警狼ゲーム

如月いさみ

文字の大きさ
上 下
3 / 64

第三夜

しおりを挟む
 大阪府警の大規模人事異動が行われた。
 その一か月後に正式に警察庁刑事局組織犯罪対策部内部組織犯罪対策課が発足してそれぞれの係が言い渡された。と言っても人員は5人だけなのだ。
 桐谷世羅は課長だ。
 係は情報処理係と捜査係の二つだけで、根津省吾が情報処理係で捜査係に東大路将と天童翼とあの後にこちらに配属にされた菱谷由衣がついた。女性でなければならない部分があるということで彼女が選出されたのだ。
 八重塚圭はJNRの報復などの心配もあり遠野秋日の勧めもあって内部組織犯罪対策課の外部職員として活動していくということであった。
「今は桐谷教官のご厚意に感謝して頑張ろうと思います。でも来年は国家公務員総合職の試験を受けてちゃんとした形で内部組織犯罪対策課に勤めようと思っています」
 と告げた。
 互いを守り合うように見つめる八重塚圭と遠野秋日に将も翼も省吾も笑みを浮かべて二人の新しい出発を見送ったのである。

 将は内部組織犯罪対策課のフロアの席に座りながら安堵の息を吐き出して
「でも、本当に良かったな」
 と笑みを浮かべたもののハッとすると
「国家公務員総合職って……つまりそれって」
 と呟いた。

 翼と省吾はさっぱりと
「「キャリア組な」」
 と答えた。

 将にしても翼にしても省吾にしてもノンキャリアである。本来ならば警察庁刑事局組織犯罪対策部に警察学校を卒業して即座に配属されるなどないことで、通常は生活課の交番勤務から始める形になるのである。
 そういう意味では特別の特別なのである。
 
 そんな彼らの話を聞きながら警察庁が入っている合同庁舎の16階の内部組織犯罪対策課のフロアの一番奥で座っていた桐谷世羅は肩を竦めて
「安心しろ、俺は再雇用組だ」
 とさっぱりと告げた。
「それにな、この内部組織犯罪対策課は警視庁の組織図にも載っていない特別な課だからノンキャリアだのキャリアだの関係ねぇし、俺もんなの気にしねぇよ」

 ……なぁ、菱谷……

 ポツンと座っていた菱谷由衣は笑むと
「当然です。皆さんが優秀な警察官であることは分かっていますので」
 と答えた。

 将も翼も省吾のハッと彼女を見た。将は固唾を飲み込み
「もしかして菱谷……キャリア?」
 と聞いた。

 菱谷由衣は敬礼すると
「一応、警部補です」
 と答えた。

 桐谷世羅は笑って
「気にするな、気にするな。菱谷には出世街道から外れることは言っている。それでも良いとここに来たんだ。全員同じだ」
 とさっぱりと答えた。
 由衣もさっぱりと
「もちろんです」
 と答えた。

 そのさっぱり感に将を始め三人はフゥと息を吐き出した。
 そして、桐谷世羅は全員を集めて
「警視庁と大阪府警に関しては思いのほかいい結果を残せた」
 と告げた。

 新人のみならず上層部に入り込んでいたJRNの人間を更迭できたからである。

「それに各警察学校でこの方式を取り入れることに話はつているので向こうも早々送り込んでは来なくなるだろう。だが、その分だけ向こうは頭を使ってくるし、警察の乗っ取りを考える組織はJNRだけじゃないからな」

 ……だからこちらも本格的に警狼ゲームを考える必要がある……

 それに将は目を見開くと
「警狼ゲーム?? 俺たちが受けた林間の人狼も警狼ではないんですか?」
 と聞いた。

 桐谷世羅は笑って
「アレは……人狼だ」
 と言い
「警狼ゲームは警察内部で行う人狼だ。あんな特殊な設置をしていかにも“やっています”感は出さない」
 と告げた。
「通常業務の中で『狼』を暴く」

 将と翼と省吾と由衣は互いに顔を見合わせた。桐谷世羅は彼らを見て
「だからこそ俺は、絶対に心が揺らがない人間を……お前らを選んだんだ」
 と告げた。
「人狼の狩人が村人を裏切ったらゲームが成り立たねぇだろう。それこそ警察も日本も崩壊だ。それだけ重要な任務を背負っていると思ってやってくれ」

 将は固唾を飲み込むと強い瞳の輝きを宿して敬礼をした。
「はい!」

 翼も省吾も由衣も敬礼して
「「「はい!」」」
 と答えた。

 桐谷世羅は頷いて
「それを最初に仕掛ける先は愛知だ。愛知県警と鹿児島県警は林間の人狼ゲームを警戒した返答だった。つまり内部に反対者がいるということだ」
 と告げた。
「仕掛けるのは一か月後だ。それまでにゲームの形を練っておいてくれ。必要な人材、物資、そのほかのモノはこちらで用意する」

 ……お前たちのゲーム脳に期待する……

 全員が敬礼をした。将は省吾を見ると
「根津、愛知県警本部の人員全てのデータを出して欲しい」
 と告げた。
「戦は敵を知り己を知るところからってあるから」

 翼も由衣も頷いた。

 そして翼は
「その、俺や省吾はJNRにいたけど他の地域の人員は分からない。ただJNRの内情は分かるから行動の先を読むことは出来る。警戒する人間もある程度はな」
 と告げた。
「だから、愛知県警の中の人員選びの時には俺に選別をさせてもらいたい」

 将は頷いて
「わかった。頼む」
 と言い、由衣を見ると
「菱谷、愛知県警本部の先行内偵を頼んでもいいか? 調べるんじゃなくて動画をとってきて欲しい。業務中の各部署のだ。恐らく俺や翼や省吾は面が割れているから、きっと警戒して尾っぽを出さない。でも菱谷は恐らく向こうの組織からはノーマークだから」
 と告げた。

 桐谷世羅は課長机に座りながら彼らの話を聞き口角を軽く上げた。
「やっぱり、間違った選任をしていなかったな」

 由衣は敬礼をして
「任せて」
 と笑顔で告げた。
「ただ大阪府警の警察学校からというとやっぱり疑われると思うの……できれば愛知県警本部へ行くちゃんとした理由が必要だと思うわ」

 確かにその通りである。明確な理由がなければ向こうは送り込んできたと警戒をするだろう。特にこの時期の配属である。
 将は腕を組んで頷くと
「確かにそうだな」
 と応え
「今後のことも考えてそういう配属面で疑われないように送り込む方法があればいいんだけど」
 と呟いた。

 特に各都道府県警察であるなら、向こうが警戒しない方法が無ければ直ぐに自分たちが狩人だと分かる。それでは意味がないのだ。狩人は狩人と分かった時点で獲物は逃げてしまう。茂みに身を隠して獲物を狙い撃つのだ。
 相手は警察官の仮面を被った人狼である。正に心理戦で勝たなければならないのだ。

 翼も腕を組み
「これは……一つの案だけど」
 と告げた。
「俺か東大路が同時に仕掛けるのはどうだ?」

 それに将は「ん?」と顔を向けた。

 翼は自らの考えを纏めるように
「例えば、2週間後に名古屋で林間合宿をする。その為に俺か東大路が名古屋へ出向く。その前後に菱谷を送り込む。勿論、ちゃんとした理由を付けての配属で」
 と告げた。
「意識が林間合宿に向くから多少は目くらましになるしどちらにしてもするんなら精々有効に使わないと」
 
 桐谷世羅は椅子から立ち上がると
「菱谷を愛知県警に送る理由はある」
 と言い全員が顔を向けると
「元々、キャリア組は警察学校を出ると出向して手柄を立てて中央に戻るというルーチンがあるそれを利用する」
 と告げた。
「出来るだけ自然になるようにこっちで準備する」

 全員が頷いた。
 警視庁。その他の都道府県本部などのキャリア組の配属先の選定に桐谷世羅は手を回したのである。タイミングが良かったというのもあるが、その先の先を読んで動く必要があったのである。それには桐谷世羅だけの力ではできない。
 警察庁長官の鬼竜院闘平が動く必要があった。鬼竜院闘平は今回炙り出しが済んだ警視庁と大阪府警の新人をそれこそ全国47都道府県に出したのである。
特に問題ありと桐谷世羅が睨んだ愛知県警には菱谷由衣と鹿児島県警にはこの先の内部組織犯罪対策課に配属を考えている人物を送り込んだのである。

 愛知県警の赤川昇本部長はその辞令の報告を受け取りチラリと渡しに来た副本部長の山坂順二を見た。この山坂順二と事務方の青木健太が何か暗躍していることは察知しているが誰が味方で誰が敵か分からず動くことが出来なかったのである。
 本部長だから強権を振るえば良いと言われるがそれをしても下手をすれば自分が消されるだけなのだ。それは以前に赤川昇自身が大切な部下を失って身をもって知っていることだったのである。

 だからこそ。
「これは千歳一隅のチャンスかもしれない」
 そう考えたのである。

 山坂順二は7月と9月の警視庁と大阪府警の大々的な人事異動と数名の警察官の更迭騒ぎに些か過敏になっていた。
「この人事……そのまま受け入れても良いのでしょうか?」
 それは暗に受け入れ拒否をした方が良いと告げたのである。
 が、赤川昇は息を吐き出すと
「人事権は警察庁が持っている。それにここで受け入れを拒んだりキャリア組の教育を疎かにすれば俺もお前も今の職を解かれる可能性がある。受け入れて手柄の一つ二つを立てさせて早々に中央に送り返すのが一番だろう」
 とさも当たり障りのないごく普通の返答をした。

 この男に自分の内心を悟られてはならないのだ。山坂順二はもっともな言い分に
「確かにそうですね。いらぬことを言いました」
 と応え
「それとこの警察学校の林間合宿については」
 と告げた。

 赤川昇は「こちらも同じだ」と応え
「もちろん受け入れる」
 と告げた。

 山坂順二は紙を受け取ると踵を返して立ち去り本部長室を出ると
「あと一歩……赤川がいなくなれば愛知県警本部長の椅子が待っているのに」
 と呟いた。

 組織からは今は目立った動きを控えるように言われていたのである。東と西の中枢である警視庁と大阪府警に楔を打たれ、下手に異変を見せると同じように組織の人間が更迭される心配があるということからであった。そう、今はまだ鹿児島県警以外の県警本部長は純粋な警察職員が勤めているのである。

 将たち内部組織犯罪対策課に47都道府県の警察本部から人事の受け入れの決定が報告され、同時に愛知県警の警察学校で行う林間合宿の許可も下りたことが知らされた。
 桐谷世羅はそれを報告し
「今回の愛知県警の林間合宿の人狼ゲームは東大路と天童と根津の三人で行え」
 と告げた。
「お前たち三人でも問題なく出来るだろう」

 将は息を吸い込み翼と省吾を見て頷いた。そして敬礼をすると
「「「はい」」」
 と答えた。

 更に桐谷世羅は菱谷由衣を見ると
「菱谷、お前は赤川本部長の信頼を勝ち取れ……そいつは村人だ。今は息を殺して踏み止まっているに違いない」
 と告げた。
 将は彼を見ると
「何故、村人だと分かるんですか?」
 と聞いた。

 桐谷世羅は根津省吾に渡された愛知県警の情報を見ながら
「2年前に赤川本部長の片腕だった黒川譲という愛知県警のキャリア組の警部が事故死している。その後に副本部長に就いたのが山坂順二だが任命に口添えしているのが警察庁で更迭されたJNRの人間だった三津野忠雄警視正だ。人事などに食い込んでいて恐らく中核の一人だと判断されている」
 と告げた。
「しかもその事故の調査をして事故死と判断しているのが当時捜査一課第一係長だった山坂順二だ」

 その意味。

 愛知県警はいまJNRの巣窟となっている可能性が高いということである。用心に用心を重ねる必要があるということだ。将は固唾を飲み込んだ。下手をすると命にかかわるのだ。それは先日死んだ藤原美也子が教えている。同じ組織の人間すら殺すのだ。許せない反面そういう組織とリアル人狼をしているのだと自覚する必要があった。

 将は翼と省吾と由衣を見て
「気を引き締めていかないとな」
 と告げた。

 菱谷由衣が最初の愛知県警本部へと出向いた。その翌日に林間合宿の準備と称して将と翼と省吾が出向いたのである。

 愛知県警本部は名古屋市の三の丸にある11階建ての重厚な建物であった。本部長室はその最上階にあり県警本部入口の受付に訪れた将は名前と林間合宿の説明で訪れた旨を伝えると赤川昇本部長がいるその部屋へと案内された。
 赤川昇は50代前半の落ち着いた雰囲気の男性であった。ただ、何処か瞳に憂いがあり険しい表情をしていた。その机の手前に副部長の山坂順二も立っていた。副部長の立場上、林間合宿について説明を聞いておきたいという話であった。

 将は桐谷世羅に言われた言葉を思い出しながら
「この度は林間合宿のご協力をありがとうございます」
 と言い選任した8人の警察学校のメンバーの一覧を渡した。
「彼らを今回の林間合宿の参加者として選任いたしました」

 赤川昇はそれを見て目を細めると
「なるほど」
 と呟いた。
 山坂順二は咳払いをすると
「できれば選任の理由を教えてもらいたい」
 と告げた。

 どちらかというと山坂順二の方が前に立つという感じであった。赤川昇はチラリと山坂順二を一瞥しただけで口を開くことはなかった。

 将は笑みを浮かべると
「主には成績です」
 と応えた。

 そして
「後は今後において重要となる可能性があるとこちらが判断した人間です」
 と告げた。
「一つは悪い意味で、一つは良い意味で」

 山坂順二の眉がピクリと跳ね上がった。翼は山坂順二を見て
「意外とわかりやすいタイプだ。だがこれだけ堂々と行動できるってことは他にも組織の人間がいるって事だろうな。こういうタイプは後ろ盾がいないと大きく出ないタイプだからな」
 と心で呟いた。

 赤川昇は将と翼と省吾を見ると
「選任されたメンバーについては連絡を入れておく。来週の9月14日から16日宜しくお願いする」
 と告げた。

 将は「こちらこそ宜しくお願いします」と応え、翼と省吾と共に本部長室を後にした。山坂順二は本部長の赤川昇が承諾の返事をした以上は口を噤んだままであったが、その目についてアリアリと警戒心が伺えた。

 三人が立ち去るために廊下に出るとそこに菱谷由衣が書類を持って立っており一瞬口元に笑みを浮かべたものの会釈だけして立ち去った。将も同じように知人と言う雰囲気は出さずに会釈だけして立ち去った。
 その様子を少し離れた階段の踊り場から一人の人物が見ており
「……仲間、ではないのか?」
 と小さく呟いて直ぐに総務部のフロアへと走って立ち去った。

 愛知県警察本部総務部部長の三叉政治であった。時期的なものを考えて疑っていたのだが、今の様子をみて将たちと関係がないのかと考えたのである。

 将はそのまま一旦警察庁へ戻り、桐谷世羅に報告を済ませると名古屋港の土砂載積所として人工的に作られたポートアイランドを利用した林間合宿の準備に取り掛かった。

 選任した警察学校の10月の卒業生の8人は組織の人間として目されている尾崎友子を筆頭に山口竜一、松下拓馬、平岡政春、中山麻紀、中島剛、山口礼二、そして、黒川巽であった。
 尾崎友子が組織の人間ではないかと疑惑を抱いたのは内部のタレコミがあったからだが、山坂順二とは関係のない内容であった。ただ、成績は合格を満たしていなかったが総務部部長の口添え、つまり縁故関係だということは分かっていた。
 その総務部部長が組織の人間かどうかは分かってはいない。縁故関係というのはないわけではないのだ。そのため尾崎友子が組織関係者というのは本当に半々の確率であった。つまり単なる縁故関係が組織の関係者としてタレコミされた可能性もあったのである。

 しかし、林間合宿への抵抗を見ても組織の人間が愛知県警本部の奥深くにいることは間違いなく、今回は合宿での発見よりはその前の偵察での発見が主な仕事であった。
 
 林間合宿のテントの設置や様々な手配は桐谷世羅が警察庁へ指示を出して行われた。そして、将と翼と省吾が名古屋へ出発する前日の午後に桐谷世羅から動画を見るようにパソコンの前へ集められたのである。
「菱谷から送られてきた動画だ」

 それは彼女が携帯で撮ったものと赤川昇の協力を得て手に入れた県警本部内の防犯カメラの映像であった。彼女は赤川昇の信頼を勝ち得ていたのである。
 彼女が配属されて出勤してからのモノで一週間前に将たちが言った時の防犯カメラの映像もあり自分たちが本部長前の廊下ですれ違う姿も映っていた。が、そこにもう一人映っていたのである。
 翼が菱谷由衣の昇ってきた階段の踊り場を指さし
「ここに誰かいるな」
 と告げた。

 それは菱谷由衣が携帯のカメラで撮った映像の中でも映っていた人物で将は目を細めて
「確か、総務部部長……」
 と言い、省吾が印刷していた愛知県警本部内部資料を見ながら
「三叉政治」
 と告げた。

 尾崎友子を縁故関係で採用した人物である。つまり、彼女の摘発を心配して見張っていた可能性がある。
 将は固唾を飲み込み
「四面楚歌と考えて行かないとだな」
 と呟いた。

 翼も省吾も頷いた。ただ救いは離島を利用しているという点である。大規模な襲撃を受ける可能性は低い。
 桐谷世羅は三人に
「港警察署の方には連絡を入れて警備の強化を要請している。俺は今回参加しないがお前達なら出来ると信用しているので頼む」
 と告げた。

 三人は敬礼すると
「「「はい」」」
 と答えた。

 将は翼と省吾と連れ立って名古屋へと乗り込んだ。待ち合わせ場所は名古屋フェリーターミナル埠頭であった。交通の便は悪いが徒歩か乗合タクシーを利用できるので無理ではなかった。

 朝の9時にフェリーターミナル内で愛知県警警察学校の選抜された8人と将たちは合流し専用の船で名古屋湾内に浮かぶ人工島ポートアイランドへと向かった。船旅は20分ほどで終わり、到着すると全員が島へと降り立った。

 何時ものように円形を描くテントぐらいしかなく、後はただただ広い空き地が広がっている状態である。その向こうには名古屋の高層ビルが立ち並ぶ街の様相が浮かんでいた。

 将はテントが作る円形の広場の中央に8人を集めた。尾崎友子、山口竜一、松下拓馬、平岡政春、中山麻紀、中島剛、黒川巽、そして、田口礼二の8人である。役柄は主催者側が決める。そこが大事なところである。
 将が8人に背を向けて座らせ、翼が携帯と使用テントの番号を書いた紙を配った。色形全てが同じ携帯である。ただ機能が違うのだ。狼の人物には同じ狼と将たちストーリーテイラーに連絡できるようにしている。村人は誰にも連絡が出来ない。ただの形だけのものである。

 勿論、持ち物に携帯類は持たないように注意はしている。それを破った時点で排除対象となる。そのため検査まではしていないのである。中に設置したカメラで全ての状況が見えるからである。

 将は彼らに
「では、それぞれ渡した携帯を手に紙に書かれた番号のテントへ入って準備を整えてもらいたい」
 と言い、時計を見ると
「開始は20分後の10時からなので10時になったらテントから出て誰が狼で誰が村人かを見抜くように行動をしてもらう」
 と告げた。

 8人は立ち上がると敬礼をして、それぞれのテントの中へと入った。将たちも9番のテントに入りカメラ映像を見つめた。尾崎友子は狼であった。注視するのは彼女であった。他の7人の選別は桐谷世羅が行っており理由までは分からない。

 将は尾崎友子がさっそく携帯を使ってもう一人の狼である平岡政春と話しているのを見た。他の面々は携帯を付けて直ぐに消し『村人』だと確認しただけであった。

 将は腕を組み
「俺があの時に選抜されたのは天童と結構喋っていたからだな。後はあまり交流のない面々じゃないかって俺たちの間では噂になっていたな」
 と告げた。

 翼は頷いて
「まあ、俺が組織の人間だってわかっていたから近しい人間のお前と、あと、やはり組織の人間はそれなりに警戒心が強いからそれほど深く交流をしないのでそういう人間をセレクトしたんだと思う」
 と告げた。

 省吾は笑むと
「確かに深く交流してバレると困るし、そういう危険を避けるって考えてしまうから……俺もそういう意味では深く交流するのは避けていたし考え方としては正しかったんだと思う」
 と告げた。

 尾崎友子は極普通に笑みを浮かべながら狼の平岡政春と計画を練っていた。どちらも前回の大阪府警の藤原美也子のようにスマートウォッチなどを使う様子はなかった。
 太陽は高度を上げて日射しを少し強めた。その下でポートアイランドが見える飛鳥埠頭の一角に一人の女性が姿を見せていた。姫路港でも姿を見せていた酒家美咲であった。

「……もし、あの二人まで更迭されて愛知県警からも排除されたら……やるしかないわね」
 彼女はそう呟くと踵を返して立ち去った。

 桐谷世羅は警察庁資料室に姿を見せて愛知県警本部長の赤川昇の懐刀であった黒川譲の事故の調査書を見て、一人で再調査を行っていたのである。それによって山坂順二は副本部長にまで昇格することが出来たからである。
 もちろんその人事についても疑惑を晴らす必要があった。

「且つて組織の為に警察やってた俺が今度は違う組織と言ってもそれから警察を守る側で働くことになろうとはな。まあ、あの頃のツケを払っているってことなんだろうな」

 桐谷世羅はそう呟き調書を印刷すると
「東大路や天童達が頑張っている間にこっちもやらねぇとな」
 と言い、立ち上がって資料室の窓から外を見た。
「尾崎友子を、警察学校に入り込んでいる狼を炙り出せよ」
 そう呟いて資料室を立ち去った。

 将は桐谷世羅が一人背後で動いていることを知る由もなかったが、己のやるべきことをしっかり把握して人狼ゲームの中にいる真の狼を炙り出すべくゲームを開始した。

 少し高い場所に太陽が昇り時計が開始時刻の10時を知らせたからである。
 将と翼は省吾を9番テントの中に残して外に出ると顔を見合わせて頷き、将は翼が反対側に移動するのを見て
「10時だ! ゲームを開始する!」
 と声を上げて宣言した。

 8人の面々が外に出て最初に動いたのは尾崎友子と平岡政春であった。二人は身近にいた人間に声を掛けて輪を作った。ただ、互いに近付くことはしなかった。

 尾崎友子の方は山口竜一と松下拓馬の二人で、平岡政春の方は田口礼二と中島剛の二人であった。残された中山麻紀と黒川巽は少し離れたまま一人ずつポツンとそれぞれ交互にその集まりを見ていた。
 あぶれると辛いゲームである。

 黒川巽は一拍置いて平岡政春の輪の中に入った。中山麻紀もまた尾崎友子の輪の中に入り話を始めた。明るい日差しは降り注ぎ誰もが会話にいそしんだ。そして1時間半が過ぎて11時30分になると将は手をあげた。

「全員背を向けて輪になって座れ、一日目の投票を行う」

 全員が輪になって座ると将は9番テントから箱を持ってやってきた省吾から紙とペンを受け取りながらそれを一人一人渡した。その様子をじっと翼が見つめていた。
 小さな行動の違和感も見過ごさない。そう思って見張っていたのである。

 少しして将は紙を回収しながら
「やっぱり、思っていた通りだ」
 と心で呟き、黒川巽の紙を回収する時に僅かに目を見開き彼を見た。

 黒川巽は頷いて沈黙を守った。
 紙には『話があります 狼は平岡政春』と書かれていた。

 将は黙って回収した。

 一日目の投票は黒川巽が7票で平岡政春が1票であった。完全な狼勝ちということだろう。
 将は全員を振り向かせると
「一日目の処刑は黒川巽だ。村人だ」
 と告げた。

 瞬間に山口竜一がチラリと田口礼二を横目で見た。山口竜一は平岡政春に勧められて黒川巽に票を投じたからである。輪は二つあった。反対側の輪にいた田口礼二はどうだったのかが気になったのだ。
 つまり反対側の輪の情報が欲しかったのだ。何故なら山口竜一の輪の人間が全員入れても過半数は行っていない。反対の輪の人間も自分たちと同じようにきっと誰か一人を選んだに違いない。だとすれば向こうも黒川巽を入れた可能性を考えたのである。

 違うかもしれないが……そうかもしれない。

 将は山口竜一の様子を見て彼の考えを見抜きながらも
「では黒川巽を残して他の面々は10番テントから昼食を持ってテントに戻るように次は14時から開始し16時に投票を行う」
 と告げた。

 太陽はちょうど南天に差し掛かったところである。黒川巽を残して全員がテントの中に入った。
 将は黒川巽に
「君も弁当を持って9番テントに」
 と告げた。

 黒川巽は頷いて10番テントから残っている弁当を手に将のところへ来ると共に9番テントへと入った。中には翼と省吾が弁当を用意して待っていた。将は少しして尾崎友子からかかってきた電話を受けて狼にやられる人物の名前を聞き頷いた。
 
 そして通話を切ると黒川巽を見て
「それで話と言うのは?」
 と聞いた。

 黒川巽は正座をして両手を握りしめ
「俺の兄は愛知県警で勤めていましたが殺されました。三叉がデータを盗んで何処かへ流していると調べていて……その矢先に……兄は酒が飲めないのに飲酒による事故死でした」
 と言い
「山坂はそのことを知っていたのにそう処理した。愛知県警はあの二人のために今おかしなことになっている。平岡は三叉の縁故で入っている。だから探ろうと思っていたんだが……先にやられてしまった」
 と告げた。

 将は翼と省吾に目を向けた。自分たちが情報として持っているのは尾崎友子だ。平岡政春はグレーゾーンであった。
 将は腕を組むと
「君は黒川譲の弟ってことか」
 と呟いた。
「赤川愛知県警本部長の懐刀だった黒川譲の」

 黒川巽は頷いた。
「赤川県警本部長は今は動けない。下手に動けば兄のように殺されてしまう可能性があるから」

 将は「そうなんだろう」と心で呟いた。
「黒川くん、君の話は分かった。だが、俺達の方も今は情報が少ないし、君の話をいまここで『はい、そうですか』と受け入れて鵜呑みにはできないのは分かってほしい。君の話の真偽を確認して本当なら絶対に力になる」

 ……君は残りの7人を俯瞰してみることが出来る……
「ここでその片鱗を見つけて欲しい」

 黒川巽は将を見つめて
「わかりました」
 と答えた。

 将も翼も省吾も顔を見合わせて頷いた。黒川巽を全員と同じようにテントへ戻して全員の室内カメラを見た。
 将はそれを見ながら
「尾崎友子が組織の人間だというタレコミがあった」
 と呟いた。
 翼も省吾もそれに頷いた。
 将は更に
「彼は平岡政春を疑っている」
 と告げた。

 ……つまり今回の狼二人だ……
「鵜呑みにはできないが注視する必要はあるな」

 三人は画面を見ながら弁当を食べ、時計を見た。将は12時30分に狼から襲撃の目標として告げられた中山麻紀の元へ行きそれを伝えた。彼女は覚悟していたらしく静かに頷いた。
 14時になって将は翼と共にテントを出ると
「黒川と中山はこちらへ……他は開始!」
 と告げた。

 そして、やってきた黒川巽に4番テント前に立つように指示し中山麻紀には7番テント前に立つように告げた。
 今回最初に動いたのは山口竜一であった。山口竜一は田口礼二の元へ行き話しかけていた。恐らくは前回の時の話の流れを聞いたのだろう。狼の平岡政春と尾崎友子は彼らを見ながら松下拓馬と中島剛に声を掛けていた。
 次で狼を処刑しなければ村人はかなりヤバいことになる。将は山口竜一の動きを見ながら
「ギリギリ村人の方がセーフと言う感じだろうな」
 と心で呟いた。
 大阪府警の時に一人を犠牲にして信用させる方法で乗り切ったのならまだしも二人揃って村人の処刑へと導けば怪しまれるのは間違いない。まして、一人をターゲットにしてその人物が狼なら二人目は確信を持って処刑されるに違いない。

 将は彼らが話をするのを見ながら
「この人狼ゲームには狂人のように村人側でありながら狼に協力する人間がいないからな。比較的わかりやすい」
 と心で突っ込んだ。
「まだ他の人の話に乗って仲間がやられそうな時に回避フォローを入れる方がバレにくいかもしれないな」

 そんな攻略方法を考えていた。山口竜一は将の想定通りに田口礼二から黒川巽に入れるように誰に勧められたか聞いていたのである。そして、その人物が尾崎友子の押しだったと聞き、二人で尾崎友子と平岡政春を狼と決めて二人以外の人間に先ずは尾崎友子に入れるようにこっそりと伝達したのである。

 ただこの時も尾崎友子と平岡政春の行動は極々普通の狼の行動で何か動きをしてはいなかった。16時になり将は残った6人を背中合わせに輪になって座らせて一回目と同じように紙を渡して処刑する人物を書かせると回収した。

 思っていた通りに尾崎友子と平岡政春以外は全員『尾崎友子』を記入していた。尾崎友子と平岡政春だけは『山口竜一』を記入していた。
 将は紙を見て
「二日目の処刑は尾崎友子。狼だ」
 と告げた。

 尾崎友子は目を見開くと拳を握りしめた。残りは5人である。だが、次で終わりだろうと将は確信を持っていた。今回、尾崎友子か平岡政春を書いてくると思っていて尾崎友子を書いて『狼』だと分かったので次は一日目に尾崎友子と同じ行動をした平岡政春にすると分かっているからである。

 将は全員を見ると
「では弁当を手に先と同じようにそれぞれのテントに戻るように3日目は翌朝6時に朝食をして7時から開始する」
 と呼びかけた。

 全員、弁当を10番テントに取りに行き、そのまま自分のテントへと戻った。先に弁当を食べた省吾は二人と入れ替わりに外へ出た。将と翼は9番テントの中に入り食事を取りながらカメラで各人の様子を見た。が、一台だけ服が上に乗り見れない状態にあった。
 翼が立ち上がり将に
「省吾に知らせるのと俺も少し見張る」
 と言いテントの外へ出て見張っていた省吾にそれを告げて自身は特に尾崎友子のテントの辺りを見つめた。

 将は服が掛けられて見えないカメラが『尾崎友子』のテントであることを理解し目を細めた。服は10分ほどしてさり気なく彼女を纏うことによって視界が広がったのである。
 
 偶然か? 故意か?

 将は外へ出ると翼に声を掛けて
「カメラの上の服がのいたので大丈夫だ」
 と告げた。
「おかしな動きはなかったか?」
 と聞いた。

 それに翼は頷いて
「ああ、誰もテントから出ていない」
 と返した。

 将はそれを聞くと口の端を上げた。
「なるほど、尾崎友子はかなり用心深い人間かもしれない」

 翼も省吾も将を見た。その直後に平岡政春から電話があり将と翼は中へ入った。彼は電話で今回の狼の犠牲者の名前が告げた。将も翼も想定していた山口竜一であった。タイミング的に彼女が服を掛けているときに電話をしたのは平岡政春だと将は判断した。山口竜一を選ぶように告げたのだろう。だがそんなことを隠す必要はない。もっと違うことを彼女は彼に言っていたのかもしれない。
「それか、藤原美也子みたいにスマートウォッチを持って他に連絡をしていたか」
 そう心で呟いた。

 将は咄嗟に一つの賭けに出た。

 電話をかけてきて報告をした平岡政春に
「山口竜一だな。了解した」
 と応え
「平岡、君ならわかっていると思うが明日で恐らくゲームは終わることになる」
 と告げた。

 平岡政春は少し間を開けると
「ええ、まあ」
 と答えた。

 将は息を吐き出し
「そう言えば、天童。山口で何人目だった?」
 と聞いた。

 翼は「ん?」と顔を顰めつつ
「あ、ああ……4人目だな。ちょうど半数だな」
 と告げた。

 将は笑むと
「そうか」
 と応え
「平岡、君は最後までゲームを投げずに頑張ってくれ」
 と言い
「俺たちの目的の一つは達しているから、君は大丈夫だからちゃんとやってくれ」
 と告げた。

 平岡政春は直ぐに
「はい」
 と返すと電話を切った。

 そして、今度は平岡政春のカメラにタオルが掛かった。それに将は口元に笑みを浮かべた。しかも、尾崎友子のカメラにも先ほどと同じように服が掛かり、二人とも暫くするとそれらが払いのけられた。翼もそれを見て将が先ほど自らの手の内を見せるようなことを言った理由に気付いたのだ。
 平岡政春は次に処刑されても残りの半数に入る。セーフだ。だが、尾崎友子はアウトである。もし二人に狼という関係ならば彼はもうタオルでカメラを見えなくして行動する必要はない。だが、彼はやったのだ。

 尾崎友子がアウトだと分かったことで何か行動を起こす必要があったのだろう。

 将はそれを見て翼に
「カメラの設置方法も考えないとだな」
 と告げた。

 翼は頷いた。
「こう簡単に目隠しされてはな。だが、それだけ組織も用心するように言っていたんだと思う。俺の時は初っ端で組織の人間の洗い出しとは知らなかったから……カメラを気にすることもなかった」

 いつまでも同じ方法ではダメだということだ。向こうが用心すればこちらも更に上を行く必要がある。狼も考えるのだ。狩人も考える必要があった。

 将は少しして平岡政春のカメラからタオルが取り除かれるのを見て
「さて、カメラにタオルや服が掛かったくらいで何かを言うことは出来ないからな」
 と言い
「尾崎友子はドボンできるし平岡政春もドボンできるが……平岡政春は黒だがこの状態だとグレー扱いされるな」
 と呟いた。

 翼が将に
「ドボンできるって、平岡政春は過半数に残るだろ」
 と告げた。

 将はそれにさっぱりと
「ああ、二人をドボンする場合は黒川巽と尾崎友子と平岡政春だな」
 と言い
「中山麻紀と山口竜一は狼に目を付けられただけで攻略的なミスはない」
 と告げた。
「まあ、所謂言いがかりだよな」

 翼はそれに苦笑して
「お前、怖い」
 と告げた。

 将はしかし険しい表情を浮かべて
「黒川巽が平岡政春と三叉との関係を言っていたがこれで平岡、三叉、尾崎、山坂は分かったな。平岡は分からなかったけど、クロだな」
 と告げた。

 ただ確実に黒と証明できる証拠が欲しかったのだ。その為に先ほど仕掛けたがそれに引っ掛かるかどうかが気になった。
 将は翼に
「天童、3時に交代な」
 と告げた。

 翼は頷いて
「わかった」
 と応え、テントから出て省吾と交代すると周辺に目を配った。

 その日の夜は何もなかった。が、翌朝、一台の船が弁当を乗せて接岸し、一人の男性が降り立った。県警副本部長の山坂順二であった。彼はテントが作る空き地の真ん中に立つと全員を外へと呼び出した。

 将は欠伸をしながら外へ出て敬礼し翼も省吾もビシッと敬礼した。他の面々も並んで敬礼し、平岡政春と尾崎友子の顔に僅かな笑みが浮かんでいたのである。
 山坂順二は咳払いをすると
「この林間合宿は中止だ」
 と告げた。

 将はそれに
「そういう指示は桐谷課長から受けておりません」
 と答えた。
「それに中止される理由もなしに中止はできません」

 山坂順二は将を指さし
「だいたい人狼ゲームで退場させられた半数の人間を退学にすると言うのは横暴だろう!! そんなことをするのにはこの愛知県警を貶めようとする理由が他にあるんじゃないのか!!」
 と強い口調で責めた。

 将は腕を組むと
「誰も退場させられた半数の人間を退学にするなんてことは言ってませんが?」
 と平然と答えた。
「確かに今回の林間合宿に参加しなければ退学にするということは言いましたし合宿の成果で退学にする可能性はあるといいましたが」

 それに平岡政春と尾崎友子は顔を見合わせた。山坂順二も思わず二人を見て咳払いをすると
「いや、君が平岡巡査にそう言ったと尾崎巡査から俺は確かに聞いた」
 と告げた。

 将は笑むと
「確かに二人は退学させるリストにいれています。それは過半数だからではなく攻略ミスとこちらの仕掛けたカメラに業と障害物を置いてゲームを正しく実行しようとしなかったからです」
 と言い
「それに最初にこの合宿に外部と連絡する手段を持たないことは規則として盛り込んでいる。二人がそれを破った時点で警察官としての資質に問題ありでしょう」
 と告げた。
「現に貴方に連絡をした」

 三人は驚いて息を飲み込んだ。黒川巽や山口竜一など全員が顔を見合わせて騒めいた。山坂順二は腕を振り上げると「きさま」と将を殴った。

 翼は前に出て
「山坂!!」
 と怒鳴った。
 省吾も同じように前に出て庇うように睨んだ。

 将は口元に滲んだ血を拭って息を吐き出し
「貴方も警察官としての資質に問題ありですね」
 と冷静に返した。

 その時、後を追うように接岸した船から桐谷世羅と先に潜入していた菱谷由衣と赤川昇県警本部長など数名の警察官が降り立ち彼らの前に現れた。
 赤川昇は山坂順二を見て
「そこまでだ、山坂。いま三叉を背任及び黒川県警副本部長の殺人教唆と情報漏洩の罪で更迭した。三叉が内部データを勝手に持ち出し外部の人間に手渡しているのを菱谷警部補が写真に収めて証拠として引き渡してもらった。お前が関わっていたことを三叉は自白している。お前が事件を事故にして隠ぺいしたこともな。事故についても再捜査を行って事件であることも分かっている」
 と告げた。
 山坂順二は目を見開くと
「ま、まさか」
 と言い踵を返して逃げかけた。
 が、赤川昇は連れてきた警察官に
「確保!」
 と告げた。

 同様に逃げようとした平岡政春と尾崎友子も捕まえた。平岡政春は将を見ると
「昨日、俺に言ったことは嘘だったのか」
 と告げた。
「俺が組織の人間かどうか確かめるために」

 将はそれに
「君はグレーだった。だから嘘ではなくこちらの手の内を見せた。つまり可能性の話をした」
 と答えた。
「人狼ゲームで誰かを処刑させるために誘導できるのは最初だけだ。それが間違っていた場合は自分に疑いがかかる。黒川が『村人』だったのに君たちは二人揃って黒川に誘導した。そうすれば村人を狼に見誤らせたと分かれば誘導した人間を狼じゃないかと疑うのは当然だ。次は自分たちの身が危うくなる。それを見据えて行動することが必要だ」

 ……俺がしたのは狼に狼の望む情報を提供して本性を出すかどうかを見た。そういうことだ……

 平岡政春は笑って
「あんた怖い奴だな。肉を切らせて骨を断つをやってのけたんだ。それも普通の顔をして」
 と言い、船へと連行された。

 誰もが息を飲み込んで見つめた。

 桐谷世羅は前に立つと
「お前たちがこれから働く愛知県警では残念なことだがある組織に情報が流れそいつらが関連のある企業に監査や手入れなどの情報を流して金を受け取っていた。それだけでなくその組織を調べようとした人間を殺しそれを事故死などにして隠蔽していた」
 と告げた。
「その被害者の一人が黒川巽の兄である黒川県警副本部長だった。赤川本部長と共に情報漏洩を調べていて三叉が全てを話すと呼び出し無理やり酒を飲ませて車ごと崖へ落したんだ。そして、それを知っていながら山坂が事故死として隠蔽した」

 全員が顔を顰めて俯いた。

 将は息を吸い込み吐き出すと
「いまここで愛知県警の立て直しに全力を尽くせない、無理だと思う人間がいたら手をあげろ」
 と言い
「別にこんな組織だ。恥じることはないし本音を聞かせてもらいたい」
 と告げた。

 翼も省吾も将を見た。赤川昇は俯き拳を握りしめた。確かにその通りだからである。桐谷世羅はふっと笑みを浮かべて静観を守った。

 全員が迷いつつも手をあげなかった。が、山口竜一と黒川巽が同時に手をあげた。
 山口竜一は慌てて
「あ、いえ。その……俺は絶対に立て直します! 俺は子供の頃に銀行強盗にあって犯人を捕まえ助けてくれたのが警察だったんだ。だから刑事になろうと思った。不条理な犯人の暴力や犯罪で苦しむ人を救う。それが警察官の役割だと俺は思う。それが犯罪側に立てばあの時の俺や母や……町に住む人々を守る盾がいなくなる。それはこの町が愛知県が人が住む町じゃなくて犯罪者だけが住む壊れた街になるってことだから」
 と告げた。

 ……俺は愛知県の善良な市民が安心して暮らせる盾となるように愛知県警を立て直す一端を担うつもりだ……

 田口礼二は山口竜一の腰を叩き
「俺も全力を尽くします!」
 と手をあげた。

 黒川巽も手をあげたまま
「俺も兄が守ろうとしたこの愛知県警を……愛知の人々を守りたいと思います。欲を排して正義に生きることを誓います!」
 と告げた。

 中島剛や松下拓馬も彼の肩を軽く叩き敬礼した。中山麻紀も微笑んで敬礼し
「誓います!」
 と告げた。

 全員が揺らいだ心を立て直したのである。
 将は敬礼して
「警察機構には一匹の狼も入れてはならない。そして、狼になる者があってはならない」
 と言い
「常に村人ではなく狩人として騎士団として頑張ってもらいたい」
 と告げた。

 翼も笑みを浮かべて
「ああ、今の気持ちを忘れず」
 と告げた。

 省吾は笑みを浮かべて二人の背中を見つめた。そして、桐谷世羅を見た。
 桐谷世羅は息を吐き出し
「成長しているじゃねぇか」
 と呟きながら
「よし今回のゲームはここまでだ。と言っても弁当が無駄になってはな。食事を終えてから戻ってこい」
 と言い、赤川昇を見ると頷いた。

 桐谷世羅と赤川昇は先ほど捕まえた山坂順二と尾崎友子と平岡政春の三人を連れて他の警察官と共にポートアイランドを後にした。 将と翼と省吾の三人は他の面々と共に弁当を食べると迎えに来た船に乗り名古屋フェリーふ頭へと戻った。

 山坂順二も三叉政治も尾崎友子と平岡政春もJNRについては口を割らなかった。ただ山坂と三叉については殺人や背任、様々な罪状がつき起訴された。尾崎友子と平岡政春については警察学校を退学することになり、それはつまり、警察機構から排除されたということであった。

 尾崎友子は平岡政春に将たちに報復するために組織では上となる酒家美咲の元へ行くように誘った。が、平岡政春は首を振ると断った。それは別に組織だ警察だという気持ちがあったわけではないが冷静に今回排除された自分たちが組織の中でどんな扱いを受けるか分かっているからである。
「俺は少し姿を隠す。あいつにリベンジするにも今の俺では何度もやり返される」
 そう言って本当に姿を消したのである。

 尾崎友子は平岡政春に呆れながら酒家美咲の元へ行き
「美咲さん、私……あいつらに一矢報いたいと思います」
 と告げた。

 プライドが傷ついていたのである。

 酒家美咲は優しく彼女の手を掴むと
「そうね、私もこれ以上警察から人間を排除されると組織の力が弱まって六家の人たちに粛清されてしまう」
 というと
「手伝ってちょうだい」
 と告げて、後ろで控えている男を見ると頷いた。

 尾崎友子は笑みを深めて
「見ていらっしゃい……リベンジをしてやるわ」
 と呟いた。

 数日後。
 東京湾に尾崎友子の遺体が浮かび、その波止場近くにあるコンビニの防犯カメラにそこへ向かう翼の姿が映っていた。

 ……しかし翼の消息はその時からプッツリと断たれたのである……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ファクト ~真実~

華ノ月
ミステリー
 特別編からはお昼の12時10分に更新します。  主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。  そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。  その事件がなぜ起こったのか?  本当の「悪」は誰なのか?  そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。  こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!  よろしくお願いいたしますm(__)m

九龍城寨図書館と見習い司書の事件簿~忘れられたページと願いの言葉~

長谷川ひぐま
ミステリー
「あらゆる本が集まる」と言われる無許可の図書館都市、『九龍城寨図書館』。 ここには、お酒の本だけを集めた図書バーや、宗教的な禁書のみを扱う六畳一間のアパート、届かなかった手紙だけを収集している秘密の巨大書庫……など、普通では考えられないような図書館が一万六千館以上も乱立し、常識では想像もつかない蔵書で満ち溢れている。 そんな図書館都市で、ひょんなことから『見習い司書』として働くことになった主人公の『リリカ』は、驚異的な記憶力と推理力を持つ先輩司書の『ナナイ』と共に、様々な利用者の思い出が詰まった本や資料を図書調査(レファレンス)していくことになる。 「数十年前のラブレターへの返事を見つけたいの」、「一説の文章しかわからない作者不明の小説を探したいんだ」、「数十年前に書いた新人賞への応募原稿を取り戻したいんです」……等々、奇妙で難解な依頼を解決するため、リリカとナナイは広大な図書館都市を奔走する。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

10u

朽縄咲良
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞奨励賞受賞作品】  ある日、とある探偵事務所をひとりの男性が訪れる。  最近、妻を亡くしたというその男性は、彼女が死の直前に遺したというメッセージアプリの意味を解読してほしいと依頼する。  彼が開いたメッセージアプリのトーク欄には、『10u』という、たった三文字の奇妙なメッセージが送られていた。  果たして、そのメッセージには何か意味があるのか……? *同内容を、『小説家になろう』『ノベルアッププラス』『ノベルデイズ』にも掲載しております。

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...