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10 雨屋小智子2-2
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一週間かけて、俺は準備をした。
生徒会長の通学路を調べた。途中に公園があった。
生徒会室から、生徒会長お気に入りの櫛が無くなった。
生徒会長と同じクラス、乗宮によると「いっつも授業中寝てる」3年女子キャプテンの校内スリッパが片方だけ紛失し、不思議なことに翌日には戻されていた。
これで、3年のクラスまでは能力が届くらしいことが分かった。
すみませんでしたセンパイ。そしてあなたの身体、最高でした。
「月曜の5限?ああ、世界史の時間だな。え?生徒会長?あいつだいたい寝てるよ、どの授業でも」
3年の別の先輩にも、探りを入れておいた。
てか誰だよこんな奴を生徒会長に選んだのは。まあ俺たちだろうけど。俺投票してないけど。
土曜日、雨屋と遊園地に出かけた。
超怖いって有名なお化け屋敷に入り、ただでさえ苦手だという雨屋は本気で泣いていた。ぐっすん。
それから映画を観に行った。
ホラーもの、捨てられた彼氏を想って自殺した女子高生が怨霊となり、お風呂やベッドの隙間からニタニタと笑って脅し、最後は呪い殺す、てなストーリーだった。
「・・・・・・こんなの、本当に必要なの?からすまくん」
「もちろんだ」
この言葉に嘘はない。
まあ、半分は雨屋とデートしたかっただけだが。
「例のブツ、持って来たか?」
「・・・・・・これも、本当に必要なもの、なんだよね?」
「当然だ」
雨屋が恥ずかしそうに、紙袋を俺に渡す。
俺は中のモノを確認し、匂いを嗅いだ。くんかくんか。
「ちょ、ちょっとからすまくん」
「大切なことなんだ」
雨屋の、使用済みパンツ。
次の月曜5限目、これを使用しなければならない。
まあ、本当は別のもので十分であり、半分はただの俺の趣味なのだが。
雨屋のパンツ。それも使用済みパンツ。こんなお宝、今を逃したら未来永劫手に入らないじゃないか。
まあ実のところ、半分は趣味だが半分は本気だ。今度のケースは絶対に性交、じゃない成功させなければならない。失敗は許されん。絶対に。
「雨屋の将来に関わることだから」
「そう、なんだけど」
なんだよ、その疑いの眼差しは。
だがお前は正しい。匂いを嗅ぐ必要などない。
使用済みとは言っても、ちょっと着用しただけでいい、と言ってある。俺にスカトロジーな趣味などない。
しかし、もし潔癖症な雨屋に「お前のパンティおくれ、洗濯したのでもいい」などと言ったらどうなるか?
十中八九、新品を買って渡すに違いない。それでは夢に入れないだろう。
これは単に推測だが、キーアイテムとなりうるのはたぶん、その人の想いがある程度詰まってないとダメなのだ。
あるいは直接肌を触れ合わせるか。木津川みたいに。
「・・・・・・スマホの動画、何とかなりそう?」
「うーん、それが難題、なんだよな」
生徒会長のスマホを入手する手段は、現段階で見つかっていない。
まさかちょっと貸して下さい、とか本人に言うわけにもいかないだろう。
運動部なら、部活なんかの間にロッカーへ侵入して、とかも考えられるが、サッカー部引退後、スポーツなどろくにしていないクソ野郎にスキはなかった。
リカちゃん先生みたく、白昼夢を利用してとか考えてみたが、櫛という貴重なキーアイテムをむやみと使ってしまうわけにもいかず、試せていない。
それに白昼夢に入れたとしても、2年のクラスまでこさせてスマホを渡させるとか、相当無理がある。そこまで便利な能力じゃない。
だとすれば、あとは。
実力行使。
でも、喧嘩とか強そうにも見えるんだよな。ぱっと見で。ひ弱な俺一人じゃ心許ない。
雨屋は協力してくれるだろうが、荒事に向いているとは言えない。戦力にならないどころか、俺の計画を聞いたら反対したり止めたりしかねん。
「まあ何とかしてみる。雨屋は月曜日の5限目に集中してろ。いや集中するな、寝ろ」
「分かった。もう、からすまくんに任せるしかないしね」
夜、俺は親友でありライバルでもある時生充に話を打ち明けた。
雨屋のことは黙っておいたが、とある女子からの依頼で、と言えば、勘のいい時生は気づいたかもしれない。
「いいよ」
「え?」
電話口であっさりと納得したみつるに、こっちが聞き返してしまった。
「俺もあの人、好きじゃないんだよな。なんか色んな女に声かけて回ってるらしいし」
「だろうな」
「こはるにも声掛けてるらしい。彼氏が、俺がいると知っててさ」
「マジムカつくな」
「見た目のいい女子はだいたい、何度か誘われたりしてるらしい。構わねえからシメようぜ、さとや」
「一応、スマホの中身を確認したい」
「ああ。分かった」
そして、月曜日が来た。
月曜5限目、決戦の時間。
俺は雨屋と目を合わせ、小さく頷いた。
右手に生徒会長の櫛を、左手に雨屋のパンツを握りしめて。
本当にこれ、生徒会長の櫛なんだろうか。
生徒会の奴にも確認してあるが、もしあいつが誰かのをパチった物だったら?プレゼント品で、送り主の想いが大量に詰まってたら?
もし雨屋のパンツが完全な新品だったら?ちょっと履いただけで、キーアイテムとならなかったら?
雨屋が緊張して眠れなかったら?
そもそも彼女は、めったに授業中居眠りすることはない。たとえ月5の古文でさえ。
生徒会長が居眠りしてなかったら?
たまたま、今日はずっと起きてたら?面白いスマホゲーでも見つけて遊んでたら?友人から借りた漫画が面白くて、授業中に読んでたら?
男の夢に入ったことはない。
もしこの能力が、女子限定なのだとしたら?
あるいは、俺の能力が使えない相手がいるとしたら?
そして。
最大の不安。最大の疑問。
3人が同時に夢に入ることなんてできるのか?
今まで、誰かの夢に入ったことはあった。
けど、2人同時に能力を使ったことなんてない。
もし雨屋と夢で会うだけに終わったら?どうなる?
首尾よく入れたとして。
誰の夢に入るのか?
雨屋の夢か、生徒会長の?あるいは俺の?
生徒会長の夢に入ったら、奴の思い通りにされる可能性もある。
様々な不安と疑問が渦巻く中、俺は視界の端で、雨屋がこっくりこっくりとしているのを見た。
そして、夢の中へと侵入した。
奇妙な場所だった。
無限に続くような、夢幻の回廊。
目を凝らさないと見えないほど暗い、古い病院の空間。
診察室にたなびく、汚れたどす黒いカーテン、床についた大量の血液と思しき染み。
タイル張りの解剖室が薄暗くて、心底気持ち悪い。
うむ。あの遊園地の超怖いお化け屋敷、幽霊病院そのものだ。
直前にあそこで遊んでなかったら、きっと俺もビビってただろう。教室で漏らしてたかもしれない。
どうやら、雨屋の夢の中であることは間違いないようだ。
「ひ、ひゃああああああああっ!」
どこからか、悲鳴が聞こえた。
男の悲鳴だ。
俺は声のする方向へと、どこまでも続きそうな暗い通路を歩いた。
文字通りのお化け屋敷だった。現実と異なるのは、それが全て「ホンモノのオバケ」ということだ。
分かってはいても、肝が冷えた。
あちこちに転がっている死体が起き上がり、噛み付いてくる。墓場の上でいくつもの首が浮かび、ニタニタ笑いながらけたたましい悲鳴をあげて耳をつんざく。頭が割れそうだ。
井戸の底から現れた髪の長い女が、凄まじい力で井戸の中へと引き摺り込もうとする。
(うーん、雨屋、絶好調だなぁ)
散々幽霊もどきたちに脅かされながらも、俺は無敵である。
手にピコピコハンマーを生み出し、片っ端から処理しつつ、声のする方へと向かった。
「ぎ、ぎゃああああああああああっ!」
またも悲鳴が響く。
さっきよりも近い。
(うわあ)
たどり着いた先で見たもの。
それは悪夢にうなされ、涙目で腰を抜かしている生徒会長だった。
どこかで食いちぎられたのか、両手の指と右足の先っぽがない。
「だ、だず、げで」
巨大な崖があった。
その底を覗き込もうと思うことさえ心が凍りつきそうなほどの、どす黒い闇の割れ目。その崖の底に向かって、お化け屋敷中の黒い霧が流れ込んでいる。
地獄へと続く崖の淵だ。あそこへ突き落とされたら、夢の中とはいえ楽しい結末を迎えることにはならないだろう。そう思えた。
「ぐ、が」
そして、生徒会長はその崖の縁に向かって、じりじりと引き込まれていた。
必死に争おうとする中、何人もの女の幽霊たちがその手足を引っ張り、身体ごと崖っぷちに向かって引き摺り込もうとしていた。
「死ね」
「死ね、死ね」
女たちは手に手につららのような凍った短剣を持ち、幾度となく生徒会長へと突き刺していた。腹部へ、眼の中へ、手の甲へ、そして口の中へと。
その度に生徒会長は悲鳴をあげ、手足や胸腹部、眼球が凍りついて壊死していた。だがすぐに再生し、また貫かれる。
その度に痛覚神経も復活しているらしく、幽霊たちに負けないほどの悲鳴を上げていた。
「だ、だだだ、だず、げ」
両眼が潰されても存在は感じるのか、俺に向かって救いの手を差し伸べてきた。
だがその手はまた女幽霊によってつららまみれにされ、肩口から切り落とされた。
「死ね」
「死ね、死ね」
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねええええええ」
ぐさっ。
股間が貫かれた。
ぼろり、と組織が落ちる。
「いんぎゃああああああああああ!」
奴はひときわ大きな叫び声を上げた。
ぐたり、と倒れ伏す。
「地獄へ堕ちろ」
「地獄へ」
「堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ、堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろおおおおおおオオオオオオ」
放心状態となった、生徒会長。
もはや抵抗することもなく、崖っぷちから転がり落ちていった。
きーんこーんかー
ぱち。
俺は目を覚ました。
夢の中だと分かっていてさえ、激しい動機と息切れがした。まったく、復讐に付き合うのはラクじゃない。
ハンカチで額の汗を拭った。しかしそれは雨屋のパンツだった。
誰にも気づかれないうちに、ポケットへとしまった。
「きりーつ。れーい」
雨屋がちら、と俺を見て教室から出ていったが、俺はあとを追わなかった。恐怖で腰が抜けてた、てのもある。
それに、これで終わりじゃない。
放課後。
俺とみつるは、部活をサボった。
生徒会長、その通学路にある駅のサ店で、時間を潰した。
見逃さないよう、必死に目を凝らしながら。
「お、来たぜ」
俺とみつるは既に着替えも済んでいた。真っ黒な上下、目深帽にグラサン、黒いマスク。怪しさ満点だ。
生徒会長はちゃんと会議に出たらしい。生徒会室の黒板にあった通り、18時までの会議に。
「ジャージだな」
「ああ」
いつもは制服なのに。
6限目、体育でもあったのか?
ショートカットして公園へ急ぐと、誰もいないことを確認し、雑木の間に身を潜めた。
来た。
ふらふらと歩いているその眼前へと飛び出す。
「な___」
ひと言目を発する前に、ジャージの腹に拳を叩き込んだ。
ぐえ、と情けない声をあげて、奴の身体がくの字に折れる。
喧嘩、それなりに強そうだと思ってたのに、見せかけだけだったようだ。あるいは、5限目くらいに強いショックを受けでもしたのか。
あっけなくノビたのを木々の間へと引き摺り込み、スマホを取り出す。指紋を押し当てた。
「や、やめ」
今度はみつるが蹴りをみぞおちへと落とした。
奴は静かになった。
「・・・・・・」
間違いない。
約2週間前、雨屋の動画があった。
他にも、同様の動画が多数あった。3ケタとは言わないが、確認するのもパカパカしいほどに。
黒だ。有罪確定。
俺はみつると目を合わせ、頷いた。互いに一言も発しない、とは最初から決めてある。身バレ防止のためだ。
俺はまだしも、万が一にもみつるや部活に迷惑はかけられん。
「か、かえ、して」
弱々しく手を伸ばす目の前で、スマホを地面に叩きつけてぶっ壊した。
ブーツで何度も踏み締め、完全に破壊する。
奴の伸ばした手が、がっくりと落ちた。
俺は壊れたスマホを回収した。ゴミはゴミ箱へ捨てないとな。
奴を捨て置いて、俺たちは周囲を確かめ、その場を離れた。
金曜日。
屋上で、俺は雨屋と放課後のグラウンドを眺めていた。
もうすぐ大会とあって、陸上部の練習にも気合が入っている。
「・・・・・・生徒会長、学校に来てないって」
「へえ。そうなんだ」
まあ聞いてたけど。
授業中に漏らしたらしい、てな噂も。大と小、両方を。
「それでジャージだったんだな」
「え?何?」
「いや、こっちの話。・・・・・・雨屋」
俺は彼女を正面から見た。
彼女は屋上の金網に両手をかけたまま俺の顔を見つめたが、すぐに視線を外した。
「・・・・・・ごめん、やっぱり無理」
「そうか」
あの、大量のハメ撮りレイプ動画。
いや、全部が強姦か、は分からないが。
やはり、あいつは誰かが告発すべきだ。
だが、雨屋は考えた末、止めることにした。
無理強いはできない。
「・・・・・・このままずっと、あの人が学校に来なかったら、それでもいいなって、思ってしまって」
「また来たら?」
「それは・・・・・・その時に、考える、かな」
雨屋にしては珍しい、歯切れの悪い返事。
それだけ悩んだのだろう。
レイプされたことを公にすれば、彼女は今後ずっと、好奇の目に晒され続ける。
実は嬉しかったんだろ?そんな2次被害にも遭うだろう。彼女の心の奥底に、あれほどまでどす黒いものが溜まっていることも知らずに。
彼女は、見てみないフリをすることを選んだ。俺には責められない。
「ここまで手伝わせておいて、弱い女だって、思ってるんでしょう?からすまくん」
「どうするかは雨屋が決めることだ、俺じゃない」
「ありがと。・・・・・・その、スマホの動画とかも、なんとかなったんだよね?」
「ああ」
スマホは処理した。
PCなどにバックアップをとってある可能性はある。それは今のところ、どうしようもない。さすがに家の中まで侵入することはできん。
今のところ、動画サービスなどにそういう類のものが流された形跡はなかった。
「でも、からすまくんってすごいね。本当に夢の中で、復讐しちゃえるなんて」
「お前の夢、めちゃめちゃ怖かったぞ。俺もチビりそうだったし」
「だ、だってあれは、からすまくんが怖い映画見せてきたり、お化け屋敷に連れてったりするから」
「映画やお化け屋敷より、ずっと怖かったんだが?強化増幅バージョンって感じだったぞ。つららの短剣で顔とか目とか股間とかをグッサグッサと」
「も、もう!言わないでよ!」
ははは。
恥ずかしがる雨屋も可愛い。
こんな彼女に、あんなことをするなんて。
でも、男として気持ちは十分に分かる。雨屋は可愛いし、暴力的な手段を使ってでも、と夢想する男はあのクソ野郎一人じゃない。
俺だって、彼女に夢の中で何をしたんだか。
もちろん、夢で思うことと、実際にすることは全く別だが。
「からすまくん、念のため聞くけど」
「ん?」
「その、夢の中で、クラスの女の子とかに、え、えっちなこととか、してないよね?」
「それはどうかな」
想像に任せよう。
安易な否定には意味がない。
「だ、ダメだよ、そんなことしたら。夢は夢だけど、怖い夢なんだから」
「気持ちよさそうだったけど?雨屋」
「そ、そんなことは」
「じゃあ嫌だった?」
「・・・・・・意地悪」
口元を手で覆い隠す雨屋は、とても可愛らしかった。
はは。そうだな。
俺って、意地悪だ。
生徒会長の通学路を調べた。途中に公園があった。
生徒会室から、生徒会長お気に入りの櫛が無くなった。
生徒会長と同じクラス、乗宮によると「いっつも授業中寝てる」3年女子キャプテンの校内スリッパが片方だけ紛失し、不思議なことに翌日には戻されていた。
これで、3年のクラスまでは能力が届くらしいことが分かった。
すみませんでしたセンパイ。そしてあなたの身体、最高でした。
「月曜の5限?ああ、世界史の時間だな。え?生徒会長?あいつだいたい寝てるよ、どの授業でも」
3年の別の先輩にも、探りを入れておいた。
てか誰だよこんな奴を生徒会長に選んだのは。まあ俺たちだろうけど。俺投票してないけど。
土曜日、雨屋と遊園地に出かけた。
超怖いって有名なお化け屋敷に入り、ただでさえ苦手だという雨屋は本気で泣いていた。ぐっすん。
それから映画を観に行った。
ホラーもの、捨てられた彼氏を想って自殺した女子高生が怨霊となり、お風呂やベッドの隙間からニタニタと笑って脅し、最後は呪い殺す、てなストーリーだった。
「・・・・・・こんなの、本当に必要なの?からすまくん」
「もちろんだ」
この言葉に嘘はない。
まあ、半分は雨屋とデートしたかっただけだが。
「例のブツ、持って来たか?」
「・・・・・・これも、本当に必要なもの、なんだよね?」
「当然だ」
雨屋が恥ずかしそうに、紙袋を俺に渡す。
俺は中のモノを確認し、匂いを嗅いだ。くんかくんか。
「ちょ、ちょっとからすまくん」
「大切なことなんだ」
雨屋の、使用済みパンツ。
次の月曜5限目、これを使用しなければならない。
まあ、本当は別のもので十分であり、半分はただの俺の趣味なのだが。
雨屋のパンツ。それも使用済みパンツ。こんなお宝、今を逃したら未来永劫手に入らないじゃないか。
まあ実のところ、半分は趣味だが半分は本気だ。今度のケースは絶対に性交、じゃない成功させなければならない。失敗は許されん。絶対に。
「雨屋の将来に関わることだから」
「そう、なんだけど」
なんだよ、その疑いの眼差しは。
だがお前は正しい。匂いを嗅ぐ必要などない。
使用済みとは言っても、ちょっと着用しただけでいい、と言ってある。俺にスカトロジーな趣味などない。
しかし、もし潔癖症な雨屋に「お前のパンティおくれ、洗濯したのでもいい」などと言ったらどうなるか?
十中八九、新品を買って渡すに違いない。それでは夢に入れないだろう。
これは単に推測だが、キーアイテムとなりうるのはたぶん、その人の想いがある程度詰まってないとダメなのだ。
あるいは直接肌を触れ合わせるか。木津川みたいに。
「・・・・・・スマホの動画、何とかなりそう?」
「うーん、それが難題、なんだよな」
生徒会長のスマホを入手する手段は、現段階で見つかっていない。
まさかちょっと貸して下さい、とか本人に言うわけにもいかないだろう。
運動部なら、部活なんかの間にロッカーへ侵入して、とかも考えられるが、サッカー部引退後、スポーツなどろくにしていないクソ野郎にスキはなかった。
リカちゃん先生みたく、白昼夢を利用してとか考えてみたが、櫛という貴重なキーアイテムをむやみと使ってしまうわけにもいかず、試せていない。
それに白昼夢に入れたとしても、2年のクラスまでこさせてスマホを渡させるとか、相当無理がある。そこまで便利な能力じゃない。
だとすれば、あとは。
実力行使。
でも、喧嘩とか強そうにも見えるんだよな。ぱっと見で。ひ弱な俺一人じゃ心許ない。
雨屋は協力してくれるだろうが、荒事に向いているとは言えない。戦力にならないどころか、俺の計画を聞いたら反対したり止めたりしかねん。
「まあ何とかしてみる。雨屋は月曜日の5限目に集中してろ。いや集中するな、寝ろ」
「分かった。もう、からすまくんに任せるしかないしね」
夜、俺は親友でありライバルでもある時生充に話を打ち明けた。
雨屋のことは黙っておいたが、とある女子からの依頼で、と言えば、勘のいい時生は気づいたかもしれない。
「いいよ」
「え?」
電話口であっさりと納得したみつるに、こっちが聞き返してしまった。
「俺もあの人、好きじゃないんだよな。なんか色んな女に声かけて回ってるらしいし」
「だろうな」
「こはるにも声掛けてるらしい。彼氏が、俺がいると知っててさ」
「マジムカつくな」
「見た目のいい女子はだいたい、何度か誘われたりしてるらしい。構わねえからシメようぜ、さとや」
「一応、スマホの中身を確認したい」
「ああ。分かった」
そして、月曜日が来た。
月曜5限目、決戦の時間。
俺は雨屋と目を合わせ、小さく頷いた。
右手に生徒会長の櫛を、左手に雨屋のパンツを握りしめて。
本当にこれ、生徒会長の櫛なんだろうか。
生徒会の奴にも確認してあるが、もしあいつが誰かのをパチった物だったら?プレゼント品で、送り主の想いが大量に詰まってたら?
もし雨屋のパンツが完全な新品だったら?ちょっと履いただけで、キーアイテムとならなかったら?
雨屋が緊張して眠れなかったら?
そもそも彼女は、めったに授業中居眠りすることはない。たとえ月5の古文でさえ。
生徒会長が居眠りしてなかったら?
たまたま、今日はずっと起きてたら?面白いスマホゲーでも見つけて遊んでたら?友人から借りた漫画が面白くて、授業中に読んでたら?
男の夢に入ったことはない。
もしこの能力が、女子限定なのだとしたら?
あるいは、俺の能力が使えない相手がいるとしたら?
そして。
最大の不安。最大の疑問。
3人が同時に夢に入ることなんてできるのか?
今まで、誰かの夢に入ったことはあった。
けど、2人同時に能力を使ったことなんてない。
もし雨屋と夢で会うだけに終わったら?どうなる?
首尾よく入れたとして。
誰の夢に入るのか?
雨屋の夢か、生徒会長の?あるいは俺の?
生徒会長の夢に入ったら、奴の思い通りにされる可能性もある。
様々な不安と疑問が渦巻く中、俺は視界の端で、雨屋がこっくりこっくりとしているのを見た。
そして、夢の中へと侵入した。
奇妙な場所だった。
無限に続くような、夢幻の回廊。
目を凝らさないと見えないほど暗い、古い病院の空間。
診察室にたなびく、汚れたどす黒いカーテン、床についた大量の血液と思しき染み。
タイル張りの解剖室が薄暗くて、心底気持ち悪い。
うむ。あの遊園地の超怖いお化け屋敷、幽霊病院そのものだ。
直前にあそこで遊んでなかったら、きっと俺もビビってただろう。教室で漏らしてたかもしれない。
どうやら、雨屋の夢の中であることは間違いないようだ。
「ひ、ひゃああああああああっ!」
どこからか、悲鳴が聞こえた。
男の悲鳴だ。
俺は声のする方向へと、どこまでも続きそうな暗い通路を歩いた。
文字通りのお化け屋敷だった。現実と異なるのは、それが全て「ホンモノのオバケ」ということだ。
分かってはいても、肝が冷えた。
あちこちに転がっている死体が起き上がり、噛み付いてくる。墓場の上でいくつもの首が浮かび、ニタニタ笑いながらけたたましい悲鳴をあげて耳をつんざく。頭が割れそうだ。
井戸の底から現れた髪の長い女が、凄まじい力で井戸の中へと引き摺り込もうとする。
(うーん、雨屋、絶好調だなぁ)
散々幽霊もどきたちに脅かされながらも、俺は無敵である。
手にピコピコハンマーを生み出し、片っ端から処理しつつ、声のする方へと向かった。
「ぎ、ぎゃああああああああああっ!」
またも悲鳴が響く。
さっきよりも近い。
(うわあ)
たどり着いた先で見たもの。
それは悪夢にうなされ、涙目で腰を抜かしている生徒会長だった。
どこかで食いちぎられたのか、両手の指と右足の先っぽがない。
「だ、だず、げで」
巨大な崖があった。
その底を覗き込もうと思うことさえ心が凍りつきそうなほどの、どす黒い闇の割れ目。その崖の底に向かって、お化け屋敷中の黒い霧が流れ込んでいる。
地獄へと続く崖の淵だ。あそこへ突き落とされたら、夢の中とはいえ楽しい結末を迎えることにはならないだろう。そう思えた。
「ぐ、が」
そして、生徒会長はその崖の縁に向かって、じりじりと引き込まれていた。
必死に争おうとする中、何人もの女の幽霊たちがその手足を引っ張り、身体ごと崖っぷちに向かって引き摺り込もうとしていた。
「死ね」
「死ね、死ね」
女たちは手に手につららのような凍った短剣を持ち、幾度となく生徒会長へと突き刺していた。腹部へ、眼の中へ、手の甲へ、そして口の中へと。
その度に生徒会長は悲鳴をあげ、手足や胸腹部、眼球が凍りついて壊死していた。だがすぐに再生し、また貫かれる。
その度に痛覚神経も復活しているらしく、幽霊たちに負けないほどの悲鳴を上げていた。
「だ、だだだ、だず、げ」
両眼が潰されても存在は感じるのか、俺に向かって救いの手を差し伸べてきた。
だがその手はまた女幽霊によってつららまみれにされ、肩口から切り落とされた。
「死ね」
「死ね、死ね」
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねええええええ」
ぐさっ。
股間が貫かれた。
ぼろり、と組織が落ちる。
「いんぎゃああああああああああ!」
奴はひときわ大きな叫び声を上げた。
ぐたり、と倒れ伏す。
「地獄へ堕ちろ」
「地獄へ」
「堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ、堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろおおおおおおオオオオオオ」
放心状態となった、生徒会長。
もはや抵抗することもなく、崖っぷちから転がり落ちていった。
きーんこーんかー
ぱち。
俺は目を覚ました。
夢の中だと分かっていてさえ、激しい動機と息切れがした。まったく、復讐に付き合うのはラクじゃない。
ハンカチで額の汗を拭った。しかしそれは雨屋のパンツだった。
誰にも気づかれないうちに、ポケットへとしまった。
「きりーつ。れーい」
雨屋がちら、と俺を見て教室から出ていったが、俺はあとを追わなかった。恐怖で腰が抜けてた、てのもある。
それに、これで終わりじゃない。
放課後。
俺とみつるは、部活をサボった。
生徒会長、その通学路にある駅のサ店で、時間を潰した。
見逃さないよう、必死に目を凝らしながら。
「お、来たぜ」
俺とみつるは既に着替えも済んでいた。真っ黒な上下、目深帽にグラサン、黒いマスク。怪しさ満点だ。
生徒会長はちゃんと会議に出たらしい。生徒会室の黒板にあった通り、18時までの会議に。
「ジャージだな」
「ああ」
いつもは制服なのに。
6限目、体育でもあったのか?
ショートカットして公園へ急ぐと、誰もいないことを確認し、雑木の間に身を潜めた。
来た。
ふらふらと歩いているその眼前へと飛び出す。
「な___」
ひと言目を発する前に、ジャージの腹に拳を叩き込んだ。
ぐえ、と情けない声をあげて、奴の身体がくの字に折れる。
喧嘩、それなりに強そうだと思ってたのに、見せかけだけだったようだ。あるいは、5限目くらいに強いショックを受けでもしたのか。
あっけなくノビたのを木々の間へと引き摺り込み、スマホを取り出す。指紋を押し当てた。
「や、やめ」
今度はみつるが蹴りをみぞおちへと落とした。
奴は静かになった。
「・・・・・・」
間違いない。
約2週間前、雨屋の動画があった。
他にも、同様の動画が多数あった。3ケタとは言わないが、確認するのもパカパカしいほどに。
黒だ。有罪確定。
俺はみつると目を合わせ、頷いた。互いに一言も発しない、とは最初から決めてある。身バレ防止のためだ。
俺はまだしも、万が一にもみつるや部活に迷惑はかけられん。
「か、かえ、して」
弱々しく手を伸ばす目の前で、スマホを地面に叩きつけてぶっ壊した。
ブーツで何度も踏み締め、完全に破壊する。
奴の伸ばした手が、がっくりと落ちた。
俺は壊れたスマホを回収した。ゴミはゴミ箱へ捨てないとな。
奴を捨て置いて、俺たちは周囲を確かめ、その場を離れた。
金曜日。
屋上で、俺は雨屋と放課後のグラウンドを眺めていた。
もうすぐ大会とあって、陸上部の練習にも気合が入っている。
「・・・・・・生徒会長、学校に来てないって」
「へえ。そうなんだ」
まあ聞いてたけど。
授業中に漏らしたらしい、てな噂も。大と小、両方を。
「それでジャージだったんだな」
「え?何?」
「いや、こっちの話。・・・・・・雨屋」
俺は彼女を正面から見た。
彼女は屋上の金網に両手をかけたまま俺の顔を見つめたが、すぐに視線を外した。
「・・・・・・ごめん、やっぱり無理」
「そうか」
あの、大量のハメ撮りレイプ動画。
いや、全部が強姦か、は分からないが。
やはり、あいつは誰かが告発すべきだ。
だが、雨屋は考えた末、止めることにした。
無理強いはできない。
「・・・・・・このままずっと、あの人が学校に来なかったら、それでもいいなって、思ってしまって」
「また来たら?」
「それは・・・・・・その時に、考える、かな」
雨屋にしては珍しい、歯切れの悪い返事。
それだけ悩んだのだろう。
レイプされたことを公にすれば、彼女は今後ずっと、好奇の目に晒され続ける。
実は嬉しかったんだろ?そんな2次被害にも遭うだろう。彼女の心の奥底に、あれほどまでどす黒いものが溜まっていることも知らずに。
彼女は、見てみないフリをすることを選んだ。俺には責められない。
「ここまで手伝わせておいて、弱い女だって、思ってるんでしょう?からすまくん」
「どうするかは雨屋が決めることだ、俺じゃない」
「ありがと。・・・・・・その、スマホの動画とかも、なんとかなったんだよね?」
「ああ」
スマホは処理した。
PCなどにバックアップをとってある可能性はある。それは今のところ、どうしようもない。さすがに家の中まで侵入することはできん。
今のところ、動画サービスなどにそういう類のものが流された形跡はなかった。
「でも、からすまくんってすごいね。本当に夢の中で、復讐しちゃえるなんて」
「お前の夢、めちゃめちゃ怖かったぞ。俺もチビりそうだったし」
「だ、だってあれは、からすまくんが怖い映画見せてきたり、お化け屋敷に連れてったりするから」
「映画やお化け屋敷より、ずっと怖かったんだが?強化増幅バージョンって感じだったぞ。つららの短剣で顔とか目とか股間とかをグッサグッサと」
「も、もう!言わないでよ!」
ははは。
恥ずかしがる雨屋も可愛い。
こんな彼女に、あんなことをするなんて。
でも、男として気持ちは十分に分かる。雨屋は可愛いし、暴力的な手段を使ってでも、と夢想する男はあのクソ野郎一人じゃない。
俺だって、彼女に夢の中で何をしたんだか。
もちろん、夢で思うことと、実際にすることは全く別だが。
「からすまくん、念のため聞くけど」
「ん?」
「その、夢の中で、クラスの女の子とかに、え、えっちなこととか、してないよね?」
「それはどうかな」
想像に任せよう。
安易な否定には意味がない。
「だ、ダメだよ、そんなことしたら。夢は夢だけど、怖い夢なんだから」
「気持ちよさそうだったけど?雨屋」
「そ、そんなことは」
「じゃあ嫌だった?」
「・・・・・・意地悪」
口元を手で覆い隠す雨屋は、とても可愛らしかった。
はは。そうだな。
俺って、意地悪だ。
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