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16 本織朱音2-2
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「だめだ、本織」
「どうして?わたしがこういうことしてて、からすまくんに関係がありますか?」
関係は、ない。
一発ハメてしまえば、きっとこれからも本織は推しを応援できるし、俺も気持ちよくなれる。Win-Winだ。
だけど。
「関係は、ないな」
「じゃあ____」
「だけど、嫌だ」
さっきおっさんが本織の肩を抱き、嬉しそうにラブホへ連れ込んでいるのを見た時、違うと思った。
青臭い言い方かもしれないが、やっぱりそういう行為は、好きな人とするべきだ。
女子高生が、金のためにおっさんに身体を売るのは、間違ってる。
いや、違うな。
俺はただ、惜しかったのかもしれない。
別に好きでもないけど、本織はクラスメイトであり、言うなれば俺たちクラスの男子たちの所有物だ。どうせ股を開くなら、俺らに開けよ。
俺は彼女に、イヤホンを差し出した。
スマホに録音された、古文の授業、という名の睡眠兵器。
あっけなく、彼女はラブホのベッドで眠りに落ちた。
ちょっとイタズラしちゃいたい、あるいはパンツ姿をスマホに収めたい、などという欲求に抗い、俺もイヤホンを耳に押し込む。
そこは、大音響が鳴り響くライブ会場だった。
武道館など到底及ばない、教室よりも狭い小部屋。
そのステージの上で、5人組の男たちがマイクを握り、ギターをかき鳴らし、ドラムを叩いていた。
バンド名、「ピュア・ハートビート」。
熱狂的なファンたち、ほとんどすべて女性であり、ごく一部の男性も混じったファンたちが、手に手にペンライトを振りながら声援を送っていた。
ただうるさいだけの演奏が終わり、拍手喝采が起こる。
「みんなぁ、いつも応援、ありがとー!」
中央の金髪ピアスがマイクを握ると、また歓声が沸き起こった。
隣で本織も叫んでいた。
「りっくーん!」
りっくん、はリーダーのようだ。
彼はニヤついた顔で、紙を取り出した。
「では、恒例の発表。・・・・・・今月一番ボクのチェキを買ってくれたのは・・・・・・アキナ!」
「やったー!」
本織が叫び、周囲の女子たちが目に見えて落胆する。
アキナ、てのは本織のことなんだろう。めちゃ喜んでる。
他にも、メンバー別に最も「買ってくれた」ファンの名前を呼び、そのたびにあちこちで歓声が上がった。
「では、さっき名前を呼ばせてもらったみんなには、あとでメンバーとふたりっきりの撮影が許されるよ!特別なハグつき握手会と、メンバーのオリジナル写真も。トップの子には特別に、個人的なLIMEアドレスの交換もね!」
どっ、とまた歓声が上がった。
これを手に入れるために、彼女たち(一部彼氏たち)は毎月、売り上げを競う。
全く馬鹿な話だ、と思った。だけど、どこかで見た光景でもある。CDに握手券を入れるのと、やってることは何ら変わらない。
「みんな、僕たちはここから、日本を代表するミュージシャンになるって誓うよ!いつかみんなに恩返しできる日がくるから、それまで応援、どうぞよろしくね!ここにいるみんなが頼りだよ!」
どうっ。
最大の歓声と拍手に見送られて、5人がステージを後にした。
隣で声を枯らしていた本織は、まだ興奮冷めやらない、という顔をしていた。
「やった、からすまくん、ついにやったよ!りっくんのチェキ、ついに1位だよ!」
「良かったな」
ここまでは、彼女が「見たかった夢」だ。
さあ、次は「現実」を見に行こう。
俺は本織の手を引いて、ライブ会場を出た。
誰もいない廊下を歩く。
「どこへ行くの?からすまくん」
「真実を見に行くのさ」
俺は、ひとつの部屋の前で立ち止まった。
「ピュア・ハートビート様 控室」とある。
細く扉が開いていた。その隙間から、中の声が漏れ出していた。
「全く、馬鹿な連中だぜ」
「だな」
笑いが起こる。
さっきマイクを握っていた、「りっくん」の声だ。
「あいつら、こんな1枚十数円のチェキなんかに2000円も費やして、ばっかじゃねーの?」
「言えてる。脳みそ入ってないよな」
また笑い。
隣で、本織が息を呑む。
「まあでも、そのおバカで頭の足りない連中がいるからこそ、俺たちこうやって活動してられるっしょ?」
「だよな。あーあ、こんなちっさいハコじゃなくて、もっとでっけえところでライブがしたいぜ」
「メジャーデビュー、決まらないかなあ」
「決まったら、ソッコーでこんなとこオサラバだぜ。あのブタ女どもとも、早くオサラバできねえかなー」
「だよな。揃いも揃ってブタ小屋みたいにブッサイクばっかり集いやがって、ちょっとはマシな女も来いっての」
ひゃはは、と下卑た笑い。
そういえばさ、と誰かが言う。
「先週の女、あれどうなった?リック」
「え?ああ、あいつ。最後のカラオケまでノコノコついてきたから、あとでボッサいラブホ連れ込んで楽しんでやったぜ。ユーゾーとふたりでな」
「おおう、3Pかよ。うらやましー」
「へへ。写真見るか?これ」
「お、おお、バックとフェラかよ。すげえ」
「あとでアナルも味わってやったぜ。そしたらすげえ痛がりやがって、泣き叫んでやんの。マジウケたわ」
「なんだよおまえらだけ、アナルなら今度俺も呼べよ」
「やだよ、おまえ5人で中学生マワした時、処女奪いやがっただろ?俺もあの子の処女膜、欲しかったのになー」
「あーあ、いい女とやりてぇ。最っ高の女にシャブ射って、キメセクしてぇぜ」
「最近ヤク高いよな。質も悪いし」
「だよな。もっとチェキ売れねえかなー」
得体のしれない、煙の匂いがした。
タバコとはまた違う、嫌な匂い。
「そうだ、リック」
「ん?」
「今月お前のチェキ一番買った女、何だっけ?」
「ああ。えーと、アキナ、かな」
「そうそう、アキナ、あの女、風俗嬢らしいぜ?」
さっきよりも深く、息を呑む声。
「マジ?タダでやらせてくんねえかなー」
「ちらっと見たけど、あいつJKだよな。まあまあいい女だったぜ。今度呼び出して一緒にマワさね?」
「おう、いいな」
「オイまじかよ、オレっちも呼べよ」
「じゃあ5人でヤるか。順番はじゃんけんなー」
「5人で?鬼畜だなあ」
「だって風俗嬢っしょ?んなもん、毎日オヤジのチンポをよろこんでくわえてんだろ?5人でも10人でも一緒っしょ」
「汚ったねえよなあ。風俗嬢なんて、マジ生きてる意味ある?社会の最底辺だよな」
「口の中とか、チンカスとザーメンの臭いしそうだぜ」
「あはは。オヤジのチンカスの匂いとか、嗅いじゃったらマジ死ぬわー」
がたん。
本織が、おしりから床に崩折れた。
「何だ?今の音。見てこいよ」
ギイ。
扉が開いた。
ニヤリ、と男が唇の端を歪めた。
がこっ!
ブーツが腹に突き刺さり、俺は苦悶の表情で床をのたうち回った。
「覗き見とは、いけない子たちだねー」
「それ言うなら、覗き聞きじゃね?」
「盗み聞きだろ」
「どっちでもいいよ。こいつ、マジ弱いなー」
ガスッ。
頭を蹴られた。
派手に鼻血が噴出する。
「やめて!からすまくんに、ひどいことしないで!」
本織の叫ぶ声。
彼女は椅子に座らされ、俺が5人から交代で暴行を受ける光景を見せられていた。
りっくん、と呼ばれたリーダーが、タバコの火を俺に押し付けた。
じゅうう、と嫌な音がして、俺が絶叫する。
「ぎゃははは!こいつ、涙流してやんの!ウケるわー」
「灰皿にちょうどいいよね」
「お前なんなん?アキナちゃんの。ひょっとして彼氏?」
うう。
うめき声しか出ない。
口の中で、数本歯が折れていた。
最初の頃、何度もテーブルの端にぶつけられたせいだ。
「やめて!りっくん、どうかやめて!からすまくんに、そんなこと」
「からすまくん、アキナちゃんがこう言ってくれてるけど、どう?」
「うう、う」
「ほら、もっと遊びたいって言ってるよ。俺たちと。・・・・・・そうだ、君、風俗嬢なんだって?」
「・・・・・・」
5人の視線が、本織へと注がれた。
下品さをむき出しにした視線。
本織が腕で身体をかばう。
「どうかな、彼氏の前で、順番にってのは」
「いいね。賛成」
「アキナちゃん、チェキ買ってくれてありがとう。お礼にハメてあげるね。5人で」
ぎゃはははは。
りっくんはじー、とジッパーを下ろした。
萎びたモノがたらん、と垂れ下がっていた。
「さあ、まずは口でしてくれよ」
「・・・・・・嫌」
「はあ?聞こえないなあ」
「・・・・・・そんなの、いや」
「はあ?・・・・・・下品な風俗嬢のくせしやがって、お前に他になんの価値があんの?とっととしゃぶれよ!」
ずい、と本織の眼前に、それが突き出された。
「・・・・・・嫌い」
「は?」
「嫌い、きらい、きらい、りっくんも、ユーゾーも、全員、ぜんぶ、嫌い、嫌い!大嫌い!」
本織が叫ぶ。
その髪を、りっくんがキツくつかみ上げた。
「い、痛っ!」
「ああん?お前、立場分かってんの?ここ、男5人よ?君の彼氏は床でおねんね、ちゃんと理解できてる?できてないか、あたまソープだし」
「は、離してっ!た、たすけて、からすまくん、助けて!」
「・・・・・・おう」
「は?」
ごき。
りっくんの身体は斜め45度の角度で飛び、頭が天井に突き刺さった。
首から下だけがぴくぴく、と痙攣している。
「て、てめ」
「んのやろ!」
バキッ。ガスッ。ドカッ。
今回は、ストリートバスターターボくらいをイメージしてみました。
なかなか、いいコンボって決まりにくいよね。
「か、からすま、くん、大丈夫、なの?」
「んなわけねーだろ。・・・・・・まあ、ひどい目にはあったな」
夢だと分かっていても、結構痛かったぜ。
もう次はごめんだな。こういうやられ役は。
床にノビている奴らを放っておいて、俺たちは外へ出た。
ちょうど夜明けだった。徐々に上がってくる朝陽が眩しい。
「・・・・・・あんな人たちに、わたし、熱中してたのかな」
「さあな」
「なんだか、少し、ううん、すっかり夢から醒めちゃった。・・・・・・あんなふうに言われるって、つらいね」
「だな」
風俗嬢に対する評価。
あれは、俺の。それとも彼女自身の。
自分を汚れた存在と思って、それでも金を得るために必死だったんだろうか。
「・・・・・・キレイに、なれるかな」
「なれるさ」
「もう、汚れちゃってるのに?」
「洗濯して消毒して、あとはおひさまによーく干せばいい。それだけだろ」
「そっか。からすまくんが言うなら、そうなんだよね」
妙に納得した顔。
眩しい朝陽に手をかざして、本織は微笑んだ。
「ね、からすまくん」
「ん?」
「わたしね、からすまくんが好きなの」
「・・・・・・は?」
「好き、なの。知らなかった、でしょ?」
「ああ」
これは、彼女の本心なんだろうか。
それとも、助けてもらったことで、そういう気持ちが生まれたのか。
「ずっと、好きだよ。中学の頃から」
「・・・・・・」
「知らなかったでしょ?からすまくん、わたしと同じ中学だったこと」
「うん」
「あの頃から、ずっと好き。だから乗宮さんとのこと聞いた時、ショックだった。もう目の前真っ暗、みたいな」
「・・・・・・」
「そして、風俗とかパパ活とか、こんなのもからすまくんに知られちゃって、もうだめかなって」
「・・・・・・」
「だから、だからね、本当はしたかったんだよ。あの時。ラブホの時」
「・・・・・・」
「あれ、ラブホの時って、えーと・・・・・・あれ、これ、もしかして、夢____」
ぢりりりりりりん。
大きなベルの音がした。
ぱちり。
目を覚ますと、ラブホの天井の大きな鏡が見えた。
本織と手を繋いで、ベッドに転がっていた。
ぢりりりりりりん。
ベッドサイドの電話機が鳴っていた。
俺は受話器を取った。
「・・・・・・はい」
「フロントです。もうすぐお時間です。延長、されますか?」
「・・・・・・いえ」
「超過なしですね。料金は受け取っておりますので、キーはフロントのボックスへお返し下さい。またのご利用をお待ちしております」
いや、もう利用しないと思うけど。
受話器を置いた。
「・・・・・・さっきの、夢?」
「ああ」
「・・・・・・ものすごく、本物っぽかったけど・・・・・・」
「出ようぜ、本織」
俺は服を着た。
彼女も制服を身に着けた。その仕草だけで、ごはん2杯はいけそうだった。
外に出ると、もう夜だった。
俺と本織は、駅に向かって歩いた。
「・・・・・・からすまくん、さっきの」
「ああ」
「あれはただの夢、なんだよね?りっくんたち、あんなこと、しないよね?」
「さあな」
どこまでが俺の「想像かつ創造」なのか、あるいは本織が心の底で思っていることなのか。
俺はバンドの名前もメンバーも知らない。だから、俺だけが悪意を持って作り出した光景じゃない。
まあ、本物はあそこまで鬼畜じゃない、と信じたい。
「まだお布施、続けるのか?」
「・・・・・・分かんない。明日になったらまた、りっくん推しに戻ってるかもしれないし」
「もうやめろよ、本織。俺、そんなお前見てて嬉しくないからさ」
「うん。・・・・・・あ」
本織が、急に立ち止まった。
顔が赤い。どうしたんだ?
「あ、あ、あの、からすま、くん」
「ん?」
「そ、その、ちゅうがくの、ころ、とか」
「え?ああ、同じ中学だったよな。忘れてたぜ」
「あ、お、覚えてるの?その、好き、とか、言ったの」
「覚えてる」
「わ、忘れて!ぜんぶ!」
そう言うと、本織は脱兎のごとく駅へと駆け出していった。
俺は置いてきぼりになり、ぽかーんとしていた。
何だ、今の。
夢の中で好き、とか言うくらい、別にいいだろうに。
俺はまたひとりでトボトボと、駅へ向かって歩いた。
週末の駅前は、あちこちで光が瞬き、走り去る自動車と電車の音、ティッシュ配りの声が飛び交っていた。
この時、俺はまだ気づいていなかった。
俺と本織がラブホから出てくるのを、じっと見ていた視線に。
「どうして?わたしがこういうことしてて、からすまくんに関係がありますか?」
関係は、ない。
一発ハメてしまえば、きっとこれからも本織は推しを応援できるし、俺も気持ちよくなれる。Win-Winだ。
だけど。
「関係は、ないな」
「じゃあ____」
「だけど、嫌だ」
さっきおっさんが本織の肩を抱き、嬉しそうにラブホへ連れ込んでいるのを見た時、違うと思った。
青臭い言い方かもしれないが、やっぱりそういう行為は、好きな人とするべきだ。
女子高生が、金のためにおっさんに身体を売るのは、間違ってる。
いや、違うな。
俺はただ、惜しかったのかもしれない。
別に好きでもないけど、本織はクラスメイトであり、言うなれば俺たちクラスの男子たちの所有物だ。どうせ股を開くなら、俺らに開けよ。
俺は彼女に、イヤホンを差し出した。
スマホに録音された、古文の授業、という名の睡眠兵器。
あっけなく、彼女はラブホのベッドで眠りに落ちた。
ちょっとイタズラしちゃいたい、あるいはパンツ姿をスマホに収めたい、などという欲求に抗い、俺もイヤホンを耳に押し込む。
そこは、大音響が鳴り響くライブ会場だった。
武道館など到底及ばない、教室よりも狭い小部屋。
そのステージの上で、5人組の男たちがマイクを握り、ギターをかき鳴らし、ドラムを叩いていた。
バンド名、「ピュア・ハートビート」。
熱狂的なファンたち、ほとんどすべて女性であり、ごく一部の男性も混じったファンたちが、手に手にペンライトを振りながら声援を送っていた。
ただうるさいだけの演奏が終わり、拍手喝采が起こる。
「みんなぁ、いつも応援、ありがとー!」
中央の金髪ピアスがマイクを握ると、また歓声が沸き起こった。
隣で本織も叫んでいた。
「りっくーん!」
りっくん、はリーダーのようだ。
彼はニヤついた顔で、紙を取り出した。
「では、恒例の発表。・・・・・・今月一番ボクのチェキを買ってくれたのは・・・・・・アキナ!」
「やったー!」
本織が叫び、周囲の女子たちが目に見えて落胆する。
アキナ、てのは本織のことなんだろう。めちゃ喜んでる。
他にも、メンバー別に最も「買ってくれた」ファンの名前を呼び、そのたびにあちこちで歓声が上がった。
「では、さっき名前を呼ばせてもらったみんなには、あとでメンバーとふたりっきりの撮影が許されるよ!特別なハグつき握手会と、メンバーのオリジナル写真も。トップの子には特別に、個人的なLIMEアドレスの交換もね!」
どっ、とまた歓声が上がった。
これを手に入れるために、彼女たち(一部彼氏たち)は毎月、売り上げを競う。
全く馬鹿な話だ、と思った。だけど、どこかで見た光景でもある。CDに握手券を入れるのと、やってることは何ら変わらない。
「みんな、僕たちはここから、日本を代表するミュージシャンになるって誓うよ!いつかみんなに恩返しできる日がくるから、それまで応援、どうぞよろしくね!ここにいるみんなが頼りだよ!」
どうっ。
最大の歓声と拍手に見送られて、5人がステージを後にした。
隣で声を枯らしていた本織は、まだ興奮冷めやらない、という顔をしていた。
「やった、からすまくん、ついにやったよ!りっくんのチェキ、ついに1位だよ!」
「良かったな」
ここまでは、彼女が「見たかった夢」だ。
さあ、次は「現実」を見に行こう。
俺は本織の手を引いて、ライブ会場を出た。
誰もいない廊下を歩く。
「どこへ行くの?からすまくん」
「真実を見に行くのさ」
俺は、ひとつの部屋の前で立ち止まった。
「ピュア・ハートビート様 控室」とある。
細く扉が開いていた。その隙間から、中の声が漏れ出していた。
「全く、馬鹿な連中だぜ」
「だな」
笑いが起こる。
さっきマイクを握っていた、「りっくん」の声だ。
「あいつら、こんな1枚十数円のチェキなんかに2000円も費やして、ばっかじゃねーの?」
「言えてる。脳みそ入ってないよな」
また笑い。
隣で、本織が息を呑む。
「まあでも、そのおバカで頭の足りない連中がいるからこそ、俺たちこうやって活動してられるっしょ?」
「だよな。あーあ、こんなちっさいハコじゃなくて、もっとでっけえところでライブがしたいぜ」
「メジャーデビュー、決まらないかなあ」
「決まったら、ソッコーでこんなとこオサラバだぜ。あのブタ女どもとも、早くオサラバできねえかなー」
「だよな。揃いも揃ってブタ小屋みたいにブッサイクばっかり集いやがって、ちょっとはマシな女も来いっての」
ひゃはは、と下卑た笑い。
そういえばさ、と誰かが言う。
「先週の女、あれどうなった?リック」
「え?ああ、あいつ。最後のカラオケまでノコノコついてきたから、あとでボッサいラブホ連れ込んで楽しんでやったぜ。ユーゾーとふたりでな」
「おおう、3Pかよ。うらやましー」
「へへ。写真見るか?これ」
「お、おお、バックとフェラかよ。すげえ」
「あとでアナルも味わってやったぜ。そしたらすげえ痛がりやがって、泣き叫んでやんの。マジウケたわ」
「なんだよおまえらだけ、アナルなら今度俺も呼べよ」
「やだよ、おまえ5人で中学生マワした時、処女奪いやがっただろ?俺もあの子の処女膜、欲しかったのになー」
「あーあ、いい女とやりてぇ。最っ高の女にシャブ射って、キメセクしてぇぜ」
「最近ヤク高いよな。質も悪いし」
「だよな。もっとチェキ売れねえかなー」
得体のしれない、煙の匂いがした。
タバコとはまた違う、嫌な匂い。
「そうだ、リック」
「ん?」
「今月お前のチェキ一番買った女、何だっけ?」
「ああ。えーと、アキナ、かな」
「そうそう、アキナ、あの女、風俗嬢らしいぜ?」
さっきよりも深く、息を呑む声。
「マジ?タダでやらせてくんねえかなー」
「ちらっと見たけど、あいつJKだよな。まあまあいい女だったぜ。今度呼び出して一緒にマワさね?」
「おう、いいな」
「オイまじかよ、オレっちも呼べよ」
「じゃあ5人でヤるか。順番はじゃんけんなー」
「5人で?鬼畜だなあ」
「だって風俗嬢っしょ?んなもん、毎日オヤジのチンポをよろこんでくわえてんだろ?5人でも10人でも一緒っしょ」
「汚ったねえよなあ。風俗嬢なんて、マジ生きてる意味ある?社会の最底辺だよな」
「口の中とか、チンカスとザーメンの臭いしそうだぜ」
「あはは。オヤジのチンカスの匂いとか、嗅いじゃったらマジ死ぬわー」
がたん。
本織が、おしりから床に崩折れた。
「何だ?今の音。見てこいよ」
ギイ。
扉が開いた。
ニヤリ、と男が唇の端を歪めた。
がこっ!
ブーツが腹に突き刺さり、俺は苦悶の表情で床をのたうち回った。
「覗き見とは、いけない子たちだねー」
「それ言うなら、覗き聞きじゃね?」
「盗み聞きだろ」
「どっちでもいいよ。こいつ、マジ弱いなー」
ガスッ。
頭を蹴られた。
派手に鼻血が噴出する。
「やめて!からすまくんに、ひどいことしないで!」
本織の叫ぶ声。
彼女は椅子に座らされ、俺が5人から交代で暴行を受ける光景を見せられていた。
りっくん、と呼ばれたリーダーが、タバコの火を俺に押し付けた。
じゅうう、と嫌な音がして、俺が絶叫する。
「ぎゃははは!こいつ、涙流してやんの!ウケるわー」
「灰皿にちょうどいいよね」
「お前なんなん?アキナちゃんの。ひょっとして彼氏?」
うう。
うめき声しか出ない。
口の中で、数本歯が折れていた。
最初の頃、何度もテーブルの端にぶつけられたせいだ。
「やめて!りっくん、どうかやめて!からすまくんに、そんなこと」
「からすまくん、アキナちゃんがこう言ってくれてるけど、どう?」
「うう、う」
「ほら、もっと遊びたいって言ってるよ。俺たちと。・・・・・・そうだ、君、風俗嬢なんだって?」
「・・・・・・」
5人の視線が、本織へと注がれた。
下品さをむき出しにした視線。
本織が腕で身体をかばう。
「どうかな、彼氏の前で、順番にってのは」
「いいね。賛成」
「アキナちゃん、チェキ買ってくれてありがとう。お礼にハメてあげるね。5人で」
ぎゃはははは。
りっくんはじー、とジッパーを下ろした。
萎びたモノがたらん、と垂れ下がっていた。
「さあ、まずは口でしてくれよ」
「・・・・・・嫌」
「はあ?聞こえないなあ」
「・・・・・・そんなの、いや」
「はあ?・・・・・・下品な風俗嬢のくせしやがって、お前に他になんの価値があんの?とっととしゃぶれよ!」
ずい、と本織の眼前に、それが突き出された。
「・・・・・・嫌い」
「は?」
「嫌い、きらい、きらい、りっくんも、ユーゾーも、全員、ぜんぶ、嫌い、嫌い!大嫌い!」
本織が叫ぶ。
その髪を、りっくんがキツくつかみ上げた。
「い、痛っ!」
「ああん?お前、立場分かってんの?ここ、男5人よ?君の彼氏は床でおねんね、ちゃんと理解できてる?できてないか、あたまソープだし」
「は、離してっ!た、たすけて、からすまくん、助けて!」
「・・・・・・おう」
「は?」
ごき。
りっくんの身体は斜め45度の角度で飛び、頭が天井に突き刺さった。
首から下だけがぴくぴく、と痙攣している。
「て、てめ」
「んのやろ!」
バキッ。ガスッ。ドカッ。
今回は、ストリートバスターターボくらいをイメージしてみました。
なかなか、いいコンボって決まりにくいよね。
「か、からすま、くん、大丈夫、なの?」
「んなわけねーだろ。・・・・・・まあ、ひどい目にはあったな」
夢だと分かっていても、結構痛かったぜ。
もう次はごめんだな。こういうやられ役は。
床にノビている奴らを放っておいて、俺たちは外へ出た。
ちょうど夜明けだった。徐々に上がってくる朝陽が眩しい。
「・・・・・・あんな人たちに、わたし、熱中してたのかな」
「さあな」
「なんだか、少し、ううん、すっかり夢から醒めちゃった。・・・・・・あんなふうに言われるって、つらいね」
「だな」
風俗嬢に対する評価。
あれは、俺の。それとも彼女自身の。
自分を汚れた存在と思って、それでも金を得るために必死だったんだろうか。
「・・・・・・キレイに、なれるかな」
「なれるさ」
「もう、汚れちゃってるのに?」
「洗濯して消毒して、あとはおひさまによーく干せばいい。それだけだろ」
「そっか。からすまくんが言うなら、そうなんだよね」
妙に納得した顔。
眩しい朝陽に手をかざして、本織は微笑んだ。
「ね、からすまくん」
「ん?」
「わたしね、からすまくんが好きなの」
「・・・・・・は?」
「好き、なの。知らなかった、でしょ?」
「ああ」
これは、彼女の本心なんだろうか。
それとも、助けてもらったことで、そういう気持ちが生まれたのか。
「ずっと、好きだよ。中学の頃から」
「・・・・・・」
「知らなかったでしょ?からすまくん、わたしと同じ中学だったこと」
「うん」
「あの頃から、ずっと好き。だから乗宮さんとのこと聞いた時、ショックだった。もう目の前真っ暗、みたいな」
「・・・・・・」
「そして、風俗とかパパ活とか、こんなのもからすまくんに知られちゃって、もうだめかなって」
「・・・・・・」
「だから、だからね、本当はしたかったんだよ。あの時。ラブホの時」
「・・・・・・」
「あれ、ラブホの時って、えーと・・・・・・あれ、これ、もしかして、夢____」
ぢりりりりりりん。
大きなベルの音がした。
ぱちり。
目を覚ますと、ラブホの天井の大きな鏡が見えた。
本織と手を繋いで、ベッドに転がっていた。
ぢりりりりりりん。
ベッドサイドの電話機が鳴っていた。
俺は受話器を取った。
「・・・・・・はい」
「フロントです。もうすぐお時間です。延長、されますか?」
「・・・・・・いえ」
「超過なしですね。料金は受け取っておりますので、キーはフロントのボックスへお返し下さい。またのご利用をお待ちしております」
いや、もう利用しないと思うけど。
受話器を置いた。
「・・・・・・さっきの、夢?」
「ああ」
「・・・・・・ものすごく、本物っぽかったけど・・・・・・」
「出ようぜ、本織」
俺は服を着た。
彼女も制服を身に着けた。その仕草だけで、ごはん2杯はいけそうだった。
外に出ると、もう夜だった。
俺と本織は、駅に向かって歩いた。
「・・・・・・からすまくん、さっきの」
「ああ」
「あれはただの夢、なんだよね?りっくんたち、あんなこと、しないよね?」
「さあな」
どこまでが俺の「想像かつ創造」なのか、あるいは本織が心の底で思っていることなのか。
俺はバンドの名前もメンバーも知らない。だから、俺だけが悪意を持って作り出した光景じゃない。
まあ、本物はあそこまで鬼畜じゃない、と信じたい。
「まだお布施、続けるのか?」
「・・・・・・分かんない。明日になったらまた、りっくん推しに戻ってるかもしれないし」
「もうやめろよ、本織。俺、そんなお前見てて嬉しくないからさ」
「うん。・・・・・・あ」
本織が、急に立ち止まった。
顔が赤い。どうしたんだ?
「あ、あ、あの、からすま、くん」
「ん?」
「そ、その、ちゅうがくの、ころ、とか」
「え?ああ、同じ中学だったよな。忘れてたぜ」
「あ、お、覚えてるの?その、好き、とか、言ったの」
「覚えてる」
「わ、忘れて!ぜんぶ!」
そう言うと、本織は脱兎のごとく駅へと駆け出していった。
俺は置いてきぼりになり、ぽかーんとしていた。
何だ、今の。
夢の中で好き、とか言うくらい、別にいいだろうに。
俺はまたひとりでトボトボと、駅へ向かって歩いた。
週末の駅前は、あちこちで光が瞬き、走り去る自動車と電車の音、ティッシュ配りの声が飛び交っていた。
この時、俺はまだ気づいていなかった。
俺と本織がラブホから出てくるのを、じっと見ていた視線に。
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キムラエス
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
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