねぇんだ。ゆっくり休め」
 と言われて、本を一冊渡された。

『貴方も遊べる人狼ゲーム』という人狼ゲームの説明本であった。ゆっくりしろと言いながら左手で仕事関係の本を出すというのが、流石である。

 将は動けないのでノートを母親に言って買ってもらい人狼ゲームの人数パターンによる進行方法を纏めた。人狼ゲームは同じ人数でも配役によって変わるゲームである。ただ、問題は別にゲームをただ楽しむためのモノではないという点である。

 将は幾つかのパターンをノートにまとめると
「警察学校の人数は50名から70名くらいだから10名区切りで考えて、配役は……」
 と呟いた。

 母親は隣に座りながら
「将も大変ね、警察の人間は皆そうね」
 と困ったように笑い、扉が開くと立ち上がって
「将、私は飲み物を買ってくるわ」
 と入れ替わりで入ってきた翼に会釈をして立ち去った。

 翼は将の前に座ると
「気を遣わせて悪いな」
 と母親が去った後を見て言い
「来週、新潟県警の警察学校で合宿を行うことになったから知らせに来た」
 と告げた。

 将は「おお、そうなんだ」と呟いた。
「悪いな、天童。根津や菱谷にも言っておいてくれ」

 翼は首を振ると
「いや、課長も俺も本当は東大路が動けるようになってから再開しようと思っていたんだが……新潟県警から依頼があったんだ」
 と告げた。

 将は驚いて目を見開いた。
「依頼? まじか」

 これまで警戒され忌避され邪魔されてやってきて、望まれてやることが無かっただけに驚きであった。というか、望む県警なら心配ないんじゃないのか? なんて考えてしまいそうになる。

 翼も同じようで
「何か、反対に行かなくて良いんじゃないのか? なんて思ったんだが……課長は県警からのヘルプが入っているのかもしれないからなって言ってさ」
 と苦笑して
「あの人、仕事面倒くせぇとか、まだやるのか、とか言いながらきっちり熟すんだよな」
 と告げた。

 将はフロアでの桐谷世羅の様子を思い浮かべながら腹を抑えて
「悪い、笑かさないでくれ。傷に響く」
 と告げた。

 翼は慌てて
「悪い悪い」
 と言い
「それで新潟県警で俺たちの担当についてくれるのが警務部じゃなくて刑事部捜査一課の神生課長で、確かに何かありそうだとは思ってる」
 と告げた。

 通常は警務部が取り仕切るのだが刑事部と言うのも確かにおかしいと将は思った。将はノートを出すと
「これ、一応今後のために書いた人狼ゲームの構想」
 と言い
「良かったら利用してくれ」
 と告げた。

 翼は受け取ると
「サンキュ」
 と応え、立ち上がると
「じゃ、一応報告だけだから……無理するな」
 というと立ち去った。

 将は彼を見送ると窓の外を見て
「新潟県警か……頑張れ」
 と小さく呟いた。

 将の書いたノートを手に翼は警察庁組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課のフロアに戻ると新潟県警の資料集めをして待っていた省吾と由衣にノートを見せた。

「東大路が考えていた今後の人狼ゲームの幾つかの案だ」

 それを見て省吾は
「ゆっくり休めばいいのに」
 と言い、ノートを机の上に置いてぺらりぺらりと捲った。

 由衣は苦笑しながら
「休めと言いながらきっと桐谷課長に本を渡されたんだわ」
 と全てを見透かしたように言い
「この中から案を練りましょ」
 と告げた。

 桐谷世羅は先に新潟へ行って要望してきた人物に会うと新潟でもかなり田舎の雷駐在所で落ち合っていた。雪が深いこともあって新潟駅で新潟県警刑事部捜査一課長の神生波留と落ち合い雷駐在所へと向かったのである。

 白い山の稜線と道路の両脇には白く染まる畑と境が見えないが雪の下にある農道が広がっていた。桐谷世羅は車窓からその様子を見ながら「すっげぇ田舎だな」と考えつつ、見えてきた道路の脇にありやっぱりこんもりとした雪の木々に囲われた交番を目にした。

 神生波留は車を駐車場に停めると
「ここが雷駐在所です」
 と駐在所の戸を開けると中にいたひょろーんとした壮年男性を見て
「白木警部補、来ていただきました」
 と敬礼した。

 桐谷世羅も「さむっさむっ」と飛び込むように中に入り
「初めてお目にかかります。内部組織犯罪対策課の桐谷世羅です」
 と敬礼した。

 雷駐在所で定年後も再雇用で駐在員を続ける白木啓介も敬礼し
「いやぁ、寒いところすみませんねぇ」
 とにこにこと笑うと奥の生活空間にあるポットでお茶を入れると二人の前に置いた。
「もうねぇ、ここは本当に雪が凄くて……雪掻きで腕が太くなりそうで」

 桐谷世羅はひょろーんとした白木啓介を見て
「いやいや、全然太くなったように見えねぇんだけど」
 と心で突っ込みながら苦く笑って
「面白い駐在さんだ」
 と呟いた。

 神生波留も肩を竦めると
「そうなんですよ」
 と言いながらお茶を飲んだ。

 桐谷世羅も「いただきます」とお茶を飲んだ。

 白木啓介はそれを見ると
「貴方はぶっきらぼうに見えますが、内面は全く違いますね。とても繊細で責任感も強い」
 と言い正面に座り表情を変えると
「貴方なら信頼できます」
 と告げた。

 桐谷世羅は目を見開くとふっと笑むと
「こりゃ、一角の人間だな」
 と肩を竦めると
「それで今回の依頼の件をお聞きしたい」
 と告げた。

 白木啓介は頷くと
「実は先日、5年ぶりに県警本部に出向いたんですけどね。警察学校に勝尾時春という教官が5年前の彼と違う人になっている」
 と告げた。

 ……。
 ……。
 桐谷世羅は「んん??」と目を細めて、隣に座る神生波留を見た。真面目に本気でこの人物の話を信じたのか? という疑惑の視線である。

 神生波留は息を吐き出し
「正直に言うとある程度は調べています」
 と言い書類を渡した。5年前からの採用された新人警察官の試験成績と卒業時の成績表である。

「勝尾時春は5年前から教官職を担っていましたが極秘に調べたところ1年前から突然本来なら不合格の人間を合格に変更し県本部配下の交番勤務にその人物を回していたことが判明しました」

 ……つまり彼の息がかかった人間が1年前から少なくとも5名以上はいる……

 桐谷世羅は目を細めて
「しかし人事権は教官一人じゃぁどうしようもないだろ。まあ、学校での成績がモノを言うのは言うけどな」
 と告げた。

 神生波留は頷いて
「ええ、その辺りも内偵したら去年に希望で配属された警務部警務課第一人事係の松本圭也巡査が警察学校へ度々訪れて勝尾時春と接触しているのが分かっています」
 と言い
「松本巡査は元々勝尾時春教官の教え子で話では配属の助言をもらうためと言っているそうですが……まあ、この辺りは普通でもあることだったので見過ごされていました」
 と告げた。

 桐谷世羅は腕を組むと
「確かにそうだな。それに卒業したばかりの新人警察官の交番勤務の配置だ。それほど重要視されてはいないところだしなぁ」
 と呟いた。

 白木啓介はそれに
「しかし、地域課の交番勤務から誰もがスタートを切って2年ほどで新しい配属へと移っていくと考えるとこれが重要なんですよねぇ」
 と告げた。
「成績によって中央に近い重要な交番勤務が埋まり、人のいない駐在所になると出世がね」
 
 桐谷世羅は彼を見て
「確かにあんたの言う通りだ。交番勤務の場所によって出世が変わるのは事実だ。正に外堀を埋めて中へと侵入するか……」
 と告げた。
「今年の初めに警察庁長官の元に外部からの密告があった。JNRと警察庁内部では呼んでいる組織だがそのJNRが人員を潜り込ませてその組織に都合の悪い事件を揉み消していたことが分かっている。もしかしたら勝尾時春とその警務部の第一人事係の松本圭也巡査もそうかもしれない」

 白木啓介は安堵の息を吐き出し
「いやぁ、何寝言を言っていると言われるかと思いましたけどね」
 と言い、神生波留を見ると
「神生課長は本物の勝尾時春の発見をお願いしますね」
 と告げた。

 桐谷世羅は彼を見ると
「それは本物は死んでいると?」
 と聞いた。

 白木啓介は冷静に
「そうでなければ良いと思いますが……他人が数年も成り代わり、且つ背後に組織がいると考えると可能性は高いかと」
 普通は人が生きて活動している以上は痕跡がある。と答えた。

 桐谷世羅は立ち上がりながら
「あんたは怖い人だな、するりと人の心に入る柔和さを持ちながら認めたくない現実を見つめる目も持つリアリストでもある」
 と敬礼をした。
「そうそう、こっちの若いのを送る手はずを整えるが……力を貸してもらいたい」

 白木啓介は立ち上がると
「こんなうだつの上がらない老兵のような人間で良ければ」
 と答えた。

 桐谷世羅は笑むと
「ああ、貴方が良いと思ったからな。宜しくお願いする」
 というと、神生波留を見て頷いた。

 その時、白木啓介が「ああ、そうそう」と呼び止めると
「これは余談なんですが……そのJNRという組織が各地の警察に浸食しているとしても秋田県警だけは大丈夫だと思いますよ」
 と告げた。

 桐谷世羅は肩越しに見て
「何故?」
 と聞いた。

 白木啓介はにこやかに笑むと
「あそこの県警本部長は隼峰統と言う人物がしていましてね。両脇もかなり固いし……何よりも秋田自体が特殊な土地柄ですから」
 と告げた。
「JNRの人間が潜り込んだとしても直ぐに神の眼で弾きだされてしまいますよ」

 桐谷世羅はピシっと動きを止めて
「本気か? それともからかわれているのか??」
 と心で突っ込みつつも
「……内容は突拍子もないが何故か信用していい気がするのが怖いな」
 と呟き
「ご助言ありがとうございます」
 とだけ返して駐在所を出た。

 雷駐在所の周囲はホテルもマンションもない片田舎。白い稜線にどこまでも続く白い田畑の向こうにぼんやりと木か町のビルか分からないものが見えるだけの場所である。

 桐谷世羅は車の助手席に乗り込み神生波留が車を走らせると暫くして
「白木啓介警部補はあそこでずっと?」
 と聞いた。

 神生波留は運転しながら
「いえ、35歳から60歳まで刑事部捜査一課におられました。俺はその最期の生徒で」
 と懐かし気に告げた。
「その後、再雇用されて雷駐在所に戻られたんですよ。元々は雷駐在所で35歳まで勤務されていたので」

 ……ただ秋田県警については信用して良いと思いますよ……
「秋田県は隼峰家という神代の土地と言われているので強ち白木さんが言うのはハズレじゃないんですよ」

 桐谷世羅は驚きながら
「なるほど」
 と応え
「しかし、あれだけの人ならノンキャリアでももっと出世しただろうに」
 と心で呟いた。

 神生波留はそれを見越したように
「凄すぎたんですよ」
 とさらりと告げて車を走らせ続けた。

 桐谷世羅は新潟駅まで送ってもらうとその足で新幹線に乗って東京へ戻った。翌日、フロアで翼と由衣と省吾の三人に『勝尾時春』のことと『松本圭也』のことを伝えた。
 その上で
「新潟県警で再雇用の駐在員の白木啓介警部補に助力を願っている。率先して連携をとれ」
 と告げた。

 率先して連携をとれ……と言われ、翼も省吾も由衣も顔を見合わせた。どんな凄い人なのか気になったのである。三人は敬礼をすると書類を纏めた。

 翼は省吾と由衣が用意した新潟県警の一覧と勝尾時春と松本圭也の身上書を見て
「……この二人か」
 と呟き
「でも、人に成り代わるなんて可能なのか? ましてそれを見抜くなんて」
 と心でぼやいた。

 ただ翼の思考を埋めているのが不安であった。

 確かに人狼ゲームは出来る。それにJNRの人間の空気も恐らくは自分の方がよく読める。だが、それだけではダメなのだ。狼を見つけ出して屈服させ……そして、他の人間を鼓舞する。心を動かさなければならないのだ。

 今までその部分を将が担当してきたのだ。

 翼は息を吐き出すと組織の人間の可能性がある人物を交えて10名ほどを拾い出し
「すみませんが、出かけてきます」
 と立ち上がった。

 省吾も由衣も顔を向けた。桐谷世羅は全てを見抜いているように
「おう、東大路に宜しく言っておいてくれ」
 と告げた。

 翼は頷くと
「わかりました」
 と応えてフロアを出ると将が入院している病院へと向かった。

 桐谷世羅は不意に
「そう言えば、東大路の母親と瀬田祥一朗が話をしていたみたいだがどういう関係なんだ?」
 と思い出しながら心で呟いた。

 瀬田祥一朗はJNRの六家の一人である。同じ鹿児島に六家の一人である松村当二もいた。あと、4人。その一人が山形県警で問題を起こそうとしていた人間なのだろう。
 なるみ礼二の後を引き継いで駐在所に勤めた6名が恐らくは六家なのだ。名前と住所は分かっているが何もなく踏み込むことは出来ない。

「あの瀬田祥一朗も結局は鹿児島で起きた全ての事件には関わっていなかった」
 だから捕まえることが出来なかったのだ。

 その小さな呟きに菱谷由衣は視線を一瞬向けたものの直ぐに作業に戻った。

 同じ頃、将はベッドの上で息を吐き出していた。一か月ほどは入院ということで退院後も激しい運動は暫くNGと言うことである。
 勿論、今の仕事はそれほど激しくはないので、勤務することは加納だろう。だが、問題は『今』だ。

「後一週間か……退屈だ」

 その時、戸が開いて翼が姿を見せた。
「よう、本当に暇そうな顔をしているな」

 将は顔を向けると
「おお、新潟県警の方はどうだったんだ?」
 と聞いた。

 翼は頷くと
「ああ、どうやら学校の教官が怪しいらしい。それと警務部の一人がな」
 と告げて、今回選抜した10人の身上書を出した。
「これは俺が拾い出した今回のメンバーだ」

 将は見ながら
「なるほど、こいつとこいつに天童は目をつけたってことか」
 と二枚引き抜いて渡した。
「一人は親が公の仕事でもう一人は……自営業なのに家を継いでいない感じだな」

 翼は目を見開き
「よくわかったな」
 と告げた。

 将は笑って
「まあ、この前話を聞いてたからな」
 と応え
「それで10名だけどどのパターンで行くつもりなんだ?」
 と聞いた。

 翼はノートを開いて見せた。
「この狼2に狂人1占い師1で行こうかと思ってる」
 と告げた。

 将は頷いて
「なるほどな」
 と言い、少し考えると
「教官がおかしいって事なら、教官を嵌めるのも良いんじゃないか?」
 と告げた。

 翼は「え?」と聞き返した。

 将は笑むと
「教官に先に配役を渡すんだ」
 と言い
「その反応をみても良いと思うけど」
 と告げた。
「きっと自分に都合が悪そうなら何か言ってきそうな気がする」

 翼は驚きながら
「あ、ああ」
 と応え俯くと暫く沈黙を守った。

 将は何時にない歯切れの悪い翼に
「どうかしたのか? 天童」
 と聞いた。

 翼は息を吐き出すと
「いや、俺がお前のように……できるのかって思ってな」
 と苦く笑みを浮かべた。

 自分と東大路将は違うのだ。自分が彼のように相手を見抜き、屈服させ、そして、他の新人警察官を鼓舞できるのかどうか。そう考えた時に出る答えが『No』なのだ。
 
 将はジッと翼を見て
「……別に天童は天童だし、俺は俺だから俺のようにしなくていいぜ」
 と告げた。
「天童らしくすればいい。俺だって天童のようにはきっとできない」

 翼は小さく息を吐き出すと
「お前にはわからないさ」
 と立ち上がると、そのまま背中を向けて立ち去った。

 将は動きかけたものの傷を抑えて
「はぁ!? ったく、わかってないのは天童だろ」
 と呟いた。

 将は天童翼の持つ目を持っていないのだ。誰が悪に染まろうとしているのか。JNRが誰の手を引こうとしているのかなど分からない。それをこれまで見つけてきたのは彼なのだ。

「わかってないのは本当に天童の方だ!」
 将は息を吐き出すと窓の方を見つめた。

 桐谷世羅は暗い表情で戻ってきた翼を見ると
「やっぱりだな」
 と心で呟き、立ち上がると
「よし! 色々手配もあるから明日には計画書を提出しろ。それで明後日から新潟に乗り込め」
 と告げた。
「根津は合宿時の天童のフォローと向こうでの設置とかの準備をしろ。菱谷は根津と警備部の連絡係だ」

 ……天童は本番まで自由行動だが新潟県警の協力者に計画書を説明しながらそれでよいかを相談する……

「わかったな!」

 三人は敬礼をして
「「「はい」」」
 と答えた。

 省吾は翼の表情を見ると
「翼、大丈夫かなぁ」
 と心で呟いた。

 これまでずっと側にいたが、東大路将と出会ってからの翼は少しずつだが変わり始めていたのである。それは良い方の変化だと省吾は思っているが、その変化につきものの壁にいま当たっているのだろうと感じたのである。

 初めての一人での人狼ゲームのストーリーテイラーだ。ただのゲームならそれこそものの見事にやってのけるだろう。だがこのゲームは唯のゲームではない。警察に入り込みその権力を使って隠蔽や事件を起こそうとしている悪意を抱く人間を見つけ出し、その人間を屈服させ、且つ、そこにいる善良な新人警察官を鼓舞する役割があるのだ。

 一度はJNRという組織に足を踏み入れ光がまぶしくて目が開けられない状態で善良な新人警察官を鼓舞する役割が担えるのかを不安視しているのだと省吾には気付いていたのである。

「だけど、東大路は東大路だし……翼は翼だから……俺はきっと大丈夫だと思ってる」

 省吾はそう呟いて準備を始めた。
 二日後、翼と省吾と由衣は新潟へと旅立った。将は見舞いに訪れた桐谷世羅からそれを聞き
「天童はどうでした?」
 と聞いた。

 桐谷世羅は笑むと
「まあ、お前がいなくて不安そうだったが……大丈夫だ」
 と言い
「お前はどうだ? 天童がいなくなったら」
 と聞いた。

 将はそれに
「勿論、不安だけど……でもやるしかない……と思ってます」
 と真っ直ぐ見つめて応えた。
「もちろん、天童や根津や菱谷がいて安心できるし、俺は天童達のように悪意を抱こうとする人間を見極める目を持っていないと思ってる。それでも見つけたら見逃す気はない」

 桐谷世羅は「そこだな」と言い
「お前は多々倉と同じタイプだ」
 と言い
「お前はそれでいい。それにな、お前はちゃんと悪意を抱く人間を見つける目を持っている」
 と告げて
「天童は大丈夫だ。成長して帰ってくるから安心して待っておけ」
 と立ち去った。

 将は笑顔で見送り
「退院したら……高見の見学にいってやる」
 と呟いた。

 将がそんなことを考えているとき、翼と省吾と由衣は新潟駅の雪景色に目を見開いていた。駅の周辺の道路は雪がなく道が見えているが……その雪が寄せられた場所にはこんもりとした雪の山が出来ている。しかも歩道には雪が積もっているのだ。

 翼は慎重に歩きながら
「滑らないように気を付けねぇとな」
 と言い、隣で滑りかけた由衣の掴み
「……そうか菱谷は」
 と呟いた。

 彼女は笑みを浮かべて
「ありがとうございます。はい、大阪の方は殆ど雪が降りませんから」
 と答えた。

 省吾も慎重に足を進め
「まあ東京の方は少しだけど降るからね」
 と言いながら走ってやってくる人物を見て
「強者だ」
 と告げた。

 その人物は彼らを見ると前で止まり
「遅れて申し訳ない。菱谷警部補と天童巡査と根津巡査でありますね」
 と笑顔で告げた。
「新潟県警本部刑事課捜査一課長の神生波留であります」

 それに遅れながらやってきたひょろーんとした壮年男性も敬礼し
「ようこそ、村上署地域課雷駐在所勤務の白木啓介警部補です」
 とニコッと笑った。
「いやいや、我々は歩きなれているが、東京や大阪からならびっくりでしょう」

 ……まあ、慣れていると言っても滑る人間が皆無じゃないですからねぁ……
 そう笑った。

 省吾はアハハと笑って
「ですよね、いまねぇ」
 と由衣を見た。
 由衣は笑って頷くと
「はい、確かに大阪では雪が降らないので」
 と懸命に踏ん張っていたのである。

 翼は一歩前に出て二人を見ると出発前に桐谷世羅に言われた名前を思い出して
「この人たちが……課長が是非協力連携しろと言った二人か?」
 と心で呟き
「是非というからどんなにすごく偉い人かと思ったけど」
 と思い、敬礼すると
「あの、それで新潟県警本部は」
 と告げた。

 白木啓介は笑って
「その前にそろそろ昼食時間だし、食事をしようと思ってね」
 と言い
「良い店を知っているんだ」
 と歩き出した。

 翼は「え」と思いながら
「いや、俺……そんな気に」
 と言いかけた。
 が、由衣が
「天童くん、ここは従いましょう」
 と告げた。

 省吾も頷いて
「そうだよ、ちょうどお昼だし……早い目に入ったんだから」
 と足を進めた。

 翼は戸惑いながら頷くと
「こっちはそんな気分になれないのに」
 と思いつつも足を進めた。

 その後ろに着くように神生波留も足を進め、三人を背後から観察をした。翼はそれに気付くと二人の後ろをさり気なく歩きながら緊張感を走らせていた。
 前を行く白木啓介が案内した店は駅の近くにあるが大通りから少し中に入った雪掻きも疎らな雑居ビルの一角にあるスナック佐渡と看板のかかる店であった。

 翼は目を見開くと
「おいおい、スナックかよ!?」
 とヒタリと汗を流した。
「まさか、本当はJNRの人間が成り代わっているとか……」
 
 そう考えて足を止めると中に入ろうとした白木啓介に
「あの、昼食ならその辺りのレストランでも店も良いかと思いますが」
 と告げた。

 白木啓介は看板に目を向けて
「ああ、スナックって言うのが気になったんだねぇ」
 とにこにこと笑って
「ここは俺の馴染みだった店で大丈夫、ちゃんと美味しいのっぺとかタレかつ丼を作ってもらうように言っているからねぇ」
 と告げて中へと入った。

 翼は省吾と由衣を手で止めて前に出ると中へとはいった。
 
 そこには髪の長い綺麗な女性が待っており
「待っていたわよ、白木さん」
 と言い戸口に立っていた翼たちを見ると
「あらあら、警戒されちゃってるの? でも安心して今は営業時間前だからお酒はださないわよ」
 と告げて、カウンターから出ると名刺を渡した。
「りりこママって呼ばれてるわ」

 そう笑って
「前に捜査協力をした時に常連になってって言ってからよく来てくれているのよね。そういう義理堅い人は好きよ」
 と言い
「座って、郷土料理をごちそうするわ」
 とカウンターへとさらりと戻った。

 省吾は周囲を見回しながら
「俺、こういう店は初めてだ」
 と呟いた。
 由衣も驚きながら
「私もです」
 と答えた。

 翼は周囲を注意深く見回しながら
「俺もだよ」
 と言い、テーブルの席に座った。

 白木啓介は笑いながら
「りりこママは信用のできる人だからね」
 と言い
「ゆっくり食べてそれから話をしようか」
 と告げた。

 りりこママと言われた女性はそっと店の外に準備中の看板を掛けると扉を閉めて料理を手際よくテーブルに置いた。その後は全く話に関知する様子を見せずに開店準備を始めたのである。
 翼はその様子を見ながら食事を始めた。
 白木啓介は翼を見て
「気になるかい?」
 と聞いた。

 翼は視線を動かして
「え、まあ……貴方がたを信じていいのかどうか」
 と見つめた。

 白木啓介は笑みを浮かべると
「そうだねぇ、それは難しい問題だねぇ」
 と答えた。

 省吾はそれに
「え、そこは信用しろじゃないんですか?」
 と聞いた。

 神生波留は小さく笑って沈黙を守った。全てを白木啓介に任せようと思っていたからである。そして、それを桐谷世羅も期待していると理解していたからである。
 白木啓介は省吾をみて
「根津巡査はここで俺が信用してくれと口で言っただけで信用するかな?」
 と聞いた。

 省吾はう~んと考えながら
「俺は貴方を紹介した課長を信用しているからかなぁ」
 と答えた。

 由衣も頷くと
「そうですね、課長は人を見る目があるので……まあ、ぱっと見は口は悪いし態度はぶっきらぼうであれですけど」
 と告げた。

 それに白木啓介は笑って
「いやいや、確かにそうだねぇ、桐谷部長は態度は大雑把だし口は悪いが彼は酷く繊細で基本真面目な人物だね」
 と告げた。
「天童巡査と似ている気がするね」

 翼は驚いて白木啓介を見た。白木啓介は笑むと
「君は桐谷部長ほど豪快ではないが根っこは同じものを持っている。慎重で警戒心が強いが大切なものを守るということを知っている」
 と告げた。

 由衣はチラリと翼を見て直ぐに白木啓介を見ると
「いま会ったところで何故?」
 と聞いた。

 白木啓介は笑むと
「天童巡査は最初に我々の前に一歩踏み出し、こちら向かう時に神生が殿を歩くと君たちの後ろを歩いたからね。それにスナックの中に入る時も君たちより先に入っただろ?」
 と告げた。
「全て安全確認のためだよ。彼は我々を信用していないからね」

 それに由衣はチラリと翼を見た。翼は視線を下げて
「それは、いきなり昼食だとか……スナックに連れてくるとか……怪しいだろって思ったからだ。何かあった時に二人を守らないとな」
 と呟いた。

 由衣は笑むと
「その時は私も守るわよ、同じ仲間だもの」
 と告げた。

 省吾もまた
「俺もな」
 と言い
「やっぱり、東大路くんがケガした時に何も知らなかったのショックだったしさ」
 と告げた。

 翼は笑むと
「それは俺も同じだ。あいつの一番側にいたのに……」
 と告げた。
「それに」

 省吾は翼を見て
「それに?」
 と聞いた。

 翼は俯いたまま
「……今回だって……あいつのようには出来ないし」
 と告げた。

 白木啓介はそれに
「俺はその東大路巡査と会ったことが無いので分からないけれど、大丈夫、今の君たちを見て大丈夫だと確信したけどね」
 と告げた。

 翼は呆れたように息を吐き出すと
「あのさぁ、俺にはあいつのようにJNRの奴らを屈服させたり、善良な新人警察官を鼓舞したりできないんだよ。東大路はすげぇ奴なんだ。俺はJNRの人間だった……そんな資格もないんだ」
 と脱力したように椅子に凭れて俯いた。

 本音の本音だ。ずっと気を張って堪えてきた思いだ。

 白木啓介は静かな目で翼を写すと
「君は彼のようになりたいんだねぇ」
 と言い
「頑張れば?」
 と告げた。

 全員が白木啓介を見た。

 白木啓介は笑むと
「彼になれるように頑張ればいい」
 と告げた。

 翼はむっとすれば
「なれないに決まってるだろ!?」
 と告げた。

 白木啓介は冷静に
「君が無理だと思えばその時点で無理だね」
 と告げた。
「君はJNRだった自分がJNRでない彼のように光り輝くことが出来ないと思っているのならきっとそうなんだろう。それなら君はこのいまの仕事を続けることも無理だろう」

 由衣はそれに
「それはあんまりです! 天童さんはJNRだったからこそその人間を見極める目を持っています。そして、組織の人間だったからこそ間違っていたことを胸に頑張ってくれています!!」
 と訴えた。

 翼は反対に驚いて
「おい、菱谷!!」
 と止めた。

 白木啓介は翼を見つめ
「俺はテレビの刑事ドラマに憧れて刑事になったんだ」
 と告げた。

 省吾は思わず
「ええ!? テレビドラマって」
 と告げた。

 白木啓介は頷いて
「だから、捜査一課でカッコよく犯人を逮捕したり指示を出したりというのに憧れてねぇ」
 と遠くを見るように告げた。

「でも現実はそういうのには殆ど縁がなかったねぇ」

 翼は黙って彼を見つめた。
 白木啓介は翼を見ると
「でも、そんな俺に警察で大切なことが唯一つだと教えてくれた人がいた」
 と言い
「正義だ……君の中に罪を憎み正義を守ろうとする心があればいいんだ。誰かを屈服させたり、誰かを鼓舞したり……そんなことはそれが出来る誰かに任せればいい。君は罪を憎み、正義を愛する気持ちで立ち向かえば警察官はそれでいいんだ」
 と翼の胸を軽く拳で押すと
「君の中でそれだけあって立ち向かえる勇気があればそれだけで良いんだ。その為の覚悟をしろと言っているんだ」

 ……警察は人間の最後の良心でなければならない……
 確かそういうことを言っていたのだ。

『警察は鹿児島の善良な市民を、日本の善良な国民を、守る正義の盾であり、最期まで正義を貫く組織でなければならない!! だから、金や権力に腐心する狼は一人も必要ない! 正義を腐らせるだけだ!!』

 翼は将の言葉を思い出し目を見開いて涙を落とすと俯き
「その差だったんだな」
 と言うと
「東大路の中にあって俺の中になかったのは……俺には覚悟がなかったんだ。JNRに真に向かい合う。罪を心から憎む覚悟がなかったんだ」
 と顔を上げて敬礼をすると
「俺はそういう意味では本当に俺が足を踏み外しかけていた罪と向き合えていなかったと思います。これから……向き合って戦おうと思います。苦しいですけど」
 と告げた。

 白木啓介は笑むと
「良い顔になった」
 と言い
「過去は変えられない。だが、君には未来があるし君にはその過去があるからこそ君にしか見えないものがある。君は君で、彼は彼だ。ただ、警察官が失ってはならない罪を憎む気持ちと正義を守る気持ちがあればいいんだ。その苦しみこそが君の武器だ」
 と告げた。
「俺はテレビドラマだったからねぇ」

 省吾は泣き笑いしながら
「でもそういう人いますよ、きっと」
 と告げた。

 その後、頃合いを見計らって運ばれてきた料理はどれも翼や省吾や由衣の舌を唸らせた。りりこママは食事を終えて白木啓介から代金を受け取ると
「今度こっちに出てきたときは夜に来てちょうだいね。アルコールの方がもうかるから、よろしくね」
 とにっこり笑って告げた。

 翌日、翼は白木啓介と共に計画書を手に警察学校へと出向いた。そこに入れ替わったと思われる勝尾時春が待っていたのである。
 勝尾時春は二人を迎えるとチラシを受け取り
「こちらは預かる」
 と告げた。
 が、翼は冷静に
「いえ、これは俺の手から一人一人顔を見ながら渡したいと思います」
 と告げた。

 勝尾時春はそれに眉を動かすと
「まさか、俺が信用できないと?」
 と聞いた。

 翼はそれに首を振ると計画書を見せて
「この計画書に沿って狼はこの二名で、狂人は彼で、占い師は彼と考えています。その選択に変更が必要ないかを実際に本人たちに愛ながら確認したいと思います」
 と告げた。

 丁寧に計画書まで出てきたので反対しすぎると疑われると勝尾時春は考えた。そう、行き過ぎると反対に疑われるのだ。彼は翼を見て立ち上がると
「了解した」
 と言うと
「こちらに」
 と新人警察官たちがホームルームのために待機している教室へと案内した。

 翼はスーと全員を見て目を細めると一人ずつ紙を渡しその最期の一枚を当初決めていた人物とは違う人物に渡した。わかったのだ。自分が一度JNRにいたからこそその空気が分かるのだ。

 ……だからこそ俺は狼を見逃すわけにはいかない……

 白木啓介は翼の姿を見守りながら口元に笑みを浮かべた。彼の上官の桐谷世羅はちゃんと彼の心の奥底に気付いたのだろう。だからこそここでその正義の心を見つけさせようとしたのだ。

「且つて俺が県警本部長から薫陶いただいたことを」

 翼はその人物の身上書を頭に浮かべながら配り終えると勝尾時春に敬礼をして
「ご協力感謝いたします」
 と告げて、少し蒼褪めている彼の前を通り過ぎて警察学校を後にしたのである。

 勝尾時春は震えながら
「何故……」
 と言い
「いや、まさか……このままだと」
 と和田秀雄の言葉を思い出していた。

『新潟に入ったら始末しろ』
 勝尾時春は覚悟を決めると足を踏み出して教官室へと戻った。

 空は鉛色の雲が立ち込め白い雪降り始めた。その雪の中で神生波留を始め刑事部捜査一課第二係の面々は勝尾時春の周辺の聞き込みを行い、数日後、ちょうど警察学校の合宿の当日に勝尾時春の親友から「そういえば」と言う話から彼が行き付けだったという小料理屋に辿り着いた。
 そして、そこの女将に話を聞いたのである。

 彼女は当初こそ知らぬ存ぜぬの態度をとっていたが神生波留に
「我々は貴方の身も守らなければならないと思っています。我々が貴方に行き付いたことで貴方にやましいことが無ければいいのですが関わっていたとしたら貴方の身に危険があるからです」
 それは貴方の方がよく分かっているかもしれないと思いますが、と言うと蒼褪めて口火を切って話を始めたのである。

「どうして4年も経ってからなの!?」

 神生波留は彼女に
「犯罪に年月は関係ありません。投げた石が戻るのが一秒早いか遅いかくらいの意味しかないんです。俺は罪を憎みます。だから未解決事件を必ず解決します。警察官だから仕方ないんです」
 と告げて、座り込む彼女を立たせた。

 彼女の話では本物の勝尾時春に酒を飲ませて和田秀雄と言う男ともう一人佐々木紀夫と言う男に引き渡したというのである。和田秀雄は後ろに政財界に通じる人物がいて小料理店が抱えていた借金と地上げ屋を追い払う代わりに勝尾時春を酔わせて眠らせてくれればいいという話だったのである。

 彼女は俯き
「悪いとは思っていたわ。でも」
 と取調室で泣き崩れたのである。

 そこから神生波留は佐々木紀夫と言う人物を調べ、彼が遊びで借金を作り、焼身自殺をしたことが分かったのである。死体の損壊が激しく直筆の遺書でそう判断されたということであった。

 神生波留は拳を握りしめると
「恐らくその遺体こそが本物の勝尾時春教官かもしれない」
 と佐々木紀夫の母親の元へ行き、自殺した際に残っていたものに目を見開いたのである。

 母親は遺体の側にあったという血の付いた指輪を渡し
「愚かな母親だと……思います」
 と告げたのである。
「これは息子のモノではないと分かっていました。そしていつか貴方のような人が来ると思っていました」

 ……申し訳ありません……

 神生波留はその血の付いた指輪を受け取り科捜研でDNAにかけたのである。そして、遺骨を引き取りに行った墓が常に彼女によって毎日花を手向けられていたことを知ったのである。
「彼女は、息子に手向けていたのではなく……息子が殺した人物に手向けていたんだ」

 ……罪を共に背負いながら……

 その頃、新潟市民芸術文化会館の4階にある天井が4mほどある広々としたスタジオの中で翼と省吾は勝尾時春と彼に与する2人の新人警察官を前に向かい合っていたのである。翼の背後には他の新人警察官がおり誰も息をのみ立ち尽くしていた。

 勝尾時春は彼らに目を向け
「この合宿はある組織が我々新潟県警を脅すために行っているものだ。参加すれば全員学校から退学させる。今すぐこちらへ来て学校へ戻るんだ」
 と告げた。

 全員が翼と省吾を見た。彼の側にいた翼がJNRのメンバーだと目を付けていた人物とチラシを配る際に気付いた人物が
「そうだ、そいつらは警察組織を壊すために警察庁の人間だと偽って潜り込んできたんだ」
 と告げたのである。

 正に逆手に取るとはこういうことである。

 省吾は強く一歩を踏み出すと
「それはお前達じゃないか!」
 と告げた。

 翼は強くなった省吾の姿を見て笑みを浮かべそっと手を止めると
「大丈夫だ」
 と言い
「勝尾教官……いや、貴方はJNRと言う組織が送り込んだ勝尾教官を殺して成り代わった人間だ」
 と告げた。

 勝尾時春は眉を吊り上げると
「何を言っている!! そんなことを言って彼らが騙されると思っているのか!!」
 と叫んだ。

 翼は冷静に
「ここで俺たちを殺したとしても貴方はもう助からない。それは組織にいて本物の勝尾教官を殺した時点で分かっているはずだ。俺もJNRにいたからわかる。組織の上の人間にとって俺たちは駒だ。そんな駒の命なんて彼らにとっては紙くずも同然であんたがダメになったらまた新しい人間を忍び込ませるだけだ」
 と告げた。

 勝尾時春は笑って
「ハハハ、こっちが言う前に尻尾を出したか……組織の人間だと認めただろう」
 と銃を向けた。

 翼は横の二人を見ると
「ああ、だが俺は警察官になった。君たちもまだ間に合う。JNRの力で警察の中に入っても駒として警察を裏切り続けなければならなくなる。警察はそんなことを許し続けるところじゃない」
 と言うと
「警察は正義の組織でなければ……国民を、市民を……人を守り、罪を憎み、闘う組織でなければならない。そんな組織にいてそれが出来るのか!!」
 と強い口調で告げた。

 ……もしJNRと共にあるというのならここでお前たちが正体を現してくれてよかったと思う……
「これこそ人狼ゲームを行う意義があったとここで殺されても俺は感謝する」

 ……お前たちのような狼を警察から排除できるんだからな……
「警察官になる目的が罪を憎み、人を守り、正義を貫く以外にあったのならそいつは警察からいない方が良い!!」

 勝尾時春以外の誰もが息を飲み込んで身体を膠着させた。
 瞬間に勝尾時春は銃を向けて
「黙れ! 黙れ!!」
 と叫ぶと引き金を引きかけた。

 瞬間に後ろにいた田口翔平が前に出て
「俺は分からない、どちらが組織の人間なのか……でも、この人が言っていることは間違っていないと俺は思う! まして銃をここで使うこと自体が規定違反だと思います!」
 と告げた。
 
 他の面々も前に出ると
「「「その通りであります!」」」
 と間に立って告げたのである。

 翼は「お前たちは危ないから下がっていろ」と叫んだ。が、それに下がる人間はいなかったのである。

 その時、勝尾時春たちの背後から神生波留の声と捜査一課の面々が推し入ってきたのである。
 神生波留は驚く勝尾時春の手を手刀で銃を落とさせ、側にいた二人も逮捕して
「勝尾時春……いや、佐々木紀夫。お前が4年前に借金を苦に勝尾時春教官を身代わりに自殺したフリをして殺害し教官として成り代わりお前が送り込んだ人間の望むままに組織の人間を入れ続けていたことは調べがついている」
 と告げた。

 勝尾時春に成り代わっていた佐々木紀夫は蒼褪めると
「な、な、な……何を証拠に!!」
 と叫んだ。

 神生波留は彼を見つめ
「お前の母親が勝尾時春教官のしていた亡くなった奥さんとの結婚指輪を保管していたんだ。そこに血がついていてDNA鑑定をしてお前の母親と親子関係がなく、彼の母親と親子関係が証明された」
 と告げた。
「お前は4年間、勝尾時春教官の母親ともお前の母親とも会うことが無かった。いや、そんなことすら考えていなかっただろう。その時点でお前はもう人ですらなかったんだ」

 ……だがお前の母親はお前が殺した『誰か』だと知っていながら罪を悔いて毎日彼を弔い続けていた……
「お前の罪を恐らく一人で背負ってきたんだ。これからお前はその分も一緒に罰を受けなければならない。そんなお前の罪が許されることは絶対にない」

 佐々木紀夫は座り込むと手錠を嵌められて項垂れた。神生波留は翼を見て笑みを浮かべると敬礼をして
「これで新潟県警から狼を一掃できます。感謝します」
 と言うと三人を連れて立ち去った。
 
 同時に桐谷世羅と将が姿を見せたのである。
 将は笑みを浮かべると
「流石だな、天童」
 とゆっくり歩いて近付くと拳で彼の肩を軽く叩き
「言っておくけどな、俺はお前のその目に感謝していたんだからな」
 と告げた。
「俺じゃあ、一人は見逃していたな」

 翼は笑むと
「そんなことはないさ」
 と言い
「けど、東大路がそう言ってくれて俺は嬉しい……JNRに落ちてずっと恐らく気付かない内にくさってた。でも大切なことをお前がずっと叫んでくれていた」
 と告げた。
「警察官に大切なものは罪を憎み、正義を貫く心だってことだ……俺は罪の分もその心を戒めにして狼を見つけるために貫こうと思う」

 そして、振り返ると
「よし! 残ったメンバーで合宿をする! どれほど心に誓っていても甘い言葉や人の心理を衝いて狼は近付いてくる。それに罪を犯した人間も必死で己の正体を隠そうとする」
 それを見抜く目を持つためのモノだ。と呼びかけた。

 残った全員が敬礼をすると
「「「「「「はい!」」」」」」
 と答えた。

 新潟県警では佐々木紀夫と新人警察官の二人からJNRの人間を聞きだし、警務部に潜んでいた松本圭也を始め数名を更迭し逮捕した。そして、警務部を刷新したのである。
 将は翼の人狼ゲームの手伝いをしてその後、他の面々と共に白木啓介と会って話をした。
 白木啓介は将を見ると少し笑みを浮かべ
「君ととても似た人物と数カ月だけコンビを組んだことがあります。彼は君のように情熱的で真っ直ぐな人物でした」
 君は彼ともう一人の心を継いでいるみたいですね、と告げた。
「君が何時か正義に迷った時は君の周りにいる仲間たちの手を放さず掴んでいてください」

 将は首を傾げたものの敬礼をすると
「わ、わかりました」
 とチラリと翼を見た。

 翼は笑みを浮かべると強く頷いた。そう、もしかしたら白木啓介は瀬田祥一朗があの時に彼のために救急車を呼んだ理由を知っているのかもしれないと思ったのである。桐谷世羅もそれを聞き、帰りの列車の中で瀬田祥一朗のことを調べようと考えていたのである。
「ただその秘密を知っているのは……恐らく東大路の母親だけだな」
 彼女と会って話を聞くことを心に決めていたのである。

 和田秀雄は新潟県警のJNRの人間が逮捕されたことを知り、宮城の仙台でJNR六家の一人である杉山真也に報告を済ませ
「杉山が落ちても俺には次がある。その為にも青森で裏切り者の瀬田祥一朗を始末し……奴らを操って計画を遂行しなければ、そうすれば何とかなる」
 そう呟き車のアクセルを強く踏みしめた。

 目前の空は暗く雷鳴が光り、雪が強く降り始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ファクト ~真実~

華ノ月
ミステリー
 特別編からはお昼の12時10分に更新します。  主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。  そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。  その事件がなぜ起こったのか?  本当の「悪」は誰なのか?  そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。  こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!  よろしくお願いいたしますm(__)m

九龍城寨図書館と見習い司書の事件簿~忘れられたページと願いの言葉~

長谷川ひぐま
ミステリー
「あらゆる本が集まる」と言われる無許可の図書館都市、『九龍城寨図書館』。 ここには、お酒の本だけを集めた図書バーや、宗教的な禁書のみを扱う六畳一間のアパート、届かなかった手紙だけを収集している秘密の巨大書庫……など、普通では考えられないような図書館が一万六千館以上も乱立し、常識では想像もつかない蔵書で満ち溢れている。 そんな図書館都市で、ひょんなことから『見習い司書』として働くことになった主人公の『リリカ』は、驚異的な記憶力と推理力を持つ先輩司書の『ナナイ』と共に、様々な利用者の思い出が詰まった本や資料を図書調査(レファレンス)していくことになる。 「数十年前のラブレターへの返事を見つけたいの」、「一説の文章しかわからない作者不明の小説を探したいんだ」、「数十年前に書いた新人賞への応募原稿を取り戻したいんです」……等々、奇妙で難解な依頼を解決するため、リリカとナナイは広大な図書館都市を奔走する。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

10u

朽縄咲良
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞奨励賞受賞作品】  ある日、とある探偵事務所をひとりの男性が訪れる。  最近、妻を亡くしたというその男性は、彼女が死の直前に遺したというメッセージアプリの意味を解読してほしいと依頼する。  彼が開いたメッセージアプリのトーク欄には、『10u』という、たった三文字の奇妙なメッセージが送られていた。  果たして、そのメッセージには何か意味があるのか……? *同内容を、『小説家になろう』『ノベルアッププラス』『ノベルデイズ』にも掲載しております。

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...