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21 乗宮あこ3-1
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21 乗宮あこ3
両親には、とりあえず伝えるだけ伝えといた、とだけ言った。
あの夢だけでいきなり兄貴が心を入れ替えるかは分からない。リカちゃん先生との関係も、まだこれからだ。
だけど、両親はことのほか喜んでくれた。
俺のこと、そんなに信用してたんだろうか。
蜘蛛の糸。
小説に出てくる糸は、やがて切られてしまう。
お前の性根が気に入らない、そんな理由で切断するお釈迦様は傲慢だと感じた。
安全な場所から戯れに糸を垂らすくらいなら、自分が地獄まで糸となって行けばいい。
「で、うまくいったの?」
昼休み。屋上。
乗宮とふたりきり。
「まあ、やれるだけのことはやった」
リカちゃん先生のこととか、詳細は話していない。
雨屋の入れ知恵で、兄貴と面識のある女性を連れて行った、ふたりを再会させ、夢の中で楽しく過ごした、とだけ。
「さすが委員長、なんでもできちゃうんだな」
「正直、うまくいくとは思ってなかった。今も半信半疑だ」
ガチャ。
扉が開いて、雨屋が屋上へ入ってきた。
「よ」
「ども。仲良しね、おふたりさん」
「まあな」
乗宮が、何か言いかけ、途中で止まり、また話しだした。
「その、さ、雨屋。・・・・・・実は、うちらは」
「偽りの関係」
「な!?」
「ごめん、からすまくんから聞いちゃった」
むぎゅ。
俺は乗宮に頬をつねられた。痛ひ。
かくかくしかじか。
「・・・・・・まあいいけど。わたしも、今から言おうとしてたんだし」
「でも羨ましいよ。嘘の関係でも、からすまくんと付き合えるのは」
「代わってやろうか?」
「冗談。わたしじゃ釣り合わないよ」
「んなことは、ないと思うけど」
雨屋が弁当を広げ、乗宮もサンドイッチを広げた。俺は早弁したし菓子パン。
「・・・・・・なあ雨屋、わたしがさ、時生と付き合う方法って、あるかな?」
「相手に好きになってもらう」
「それができれば苦労しねーよ」
「なら、努力すればいい。好きになってもらうための、努力を」
雨屋らしい意見だ。
だけど、乗宮が求めているのはそんな漠然とした方法じゃない。もっと具体的に、こうすれば確実、てな方法だ。
「方法なら、あると思う」
「え!?」
「友人に、からすまくんに聞いてもらうんだよ。乗宮さんのことどう思うか、って」
これは、意地悪な答えだ。
雨屋は、俺と乗宮の関係を知っている。
元々乗宮がみつるを好きなことも知ってるし、みつるが乗宮のことを好きだ、ってことも知ってる。俺が喋ったし。でも、乗宮はそれを知らない。
「・・・・・・それができれば、苦労しないって」
「じゃ、想いを伝えてみればいいじゃない。わたしから見て、乗宮さんと時生くんもお似合いだよ?どっちも背が高いし、バスケ部だし、男女ともにチームのエースだし、性格的にも合いそうだし」
「だけど・・・・・・もし告白して、無理だったら」
しおしお、となる乗宮。
いつもこうだ。みつるのことは大好きなのに、好かれてないって自信だけはたっぷりあるのが乗宮なのだ。
もちろん、森下に悪い、って気持ちも多分にある。
「だから、こはるちゃんとからすまくんを、でしょ?」
「うん」
「だったら、話は早いじゃない。こはるちゃんを、からすまくんのチカラで虜にすればいいんだよ」
「んな、うまいこといくかなあ」
「いくよ。時生くんと乗宮さん、ふたりの協力があれば」
ん、そうか。
俺の能力は、4人なら発動する。こないだ兄貴と雨屋、リカちゃん先生で実証したばかりだ。
「し、しかしよ、もう昼休みで、あと数分で、古文の授業が」
「乗宮さんのキーアイテムはいいよね、パンツで」
「ぱ、パンツ!?」
「だって、万全を期したいんでしょ?」
「う・・・・・・」
おい雨屋。サラッと凄いこと言うんじゃねえ。
それともあれか、俺にパンツを差し出させられた腹いせか。
ごそごそ。
乗宮が、ちょっと影に移動して。
しばらくして現れた。白い布切れを持って。
「・・・・・・はい、これでいいでしょ」
「お、おう」
「なんか、片足がすーすーする」
おお。乗宮の靴下。まだあったかい。
家に帰ったら使おう。何に、とは聞かないでくれ。
「みつるにはシャーペンでも借りるか」
「こはるちゃんのは、私が借りておく。授業の始まる直前に渡すから、お先に。じゃあね」
たったったっ。
雨屋が階段を降りていった。
「・・・・・・ほんとに、これでうまくいくかな」
「さあ」
訝しむ乗宮だが、もうあと数分しかない。
俺たちは教室へ戻った。
お、ラッキー。
みつるの机の上に、ちょうどシャーペンが転がっていた。ちょっと借りよう。
俺が席につくと、チャイムが鳴った。
鳴ると同時に、雨屋が近づいてきた。
「はいこれ」
「サンキュ」
手のひらに落ちたものを見て、俺は二度見した。
「それしか借りられなかったから。じゃ」
「恩に着る」
「グッドラック」
俺は、手の中にあるソックタッチクリームを眺めた。
靴下のずり落ち防止に使うものだ。確かに、チア部には必要なものだろう。
ああ、この先端が、森下の生脚に。舐めたい。今すぐ。
だが、失敗は許されない。
俺はソックタッチとシャーペン、生暖かい靴下を握りしめ、古文の教師の声に耳を傾けた。
海が、広がっていた。
まっさらな白い砂浜、照りつける太陽。どこまでも続く、碧い海。
そこで、ふたりの少女たちが遊んでいた。
「いくよー!」
「おー!」
ビーチバレーをする、美少女がふたり。
どちらも際どいビキニを着用していて、誠に目の保養である。
「綺麗だな」
「ああ」
「海もな」
「ああ」
海パン姿のみつるが後ろで、ふたりを眺めていた。
どっちを眺めているんだろう。
乗宮と、森下を。
俺たちは、砂浜にあったデッキチェアに腰を下ろした。
パラソルが日光を遮ってくれて、心地よい風が吹き抜ける。
「なあ、みつる」
「うん」
「おまえ、今でも乗宮が、好きか?」
「ああ。好きだ」
「だよな」
俺と乗宮が付き合っている、と話した時の、みつるの表情。
俺と乗宮が駅に向かう時の、みつるの視線。
昼休みに俺たちが連れ立って屋上から降りてきた時の、どこか諦めたような眼差し。
こいつにだって、隠せないことはある。
「森下は、どうなってる」
「こはるのことは好きだよ。でも、俺がこはると付き合うことを承知したのは、いつかこはるが、さとやと付き合うんじゃないか、と思ったからだ」
「は?どういう意味だ」
「言葉通りさ。・・・・・・もし、俺があそこでこはるの告白を断ったら、彼女は別の男子と付き合うかもしれない。だとしたらさとや、お前が悲しむ」
「・・・・・・」
「俺と付き合っている間は、他の男と付き合うことはない。こはるは人気のある女子だったからさ、このチャンスは逃せないって」
「・・・・・・」
「いやあ、でも、さとやがあこと、いや乗宮と、ってのは予想してなかったな。ちょっと後悔というか、してやられた、と思った」
みつるは笑った。
そうだったのか。
だから、みつるは森下と、キスすらも。
俺に、悪いと思って。
それに引き換え、俺はどうだ。
乗宮と偽りの関係といいながら、何度も彼女の唇を、身体を。
「ま、俺に文句を言う筋合いはないよ。こはると一緒にいて、楽しいと思ったことは事実だ。それに、乗宮に中学の時にフラれて、またいつか、と思いながらも怖くてずっと告白できなかった、俺の心の弱さが招いたことだ」
「・・・・・・みつる」
「俺は、乗宮と付き合ったのがさとやで良かった、と思ってる。他の男子とあれこれしてるとか思うと、心穏やかではいられないからな」
「乗宮は、お前が好きだ」
俺は言い放った。
眼の前の、海と少女たちを眺めたまま。
「・・・・・・なんとなく、そんな気はしてた」
「どうして?」
「付き合ってそれなりに経つけど、おまえらずっと名字で呼び合ってるからな」
う。
そうだったな。
「みつるのこと好きだぜ、乗宮は。俺が乗宮と付き合ってるのは、いや、つきあってるフリをしてるのは、いつかお前と乗宮が、俺と森下が付き合うことができたら、と思っているからなんだ」
俺は吐き出すように言った。
そうか、とだけ、みつるは言った。
「お互い、苦労するな」
「ああ」
「乗宮もさ、言ってくれればいいのに」
「俺も、言ったんだぜ。乗宮に。想いを伝えたらいいって」
「ぜひそうして欲しかった」
「でもさ、あいつ、言ったら絶対断られるって聞かないんだ。まあ、俺も勝手にさ、本当はみつるも、お前のこと好きなんだぜって、言えないし」
「言ってくれよ」
「いやいやいや、おまえ森下と付き合ってるだろ。いつ心変わりして、もう森下のことしか考えられないってなっててもおかしくないし」
「お前とは違う」
「だけど分かんないだろ、ひとの気持ちなんて。俺だって」
「さとやだって、本当は乗宮が好きになってしまったかもしれないしな」
どきっ。
胸が、大きく鼓動した。
その音が聞こえていたら。
だけど、夢の中であっても心臓の音が他人に聞こえたりはしない。
「・・・・・・そんなことは、ないよ」
「あこ、乗宮はどうかな。もしカッコカリの関係でも、だんだん一緒にいるうちに感情が芽生える、そういうことはあるだろ」
「・・・・・・いや、ない。乗宮はいまでも、お前のことが好きだ」
脳裏に、今まで見てきた乗宮の顔が浮かんできた。
勉強会と称して、家の部屋で脱がせた時の顔。胸や首元を愛撫している時の表情。キスをした後の、唇を指で押さえる仕草。
夢の中で、乗宮を貫いた瞬間の吐息。
俺の腰の動きに、快感を漏らす時の声。
互いに果て、気だるげに抱き合う時の指使い。
・・・・・・いいや、違う。
あれは、仮の関係だ。違う。違う。
「だったら、いいけどな。・・・・・・なあさとや、俺たち、夢でも見てるのか?」
「ああ。見てる」
「でも、この夢はさとや、おまえと、乗宮とも繋がってる。こはるとも」
「ああ」
「ここで話したことは、ふたりにも伝わる?」
「そうだ」
「そうか。・・・・・・じゃあ、いってくる」
みつるは立ち上がった。
海風を受けながら、波打ち際へと向かう。
まだビーチバレーに戯れる、少女ふたりへと。
「こはる」
「みつるくん!」
森下が、満面の笑みで海パン姿のみつるへと走った。
じゃばじゃば、と足元で海水が跳ねる。
「俺、乗宮あこが好きだ」
みつるは、キッパリと言った。
森下が固まる。
「・・・・・・え?」
「ごめんな。俺は乗宮が好きだ。ずっと、中学生の頃から好きなんだ。告白もしたし、フラれたけど、それでもずっと好きだ。・・・・・・乗宮は、俺の憧れだった。バスケが好きで、上手くて、必死で、がむしゃらで、荒削りだけどたまにすごい洗練されたプレイも見せてくれて、負けそうな時も諦めないで、チームを鼓舞して、上手な先輩に教えて下さい、って頭を下げて、うまくいかない後輩にはとことん付き合って、どんだけ苦しくても弱音を吐かないで、暑くても走り続けて、そんなあこが、乗宮あこが、好きだ」
「時生くん・・・・・・」
乗宮は、口元に両手を当てていた。
大きく見開いた瞳から、涙を流していた。
「好きだ。好きだ。好きだ。俺は、時生充は、乗宮あこが好きだ。好きだ。ずっと、最初に見たときから、一緒に話したときから、ずっと好きだ。同じバスケットボールプレイヤーとして好きだ。同級生として好きだ。友人として、同じ部活のメンバーとして好きだ。女性として好きだ。乗宮あこの全てが好きだ。お母さんのことを忘れられない、大好きなままの乗宮あこが好きだ」
「・・・・・・」
「ごめんな、こはる。いつか言わなきゃと思っていた。・・・・・・こはると付き合ったって聞いて、それで乗宮が俺のこと振り向いてくれないかなって思ってた。俺のこと、実は好きだったのにって、言ってくれないかなって。だからこはると付き合った。だけど、乗宮はさとやと付き合い始めた。俺は後悔した。もの凄く。夜も悔しくて眠れなかった。さとやとあこが、今どうしてるのか、とか思うと、死んだほうがマシだとさえ思った。もう、これ以上後悔したくない」
「・・・・・・みつるくん・・・・・・」
「だから、俺のことは諦めて欲しい。俺は人生を何度やり直しても、きっと乗宮あこのことが一番好きになってしまう。これはもう、どうしようもないんだ」
「・・・・・・」
森下は波打ち際で、ずっとうつむいていた。
乗宮は涙が止まらず、波の中で座り込み、しゃくりあげていた。
俺はそんな乗宮に、タオルを差し出した。
「良かったな、乗宮」
「うん・・・・・・うん・・・・・・」
ここまで情熱的に、好きな男子に告白されて。
乗宮って幸せだな。
羨ましく思う気持ちは、今でもある。
俺だって、乗宮のことが憎かったわけじゃない。一緒に過ごした時間は、きっと一生忘れられないものだった。
だけど。
当初の計画通り、乗宮はみつるのところへ行くべきだ。
これほど愛し、愛されあっているふたりを、邪魔するべきじゃない。
「ごめんな、さとや」
「いや、いい。最初からそういうつもりだったし」
「でも、お前も思っただろ。乗宮って、いい女だろ?」
「ああ。それは認める。もし万が一お前が乗宮を泣かせたら、すぐに奪い取ってやるからな」
「肝に銘じるよ」
がし。
みつるの差し出した右手を、俺は握った。
えぐっ。えぐっ。
しゃくりあげ、涙が止まらない乗宮の肩を、そっとみつるが抱き寄せた。
みつるの胸に顔を押し付けて、乗宮が泣き続ける。
きっと、嬉しい涙だろう。
そんなふたりを、俺たちはじっと眺めていた。
俺と、森下。
俺は、彼女の肩にそっと手を差し出した。
ばちっ。
彼女は、乱暴にその手を払い除けた。
「ふーん。・・・・・・これでわたしが納得するって、思ってたわけ?」
空気が、凍りついた。
俺は呆然としていた。
森下の言動と、その表情に。
彼女は侮蔑するかのような顔で、抱き合うみつると乗宮を、そして俺を交互に見つめていた。
「・・・・・・こはる?」
「軽々しく名前を呼ばないで。穢らわしい」
声をかけたみつるに、森下は薄い目を向けた。
「あんた、結局、わたしのことなんてどうでも良かったわけ?その女が寄り付いてくるって、それまでの腰掛けで」
「そんなのじゃ」
「どうせ、ちょっと遊び程度にしか思ってなかったんでしょ?わたしのこと」
「違う」
「違わないよ。慰めるつもりでキスなんかしたりして、優しいフリして____」
「おまえ、誰だ」
唐突に、みつるが言った。
森下に向かって。
「・・・・・・はあ?誰、って」
「俺とこはるはキスなんてしたことない。だから、これはこはるのふりをした、別人だ」
「・・・・・・」
そうだった。
キスはしていない、それは森下も言っていたことだ。
森下は、うつむいたまま何も答えない。
「さとや」
「おう」
「ここはどういう場所なんだ?ここへ来るのに、どんな手段を使った?」
「ん、俺の能力。他人の夢に入れる。ここは、この4人の誰かの夢の中だ。夢に入るのに、それぞれのキーアイテムを使う。乗宮は服、みつるは机の上においてあったシャーペン。森下は_____」
あ。
そうか。
「こはるは?」
「・・・・・・森下は、ソックタッチだ。雨屋が持ってきた。森下のだって」
「へえ。・・・・・・こはるは、ソックタッチなんて持ってないよ」
俺たちは、森下を見つめた。
森下だと、思っていた女性を。
「・・・・・・雨屋、どうして、こんなことを」
「だって」
森下の姿のまま、別の声が出た。
「からすまくんを、取られちゃうから」
両親には、とりあえず伝えるだけ伝えといた、とだけ言った。
あの夢だけでいきなり兄貴が心を入れ替えるかは分からない。リカちゃん先生との関係も、まだこれからだ。
だけど、両親はことのほか喜んでくれた。
俺のこと、そんなに信用してたんだろうか。
蜘蛛の糸。
小説に出てくる糸は、やがて切られてしまう。
お前の性根が気に入らない、そんな理由で切断するお釈迦様は傲慢だと感じた。
安全な場所から戯れに糸を垂らすくらいなら、自分が地獄まで糸となって行けばいい。
「で、うまくいったの?」
昼休み。屋上。
乗宮とふたりきり。
「まあ、やれるだけのことはやった」
リカちゃん先生のこととか、詳細は話していない。
雨屋の入れ知恵で、兄貴と面識のある女性を連れて行った、ふたりを再会させ、夢の中で楽しく過ごした、とだけ。
「さすが委員長、なんでもできちゃうんだな」
「正直、うまくいくとは思ってなかった。今も半信半疑だ」
ガチャ。
扉が開いて、雨屋が屋上へ入ってきた。
「よ」
「ども。仲良しね、おふたりさん」
「まあな」
乗宮が、何か言いかけ、途中で止まり、また話しだした。
「その、さ、雨屋。・・・・・・実は、うちらは」
「偽りの関係」
「な!?」
「ごめん、からすまくんから聞いちゃった」
むぎゅ。
俺は乗宮に頬をつねられた。痛ひ。
かくかくしかじか。
「・・・・・・まあいいけど。わたしも、今から言おうとしてたんだし」
「でも羨ましいよ。嘘の関係でも、からすまくんと付き合えるのは」
「代わってやろうか?」
「冗談。わたしじゃ釣り合わないよ」
「んなことは、ないと思うけど」
雨屋が弁当を広げ、乗宮もサンドイッチを広げた。俺は早弁したし菓子パン。
「・・・・・・なあ雨屋、わたしがさ、時生と付き合う方法って、あるかな?」
「相手に好きになってもらう」
「それができれば苦労しねーよ」
「なら、努力すればいい。好きになってもらうための、努力を」
雨屋らしい意見だ。
だけど、乗宮が求めているのはそんな漠然とした方法じゃない。もっと具体的に、こうすれば確実、てな方法だ。
「方法なら、あると思う」
「え!?」
「友人に、からすまくんに聞いてもらうんだよ。乗宮さんのことどう思うか、って」
これは、意地悪な答えだ。
雨屋は、俺と乗宮の関係を知っている。
元々乗宮がみつるを好きなことも知ってるし、みつるが乗宮のことを好きだ、ってことも知ってる。俺が喋ったし。でも、乗宮はそれを知らない。
「・・・・・・それができれば、苦労しないって」
「じゃ、想いを伝えてみればいいじゃない。わたしから見て、乗宮さんと時生くんもお似合いだよ?どっちも背が高いし、バスケ部だし、男女ともにチームのエースだし、性格的にも合いそうだし」
「だけど・・・・・・もし告白して、無理だったら」
しおしお、となる乗宮。
いつもこうだ。みつるのことは大好きなのに、好かれてないって自信だけはたっぷりあるのが乗宮なのだ。
もちろん、森下に悪い、って気持ちも多分にある。
「だから、こはるちゃんとからすまくんを、でしょ?」
「うん」
「だったら、話は早いじゃない。こはるちゃんを、からすまくんのチカラで虜にすればいいんだよ」
「んな、うまいこといくかなあ」
「いくよ。時生くんと乗宮さん、ふたりの協力があれば」
ん、そうか。
俺の能力は、4人なら発動する。こないだ兄貴と雨屋、リカちゃん先生で実証したばかりだ。
「し、しかしよ、もう昼休みで、あと数分で、古文の授業が」
「乗宮さんのキーアイテムはいいよね、パンツで」
「ぱ、パンツ!?」
「だって、万全を期したいんでしょ?」
「う・・・・・・」
おい雨屋。サラッと凄いこと言うんじゃねえ。
それともあれか、俺にパンツを差し出させられた腹いせか。
ごそごそ。
乗宮が、ちょっと影に移動して。
しばらくして現れた。白い布切れを持って。
「・・・・・・はい、これでいいでしょ」
「お、おう」
「なんか、片足がすーすーする」
おお。乗宮の靴下。まだあったかい。
家に帰ったら使おう。何に、とは聞かないでくれ。
「みつるにはシャーペンでも借りるか」
「こはるちゃんのは、私が借りておく。授業の始まる直前に渡すから、お先に。じゃあね」
たったったっ。
雨屋が階段を降りていった。
「・・・・・・ほんとに、これでうまくいくかな」
「さあ」
訝しむ乗宮だが、もうあと数分しかない。
俺たちは教室へ戻った。
お、ラッキー。
みつるの机の上に、ちょうどシャーペンが転がっていた。ちょっと借りよう。
俺が席につくと、チャイムが鳴った。
鳴ると同時に、雨屋が近づいてきた。
「はいこれ」
「サンキュ」
手のひらに落ちたものを見て、俺は二度見した。
「それしか借りられなかったから。じゃ」
「恩に着る」
「グッドラック」
俺は、手の中にあるソックタッチクリームを眺めた。
靴下のずり落ち防止に使うものだ。確かに、チア部には必要なものだろう。
ああ、この先端が、森下の生脚に。舐めたい。今すぐ。
だが、失敗は許されない。
俺はソックタッチとシャーペン、生暖かい靴下を握りしめ、古文の教師の声に耳を傾けた。
海が、広がっていた。
まっさらな白い砂浜、照りつける太陽。どこまでも続く、碧い海。
そこで、ふたりの少女たちが遊んでいた。
「いくよー!」
「おー!」
ビーチバレーをする、美少女がふたり。
どちらも際どいビキニを着用していて、誠に目の保養である。
「綺麗だな」
「ああ」
「海もな」
「ああ」
海パン姿のみつるが後ろで、ふたりを眺めていた。
どっちを眺めているんだろう。
乗宮と、森下を。
俺たちは、砂浜にあったデッキチェアに腰を下ろした。
パラソルが日光を遮ってくれて、心地よい風が吹き抜ける。
「なあ、みつる」
「うん」
「おまえ、今でも乗宮が、好きか?」
「ああ。好きだ」
「だよな」
俺と乗宮が付き合っている、と話した時の、みつるの表情。
俺と乗宮が駅に向かう時の、みつるの視線。
昼休みに俺たちが連れ立って屋上から降りてきた時の、どこか諦めたような眼差し。
こいつにだって、隠せないことはある。
「森下は、どうなってる」
「こはるのことは好きだよ。でも、俺がこはると付き合うことを承知したのは、いつかこはるが、さとやと付き合うんじゃないか、と思ったからだ」
「は?どういう意味だ」
「言葉通りさ。・・・・・・もし、俺があそこでこはるの告白を断ったら、彼女は別の男子と付き合うかもしれない。だとしたらさとや、お前が悲しむ」
「・・・・・・」
「俺と付き合っている間は、他の男と付き合うことはない。こはるは人気のある女子だったからさ、このチャンスは逃せないって」
「・・・・・・」
「いやあ、でも、さとやがあこと、いや乗宮と、ってのは予想してなかったな。ちょっと後悔というか、してやられた、と思った」
みつるは笑った。
そうだったのか。
だから、みつるは森下と、キスすらも。
俺に、悪いと思って。
それに引き換え、俺はどうだ。
乗宮と偽りの関係といいながら、何度も彼女の唇を、身体を。
「ま、俺に文句を言う筋合いはないよ。こはると一緒にいて、楽しいと思ったことは事実だ。それに、乗宮に中学の時にフラれて、またいつか、と思いながらも怖くてずっと告白できなかった、俺の心の弱さが招いたことだ」
「・・・・・・みつる」
「俺は、乗宮と付き合ったのがさとやで良かった、と思ってる。他の男子とあれこれしてるとか思うと、心穏やかではいられないからな」
「乗宮は、お前が好きだ」
俺は言い放った。
眼の前の、海と少女たちを眺めたまま。
「・・・・・・なんとなく、そんな気はしてた」
「どうして?」
「付き合ってそれなりに経つけど、おまえらずっと名字で呼び合ってるからな」
う。
そうだったな。
「みつるのこと好きだぜ、乗宮は。俺が乗宮と付き合ってるのは、いや、つきあってるフリをしてるのは、いつかお前と乗宮が、俺と森下が付き合うことができたら、と思っているからなんだ」
俺は吐き出すように言った。
そうか、とだけ、みつるは言った。
「お互い、苦労するな」
「ああ」
「乗宮もさ、言ってくれればいいのに」
「俺も、言ったんだぜ。乗宮に。想いを伝えたらいいって」
「ぜひそうして欲しかった」
「でもさ、あいつ、言ったら絶対断られるって聞かないんだ。まあ、俺も勝手にさ、本当はみつるも、お前のこと好きなんだぜって、言えないし」
「言ってくれよ」
「いやいやいや、おまえ森下と付き合ってるだろ。いつ心変わりして、もう森下のことしか考えられないってなっててもおかしくないし」
「お前とは違う」
「だけど分かんないだろ、ひとの気持ちなんて。俺だって」
「さとやだって、本当は乗宮が好きになってしまったかもしれないしな」
どきっ。
胸が、大きく鼓動した。
その音が聞こえていたら。
だけど、夢の中であっても心臓の音が他人に聞こえたりはしない。
「・・・・・・そんなことは、ないよ」
「あこ、乗宮はどうかな。もしカッコカリの関係でも、だんだん一緒にいるうちに感情が芽生える、そういうことはあるだろ」
「・・・・・・いや、ない。乗宮はいまでも、お前のことが好きだ」
脳裏に、今まで見てきた乗宮の顔が浮かんできた。
勉強会と称して、家の部屋で脱がせた時の顔。胸や首元を愛撫している時の表情。キスをした後の、唇を指で押さえる仕草。
夢の中で、乗宮を貫いた瞬間の吐息。
俺の腰の動きに、快感を漏らす時の声。
互いに果て、気だるげに抱き合う時の指使い。
・・・・・・いいや、違う。
あれは、仮の関係だ。違う。違う。
「だったら、いいけどな。・・・・・・なあさとや、俺たち、夢でも見てるのか?」
「ああ。見てる」
「でも、この夢はさとや、おまえと、乗宮とも繋がってる。こはるとも」
「ああ」
「ここで話したことは、ふたりにも伝わる?」
「そうだ」
「そうか。・・・・・・じゃあ、いってくる」
みつるは立ち上がった。
海風を受けながら、波打ち際へと向かう。
まだビーチバレーに戯れる、少女ふたりへと。
「こはる」
「みつるくん!」
森下が、満面の笑みで海パン姿のみつるへと走った。
じゃばじゃば、と足元で海水が跳ねる。
「俺、乗宮あこが好きだ」
みつるは、キッパリと言った。
森下が固まる。
「・・・・・・え?」
「ごめんな。俺は乗宮が好きだ。ずっと、中学生の頃から好きなんだ。告白もしたし、フラれたけど、それでもずっと好きだ。・・・・・・乗宮は、俺の憧れだった。バスケが好きで、上手くて、必死で、がむしゃらで、荒削りだけどたまにすごい洗練されたプレイも見せてくれて、負けそうな時も諦めないで、チームを鼓舞して、上手な先輩に教えて下さい、って頭を下げて、うまくいかない後輩にはとことん付き合って、どんだけ苦しくても弱音を吐かないで、暑くても走り続けて、そんなあこが、乗宮あこが、好きだ」
「時生くん・・・・・・」
乗宮は、口元に両手を当てていた。
大きく見開いた瞳から、涙を流していた。
「好きだ。好きだ。好きだ。俺は、時生充は、乗宮あこが好きだ。好きだ。ずっと、最初に見たときから、一緒に話したときから、ずっと好きだ。同じバスケットボールプレイヤーとして好きだ。同級生として好きだ。友人として、同じ部活のメンバーとして好きだ。女性として好きだ。乗宮あこの全てが好きだ。お母さんのことを忘れられない、大好きなままの乗宮あこが好きだ」
「・・・・・・」
「ごめんな、こはる。いつか言わなきゃと思っていた。・・・・・・こはると付き合ったって聞いて、それで乗宮が俺のこと振り向いてくれないかなって思ってた。俺のこと、実は好きだったのにって、言ってくれないかなって。だからこはると付き合った。だけど、乗宮はさとやと付き合い始めた。俺は後悔した。もの凄く。夜も悔しくて眠れなかった。さとやとあこが、今どうしてるのか、とか思うと、死んだほうがマシだとさえ思った。もう、これ以上後悔したくない」
「・・・・・・みつるくん・・・・・・」
「だから、俺のことは諦めて欲しい。俺は人生を何度やり直しても、きっと乗宮あこのことが一番好きになってしまう。これはもう、どうしようもないんだ」
「・・・・・・」
森下は波打ち際で、ずっとうつむいていた。
乗宮は涙が止まらず、波の中で座り込み、しゃくりあげていた。
俺はそんな乗宮に、タオルを差し出した。
「良かったな、乗宮」
「うん・・・・・・うん・・・・・・」
ここまで情熱的に、好きな男子に告白されて。
乗宮って幸せだな。
羨ましく思う気持ちは、今でもある。
俺だって、乗宮のことが憎かったわけじゃない。一緒に過ごした時間は、きっと一生忘れられないものだった。
だけど。
当初の計画通り、乗宮はみつるのところへ行くべきだ。
これほど愛し、愛されあっているふたりを、邪魔するべきじゃない。
「ごめんな、さとや」
「いや、いい。最初からそういうつもりだったし」
「でも、お前も思っただろ。乗宮って、いい女だろ?」
「ああ。それは認める。もし万が一お前が乗宮を泣かせたら、すぐに奪い取ってやるからな」
「肝に銘じるよ」
がし。
みつるの差し出した右手を、俺は握った。
えぐっ。えぐっ。
しゃくりあげ、涙が止まらない乗宮の肩を、そっとみつるが抱き寄せた。
みつるの胸に顔を押し付けて、乗宮が泣き続ける。
きっと、嬉しい涙だろう。
そんなふたりを、俺たちはじっと眺めていた。
俺と、森下。
俺は、彼女の肩にそっと手を差し出した。
ばちっ。
彼女は、乱暴にその手を払い除けた。
「ふーん。・・・・・・これでわたしが納得するって、思ってたわけ?」
空気が、凍りついた。
俺は呆然としていた。
森下の言動と、その表情に。
彼女は侮蔑するかのような顔で、抱き合うみつると乗宮を、そして俺を交互に見つめていた。
「・・・・・・こはる?」
「軽々しく名前を呼ばないで。穢らわしい」
声をかけたみつるに、森下は薄い目を向けた。
「あんた、結局、わたしのことなんてどうでも良かったわけ?その女が寄り付いてくるって、それまでの腰掛けで」
「そんなのじゃ」
「どうせ、ちょっと遊び程度にしか思ってなかったんでしょ?わたしのこと」
「違う」
「違わないよ。慰めるつもりでキスなんかしたりして、優しいフリして____」
「おまえ、誰だ」
唐突に、みつるが言った。
森下に向かって。
「・・・・・・はあ?誰、って」
「俺とこはるはキスなんてしたことない。だから、これはこはるのふりをした、別人だ」
「・・・・・・」
そうだった。
キスはしていない、それは森下も言っていたことだ。
森下は、うつむいたまま何も答えない。
「さとや」
「おう」
「ここはどういう場所なんだ?ここへ来るのに、どんな手段を使った?」
「ん、俺の能力。他人の夢に入れる。ここは、この4人の誰かの夢の中だ。夢に入るのに、それぞれのキーアイテムを使う。乗宮は服、みつるは机の上においてあったシャーペン。森下は_____」
あ。
そうか。
「こはるは?」
「・・・・・・森下は、ソックタッチだ。雨屋が持ってきた。森下のだって」
「へえ。・・・・・・こはるは、ソックタッチなんて持ってないよ」
俺たちは、森下を見つめた。
森下だと、思っていた女性を。
「・・・・・・雨屋、どうして、こんなことを」
「だって」
森下の姿のまま、別の声が出た。
「からすまくんを、取られちゃうから」
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