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22 森下小春3-1
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22 森下小春3
目が覚めた。
一瞬、方向感覚が失せた。視界が真っ白だったからだ。
(なんだ、ここ)
すぐに、記憶が蘇った。
俺たちは、夢の中でまた眠り、その夢の中にいるはずだ。
現実の身体は月5古文の教室にいて、夢の身体は海辺のコテージに。
だとすれば。
これは、夢の中の夢か。
だが。
この光景、見覚えがある。
(白昼夢の時に見た景色だ)
リカちゃん先生。そして森下。
彼女らを催眠にかける時に使った、あの眠った瞬間の、まだ夢を見ていないタイミング。それがこの白い霧だ。
しかし。
ここは夢の中、そのまた夢の中のはず。
しかも、俺たち4人は熟睡しているはずだ。あれほど激しく、交わりあったのだから。
「みつる!」
濃霧に向かって、声を張り上げてみた。
だが、全然声が届く気配がない。この霧にかき消されているみたいだ。
「乗宮!雨屋!」
同じだ。
俺は霧の中、ひとり立ち尽くすだけだった。
木津川と図書委員室で夢の中の夢に入った時、あそこはどこまでも図書室の中だった。
だったら、またコテージの夢、あるいは海辺の夢を見るはずじゃないのか。
鼻をつままれても分からないほどの濃霧の中、俺はあてどなく歩き始めた。
歩きながら、ぼうっと考えた。
ここは、どこだろう。
誰かの夢であることは間違いない。突然授業が終わって目が覚めてた、て可能性もあるが、その場合は教室で目覚めるはず。
ふと、左手の指を上に向けた。
ぼっ。
赤い炎が生まれた。
やっぱり。夢の中で間違いない。
「みつる!乗宮!雨屋!」
再度、今度は可能な限り大声で呼んでみた。
やはり、反応はない。
ガツン。
つま先が、何かに当たった。
触れてみると、冷たい氷の塊だった。
今さら、周囲がひどく寒いのに気づいた。
・・・・・・え?
まるで棺桶のような、直方体の氷の塊。
みつる。
そこに入っていたのは、俺の友人である、時生充だった。
「ああ・・・・・・あああ・・・・・・」
死んでいる。
もう、見ただけで分かった。
生きているものの顔をしていない。真っ白だった。
・・・・・・まさか。
両手に炎を生み出し、周囲に向かって放つ。
あった。
「乗宮!雨屋!」
すぐ近くに、別の氷結塊がふたつあった。
その中には、よく知っている少女たちの身体が、裸で封入されていた。
どうして。
どうして、夢の中で、こんなことが。
過去、夢で怖い目にあったことはあった。
だけど、人が死んでいるのは見たことがない。
夢で片付けるには、氷の中の乗宮の表情はあまりにリアルだった。
「みつる!みつる!」
氷を叩いた。
炎の球を生み出し、溶かそうとする。
だが、びくともしなかった。
そん、な。
俺の夢の中で、こんなことが。
誰が一体、こんなことを。
・・・・・・
誰が?
決まっている。
ここには、俺しかいない。
まさか。
まさかこれは、俺の夢。
俺は3人を、亡きものにしようとしていた?
いや、違う。俺はこんなこと、望んじゃいない。
「乗宮を諦めたくない」から、「みつるを永遠に封じ込めておけばいい」なんて、望んでいない。
「俺のものじゃない乗宮」なんて「もう用はない」などと。思ってない。全然。
「雨屋は邪魔者」だなんて、そんなこと。絶対に。絶対に。
「・・・・・・まさか、俺、が」
俺はみつるを、乗宮を雨屋を、邪魔に思っていた、とでもいうのか。
本心では、そうだっていうのか。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
そうかもしれない。
森下と付き合っていたみつるを、ずっと羨ましく思っていた。消えてしまえばいいのに、そう思っていた。
あっさり俺を見限り、みつるに抱きしめられて泣いていた乗宮を、恨んでいた。
本当は俺のことを好きなんじゃないかって、密かに思ってたのに。
雨屋。あいつは俺のことをコケにしやがった。
森下を連れてくると言ってたくせに、嘘をつきやがって。おかげで計画がパーじゃないか。月5はあと数回しか使えないのに。貴重な1回が無駄になった。
だから。
だから俺は、3人を。
・・・・・・違う。
やっぱり、これは俺の夢ではない。
みつるとは、まだまだ友人でいたい。
森下のこともあって、死んでしまえばいいのに、などと思ったことはあった。だけど本気じゃない。みつるは俺にとって得難く、大切な友人だ。
乗宮だって。
みつるに渡したくない、そういう気持ちは確かにある。だけど、だからいなくなればいい、なんて思ってない。むしろ感謝している。偽りの関係でも抱きしめあって、愛し合ってくれて、ここまで一緒にいてくれて。
雨屋には、兄貴の件で多大な世話になった。
森下のソックタッチだと偽り、あと数回しかないチャンスを逃したのは許せないが、それでも俺のことをそこまで想ってくれて、男として嬉しい限りだ。それに、今の学校の成績だって彼女のおかげだ。
そう、俺はこんなの、望んじゃいない。絶対に。
ふと、雨屋の氷棺を見た。
それは、雨屋だった。
(おかしい)
雨屋はさっきまで、森下の姿をしていた。
森下のふりをした雨屋だ、と分かった瞬間に雨屋の姿に戻ってもおかしくなかったけど、ずっと海辺で、キャンプファイヤーで、コテージでセックスしている間も、森下の姿をしていた。
それは雨屋が、森下の外見になりたい、そういう意識の現れだと思っていたが。
だけど。
この霧の景色、これは既視感がある。
これは俺の能力、寝入りばなに侵入した時に見る白昼夢の光景だと思っていた。
が、もしこれが相手の固有能力なのだとしたら?
この霧を生み出せるのは、いままで二人しか知らない。
リカちゃん先生は違うだろう。彼女は保健室であり、遠い。だいいちキーアイテムも持っていない。
だとすれば。
もう一人、この霧を生み出せる人物。
それは森下だ。
でも、彼女が俺の夢に侵入できるのだろうか。
まさか森下も、俺と同じ能力を?
いや、それは違うだろう。こんな能力、そうそうあるもんじゃないはず。
それに、俺のキーアイテムをどうやって入手して?
森下に何か貸したことなんてない。
だったら。
俺が呼んだのだ。
どうやって?
思い出せ。
思い出せ。
俺は何をした。
乗宮の靴下。
これは乗宮のもので間違いない。直前まで、彼女が履いていたものなのだから。
みつるのシャーペン。あいつの机の上にあったものだ。俺が直接持ってきたから間違いない。
雨屋が渡した、ソックタッチ。これは雨屋のものだろう。みつるも言ってたしな、森下は持ってないと。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
そうか。
シャーペン。
みつるの机の上にあったから、てっきりあいつのだと思っていたけど。
ひょっとして、あれは。
「森下」
霧が揺れた。
やはり。間違いない。
「森下、3人を解放してくれ」
再び、霧が揺れる。
「・・・・・・せない」
「海辺で乗宮とビーチバレーしていた森下、あれは雨屋じゃなくて、お前自身だな」
「・・・・・・せない」
「気づかないほうがどうかしてたよ。いくら雨屋が森下になりたくても、あれほど似てるはずがないんだ。雨屋が森下のビキニ姿なんて、想像だけで作り出せるはずがない。俺は森下のことを誰よりも見てたし、細かな違いに気づかないわけがない。あれは森下、お前自身だったんだ。でも、森下になりたい雨屋が乗り移っていた」
「・・・・・・せない、ゆるせない」
「正体がバレたあとも、雨屋は森下の姿のままだった。最初、俺は首から上だけが森下で、そこから下は雨屋だ、そう思ってた。だけど、あの身体は森下、お前だったよな。雨屋より小さかったし、ウエストも細かった。あそこまで、夢で他人を再現できるはずがない。例えみつるが、彼氏がいたとしても」
「ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない」
姿の見えない森下に向かって、俺は声をかけ続けた。
他に、手段はなかった。
「あのシャーペン、お前のだったんだな」
「・・・・・・みつるくんに、プレゼントしたものだから」
「だから、お前の意識もここに吸い込まれた。だけど、中途半端だった。動かしていたのは雨屋だった」
「動けなかった。動かせなかった。・・・・・・わたしの身体、なのに。雨屋さんが勝手に動かして、勝手に喋って、勝手に・・・・・・べ、ベッドに」
う。
あれ、森下の意識もあったのか。
完全に雨屋だ、と思って、俺は。口を使わせたり、みつると3Pしたり。
ひどいことをしてしまった。
「この氷の世界は、お前の心の中だな」
「みんな、死んじゃえばいい。裏切ったみつるくんも、嘘をついてからすまくんと付き合ってるフリして、みつるくんを誘惑した乗宮さんも、わたしの身体を乗っ取った雨屋さんも。・・・・・・こんな世界を見せた、あなたも」
「森下」
「許さない、許さない、許さない、許さない許さない許さない、ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさゆるさゆるさなななな」
姿の見えない森下の気配が、どんどん大きくなっていく。
巨大な悪意が、害意が膨れ上がっていく。
氷のような、凍てついた心。
さしずめそれは、童話に出てくる氷の女王のように思えた。
猛烈な吹雪が吹き付けてきた。
あっという間に、俺にも雪がまとわりつく。
「森下!自分の心に飲まれるな!話を聞け!」
「話すことなんてない!みんな、死んじゃえばいい!この世界で!もう二度と、現実には戻さない!戻してやらないんだから!」
ぶわっ。
だめだ、凍りつく。
彼女の心から吹き付ける氷片混じりの風は、あまりに強烈だった。
マイナス40度の凍てつく風に、刃のような氷が混じっていた。皮膚がずたずたに切り裂かれ、傷口が凍り始める。
あと数秒で、俺も氷の彫像になる。そんなイメージが見えた。
いや、いや!違う!
ここで負けちゃだめだ!
思い出せ、今までのことを。俺は、そう簡単に負けはしない。俺は無敵だ!
「湧き出でよ、地獄の炎よ!ヘルフレイム・バーニング・ウォール!」
中二病で、森下に負けるわけにはいかない。
俺の周囲に、何本もの炎の竜巻が沸き起こった。それらが繋がり、壁となって吹雪を散らす。
やがてあたりの霧は晴れ、オレンジ色の陽が差し始める。
森下の姿も、ぼんやりと見えるようになった。
彼女は、彼女のままだった。
愛らしい、その姿。誰からも愛される少女。
だけど、その顔からは笑顔が消えていた。
悪意を、害意を感じた。
殺意と言うべきか。
「あなたを、殺す」
「俺がお前を倒してやる。そして、元の世界へ帰るんだ」
「・・・・・・帰さない。殺してやる。絶対に」
彼女の姿は消えた。
俺は膝から崩折れた。凄まじいプレッシャーだった。死神の鎌を、首筋に感じた。
みつるを覆う氷が、ゆっくりと溶けていく。
乗宮も、雨屋も。
動く気力もなく、しばらくその場に座り込んでいた。
もう、濃霧は完全に晴れていた。
氷棺も、周囲を埋め尽くしていた雪も解け、草原にそよ風が吹いていた。
俺はキャンプファイヤーを焚いた。温かい飲み物を生成し、3人に配る。
「・・・・・・ありがと」
「あー。生き返るぜ」
「死んでたからな。わりとガチで」
「美味しい」
乗宮と雨屋も、酷い顔色をしていた。
どうやら、意識はあったらしい。氷棺の中で「冷たい、永久に氷漬けになる感覚」を延々味わっていたとか。絶対にゴメンだ。
「聞いてたか?3人とも」
「・・・・・・ああ」
「うん、聞いてた」
「わたしも。・・・・・・ごめんなさい、こはるちゃん」
みつるは肩を落とし、乗宮はうつむき。
雨屋は啜り泣いた。
それは怖かったからなのか、それとも罪悪感か。
「さて、どうするさとや」
「そうだな。・・・・・・ここ、どこだと思う」
俺はみつるに聞いた。
「どこって、こはるの夢の中、だろ」
「だな。だけど、どういう設定か、だ」
「設定?」
「ああ。森下って何が好きなんだ?みつる」
「そうだなあ」
うーん、とみつるは顎に手を当てた。
「映画とか動画とか、音楽鑑賞?あとカラオケ?」
「それはこの世界に合致しないな。小説とかゲームは?」
「小説はあんまり読まない。マンガは主に少女マンガだな。あとゲームは結構好きだぜ、ドラゴン倒しに行くやつとか、モンスター狩るやつとか。あとファーストファンタジーとか」
「結構王道だな。・・・・・・なら、そっちかな」
「そっちって?」
「森下は恐らく、自分を「魔王」もしくは「ラスボス」と認識している可能性がある。さっきも強烈な氷の魔法使ってきたからな、きっと魔王、もしくは魔女って設定だな」
「・・・・・・おいまさか、それって」
俺は立ち上がった。
旅人の服に片手剣を装備する。
「そうだ。俺たち4人はこれから、魔王モリシタを倒さなければならない。この世界で、彼女の決めたルールの中で、な。でないと俺たちはここへ永久に閉じ込められ、彼女もこの世界も救われない」
「なんてこった・・・・・・夢の中でRPGかよ」
ようやく、みつるに笑顔が戻った。
良かった。
「さとや、それ片手剣士か?」
「魔法剣士だ。王道だろ」
「じゃあ、俺は純粋な戦士かな」
笑いつつ、みつるは赤色の鎧に剣と盾を装備する。
イメージするの初めてなのに、上手いな。
「ちょ、ちょっと、あんたたちどうやって着替えたの?その剣とか鎧とか、どっから出したの?」
「こうだ」
目を白黒させる乗宮に、俺は鎧と長い槍を見繕ってやった。
美しい、金色の鎧。当然ながらビキニアーマーだ。
うはー、めっちゃエロい。エロくていい。
「ちょ、カラスマ!なによこれ!?水着じゃない!」
「防御力は高いぞ。そうイメージしてある。・・・・・・雨屋は、えーと」
「こんなので、どう?」
おう。
メガネに三つ編みの姿のまま、雨屋は立派な魔法使いになっていた。
黒地の服に黒い帽子、黒いマント。ちょっとエロ可愛い。
「ちなみに、回復魔法と攻撃魔法、どっちも使えるよ」
「おまえ、ゲームとかするのか」
「えへ。中学校の頃までは、結構やってたよ」
うん。
もう笑顔だ。飲み込みと切り替えの早いところが、彼女のいいところだ。
「で、どこへ行けばいい?」
「そりゃ、魔王の城だろ。・・・・・・ほら、さっそく来たぜ」
「え?」
青色にニコニコした顔のモンスターが数匹、こっちへぴょこぴょこ跳ねてきていた。
最初はスライム。
「てことは、あれか」
「あれだな」
「いくぜ!」
俺は右手で剣を抜き、左手に炎の玉を生み出した。
目が覚めた。
一瞬、方向感覚が失せた。視界が真っ白だったからだ。
(なんだ、ここ)
すぐに、記憶が蘇った。
俺たちは、夢の中でまた眠り、その夢の中にいるはずだ。
現実の身体は月5古文の教室にいて、夢の身体は海辺のコテージに。
だとすれば。
これは、夢の中の夢か。
だが。
この光景、見覚えがある。
(白昼夢の時に見た景色だ)
リカちゃん先生。そして森下。
彼女らを催眠にかける時に使った、あの眠った瞬間の、まだ夢を見ていないタイミング。それがこの白い霧だ。
しかし。
ここは夢の中、そのまた夢の中のはず。
しかも、俺たち4人は熟睡しているはずだ。あれほど激しく、交わりあったのだから。
「みつる!」
濃霧に向かって、声を張り上げてみた。
だが、全然声が届く気配がない。この霧にかき消されているみたいだ。
「乗宮!雨屋!」
同じだ。
俺は霧の中、ひとり立ち尽くすだけだった。
木津川と図書委員室で夢の中の夢に入った時、あそこはどこまでも図書室の中だった。
だったら、またコテージの夢、あるいは海辺の夢を見るはずじゃないのか。
鼻をつままれても分からないほどの濃霧の中、俺はあてどなく歩き始めた。
歩きながら、ぼうっと考えた。
ここは、どこだろう。
誰かの夢であることは間違いない。突然授業が終わって目が覚めてた、て可能性もあるが、その場合は教室で目覚めるはず。
ふと、左手の指を上に向けた。
ぼっ。
赤い炎が生まれた。
やっぱり。夢の中で間違いない。
「みつる!乗宮!雨屋!」
再度、今度は可能な限り大声で呼んでみた。
やはり、反応はない。
ガツン。
つま先が、何かに当たった。
触れてみると、冷たい氷の塊だった。
今さら、周囲がひどく寒いのに気づいた。
・・・・・・え?
まるで棺桶のような、直方体の氷の塊。
みつる。
そこに入っていたのは、俺の友人である、時生充だった。
「ああ・・・・・・あああ・・・・・・」
死んでいる。
もう、見ただけで分かった。
生きているものの顔をしていない。真っ白だった。
・・・・・・まさか。
両手に炎を生み出し、周囲に向かって放つ。
あった。
「乗宮!雨屋!」
すぐ近くに、別の氷結塊がふたつあった。
その中には、よく知っている少女たちの身体が、裸で封入されていた。
どうして。
どうして、夢の中で、こんなことが。
過去、夢で怖い目にあったことはあった。
だけど、人が死んでいるのは見たことがない。
夢で片付けるには、氷の中の乗宮の表情はあまりにリアルだった。
「みつる!みつる!」
氷を叩いた。
炎の球を生み出し、溶かそうとする。
だが、びくともしなかった。
そん、な。
俺の夢の中で、こんなことが。
誰が一体、こんなことを。
・・・・・・
誰が?
決まっている。
ここには、俺しかいない。
まさか。
まさかこれは、俺の夢。
俺は3人を、亡きものにしようとしていた?
いや、違う。俺はこんなこと、望んじゃいない。
「乗宮を諦めたくない」から、「みつるを永遠に封じ込めておけばいい」なんて、望んでいない。
「俺のものじゃない乗宮」なんて「もう用はない」などと。思ってない。全然。
「雨屋は邪魔者」だなんて、そんなこと。絶対に。絶対に。
「・・・・・・まさか、俺、が」
俺はみつるを、乗宮を雨屋を、邪魔に思っていた、とでもいうのか。
本心では、そうだっていうのか。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
そうかもしれない。
森下と付き合っていたみつるを、ずっと羨ましく思っていた。消えてしまえばいいのに、そう思っていた。
あっさり俺を見限り、みつるに抱きしめられて泣いていた乗宮を、恨んでいた。
本当は俺のことを好きなんじゃないかって、密かに思ってたのに。
雨屋。あいつは俺のことをコケにしやがった。
森下を連れてくると言ってたくせに、嘘をつきやがって。おかげで計画がパーじゃないか。月5はあと数回しか使えないのに。貴重な1回が無駄になった。
だから。
だから俺は、3人を。
・・・・・・違う。
やっぱり、これは俺の夢ではない。
みつるとは、まだまだ友人でいたい。
森下のこともあって、死んでしまえばいいのに、などと思ったことはあった。だけど本気じゃない。みつるは俺にとって得難く、大切な友人だ。
乗宮だって。
みつるに渡したくない、そういう気持ちは確かにある。だけど、だからいなくなればいい、なんて思ってない。むしろ感謝している。偽りの関係でも抱きしめあって、愛し合ってくれて、ここまで一緒にいてくれて。
雨屋には、兄貴の件で多大な世話になった。
森下のソックタッチだと偽り、あと数回しかないチャンスを逃したのは許せないが、それでも俺のことをそこまで想ってくれて、男として嬉しい限りだ。それに、今の学校の成績だって彼女のおかげだ。
そう、俺はこんなの、望んじゃいない。絶対に。
ふと、雨屋の氷棺を見た。
それは、雨屋だった。
(おかしい)
雨屋はさっきまで、森下の姿をしていた。
森下のふりをした雨屋だ、と分かった瞬間に雨屋の姿に戻ってもおかしくなかったけど、ずっと海辺で、キャンプファイヤーで、コテージでセックスしている間も、森下の姿をしていた。
それは雨屋が、森下の外見になりたい、そういう意識の現れだと思っていたが。
だけど。
この霧の景色、これは既視感がある。
これは俺の能力、寝入りばなに侵入した時に見る白昼夢の光景だと思っていた。
が、もしこれが相手の固有能力なのだとしたら?
この霧を生み出せるのは、いままで二人しか知らない。
リカちゃん先生は違うだろう。彼女は保健室であり、遠い。だいいちキーアイテムも持っていない。
だとすれば。
もう一人、この霧を生み出せる人物。
それは森下だ。
でも、彼女が俺の夢に侵入できるのだろうか。
まさか森下も、俺と同じ能力を?
いや、それは違うだろう。こんな能力、そうそうあるもんじゃないはず。
それに、俺のキーアイテムをどうやって入手して?
森下に何か貸したことなんてない。
だったら。
俺が呼んだのだ。
どうやって?
思い出せ。
思い出せ。
俺は何をした。
乗宮の靴下。
これは乗宮のもので間違いない。直前まで、彼女が履いていたものなのだから。
みつるのシャーペン。あいつの机の上にあったものだ。俺が直接持ってきたから間違いない。
雨屋が渡した、ソックタッチ。これは雨屋のものだろう。みつるも言ってたしな、森下は持ってないと。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
そうか。
シャーペン。
みつるの机の上にあったから、てっきりあいつのだと思っていたけど。
ひょっとして、あれは。
「森下」
霧が揺れた。
やはり。間違いない。
「森下、3人を解放してくれ」
再び、霧が揺れる。
「・・・・・・せない」
「海辺で乗宮とビーチバレーしていた森下、あれは雨屋じゃなくて、お前自身だな」
「・・・・・・せない」
「気づかないほうがどうかしてたよ。いくら雨屋が森下になりたくても、あれほど似てるはずがないんだ。雨屋が森下のビキニ姿なんて、想像だけで作り出せるはずがない。俺は森下のことを誰よりも見てたし、細かな違いに気づかないわけがない。あれは森下、お前自身だったんだ。でも、森下になりたい雨屋が乗り移っていた」
「・・・・・・せない、ゆるせない」
「正体がバレたあとも、雨屋は森下の姿のままだった。最初、俺は首から上だけが森下で、そこから下は雨屋だ、そう思ってた。だけど、あの身体は森下、お前だったよな。雨屋より小さかったし、ウエストも細かった。あそこまで、夢で他人を再現できるはずがない。例えみつるが、彼氏がいたとしても」
「ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない」
姿の見えない森下に向かって、俺は声をかけ続けた。
他に、手段はなかった。
「あのシャーペン、お前のだったんだな」
「・・・・・・みつるくんに、プレゼントしたものだから」
「だから、お前の意識もここに吸い込まれた。だけど、中途半端だった。動かしていたのは雨屋だった」
「動けなかった。動かせなかった。・・・・・・わたしの身体、なのに。雨屋さんが勝手に動かして、勝手に喋って、勝手に・・・・・・べ、ベッドに」
う。
あれ、森下の意識もあったのか。
完全に雨屋だ、と思って、俺は。口を使わせたり、みつると3Pしたり。
ひどいことをしてしまった。
「この氷の世界は、お前の心の中だな」
「みんな、死んじゃえばいい。裏切ったみつるくんも、嘘をついてからすまくんと付き合ってるフリして、みつるくんを誘惑した乗宮さんも、わたしの身体を乗っ取った雨屋さんも。・・・・・・こんな世界を見せた、あなたも」
「森下」
「許さない、許さない、許さない、許さない許さない許さない、ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさゆるさゆるさなななな」
姿の見えない森下の気配が、どんどん大きくなっていく。
巨大な悪意が、害意が膨れ上がっていく。
氷のような、凍てついた心。
さしずめそれは、童話に出てくる氷の女王のように思えた。
猛烈な吹雪が吹き付けてきた。
あっという間に、俺にも雪がまとわりつく。
「森下!自分の心に飲まれるな!話を聞け!」
「話すことなんてない!みんな、死んじゃえばいい!この世界で!もう二度と、現実には戻さない!戻してやらないんだから!」
ぶわっ。
だめだ、凍りつく。
彼女の心から吹き付ける氷片混じりの風は、あまりに強烈だった。
マイナス40度の凍てつく風に、刃のような氷が混じっていた。皮膚がずたずたに切り裂かれ、傷口が凍り始める。
あと数秒で、俺も氷の彫像になる。そんなイメージが見えた。
いや、いや!違う!
ここで負けちゃだめだ!
思い出せ、今までのことを。俺は、そう簡単に負けはしない。俺は無敵だ!
「湧き出でよ、地獄の炎よ!ヘルフレイム・バーニング・ウォール!」
中二病で、森下に負けるわけにはいかない。
俺の周囲に、何本もの炎の竜巻が沸き起こった。それらが繋がり、壁となって吹雪を散らす。
やがてあたりの霧は晴れ、オレンジ色の陽が差し始める。
森下の姿も、ぼんやりと見えるようになった。
彼女は、彼女のままだった。
愛らしい、その姿。誰からも愛される少女。
だけど、その顔からは笑顔が消えていた。
悪意を、害意を感じた。
殺意と言うべきか。
「あなたを、殺す」
「俺がお前を倒してやる。そして、元の世界へ帰るんだ」
「・・・・・・帰さない。殺してやる。絶対に」
彼女の姿は消えた。
俺は膝から崩折れた。凄まじいプレッシャーだった。死神の鎌を、首筋に感じた。
みつるを覆う氷が、ゆっくりと溶けていく。
乗宮も、雨屋も。
動く気力もなく、しばらくその場に座り込んでいた。
もう、濃霧は完全に晴れていた。
氷棺も、周囲を埋め尽くしていた雪も解け、草原にそよ風が吹いていた。
俺はキャンプファイヤーを焚いた。温かい飲み物を生成し、3人に配る。
「・・・・・・ありがと」
「あー。生き返るぜ」
「死んでたからな。わりとガチで」
「美味しい」
乗宮と雨屋も、酷い顔色をしていた。
どうやら、意識はあったらしい。氷棺の中で「冷たい、永久に氷漬けになる感覚」を延々味わっていたとか。絶対にゴメンだ。
「聞いてたか?3人とも」
「・・・・・・ああ」
「うん、聞いてた」
「わたしも。・・・・・・ごめんなさい、こはるちゃん」
みつるは肩を落とし、乗宮はうつむき。
雨屋は啜り泣いた。
それは怖かったからなのか、それとも罪悪感か。
「さて、どうするさとや」
「そうだな。・・・・・・ここ、どこだと思う」
俺はみつるに聞いた。
「どこって、こはるの夢の中、だろ」
「だな。だけど、どういう設定か、だ」
「設定?」
「ああ。森下って何が好きなんだ?みつる」
「そうだなあ」
うーん、とみつるは顎に手を当てた。
「映画とか動画とか、音楽鑑賞?あとカラオケ?」
「それはこの世界に合致しないな。小説とかゲームは?」
「小説はあんまり読まない。マンガは主に少女マンガだな。あとゲームは結構好きだぜ、ドラゴン倒しに行くやつとか、モンスター狩るやつとか。あとファーストファンタジーとか」
「結構王道だな。・・・・・・なら、そっちかな」
「そっちって?」
「森下は恐らく、自分を「魔王」もしくは「ラスボス」と認識している可能性がある。さっきも強烈な氷の魔法使ってきたからな、きっと魔王、もしくは魔女って設定だな」
「・・・・・・おいまさか、それって」
俺は立ち上がった。
旅人の服に片手剣を装備する。
「そうだ。俺たち4人はこれから、魔王モリシタを倒さなければならない。この世界で、彼女の決めたルールの中で、な。でないと俺たちはここへ永久に閉じ込められ、彼女もこの世界も救われない」
「なんてこった・・・・・・夢の中でRPGかよ」
ようやく、みつるに笑顔が戻った。
良かった。
「さとや、それ片手剣士か?」
「魔法剣士だ。王道だろ」
「じゃあ、俺は純粋な戦士かな」
笑いつつ、みつるは赤色の鎧に剣と盾を装備する。
イメージするの初めてなのに、上手いな。
「ちょ、ちょっと、あんたたちどうやって着替えたの?その剣とか鎧とか、どっから出したの?」
「こうだ」
目を白黒させる乗宮に、俺は鎧と長い槍を見繕ってやった。
美しい、金色の鎧。当然ながらビキニアーマーだ。
うはー、めっちゃエロい。エロくていい。
「ちょ、カラスマ!なによこれ!?水着じゃない!」
「防御力は高いぞ。そうイメージしてある。・・・・・・雨屋は、えーと」
「こんなので、どう?」
おう。
メガネに三つ編みの姿のまま、雨屋は立派な魔法使いになっていた。
黒地の服に黒い帽子、黒いマント。ちょっとエロ可愛い。
「ちなみに、回復魔法と攻撃魔法、どっちも使えるよ」
「おまえ、ゲームとかするのか」
「えへ。中学校の頃までは、結構やってたよ」
うん。
もう笑顔だ。飲み込みと切り替えの早いところが、彼女のいいところだ。
「で、どこへ行けばいい?」
「そりゃ、魔王の城だろ。・・・・・・ほら、さっそく来たぜ」
「え?」
青色にニコニコした顔のモンスターが数匹、こっちへぴょこぴょこ跳ねてきていた。
最初はスライム。
「てことは、あれか」
「あれだな」
「いくぜ!」
俺は右手で剣を抜き、左手に炎の玉を生み出した。
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女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
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ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
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