警狼ゲーム

如月いさみ

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第八夜

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 11月に入ると東京でも雪が降る日がある。晩秋と言うよりは冬到来である。

 東大路将は厚めのコートを警察庁刑事局組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課のフロアに入ると脱いで自身の机の後ろにあるハンガーにかけて椅子に座った。

 天童翼と根津省吾、菱谷由衣は既に机で新潟県警に出向くための準備をしており、将も新潟県警の警察学校の在籍者のリストを見ながら振り分けをしていた。

 警察内部に入り込んで犯罪組織の人間を見つけ出して更迭するのが仕事で4月に事実上発足して約半年、警視庁から始まり、大阪府警に愛知県警、最期は鹿児島県警と西日本の警察内部から組織の人間を排除した。

 その目まぐるしさから言えば今はかなり落ち着いた日々である。が、新潟県警を皮切りに今度は東日本から犯罪組織の面々を見つけ出し排除しなければならない。
そのため4月になって計画が実行されれば忙しい日々が始まるだろうことは将以外の翼や省吾や由衣にはよくわかっていた。

 しかし、内部組織犯罪対策課の課長である桐谷世羅が最後に入ってくると彼らを見て
「ちょっと集まれ、話がある」
 と作業中の将たちを呼び集めた。

 将と翼と省吾と由衣は即座に立ち上がると駆け寄った。窓を背にして椅子に座り桐谷世羅は一枚の紙を机の上に将たちの方に向けて置いた。

 それが、新たな警狼ゲームの始まりであった。

 4月の時に警察庁長官である鬼竜院闘平が動いたのは一通の密告文章からであった。通報者は未だに分かっていない。
 だが、警察庁で調べるとその密告は正しく西日本から犯罪組織の人間を排除することが出来た。その密告が再び送られてきたのである。

『山形県知事が狙われている。『セクハラスキャンダル』を作り上げて県知事を追い込み自殺に見せかけて殺す計画が練られている。山形県警の人間も加わっている』
 そういう内容であった。

 桐谷世羅は将を始めとして他の面々を見て
「新潟は後だ。先に山形を攻略する」
 と告げた。
「今回は山形から順次東北を回っていく形にするので当分東京には帰れないと思ってくれ」

 将は驚いて翼と省吾と由衣を見た。三人も驚きながら顔を見合わせた。

 桐谷世羅はにやりと笑って
「いいか、狼はまだこちらが動き出しているのを知らない。つまり相手が余所を見ている間に最大限のカウンターを食らわせ一気に畳みかけると言っているんだ」
 と告げた。
「どちらにしてもやらなきゃならない。ならば、向こうがよそ見をしている間にやった方が良い。別に新潟からするというのに意味があったわけじゃないのだからな。それに手順に囚われ過ぎて逃したチャンスは二度とこない」

 翼はそれに
「確かにそうだな」
 と呟いた。
「俺も省吾も身寄りや他に家族がいるわけじゃないから東京に暫く帰れなくても問題ないから、東大路と菱谷が追いかけてくる方でも良いぜ」

 将は腕を組んで
「まあ、俺も問題はないと思う。姉貴も母さんも警察の仕事だったら喜ぶ」
 とハハハと力なく笑った。

 翼も省吾もその辺りは7月の人狼ゲームの時に事情は把握しているので苦笑をするしかなかった。問題は菱谷由衣である。彼女については『組織に敵対する第三勢力の人間だった』ということ以外に特記したモノが将の中にも翼の中にも省吾の中にもなかったのだ。

 それこそ家族構成も知らないという状態であった。

 由衣は笑むと
「私も大丈夫です。心配なのは冷蔵庫の中の生ものだけなので今日帰ったら食べておきます」
 と答えた。

 将は「んん」と自身の部屋の冷蔵庫の中を思い浮かべながら
「飲み物以外に心配するモノがない」
 と心で呟いた。

 実家では母親が何時も料理を作ってくれていたのではっきり言えば料理経験はゼロなのだ。しかも、内部組織犯罪対策課で合宿中は外食や弁当なので作る必要もない。今はコンビニ弁当である。

 翼はあっさりと
「あ、俺らも片付けないとな」
 と省吾を見た。

 省吾はそれに
「じゃあ、お鍋かな。それで出発まではお弁当で良いんじゃないかな?」
 と答えた。

 将は横っ飛びしながら
「え!? 天童と根津は自炊派!?」
 と叫んだ。

 翼は頷いて
「俺、料理できるぞ」
 と答えた。
「省吾は鍋担当だな」

 桐谷世羅は冷静に
「俺は作らん。若葉が料理上手だからな」
 とポソリと答えた。

 将は戸惑いつつも
「もしかして……奥さん……いるんですか?」
 とチラリと桐谷世羅を見た。

 桐谷世羅はあっさり
「ああ」
 と答えた。

 それに4人ともが『既婚者!?』と心で叫んで凝視した。

 こう言ってはなんだが癖はあるし口は悪いし、性格も一見しただけでは良さそうに見えない。だが、既婚者なのだ。

 翼はこれ以上ないくらい真剣な顔で
「まじか」
 と呟いた。

 桐谷世羅は驚く4人を気にした様子もなく
「よし、山形県警の合宿日程と場所を今日中に選定する。11月だから島というわけにはいかないが、出来るだけ邪魔が入らない場所を選ぶ」
 と言い
「俺は少し寄るところがあるので先行する。お前達は詳細を書いて置いていくので読んで合宿計画を立てて三日以内に来い」

 4人は敬礼すると「「「「はい」」」」と答えた。

 翌日、桐谷世羅は手書きのメモを置いて旅立ち、4人はそれを見て暫く呆然と立ち尽くしていた。

 将は目を細めたまま
「……簡易過ぎないか?」
 と呟いた。

 翼は冷静に
「まあ、課長らしいけどな」
 とぼやいた。

 省吾は二人を見ると
「だって本当に日付と場所だけだよ」
 とアワワと呟いた。

 菱谷由衣は苦笑を浮かべて
「ここが課長の課長らしさかも知れませんね」
 と告げた。

 内容は本当にあっさりしていて合宿として確保した場所と日時であった。
『山形県総合運動公園・屋内多目的コート・総合体育館』
『11月30日12月1日2日』
 それと山形県警配下の警察学校の生徒の身上書であった。

 将はそれを見て「ん?」と思ったものの
「全員で54名か」
 と呟いた。

 この中に組織の人間がいるかどうかは真っ白である。これまでは最低でも一人は前もって分かっていたのだ。いわば、これまでは芋ずる式で組織の他の人間も見つけてきたのだ。しかし、今回は分からない。
 見逃す可能性はあるだろう。

 それに翼が
「それが全てではないが組織の人間の傾向性ならわかる」
 と告げた。

 将は翼を見た。

 翼は身上書をパラパラ見ながら
「俺と省吾は苗字が違うけど兄弟だ」
 と告げた。

 将は驚いて翼を見た。由衣も同じで驚いて二人を交互に見つめた。

省吾はにっこりして
「あれ? 言ってなかったっけ」
 と告げた。

 将は首を振ると
「聞いてないな」
 と答えた。
 由衣も驚きながら頷いていたのである。

 翼と省吾は二卵性双生児で生まれたが4歳の時に両親が事故で亡くなり、その後は愛彩養護園という施設で暮らすことになったのである。翼は天童家に引き取られ、省吾は養護施設で生きてきた。だから苗字が違うのである。

 翼は笑むと
「つまり、俺は元々の苗字が根津なんだ」
 と告げた。
「でも天童の両親は10年だったけど俺を凄くかわいがってくれたし、省吾はそういうの大切にしないとダメだって……苗字が違っても兄弟だって言ってくれて」

 ……養護施設で再会して18歳で施設を出て働きながら大学へ行きだした頃に一足先に就職してた人に誘われて組織に……

 将は視線を動かして
「その人がもしかして……俊也って人?」
 と聞いた。

 翼は頷いた。
「先に警察に就職したけど……自分にはできないって辞めて……新しい仕事だって出掛けたまま」

 省吾は泣きそうに俯きながら
「ん、俺達には兄みたいな良い人だったんだ」
 と言い
「今もそう思ってる」
 と告げた。

 将は二人を抱きしめると
「そうか」
 と言い
「その人の分も二人は生きていかないとな。それにきっとその人は今安心してると思う」
 と告げた。

 翼も省吾も将を見た。
 将は笑むと
「だって、その人は自分には警察の中で隠蔽できないって辞めたんだろ? 同じことを自分のことを慕ってくれているお前達がしてたらきっと悔やんだと思うぜ。遠野さんだってそうだったじゃないか」
 と告げた。
「だって、自分の好きな人間に自分が嫌なことをさせて喜ぶ奴いないだろ?」

 翼は省吾を見て
「確かにな」
 と笑った。

 省吾も頷いた。
「だよね」

 由衣も笑みを浮かべて三人を見つめた。

 翼は身上書を見て4枚ほどリストアップをして
「可能性の問題だが」
 と告げた。

 4人は共通項がある訳ではない。将はそれを見て翼を見た。
「何故?」

 翼は将の問いかけに
「一つは父親の職業が役所など公務関係。一つは親が個人業。経営状況を調べる必要があるかな。それでこの一人については家族構成に疑問」
 と説明した。

 将は頷くと
「わかった。取り合えずこの4人を軸に考えよう」
 と告げた。
「元々、いない可能性もあるから4人を軸にして全体的に俯瞰して見ながらやろう」

 そう言って4つの班に分けてそれぞれ実家の住所の近い人間がいたのでその二人だけは一緒にして振り分けた。
 54名なので16名、13名、13名、12名としたのである。13名に一人ずつ、そして、16名は誰も入れず、12名に二人配置したのである。

 10人越えは将も初めてであったが、元々、人狼ゲームの配役の変更なども考えていたので狂人と占い師を追加して、人狼を3名とした。

 翼が息を吐き出し
「これでいいな」
 と言った時に将は息を吐き出して
「もう一案作っておこう……万が一用に考えておいた方が良いから……」
 と同時に見つめてきた三人に唇を開いた。

 計画書と手順を作り翌日、四人は山形へと飛んだのである。先行して山形へ向かっていた桐谷世羅と合流し、予め取っていたホテルの一室に集まり会議を行った。

 リビングに個室が3つあり、最大9人宿泊できる部屋であった。警察の中にも組織の人間がおり、極秘で動く以上は拠点となる場所が必要だったのだ。
 その為に桐谷世羅は多人数で泊まれる部屋をチャージしていたのである。テーブルに5人が集い、将が桐谷世羅に計画書を見せた。

 桐谷世羅はテーブルに置かれたそれを手にすると
「なるほど、悪くない」
 と言い
「ただな、今回のメインは密告の事実確認と知事が狙われるということは知事が組織にとって不利になる情報を持っているということだからその内容を知ることだ……人狼ゲームの方は二次的なものだと考えてくれ」
 と告げた。

 将は内心で
「やっぱり」
 と心で呟きつつ
「実はもう一案考えてきました」
 と答え、隠していた予備用の紙を置いた。
「課長が置いていったメモ書きを見て、一応そういうこともあるかと思って考えていました」

 それは54名全員が対象ではなく問題の4人を2人ずつに分けて12名一班で二班のみ行うというものであった。

 桐谷世羅は将たちを見てニヤリと笑うと
「やりやすくて助かる」
 と言い
「じゃ、合宿の実行は東大路と天童の二人でそれぞれ一人ずつが担当になって行ってくれ」
 と告げた。

 由衣と省吾は同時に「「自分たちは?」」と聞いた。このままでは手持ち無沙汰になる。やることが無いのだ。

 桐谷世羅は笑って
「安心しろ、二人には重要な仕事を頼む」
 と言い
「いま弓削県知事には八重塚圭に秘書としてついて貰っている。メディアの方の動きは遠野秋日が協力してくれると言ってくれた。菱谷と根津は合宿のフォローということで警察内部での動きを見張っておいてくれ。一応、東大路のフォローは菱谷で、根津は天童だな」
 と告げた。

 そう、合宿は行わなければならないが全員がいなくなった後に県知事へスキャンダルでっちあげ襲撃が行われると対処する人間がいなくなるということになる。それを回避するために由衣と省吾には合宿のフォローという名目で警察内部の動きを見張るように告げたのである。

 由衣は敬礼すると
「了解しました」
 と答えた。
 省吾も慌てて
「俺もです」
 と答えた。

 計画は即座に発動し翌朝、実行に移されることに決まったのである。会議が終わり桐谷世羅は遠野秋日と八重塚圭との情報連絡のために部屋を出た。
 翼は将を見ると
「第二案を用意しておいてよかった。さすがだな」
 と告げた。

 将は首を振ると
「いや、俺は課長が場所を二か所しか取っていなかったので可能性を考えただけだから」
 と言い、腕を組むと
「考えればさ、これから先はこういうことは多分にあるし、もしかしたらこういうモノばかりになる可能性があるなって考えた」
 と告げた。

 由衣が「それは?」と聞いた。

『こういうモノ』がどういう内容を指しているのか分からなかったのである。翼にしても省吾にしても将の思考が読めなかったので沈黙を守った。

 将は三人を見ると
「今までは『誰が狼か』一人は分かっていただろ? でもこれからは表向き『狼がいない』状態で『いれば』見つけないといけない」
 と告げた。

 翼は頷くと
「確かにな」
 と答えた。

 将は翼と省吾と由衣を見ると
「俺はどちらの組織にも言えるけど、組織という枠に入ったことが無いから天童が選別したようにすることが出来ない」
 と告げた。
「今回天童が教えてくれた時に分かったんだ。そういう組織に入るにはきっと『理由』があるんだと」

 翼と省吾は養護施設で出会った兄のような人物からの誘いだ。きっと俊也という人物にも誘う人間がいたのだろうが、理由は三人とも『生い立ち』である。
 由衣にしても『家族をその組織によって失う』という理由があって第三勢力の中へと入ったのだ。

 将には想像が出来てもわかることが出来ない。そして三人とも組織の中にいたことで組織の人間が目を付ける人物がどういうタイプの、どういう理由の、どういう環境の、人間かをきっとある程度理解しているのだろうと将は思ったのである。

 将は三人を見つめて
「恐らく俺たちの警狼ゲームはきっと本当の段階に入ったんだと思う」
 と告げた。

 ……これまでは狼の一人は分かっていた。だが、通常は全く真っ白の状態で行うことになる……
「密告なんてある時はある、無いときは無いから」

 だからこそこれまで内部に組織の人間が入り続けていたのである。そして幾つかの事件が隠蔽されていたのだ。現実こそ真の人狼ゲームなのだ。

 由衣をこくりと固唾を飲み込んだ。翼と省吾も同じであった。

 将は表情を切り替えると
「でも俺たちにはできる」
 と笑みを浮かべた。
「じゃあ、段取りを考えようぜ」

 翼も笑むと
「そうだな、怖い考えだけどさ……課長はそれを見越して俺らや菱谷を入れたのかもしれないな」
 と告げた。

 狼は狼を知る存在からその生態を知る。

 省吾は「だったら、怖いね」とアハハハと笑った。
 由衣も苦笑して
「そうね」
 と答えた。

 将も笑みを浮かべながら
「そう言えば、課長も天童や根津と同じような組織にいたって言っていたからな……きっとそうなのかも」
 と心で呟き
「俺は山形県総合運動公園の屋内多目的コートの方を担当する。天童は総合体育館の方で良いか?」
 と告げた。

 どちらも隣接した建物であるが、屋内なので孤島に似た状態を作れるということである。しかも徒歩1分以内なので何かあっても即時に連絡を取ることが出来るので悪くはなかった。

 省吾は地図を見て
「天童南の近くだって……天童市か」
 と翼を見た。

 意味を理解して将と由衣は思わず苦笑を零した。

 翼はどこか罰が悪そうに
「省吾」
 というと
「それで省吾と、菱谷には警察の方で今回選別したメンバーに配る案内チラシの作成とテントや弁当などの手配を頼めるか?」
 と告げた。
「俺と東大路は現場に出向いて中の状態を見ながら不正とかを防ぐための方法を考えようと思う」

 将は翼を見ると頷いた。
 由衣も快諾すると
「そうね、警察内部の監視は私たちに任せて」
 と答えた。

 省吾に異論はなかった。翌日、ホテルから由衣と省吾が山形県警へ行くのに合わせて将と翼も同じように部屋から出た。山形県警本部はJR山形駅を挟んでホテルとは対極にあり将は駅で由衣と省吾の二人と別れると翼と共に列車に乗って天童南へと向かった。
 山形県総合運動公園は天童南駅と天童駅の間にあり、徒歩10分歩であった。が、だがしかしであった。

 将はコートを羽織って歩きながら周囲を見回して
「すっご」
 と呟いた。

 周りは一面白銀世界である。道路は一応雪がどかされているがその雪が壁のように歩道の横手に聳えているのである。東京にも勿論冬になると雪は降るが、ここまで降ることはほぼない。
 翼も歩きながら
「滑るなよ」
 と呼びかけて、アワやと足を滑らせた。

 将は慌てて翼の手を掴み転倒を防ぐと
「俺たちの方がヤバいな」
 と笑った。

 翼も苦笑いをしながら
「サンキュ」
と言いながら
「全くだ」
 と肯定した。

 雪の道を倍の時間をかけて山形県総合運動公園に着くと将は公園の案内所に行き2週間後の警察でのイベントで利用する予約を入れていることを告げて
「それでイベントの準備のために先に中を見させてもらいたいんですけど……俺達二人で見るだけなので何かしていても大丈夫なのでお願いします」
 と警察手帳を見せた。

 管理スタッフはあっさり
「いやぁ、この時期は交通の便も悪いので利用者はあまりいないんですよ。大きなイベントもないオフシーズンですからね」
 と笑って言うと
「どうぞどうぞ」
 と二人を屋内多目的コートと体育館へと案内してくれた。

 先に屋内多目的コートへと行き、軽い更衣室などの構造の説明を受け、その後体育館でも同じように説明を受けてその後に鍵を受け取った。
 スタッフの男性は
「じゃあ、ごゆっくり」
 と立ち去ったのである。

 将は先に屋内多目的コートへと翼と向かい中を見回して
「取り合えず4カ所くらいに設置するか」
 と告げた。

 翼は頷き
「カメラはそうだな。あと、携帯やスマートウォッチによる外部との通信についてはどうする?」
 と聞いた。

 ジャミング装置という手はあるが、そうすると自分や狼同士の通信が出来ないということになる。

 将はあっさりと
「禁止と言っておいて、やりたい奴にはさせるか」
 と告げた。

 翼は驚いて
「え!?」
 と目を向けた。

 将は冷静に笑みを浮かべ
「普通は禁止されたらしないだろ? それを押してもしようっていうことは十二分に狼の素養アリだ」
 と告げた。
「やらせて捕まえればいい」

 逆転の発想である。翼は「まさに肉を切らせて骨を断つだな」と言い
「それで? 前みたいに上着やタオルで塞がれると困るぞ」
 と告げた。

 将は頷くと
「防犯カメラはもちろん付ける。それと電磁波測定をしてログをとる」
 と答えた。
「確か、通話すると電磁波が跳ね上がるからわかる。これは極秘で俺とお前だけの秘密だ」

 翼は目を開けたまま将をじっと見つめた。
「……そんな方法があったのか」

 将は頷いて
「まあ、完璧とは言わないけど……ある程度の目安にはなるだろ?」
 と冷静に答えた。

 二人がそんな話をしているとき省吾と由衣は山形県警本部の会議室に閉じ込められていた。長机が4つあるだけの他には何もない部屋である。
 由衣が最初に目の前に立つ房田健二警務部警務課第一係長を見て
「警察学校の合宿の件は既に連絡が回っていると思います」
 と告げた。
「これは警察庁からの指示でもあります」

 省吾は凛とした彼女の態度に
「流石!」
 と心で言い
「だから、俺たちをここに拘束するということは警察庁の指示に反するということになりますけど」
 と手を握りしめて一気に告げた。

 房田健二は目を細めて
「その連絡が回っていないと言っている。」
 と言い、今朝のことを思い出して顔を顰めていた。

 そう、今朝家に一人の男が訪ねてきたのである。和田秀雄という男で組織の六家の一人である杉山真也の側近で
「組織の裏切り者が分かった。そいつが山形の知事を襲う計画を警察に漏らした。もし警察庁から来るものがいたら追い払え」
 と言い
「出来なかったら、口を封じろ」
 と告げたのである。
「これまで甘い汁をすすってきたんだ。失敗はどうなるか分かっているな」

 これまで房田健二が係長にトントン拍子に出世できたのは杉山真也の息がかかった警務部長がいたからである。いわば県警本部のNo3である。その為に人事の操作や新人の背景を隠して合格させてきた。

 だが、警察庁の人間を追い払い、まして口封じをするなんてことをする必要がこれまではなかったのだ。つまり、小手先の作業ばかりであったということだ。

 房田健二にすれば
「どうして来たんだ。余計なことをしやがって」
 という気分だったのである。
 だが、しなければ恐らく自分は失脚、それだけで済めば『消される』かもしれないのだ。

 房田健二は苛立ちながら
「話を聞いていない以上は許可はだせん。このまま警察庁へ戻ってちゃんと話を通してからにしてもらう」
 と告げた。

 由衣は息を吸い込み吐き出すと立ち上がり
「ではここで」
 と携帯を取り出しかけた。
 が、房田健二は腕を掴むと机に抑えた。

 省吾はそれに
「止めろ!」
 と房田健二の手を掴んだ。

 房田健二は笑むと
「よし! 公務執行妨害で逮捕する」
 と手錠を出した。

 ガシャン! と嵌められ省吾も由衣も顔を見合わせた。まさかである。房田健二は驚く二人を引っ張り廊下に出て正面から歩いてくる人物に敬礼すると
「警察学校でイベントをさせると……話を回さずに言ってきたので話をしていたら暴力を振るってきたので公務執行妨害で逮捕しました」
 と告げた。

 由衣はきっと房田健二を睨み
「違います! 先に暴力を振るったのは房田警務課第一係長です!」
 と告げた。

 それにその人物は息を吐き出すと
「残念だが、山形県警の方には話が入っていないので……我々が確認をとっている間は大人しく拘置所で休んでおいてもらおう」
 と笑みを浮かべた。

 省吾は目を見開くと
「えー」
 と声を零した。

 その時、声が響いた。
「なるほどな―、じゃあ……今ここで俺が許可を出そうか」

 省吾と由衣は顔を階段の踊り場へと向けた。桐谷世羅が校倉満男山形県警本部長を連れて姿を見せたのである。
「校倉満男県警本部長、先ほどの警察学校の合宿の件は宜しいですかね? まあ、再確認になりますけど警務部には回っていなかったようで」

 校倉満男は二人を見ると
「本田警務課長と房田係長には話を通しておいたはずだが」
 と言い
「二人には暫く自宅で謹慎してもらう」
 と告げた。

 二人は顔を伏せたものの敬礼をすると立ち去った。

 桐谷世羅は校倉満男を見て
「では、宜しくお願いします」
 と言い、二人の前に進むと鍵を出して省吾の手錠を外し
「去っていく前に手錠ははずせってな」
 と告げた。
「東大路と天童は現地か」

 省吾と由衣は頷いた。由衣は桐谷世羅を見ると
「それでメインの方は」
 と聞いた。
 桐谷世羅は笑むと
「まあ、大丈夫だろう。問題なくなったから来た」
 と告げた。
「しかし、もう少しで拘置所監禁だったな」

 省吾は困ったように
「課長が来てくれてよかった」
 と告げた。
 
 将と翼はホテルでその話を聞き驚いた。桐谷世羅は彼らを見ると冷静に唇を開いた。
「妨害は入るから気を引き締めてくれ。県知事の方は八重塚がずっとついていて常にこちらとすぐに連絡を取る体制に入っている。校倉山形県警本部長もすぐに刑事部を動かせるように連携は結んでいる」

 ……ただメインの方に重きを置いているからお前たちの方は手薄になるから気を付けろ……

 それに将も翼も省吾も由衣も頷いた。ただ、翌日からは妨害は入らず準備は順調に進んだ。警察の内部で動く様子もなく組織の人間が動くのを辞めたかのような感じであった。

 あっという間に2週間が過ぎ去り人狼ゲーム当日になり、将と翼は天童南駅で選んだ24名を迎え入れた。

 同じとき、山形県庁の方では報道者が集まっていたのである。県知事が女性にセクラハラをしているというリークがあったのである。県知事の執務室ではその情報をリークした佐藤洋子という女性が泣きながら田宮英樹警務部長を連れて訪れていたのである。

 県警本部でもNo3の人間である。

 県知事の隣で秘書として話を聞いていた八重塚圭はポケットに手を入れると携帯で桐谷世羅に連絡を入れたのである。桐谷世羅は着信を見ると
「やっぱり今日動きやがったか」
 と言い、県警本部から現地へ応援に向かおうとしていた省吾と由衣を見ると
「県知事の方が動き出した。俺はそっちに行くからお前達は十二分に注してくれ」
 と告げた。

 由衣と省吾は敬礼すると
「「はい」」
 と答えた。

 桐谷世羅は直ぐに校倉満男県警本部長に携帯を持って状況を説明した。
「警務部長が組織の人間だったようですね。彼をその地位につけた経緯を後で説明していただきます」

 校倉満男は冷静に
「もちろんだ」
 と応え立ち上がると
「だが、今はその田宮を逮捕しなければな」
 と刑事部部長を呼び寄せると
「直ぐに県庁へ急行して田宮警務部長を逮捕してくれ。メディアの方は大丈夫だ」
 と告げた。

 それに加賀見刑事部部長は敬礼すると走って飛び出しパトカーで県庁へと急行した。
 その様子を少し離れたビルの喫茶店から和田秀雄は見つめ
「これで県警自体を揺るがして……田宮をのし上げるか」
 と携帯を手に
「メディアで追い打ちをかけてやる」
 と告げた。
「それで……あの土地を売り渡せば組織の一大拠点にできる。県知事もつまらないことに気付いて抵抗しようとしなかったらその椅子に座っていられたのに」
 そう言って電話を掛けた。
 
 しかし、その電話に出る人間はいなかったのである。山形天童テレビ局では遠野秋日が笑みを浮かべて局長に
「ご協力感謝します」
 と告げていた。

 局長は笑って
「いやいや、こちらこそ……まさか山田ディレクターがそんなことを考えていたなんて……我々だけでも真実を伝えて行こうと思っていたのに」
 と苦く呟いた。
「今はメディアもマスゴミと言われて忌避されている。それはこれまでのメディアの在り方に問題がある。それを正そうと思っていたのにまだ偏向報道どころか組織に乗っ取られて嘘を報道しようなんて、そんな人間がいたとは」

 県知事の執務室で女性は泣き
「私をこの部屋に呼び寄せて性交渉を強要しようとしたこと! 私は訴えます!!」
 と叫んだ。
「テレビにも言っています。私の身を守るために」

 田宮は笑むと警察手帳を見せて
「これは告発者を守るためのモノです」
 署でお話を、と告げた。

 それに八重塚圭は
「県知事は貴方と確かにこの部屋で二人きりの時はありました。貴方が県庁内部で不正があるからと言ってきたからです」
 と告げた。

 女性は顔を上げると
「いいえ! そんなでっちあげやめてください!」
 と叫んだ。

 八重塚圭は息を吐き出すと録音テープを出すと流した。そこに彼女の声が入っていたのである。
「証拠はあります」

 田宮はそれを掴むと
「さあ、来てもらおうか、君も」
 と女性と県知事と八重塚圭に銃を向けると足を進めさせた。

 そして、出口まで連れて行くとそっと拳銃を直した。
 そこにはメディアが集まっていたのである。

 女性は走って涙を流しながら
「私! 県知事に……」
 と言いかけた声に重なるように映像が県庁の壁に声とともに流れていた。

 それは今彼らが遣り取りしていた映像であった。
 集まったマスコミの誰もが蒼褪めながら彼女と田宮を見ていたのである。

 二人はその映像を見て息を飲み込んだ。
 そこにパトカーが5台駆け付け刑事部長が降り立つと
「警察の正義を私欲のため汚すとは……まして、拳銃であんな真似を」
 恥を知れ!! というと部下に逮捕させたのである。

 同じとき、山形天童テレビでは海外の犯罪組織に山形県の国有地を売ろうとしている計画があると大々的に放送していたのである。県庁の役員が組織の人間でかんでいたのである。

 和田秀雄は慌てて県庁前に駆けつけたがそれを見ると蒼褪めて立ち去った。それを桐谷世羅が写真を撮っていたのである。
「……恐らく六家に繋がる奴だな」

 県知事の件が一段落ついたころ、将は多目的コートで警察学校の面々を後ろに房田健二と向かい合っていた。翼がチェックをしていた二人の内の一人が房田健二と震えながら立っていたのである。
「す、すみません……こうしないと……俺の父が」

 将は笑みを浮かべると血に染まる脇腹を抑えながら
「そうか」
 と言い
「良かったよ、君は警察官になるべきじゃないことが事前に分かったことがな」
 と告げた。

 後ろにいた誰もが将を見た。

 将は房田健二に撃たれた場所の痛みに顔を歪めながらも
「良いか、聞け!! 警察官になればこういうことはある。家族を、身近な人を人質に取られることがある……だが、そこで選び間違えてはならない!! 人質に取り脅してくる人間は人質を元々生かすつもりはない!」
 だから、迷わず正義を貫きながら人質を守る方法を探すんだ! と言い
「何故、こうする前に助けを求めなかった! 警察の中にいるのならば信用できる人間を見つける目を持ち、その人間に助けを求めろ!! 正義を捨てる前に!」
 と告げた。

 それにその新人警察官は顔を歪めて房田健二の手を掴むと
「た、助けてくれ!! 俺は……本当に警察に憧れて……県民を守るために警察官になったんだ!!」
 と抑えた。

 他の新人警察官の面々も駆け出すと房田健二を捕まえた。将はそれを見ると笑みを浮かべてその人物に手錠を投げると
「逮捕しろ! 上司であろうと犯罪者は許すな!」
 と告げた。

 彼は手錠を手にすると
「はい!」
 と叫ぶ房田健二に手錠をした。

 その時、外に救急車が止まって救急隊員が駆け込んできたのである。誰かが救急に連絡を入れてくれていたのである。誰もが驚いた。将自身が一番びっくりしていたのである。誰も呼んではいなかったからである。
 サイレンの音に翼は新人警察官を連れて移動をしながら、多目的コートから立ち去る男性を見た。
「あれは……」

 しかしそのまま中に入り救急隊員に手当てを受けて運ばれる将を見て
「おい! 東大路!!」
 と叫んだ。

 将は翼に
「悪い、天童……後を……頼む。彼から話を聞いてくれ……それから彼の家族を守るように……課長に」
 というとタンカーの上でそのまま意識を失った。

 翼は指をさされた新人警察官と逮捕されて項垂れている房田健二を見た。新人警察官は敬礼すると
「全て、お話します」
 と告げた。

 彼だけでなく後2人の新人警察官も全てを話し、助けを求めたのである。同時に国有地が無断で安く売り払われようとしたことに県知事が気付きそれを中断させようとして組織から狙われたこともわかり、また県警の中の組織の人間の拾い出しも行われ、山形県庁及び県警は大きく人事が動いたのである。

 ただ。
 将は手術を受けると集中治療室で眠り続けていたのである。

 連絡を受けて彼の姉の茉莉と母親の茉代が慌てて駆け付けたのである。その時、病院の前で茉代は一人の男性を見ると
「……祥一朗さん?」
 と呼びかけた。
 男性は笑むと
「義姉さん、お久しぶりです。義姉さんには兄さんが亡くなった後も本当にご迷惑をおかけしております。その……将のことお願いします」
 と頭を下げると立ち去った。

 その様子を偶然桐谷世羅は目に
「アレは瀬田祥一朗……」
 と呟いた。
「何故、東大路の家族と」

 雪は降り続き、将が目を覚ましたのは三日後であった。
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