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12 乗宮あこ2-1
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12 乗宮あこ2
「センパイ!つ、付き合って下さい!」
突然、大音量で真近で叫ばれ、俺は呆然とした。
目の前に後輩の女の子がいた。一年の、名前は忘れたけど可愛いって評判の子。
ぴょこん、とひとふさ括った髪留めが可愛らしい。
「あー、悪いけど、俺、彼女いるから」
え?
あ。
ああ。
またこいつか。
俺は隣で申し訳なさそうに頭を掻く、親友にして部活の仲間、そしてライバルであり森下を想う全世界の男たちの敵である時生充の顔を睨んだ。
どうして、こいつばっかり。
「そう、ですか・・・・・・どうしても、だめ、ですか?」
涙目。
大きくて可愛らしい瞳に、もう溢れそうなほど水分がたまっていた。
「・・・・・・悪いけど」
「そう、ですか・・・・・・」
ぽた。
ぽたぽたぽた。
溢れ出した涙が、地面にシミを作った。
「えぐっ・・・・・・ううっ・・・・・・」
「いくぞ、さとや」
「お、おう」
泣いている下級生を放置して、みつるは改札へと向かった。
「いいのかよ」
「俺がどうこうできるわけじゃないし」
「そうだけど」
「あの子が泣き止めば、次はこはるが泣くことになる。俺はそんなの見たくない」
「そりゃそうだ」
森下小春。
みつるの彼女だ。
俺も森下の笑顔が好きだし、泣く姿なんて見たくない。
「冷たいな、みつる」
「そうでもない。・・・・・・俺だって、フラレたことくらいあるさ」
「へえ」
ホームに上がると、乗宮がいた。
なにか言いたげな顔で、俺たちと、ホームから見える、まだ泣き続けている下級生女子を交互に眺めていた。
「よ」
「よ」
みつるが手を挙げると、乗宮も返事をした。
彼女が下級生を指差す。
「いいのか、あの子」
「見てたのか」
「聞こえてはなかったけど、告白されてフッたんだろ」
「まあな」
みつると乗宮は、確か同じ中学だ。
その頃から同じバスケ部だったらしい。
また乗宮は、改札の向こうを見やった。
「可哀想に。フラれるってつらいよな」
「お前がそれを言うかよ」
電車が入ってきて、俺たち3人は乗り込んだ。
長椅子へ3人で座る。
俺は、さっきの会話に違和感を感じた。
「お前が言うかよって、どういう意味だ?」
「まあ、言葉通りさ。・・・・・・さっき言っただろ、俺だってフラレたことあるって」
「中学の時か?」
「そ。乗宮に、な」
いつも通り爽やかに、しかし少し自嘲するような声色で、みつるはそう言った。
え。
「・・・・・・そうなのか?」
「ああ」
「む、昔のこと、だろ」
微笑むみつるとは裏腹に、なぜかフッたはずの乗宮の方が、赤い顔をしていた。
え、でも確かこいつ、みつるのことを。
あー、そういうことか。
中学の頃はそうでもなかったけど、高校になって改めてカッコよさに気づいて、あとで後悔してるパターン。
バカだなあ。みつるをフるなんて。
「おまえら、今からでもつきあ」
「言っただろ、俺はこはるが好きだ。・・・・・・じゃあな、また明日」
「おう」
みつるが降りる駅は、俺と乗宮の駅の一つ前だ。
奴は右手をひらひらさせて降りていった。
隣の駅で降りるまで、乗宮と何も話さなかった。
改札を出て、右に向かった。乗宮はここを左に曲がって去っていく。
「・・・・・・あのさ、カラスマ」
「ん」
乗宮が、ミスドを指差していた。
俺はため息をついた。
「俺とデートしてもしょうがないだろ」
「バーカ。デートとかじゃないって」
はあ。
ここに少しでも、照れ隠し成分とかが混じってたらなあ。
しばらく、どうでもいい話をした。
部活のこと、学校のこと、クラスのこと。
「そういえばさ、聞いたよカラスマ」
「何が」
「何と、あの雨屋と遊園地にいたって話。デートしてたんだろ?」
はあ。
あれか。
誰が見てたんだか。
「ちょっと困り事の相談に乗ってただけだ。デートじゃない」
「またまたぁ」
「あれがデートなら、今まさにデート中だな」
「う、それは」
言い淀む乗宮。
ちょっと可愛い。ちょっとだけど。
乗宮あこ、バスケ部2年生にしてエース。
身長178センチは俺と同じだが、女子の中では長身であり、かなり目立つ。
無論、顔とかスタイルとかもある。俺みたく凡百の顔では目立たない。
「みつるをフったって、ホントかよ」
「・・・・・・うん」
「もったいねぇ」
「分かってるよ!・・・・・・あの時は、誰とも付き合う気なんてなかったから」
「どうして今はいいんだ」
「・・・・・・お母さん、亡くなった直後だったから」
うぐ。
ポンデリングが喉に詰まりかけた。
「・・・・・・みつる、は、そのこと」
「もちろん知ってたよ。しばらく学校、休んでたし」
ちゅー。
乗宮の口の中に、アイスティーが吸い込まれていく。
「も、喪中ってやつだな」
「違う。文字通り休んでた。学校も部活も、やる気でなくて。もうぜんぶ、辞めようと思ってさ」
「・・・・・・」
そんなことが、あったのか。
いつも明るく元気な今の乗宮からは、想像もできなかった。
どうして、そんな最悪のタイミングで、みつるは。
いや、違う。
あいつは、もしかして。
「・・・・・・みつる、あいつ、乗宮を元気づけようとしたんじゃないかな」
「あとあとそう思った。学校行く気がしなくて、もう部活も辞めるって話、顧問ともしてて。それを話したあとだったし。・・・・・・でも、その時は頷くことなんてできなかった。何無神経なこと言ってんだよって」
「なんて返事したんだ」
「何言ってんだ馬鹿野郎、お前のことなんてなんとも思ってねーよ、みたいなこと」
「はあ・・・・・・」
キツい言葉だ。
そう言われたときのみつるの顔が、なんとなく思い浮かぶ。
きっと微笑みながら、悲しいけど、でも少しでも気丈さを取り戻した乗宮を見て、あいつは嬉しかったはず。
「・・・・・・いつから好きだったんだ?みつるのこと」
「ん、まあ、中2くらい、お母さんのことがある少し前くらい。お互いにバスケ部で、エースだとかお似合いだとか周りにからかわれてさ。なんだかんだ、目があったりして」
「ほう」
「別に、ふたりでどうってこともなかったけどさ。あ、一回デートした。わたしのセンパイの誕プレ買いに行く、って名目で」
「ほうほう」
「隣町まで出て、駅前のビルとか歩いて、ショッピングモールまでバスで行って、乗り遅れそうになってダッシュとかして、どっちが足速いかとか、好きなバスケ選手の話とか、お互いフォワードだしカットインとミドルシュート、どっちが好きか、とか」
「・・・・・・」
「時生のやつ、モールの喫茶店で変な注文してさ。あいつ、炭酸飲めないのにコーラとか頼んじゃって。なんでだって聞いたら、緊張しただの何だのって、カノジョもいたくせに」
「いたのにデートしたのか?」
「デートっつー感じでもなかったんだ。ただ、買い物に付き合ってくれ、って頼んだだけで、まあ買い物だけならいいよなって」
なんだよこいつら。
超仲良しじゃねーかよ。ノロケやがって。
みつる、好きだったんだろうなあ。乗宮のこと。
カノジョがいても、好きな女子にデートじゃないデートに誘ってもらって、有頂天になって頭の中飛んで、飲めないコーラなんか頼んでしまうくらいに。
そんなみつるが、母親のことで落ち込んで、学校も部活も辞めるって乗宮のことを聞いて。
そのタイミングでできたことは、思い切って告白するくらいしかなかったのだろう。好きだ、という正直な気持ちを伝えるしか。
「告白された時、あいつ、カノジョは」
「いた。いたから余計に腹立った。ふざけんな、カノジョいるくせにって。そしたら」
「そしたら?」
「さっき別れてきたからって」
からん、と俺のコップの氷が溶けた。
ガラスの外を覆う水滴が、つう、と流れてテーブルの上を濡らした。
あいつ。
生半可な気持ちで告ったんじゃないんだ。
ちゃんとケジメをつけてから。すげーな。とても真似できん。
「・・・・・・それからは?」
「それからって?」
「それからまた、告白は?」
「されてない。・・・・・・部活に戻って、みんなに迎えてもらって、その後も数回は時生と話をしたりしたけど、結局、そういう話は一度も」
「もしまた告白されたら、とか考えなかったのか?」
「ん、まあ。・・・・・・でもあいつ、その後すぐにまた別のカノジョと付き合ってたし」
はあ。
ダメだこいつら。タイミングが合わなさすぎ。
この様子じゃ、乗宮は2回目の告白を期待してたんだろう。
だけど、みつるはそこまで待てなかった。あるいは、心が折れた。
そこで、誰かに告白されたりして救われたんだろう。乗宮にフラれた心の傷を癒やしてくれる、誰かに。
高校入学時には誰ともつきあってなかったはずだから、中学卒業とともに別れたんだろうか。
「・・・・・・つーかさ、カラスマ」
「何だ」
「さっきからずっと、わたしが時生のこと好きだって前提で話が進んでるけどさ」
「好きだろ」
「なんでおまえ、そんなこと断定してんだよ。んなこと、ひとことも言ってないし」
「言ってただろーが。あの時、好きだって北高との試合のあとに_____」
あ。
あれは。
夢の中、だ。
乗宮はじと、と俺の顔を見つめた。
「・・・・・・カラスマ、変なこと聞くけど」
「お、おう」
「こないだ、帰り道、電車の中で、さ」
「おう」
「ちょっと変な夢を見てさ。いや、夢だからいいんだけど、妙にリアルな夢でさ」
「おう」
なんで睨むんですか。怖いですよ乗宮さん。
「そこで、わたし、カラスマに・・・・・・・いや、なんでもない」
乗宮はまたアイスティーに口をつけた。
なんて言えばいいんだ。
お前の四つん這いバック、最高だったぜ、とか。
いやいや、こいつのことだから、ガチで掴みかかってくるぞ。
「・・・・・・ん、まあ、俺は他人の気持ちが分かるんだ。ちょっとだけ」
誤魔化して水を飲む。
あー、ポンデリング、もう1個食いてえ。
乗宮は納得してない表情で、まだ俺の顔を睨んでいた。
「ふーん。・・・・・・なら、うちのクラスの中でお前のこと好きな女子の名前、当ててみ?」
「え?いるの?そんなやつ」
「ほーら嘘だ。てきとーなこと言ってんじゃねえよ」
「誰だよ、気になるだろ」
「正解は誰もいません。はい終了」
がく。そういうオチかよ。
まあそうだろうな。分かってた。分かってたけど期待してしまった。
「・・・・・・ヒトの心の中、分かればいいのにな」
「そうだな。いやでも分かったら、他人を信じられなくなるかも」
「それな。浮気とかすぐにバレる」
「でも、気持ちを隠す必要がなくなったらさ、みんな正直にさ、本音で生きられる世の中になるかも。それはそれでさ、いい世の中だって、納得できるかもよ?」
そうだろうか。
芸能人の浮気ニュースもなくなり、みんなそんなもんだろ、とかなるだろうか。
乗宮はうーん、と大きく伸びをした。
胸、薄いな。知ってたけど。
「あー、どっかで大声で、本音だけで生きられる場所があればなあ。この胸のもやもやも、晴れるんだろうけど」
「そうだな」
俺だって、言いたいことはある。
でもぜんぶさらけ出してしまったら、その醜さにみんな呆れるんじゃないだろうか。
「乗宮」
「ん?」
「まだもう少し、時間あるか」
時計を見た。
18時40分、下校中であれば、もうそろそろ帰宅しなければならない時間だ。
「・・・・・・お父さん遅いから、ごはんひとりだし、別にいいけど」
「なら、眠ってくれ。ここで」
「は?ミスドで?眠れるわけないじゃん」
そりゃそうだ。
夕方、あたりの席はそこそこ埋まっている。
めちゃうるさい客はいないが、眠れるほど静かでもない。
俺は、無線のイヤホンを手渡した。
乗宮は、訝しげな表情で何だよこれ、と受け取る。
「眠りの魔法だ」
「はあ?・・・・・・まあ、いいけど」
彼女は、イヤホンを耳に刺した。
俺は再生ボタンを押す。
・・・・・・30秒後。
乗宮は完全に寝こけていた。
俺のスマホに録音されていたのは、月曜5限目の古文の授業、である。
先生、あんたすげえよ。マジで。
乗宮の隣席に移動すると、念のため2分ほど聴かせ続けた。
もはやぴくりとも動かなくなったのを確認し、イヤホンを外して自分の耳に刺した。乗宮の手を握る。
古文の教師の声。
次の瞬間、俺の意識は暗転化した。
ピーッ!
笛の音。
どっと歓声が沸き起こる。
よく夢に出てくる、いつもの学校の体育館だ。
ここは乗宮の夢の中、やはりバスケをしているようだ。
「チャージド・タイムアウト!」
審判の声が響く中、俺は体育館の中へ入った。
試合の最中だった。
(おわ、めっちゃ僅差だ)
女子バスケ部、北高との試合。
横断幕を見ると、どうやら県大会の決勝戦のようだ。
残り1分、4点差。北高がリードしていた。
「絶対に勝つ!みんな、もう少しだよ!がんばろう!」
「おー!」
女子の円陣の真ん中で声を張り上げているのは、やはり乗宮だった。
相手ボールで試合が再開、時間をかけてゆっくりと運ぶ。
だが、乗宮がつっかけた。猛ダッシュで相手のポイントガードへと迫る。
「あっ!」
パスカット。
そのまま稲妻のような疾さで、乗宮のランニングシュートが決まった。
「マンツー!前から!」
「おー!」
北高のお株を奪うような、前線からのオールコートディフェンス。
だが敵は常連校、易々と包囲を掻い潜り、素早いパス回しから最後はキャプテンの長身センターが押し込む。
再び4点差。これは厳しいか。
だが、ここで北高に痛恨のミス。
息の根を止めるべく仕掛けたプレスで、ドリブル中の乗宮を突き飛ばしてしまう。
これで5ファウルをもらい、選手がひとり退場。そして通算ファウル5回目で、乗宮がフリースローを得る。これをきっちり2本とも決め、残り2点差。
ラスト10秒。北高が必死にボールを運ぶ中、乗宮がマークを外して相手のガードへプレスを仕掛けた。
「ヘイ!」
乗宮のマークが外れた相手が声を出すが、信じられない跳躍力で乗宮が再びカット。
スリーポイントラインから、乗宮がシュートを放つ。
ビーーーーーーッ!
ブザーが鳴り響く直前、パスッと軽い音ともに、ボールがネットを揺らした。
「いやったああああ!」
「うわああああああ!」
乗宮が両手を上げてガッツポーズ。そこへ他の選手達が、次々と抱きついていく。
「すげーなあいつ」
隣に来ていたみつるが、乗宮を見つめながら言った。
「ああ。すげえ」
「かっこいいぜ、やっぱり」
このみつるは、本物じゃない。
乗宮の、あるいは俺の作り出した夢の中の存在だ。
だけど、きっと本物のみつるも、こんな感じのことを言うだろう。
もみくちゃにされた後、乗宮がやってきた。俺たちの方へ。
「やったな、乗宮」
「うん」
みつるに言われて、彼女は破顔した。
彼女は歓喜の表情で、瞳に溜まった涙を拭った。
「俺、お前が好きだ」
夢の中のみつるが言う。
「・・・・・・嬉しい。わたしも」
みつるが、そっとユニフォームの乗宮を抱きしめる。
いつの間にか、コートには誰もいなくなっていた。
いや、ひとりだけいた。背の高い、大人の女性。
髪はとても長かったが、それ以外は乗宮によく似ていた。
「・・・・・・お母さん?」
「センパイ!つ、付き合って下さい!」
突然、大音量で真近で叫ばれ、俺は呆然とした。
目の前に後輩の女の子がいた。一年の、名前は忘れたけど可愛いって評判の子。
ぴょこん、とひとふさ括った髪留めが可愛らしい。
「あー、悪いけど、俺、彼女いるから」
え?
あ。
ああ。
またこいつか。
俺は隣で申し訳なさそうに頭を掻く、親友にして部活の仲間、そしてライバルであり森下を想う全世界の男たちの敵である時生充の顔を睨んだ。
どうして、こいつばっかり。
「そう、ですか・・・・・・どうしても、だめ、ですか?」
涙目。
大きくて可愛らしい瞳に、もう溢れそうなほど水分がたまっていた。
「・・・・・・悪いけど」
「そう、ですか・・・・・・」
ぽた。
ぽたぽたぽた。
溢れ出した涙が、地面にシミを作った。
「えぐっ・・・・・・ううっ・・・・・・」
「いくぞ、さとや」
「お、おう」
泣いている下級生を放置して、みつるは改札へと向かった。
「いいのかよ」
「俺がどうこうできるわけじゃないし」
「そうだけど」
「あの子が泣き止めば、次はこはるが泣くことになる。俺はそんなの見たくない」
「そりゃそうだ」
森下小春。
みつるの彼女だ。
俺も森下の笑顔が好きだし、泣く姿なんて見たくない。
「冷たいな、みつる」
「そうでもない。・・・・・・俺だって、フラレたことくらいあるさ」
「へえ」
ホームに上がると、乗宮がいた。
なにか言いたげな顔で、俺たちと、ホームから見える、まだ泣き続けている下級生女子を交互に眺めていた。
「よ」
「よ」
みつるが手を挙げると、乗宮も返事をした。
彼女が下級生を指差す。
「いいのか、あの子」
「見てたのか」
「聞こえてはなかったけど、告白されてフッたんだろ」
「まあな」
みつると乗宮は、確か同じ中学だ。
その頃から同じバスケ部だったらしい。
また乗宮は、改札の向こうを見やった。
「可哀想に。フラれるってつらいよな」
「お前がそれを言うかよ」
電車が入ってきて、俺たち3人は乗り込んだ。
長椅子へ3人で座る。
俺は、さっきの会話に違和感を感じた。
「お前が言うかよって、どういう意味だ?」
「まあ、言葉通りさ。・・・・・・さっき言っただろ、俺だってフラレたことあるって」
「中学の時か?」
「そ。乗宮に、な」
いつも通り爽やかに、しかし少し自嘲するような声色で、みつるはそう言った。
え。
「・・・・・・そうなのか?」
「ああ」
「む、昔のこと、だろ」
微笑むみつるとは裏腹に、なぜかフッたはずの乗宮の方が、赤い顔をしていた。
え、でも確かこいつ、みつるのことを。
あー、そういうことか。
中学の頃はそうでもなかったけど、高校になって改めてカッコよさに気づいて、あとで後悔してるパターン。
バカだなあ。みつるをフるなんて。
「おまえら、今からでもつきあ」
「言っただろ、俺はこはるが好きだ。・・・・・・じゃあな、また明日」
「おう」
みつるが降りる駅は、俺と乗宮の駅の一つ前だ。
奴は右手をひらひらさせて降りていった。
隣の駅で降りるまで、乗宮と何も話さなかった。
改札を出て、右に向かった。乗宮はここを左に曲がって去っていく。
「・・・・・・あのさ、カラスマ」
「ん」
乗宮が、ミスドを指差していた。
俺はため息をついた。
「俺とデートしてもしょうがないだろ」
「バーカ。デートとかじゃないって」
はあ。
ここに少しでも、照れ隠し成分とかが混じってたらなあ。
しばらく、どうでもいい話をした。
部活のこと、学校のこと、クラスのこと。
「そういえばさ、聞いたよカラスマ」
「何が」
「何と、あの雨屋と遊園地にいたって話。デートしてたんだろ?」
はあ。
あれか。
誰が見てたんだか。
「ちょっと困り事の相談に乗ってただけだ。デートじゃない」
「またまたぁ」
「あれがデートなら、今まさにデート中だな」
「う、それは」
言い淀む乗宮。
ちょっと可愛い。ちょっとだけど。
乗宮あこ、バスケ部2年生にしてエース。
身長178センチは俺と同じだが、女子の中では長身であり、かなり目立つ。
無論、顔とかスタイルとかもある。俺みたく凡百の顔では目立たない。
「みつるをフったって、ホントかよ」
「・・・・・・うん」
「もったいねぇ」
「分かってるよ!・・・・・・あの時は、誰とも付き合う気なんてなかったから」
「どうして今はいいんだ」
「・・・・・・お母さん、亡くなった直後だったから」
うぐ。
ポンデリングが喉に詰まりかけた。
「・・・・・・みつる、は、そのこと」
「もちろん知ってたよ。しばらく学校、休んでたし」
ちゅー。
乗宮の口の中に、アイスティーが吸い込まれていく。
「も、喪中ってやつだな」
「違う。文字通り休んでた。学校も部活も、やる気でなくて。もうぜんぶ、辞めようと思ってさ」
「・・・・・・」
そんなことが、あったのか。
いつも明るく元気な今の乗宮からは、想像もできなかった。
どうして、そんな最悪のタイミングで、みつるは。
いや、違う。
あいつは、もしかして。
「・・・・・・みつる、あいつ、乗宮を元気づけようとしたんじゃないかな」
「あとあとそう思った。学校行く気がしなくて、もう部活も辞めるって話、顧問ともしてて。それを話したあとだったし。・・・・・・でも、その時は頷くことなんてできなかった。何無神経なこと言ってんだよって」
「なんて返事したんだ」
「何言ってんだ馬鹿野郎、お前のことなんてなんとも思ってねーよ、みたいなこと」
「はあ・・・・・・」
キツい言葉だ。
そう言われたときのみつるの顔が、なんとなく思い浮かぶ。
きっと微笑みながら、悲しいけど、でも少しでも気丈さを取り戻した乗宮を見て、あいつは嬉しかったはず。
「・・・・・・いつから好きだったんだ?みつるのこと」
「ん、まあ、中2くらい、お母さんのことがある少し前くらい。お互いにバスケ部で、エースだとかお似合いだとか周りにからかわれてさ。なんだかんだ、目があったりして」
「ほう」
「別に、ふたりでどうってこともなかったけどさ。あ、一回デートした。わたしのセンパイの誕プレ買いに行く、って名目で」
「ほうほう」
「隣町まで出て、駅前のビルとか歩いて、ショッピングモールまでバスで行って、乗り遅れそうになってダッシュとかして、どっちが足速いかとか、好きなバスケ選手の話とか、お互いフォワードだしカットインとミドルシュート、どっちが好きか、とか」
「・・・・・・」
「時生のやつ、モールの喫茶店で変な注文してさ。あいつ、炭酸飲めないのにコーラとか頼んじゃって。なんでだって聞いたら、緊張しただの何だのって、カノジョもいたくせに」
「いたのにデートしたのか?」
「デートっつー感じでもなかったんだ。ただ、買い物に付き合ってくれ、って頼んだだけで、まあ買い物だけならいいよなって」
なんだよこいつら。
超仲良しじゃねーかよ。ノロケやがって。
みつる、好きだったんだろうなあ。乗宮のこと。
カノジョがいても、好きな女子にデートじゃないデートに誘ってもらって、有頂天になって頭の中飛んで、飲めないコーラなんか頼んでしまうくらいに。
そんなみつるが、母親のことで落ち込んで、学校も部活も辞めるって乗宮のことを聞いて。
そのタイミングでできたことは、思い切って告白するくらいしかなかったのだろう。好きだ、という正直な気持ちを伝えるしか。
「告白された時、あいつ、カノジョは」
「いた。いたから余計に腹立った。ふざけんな、カノジョいるくせにって。そしたら」
「そしたら?」
「さっき別れてきたからって」
からん、と俺のコップの氷が溶けた。
ガラスの外を覆う水滴が、つう、と流れてテーブルの上を濡らした。
あいつ。
生半可な気持ちで告ったんじゃないんだ。
ちゃんとケジメをつけてから。すげーな。とても真似できん。
「・・・・・・それからは?」
「それからって?」
「それからまた、告白は?」
「されてない。・・・・・・部活に戻って、みんなに迎えてもらって、その後も数回は時生と話をしたりしたけど、結局、そういう話は一度も」
「もしまた告白されたら、とか考えなかったのか?」
「ん、まあ。・・・・・・でもあいつ、その後すぐにまた別のカノジョと付き合ってたし」
はあ。
ダメだこいつら。タイミングが合わなさすぎ。
この様子じゃ、乗宮は2回目の告白を期待してたんだろう。
だけど、みつるはそこまで待てなかった。あるいは、心が折れた。
そこで、誰かに告白されたりして救われたんだろう。乗宮にフラれた心の傷を癒やしてくれる、誰かに。
高校入学時には誰ともつきあってなかったはずだから、中学卒業とともに別れたんだろうか。
「・・・・・・つーかさ、カラスマ」
「何だ」
「さっきからずっと、わたしが時生のこと好きだって前提で話が進んでるけどさ」
「好きだろ」
「なんでおまえ、そんなこと断定してんだよ。んなこと、ひとことも言ってないし」
「言ってただろーが。あの時、好きだって北高との試合のあとに_____」
あ。
あれは。
夢の中、だ。
乗宮はじと、と俺の顔を見つめた。
「・・・・・・カラスマ、変なこと聞くけど」
「お、おう」
「こないだ、帰り道、電車の中で、さ」
「おう」
「ちょっと変な夢を見てさ。いや、夢だからいいんだけど、妙にリアルな夢でさ」
「おう」
なんで睨むんですか。怖いですよ乗宮さん。
「そこで、わたし、カラスマに・・・・・・・いや、なんでもない」
乗宮はまたアイスティーに口をつけた。
なんて言えばいいんだ。
お前の四つん這いバック、最高だったぜ、とか。
いやいや、こいつのことだから、ガチで掴みかかってくるぞ。
「・・・・・・ん、まあ、俺は他人の気持ちが分かるんだ。ちょっとだけ」
誤魔化して水を飲む。
あー、ポンデリング、もう1個食いてえ。
乗宮は納得してない表情で、まだ俺の顔を睨んでいた。
「ふーん。・・・・・・なら、うちのクラスの中でお前のこと好きな女子の名前、当ててみ?」
「え?いるの?そんなやつ」
「ほーら嘘だ。てきとーなこと言ってんじゃねえよ」
「誰だよ、気になるだろ」
「正解は誰もいません。はい終了」
がく。そういうオチかよ。
まあそうだろうな。分かってた。分かってたけど期待してしまった。
「・・・・・・ヒトの心の中、分かればいいのにな」
「そうだな。いやでも分かったら、他人を信じられなくなるかも」
「それな。浮気とかすぐにバレる」
「でも、気持ちを隠す必要がなくなったらさ、みんな正直にさ、本音で生きられる世の中になるかも。それはそれでさ、いい世の中だって、納得できるかもよ?」
そうだろうか。
芸能人の浮気ニュースもなくなり、みんなそんなもんだろ、とかなるだろうか。
乗宮はうーん、と大きく伸びをした。
胸、薄いな。知ってたけど。
「あー、どっかで大声で、本音だけで生きられる場所があればなあ。この胸のもやもやも、晴れるんだろうけど」
「そうだな」
俺だって、言いたいことはある。
でもぜんぶさらけ出してしまったら、その醜さにみんな呆れるんじゃないだろうか。
「乗宮」
「ん?」
「まだもう少し、時間あるか」
時計を見た。
18時40分、下校中であれば、もうそろそろ帰宅しなければならない時間だ。
「・・・・・・お父さん遅いから、ごはんひとりだし、別にいいけど」
「なら、眠ってくれ。ここで」
「は?ミスドで?眠れるわけないじゃん」
そりゃそうだ。
夕方、あたりの席はそこそこ埋まっている。
めちゃうるさい客はいないが、眠れるほど静かでもない。
俺は、無線のイヤホンを手渡した。
乗宮は、訝しげな表情で何だよこれ、と受け取る。
「眠りの魔法だ」
「はあ?・・・・・・まあ、いいけど」
彼女は、イヤホンを耳に刺した。
俺は再生ボタンを押す。
・・・・・・30秒後。
乗宮は完全に寝こけていた。
俺のスマホに録音されていたのは、月曜5限目の古文の授業、である。
先生、あんたすげえよ。マジで。
乗宮の隣席に移動すると、念のため2分ほど聴かせ続けた。
もはやぴくりとも動かなくなったのを確認し、イヤホンを外して自分の耳に刺した。乗宮の手を握る。
古文の教師の声。
次の瞬間、俺の意識は暗転化した。
ピーッ!
笛の音。
どっと歓声が沸き起こる。
よく夢に出てくる、いつもの学校の体育館だ。
ここは乗宮の夢の中、やはりバスケをしているようだ。
「チャージド・タイムアウト!」
審判の声が響く中、俺は体育館の中へ入った。
試合の最中だった。
(おわ、めっちゃ僅差だ)
女子バスケ部、北高との試合。
横断幕を見ると、どうやら県大会の決勝戦のようだ。
残り1分、4点差。北高がリードしていた。
「絶対に勝つ!みんな、もう少しだよ!がんばろう!」
「おー!」
女子の円陣の真ん中で声を張り上げているのは、やはり乗宮だった。
相手ボールで試合が再開、時間をかけてゆっくりと運ぶ。
だが、乗宮がつっかけた。猛ダッシュで相手のポイントガードへと迫る。
「あっ!」
パスカット。
そのまま稲妻のような疾さで、乗宮のランニングシュートが決まった。
「マンツー!前から!」
「おー!」
北高のお株を奪うような、前線からのオールコートディフェンス。
だが敵は常連校、易々と包囲を掻い潜り、素早いパス回しから最後はキャプテンの長身センターが押し込む。
再び4点差。これは厳しいか。
だが、ここで北高に痛恨のミス。
息の根を止めるべく仕掛けたプレスで、ドリブル中の乗宮を突き飛ばしてしまう。
これで5ファウルをもらい、選手がひとり退場。そして通算ファウル5回目で、乗宮がフリースローを得る。これをきっちり2本とも決め、残り2点差。
ラスト10秒。北高が必死にボールを運ぶ中、乗宮がマークを外して相手のガードへプレスを仕掛けた。
「ヘイ!」
乗宮のマークが外れた相手が声を出すが、信じられない跳躍力で乗宮が再びカット。
スリーポイントラインから、乗宮がシュートを放つ。
ビーーーーーーッ!
ブザーが鳴り響く直前、パスッと軽い音ともに、ボールがネットを揺らした。
「いやったああああ!」
「うわああああああ!」
乗宮が両手を上げてガッツポーズ。そこへ他の選手達が、次々と抱きついていく。
「すげーなあいつ」
隣に来ていたみつるが、乗宮を見つめながら言った。
「ああ。すげえ」
「かっこいいぜ、やっぱり」
このみつるは、本物じゃない。
乗宮の、あるいは俺の作り出した夢の中の存在だ。
だけど、きっと本物のみつるも、こんな感じのことを言うだろう。
もみくちゃにされた後、乗宮がやってきた。俺たちの方へ。
「やったな、乗宮」
「うん」
みつるに言われて、彼女は破顔した。
彼女は歓喜の表情で、瞳に溜まった涙を拭った。
「俺、お前が好きだ」
夢の中のみつるが言う。
「・・・・・・嬉しい。わたしも」
みつるが、そっとユニフォームの乗宮を抱きしめる。
いつの間にか、コートには誰もいなくなっていた。
いや、ひとりだけいた。背の高い、大人の女性。
髪はとても長かったが、それ以外は乗宮によく似ていた。
「・・・・・・お母さん?」
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