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3 木津川千鶴
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3 木津川千鶴
俺がこの「能力」に目覚めたのは、単なる偶然だった。
ある日のこと、授業が終わってから、隣の席の女子の消しゴムが床に落ちているのに気づいた。
渡そうと思って拾ったが、彼女はなかなか帰ってこなかった。俺はなんとなく言い出せないまま、次の授業が始まってしまった。
休み時間でいいやめんどいし、そう思って消しゴムをポケットに押し込んだ。
月曜日5限目は古文の授業。これは大半の生徒が眠ってしまう、「睡眠学習」と呼ばれる授業である。誰も聞いてない。
だけど、あとで教師が配ってくれるプリントが素晴らしくまとまっていて、定期テストもほぼここから出題されるので、うちの学校では古文の成績がとてもよく、生徒受けや保護者からの文句も出ない。それに、予備校なんかのテストでも、古文に関しては他の学校よりいい点数を取ったりする。だから学校側も何も言わない。
例に漏れず、隣の席の女子、消しゴムを落とした木津川千鶴 (きづがわ ちづる)もウトウトと眠ってしまっていた。
ちなみに彼女の名前は平仮名にすると間違えやすく、フリガナももたまに「きずがわちづる」だったり「きづがわちずる」だったりしてることがある。
木津川は図書委員で、物静かな女子、という印象だった。
さほど可愛くはない、でも顔は端正な方だ。髪型は肩にかかる程度のボブ、成績も中くらいでスポーツもさほどできたりはしない。至って平均的な図書委員系女子だ。
いつも表情が同じ、笑顔も怒った顔も見たことがない。
俺も、彼女の隣の席だからってココロがときめいたりはしなかった。うんまあちょっとラッキーかな、って程度だ。
彼女の消しゴムをポケットで握りしめたまま、俺も古文という名の呪文で眠りに落ちた。
そこで、木津川と出会った。
保健室の中。
そこに、大量の機材が持ち込まれていた。
巨大なカメラとハンディカメラ、照明装置、集音マイク。
監督らしきヒゲの人物が、何やら黒板にチョークで書き込んでいた。
「はいカット!」
「カーーーーーット!」
メガホンが飛び、指示が飛び交う。
その中心にいるのは、ひとりの女子高生。
木津川千鶴。
大人しい、気の弱いイメージの彼女は、いま大量の男性スタッフたちに囲まれながら、「保健室のベッドの上でセンパイのことを想いながら自慰行為をする」撮影を終了したところだった。
セーラー服は淫らに胸元が開けられ、スカートはたくしあげられ、激しいオナニーを終えて、パンティの中央に染みが浮いていた。
「いやあ、良かったよちづるちゃん。いいオナニーだったね。おじさんたちももう、ビンビンだよ」
「・・・・・・はい」
「じゃあ次、図書室での本番ハメ撮り、いこっか」
「・・・・・・はい」
俺は呆然と言うか、あっけに取られて眺めていた。
しかし、周囲の反応ですぐに分かった。誰も俺に話しかけてこない。これは現実ではなく、夢の中だ。
スタッフとして認識されているのか、木津川千鶴が俺を見咎めて何か言うこともなかった。
タオルが彼女の肩に掛けられ、図書室へと移動。
学校の図書館を撮影に使っていいはずもないが、彼女の中ではそういうことも折り合いがついているのだろう。誰もいない図書館へと機材が持ち込まれ、既に「前戯」を終えた彼女が、図書たちの間で本番撮影を待っていた。
AV男優役が、嬉しそうな表情で木津川を眺めていた。
たまにテレビで見るイケメン俳優だった。きっと木津川の趣味なんだろう。
俺はそいつの背後に回ってヘッドロックをかまし、ポイと窓の外へ放り投げた。
その時初めて、夢の中では現実と違ってほぼ無敵だ、という事に気づいた。
男優が入れ替わったことなど誰も気にせず、俺は本番です、と言われて服を脱いだ。
夢とは思えないリアリティだった。木津川千鶴の肉体は細部に至るまで現実そのものだったし、彼女の柔らかな肌も、抱きしめた時の髪の毛から立ち昇る香りも、唇や絡まった舌の温かさも、ショーツを脱がせる時の手触りも、現実以上の存在感があった。
図書館の中で人に囲まれながら全裸、という状況でも、しっかりとおっ勃っている自分に驚いたというか、呆れた。
複数のカメラと視線が向けられる中、俺は生まれて初めて「セックス」をした。
そう、これはもう、本物のセックスだった。
それまでも、夢の中でそれっぽい行為に夢精することはあった。男子高校生として当然だ。
だけど、この夢の感覚は別次元だった。もう、現実以上に現実だった。
俺は木津川の名前を呼びながら、彼女を図書館の本棚の間で立ちバックで付きまくり、喘がせまくった。
最後は大きな机の上に押し倒して、正常位で膣の中に射精した。
行為が全て終わると、撮影スタッフたちは消えていた。きっと彼女の意識がそう望んだんだろう。
彼女は今さらながらに、俺の顔を見つめた。
「え、か、からすま、くん、だよね?」
「おう」
それから、少し話をした。
夢の中の図書室のソファで、抱き合いながら。
本、特に空想小説が好きな彼女は、自然と男女の性行為を描写した作品を目にするようになり、思春期特有の興味を覚えた。
知れば知るほど、調べれば調べるほど、彼女の中で性行為に対する関心は高まっていった。
最初は嫌悪感すら覚えていた行為が、男女ともに愉悦を覚える描写や快楽に溺れる表現、許されぬ恋や乱暴な性行為など、過激な文章に心が踊るようになった。
いつしか、読書後に自分の股間へ指を伸ばすことが増えた。
ちょうどその頃、彼女の大学生の兄が、AVを買い集めるようになった。
妹に観せようと思っていたわけではないだろうが、部屋に放置してあったようだ。
彼女は時々こっそりと兄の収集物を借り、そこで本の中だけでは知ることのできない、生の男女の絡み合いを目にした。
自分のPCへとコピーし、気に入ったシーンは何度も眺めて自慰にふけった。
特にお気に入りだったのが、図書館で女子高生がレイプされる、というシーンだった。
だが乱暴さはほとんどなく、嫌がりながらもAV女優さんは制服姿のままアンアンと喘ぎ声を漏らし、行為を終えると口でご奉仕した。
そして、それらの作品にのめり込むうちに。
自分がそうなったら、という妄想を、消すことができなくなった。
「まさか、からすまくんとすることになるとは、思ってなかったけど」
「だよな」
「どうして、わたしの夢の中にいるの?」
「さあ?」
「不思議だね」
夢の中の木津川は、初めて見せてくれる笑顔で微笑んだ。
チャイムが鳴り、そこで目が覚めた。
俺は夢であったことに安堵し、同時にひどく後悔した。もっと見ていたかった。
隣の席を見ると、一瞬木津川と目が合ったが、彼女は恥ずかしそうに目を逸らし、何も言わず教室を飛び出して行った。
次の時間、次の日、そして次の月曜5限、ふたたび彼女の消しゴムを握ってみたが、もう木津川の夢を見ることはできなかった。
「からすまくん」
その日から2週間後。
その後も折を見てちら、と木津川の様子を伺ったりしたが、彼女は(雨屋ほどではないにしろ)真面目な生徒らしく、古文以外の授業中に居眠りしていたりすることはなかった。
俺はあの日のことが忘れられず、夜、もうそろそろ木津川も寝てるかなーと自宅ベッドで消しゴムを握ったりもしたが、やっぱり効果はなかった。
その後、学校内くらいの近さでないとこの「能力」が発動しないことが分かったが、それは試行錯誤の末の結果であり、この時はまだ分かっていなかった。
放課後、部活へと向かう俺に、木津川から話しかけてきた。
「ん?」
「あの、ちょっと相談が、あるんだけど」
「おお、さとやにも春が来たぞー」
からかうみつるはまだこの頃、森下と付き合っていなかった。
でもこいつは中学の頃、既に彼女がいたらしいので、やはり死ぬべきである。
話しかけてきた木津川は先に立って図書室へ向かい、俺もあとを付いて図書室の中へと入った。
向かった先は、あの本番撮影で使った本棚の間のスペースだった。
ここで俺は、木津川を抱いた。まだリアルな感触を覚えていた。
彼女は振り向いた。
「あのさ、からすまくん」
「ん」
「ここに来た意味とかって、分かったりする?」
やっぱり、木津川も覚えてたんだ。
あれから一切会話もしなかったし、木津川も話を振ってきたりしなかったので、あれって単なる俺だけの夢だったんじゃないか、とか思い始めていたところだった。
「ん、まあ。夢の中で、とか」
「・・・・・・あれって、現実だったのかな」
「いや、夢だと思う」
木津川は、胡蝶之夢、という物語の話をしてくれた。
蝶々になった筆者が、夢の中で蝶々となっていたのか、それとも今が夢の中なのか、と考える内容だという。どこかで聞いたような話だ。
「授業でやったよ、確か」
「おぼえてねー」
ここしばらく、どうしてあんなリアルな夢を見たのか、と不思議だったという。
その前もその後も、あんな夢は見ていない、と。
「どうしてあんな事が起こったのかな」
「さあな」
「からすまくんは、なにか心当たり、ない?」
「うーん・・・・・・き、木津川が密かに俺のことを好きで、それで、とか」
しかし、ジトッとした表情を向けられて、俺の軽口はそこで止まった。
「そういえば、さ」
「うん」
「あの時、これを持ってたんだよ。・・・・・・これって、木津川のじゃね?」
俺はずっと持っていた消しゴムを差し出した。
「あ、わたしの。どこで?」
「教室に落ちてた。・・・・・・悪い、別にパクろうとしてたわけじゃないけど、なんとなく渡しそびれてさ。・・・・・・あんな夢、見たあとだし」
「うん、分かる。わたしもあの後、からすまくんの顔、まともに見られなかったし」
いつも無表情な木津川が、少しはにかんだ。
笑った木津川は、夢の中と同じく可愛かった。
その後、夢の話をした。
やっぱり、夢の中で聞いた木津川の話は、本当のことだった。
自分がエロ小説でオナニーしていたり、兄のAVをのぞき観ているってこと。
その話になると、顔を真っ赤にして睨んでいたが、あたしやっぱり言っちゃってたんだ、そういうこと、と諦めたような口ぶりだった。まあ、夢の中で俺に話したのは木津川自身だしな。
「セックスしたいのか?木津川」
「・・・・・・分かんない。興味はある。でも、好きじゃない人となんて嫌」
「その割には俺と・・・・・・いやなんでもない」
「あ、あれは、夢の中だからいいの!」
木津川が将来的なAV女優志望、なのかどうかは聞かなかった。聞いたら怒られるだろうし、夢の中でみたからってそれが本心とは限らない。
それを言えば、俺だって木津川とセックスしたいってことになる。別にしたくないとは言わないが、クラスの中で一番、ってわけでもない。
「ねえ、ちょっと実験、してみない?」
「実験?」
「そう。夢の中で会えるなんて、ちょっといいなって。これ、今夜握って眠ってみてくれないかな。12時に」
そういって、彼女のハンカチを手渡された。
散々喋っていたせいで俺は練習に1時間以上遅刻し(プラス、他の男子共が「こいつ部活サボって女といちゃついてたんすよ」とセンパイ方に告げ口したせいで)、キャプテンにガッツリ叱られたりしたが、なんとか部活を終えて家に戻り、風呂に入って着替え、ハンカチを握りしめ、高鳴る胸を抑えて眠りについた。
翌日、ちょっと目の下にクマのある木津川が隣の席にいた。
「よ」
「おはよ。・・・・・・だめだったね」
「ああ。・・・・・・木津川、何時に寝た?」
「12時くらいに。からすまくんは?」
「同じく。・・・・・・じゃあ、一緒くらいの時間に寝ててもだめかぁ」
「みたいだね。あれって単なる偶然、だったのかな」
「かもな」
月曜じゃなかったけど、授業変更で古文の教師が入ってきて、俺たちは数分後、並んで眠りの世界に入った。
ハンカチを握りしめながら。
「き、木津川?」
「うそ、からすまくん!?これ、夢の中だよね?」
「だよな」
俺たちは、誰もいない公園にいた。
本当に静かで、なんの音もしない。やはり現実ではないようだ。
俺はてのひらを上にして、炎の呪文(っぽいなにか)を唱えてみた。
ボボッ。赤い炎が出た。
「ファイアーボール!」
俺の手から飛び出した炎の玉は、俺と木津川がいる公園の木に直撃し、赤々と燃え上がった。
しかし周囲には誰もいない。消防車を呼ぶ声もない。
「すごい、本当に夢の中、なんだ・・・・・・」
「だな」
早くセックスしたい、と思ったが、言い出せなかった。
「ね、わたし、空を飛んでみたいと思ってたの。いいかな?」
「いいんじゃないか?箒とか?」
彼女の手の中に長い箒が現れ、彼女は制服姿でそれにまたがった。
「ど、どうすれば、いいかな」
「とべ、とか叫んでみれば?」
「うん、分かった。・・・・・・翔べ!」
ぶわん。
そろそろと浮かび上がる、ではなく、一気に急上昇。
パンツが見えないかな、と期待したが、あっという間に遠くへと飛び去ってしまっていた。
と思うと、すごい勢いで戻ってきた。墜落もせず、彼女はふわりと魔法少女のように軽やかさで地面に舞い降りた。
「すげーな」
「すっごい、めっちゃ楽しかった!夢がかなったよ!」
おおお。
木津川が笑ってる。満面の笑みで。
やっぱ、笑うと結構可愛いな。
「夢だしな」
「ね、からすまくんもやってみたら?楽しいよ!」
「よーし、じゃ、じゃあ・・・・・・飛びコプター!」
俺はポケットからT字型の何かを取り出し、頭のてっぺんに取り付けた。
俺の予想では、これで飛べる。はず。
だが、木津川と違って、俺はゆっくりと舞い上がるだけだった。
しかも、すぐに見えない障壁にぶつかって無様に墜落した。なぜか、もの凄く痛かった。
「いってえ・・・・・・夢の中なのに、なんでこんなに痛いんだ」
「でも夢じゃなかったら死んでたよ、今の高さ」
「まあそうだけど」
その後、木津川とふたりで散々色んなことを試してみた。
都庁っぽいビルをビームサーベルでなぎ倒してみたり、つるかめ波を手から打ち出してみたり、身長の倍くらいの高さにあるゴールにダンクを決めてみたり。
誰もいないネズミーランド、を想像して創造したりして、でもよく見ると記憶が曖昧なのかあっちこっちが破綻していて、イッツスモールなワールドが入口の壁しかなかったりして、それをぶっ壊してふたりで笑い転げた。
チャイムが鳴った時、本当に残念に思ったものだ。
「・・・・・・ありがと、からすまくん」
「おう。はい、ハンカチ」
「ね、また試してもらってもいい?授業中、月曜5限目限定だろうけど」
「まあ、気が向いたらな」
しかしその翌週、木津川は体調不良で休んだ。
俺は別の女子のアイテムを入手して、木津川以外とでも「能力」が発現するか試したりして、それでひどく心理的ショックを勝手に受けたりして、翌週には席替えがあって木津川とは席が離れ、その後森下とみつるが付き合ってショックを受けたりして、それ以降、木津川とはあまり話す機会がない。
俺がこの「能力」に目覚めたのは、単なる偶然だった。
ある日のこと、授業が終わってから、隣の席の女子の消しゴムが床に落ちているのに気づいた。
渡そうと思って拾ったが、彼女はなかなか帰ってこなかった。俺はなんとなく言い出せないまま、次の授業が始まってしまった。
休み時間でいいやめんどいし、そう思って消しゴムをポケットに押し込んだ。
月曜日5限目は古文の授業。これは大半の生徒が眠ってしまう、「睡眠学習」と呼ばれる授業である。誰も聞いてない。
だけど、あとで教師が配ってくれるプリントが素晴らしくまとまっていて、定期テストもほぼここから出題されるので、うちの学校では古文の成績がとてもよく、生徒受けや保護者からの文句も出ない。それに、予備校なんかのテストでも、古文に関しては他の学校よりいい点数を取ったりする。だから学校側も何も言わない。
例に漏れず、隣の席の女子、消しゴムを落とした木津川千鶴 (きづがわ ちづる)もウトウトと眠ってしまっていた。
ちなみに彼女の名前は平仮名にすると間違えやすく、フリガナももたまに「きずがわちづる」だったり「きづがわちずる」だったりしてることがある。
木津川は図書委員で、物静かな女子、という印象だった。
さほど可愛くはない、でも顔は端正な方だ。髪型は肩にかかる程度のボブ、成績も中くらいでスポーツもさほどできたりはしない。至って平均的な図書委員系女子だ。
いつも表情が同じ、笑顔も怒った顔も見たことがない。
俺も、彼女の隣の席だからってココロがときめいたりはしなかった。うんまあちょっとラッキーかな、って程度だ。
彼女の消しゴムをポケットで握りしめたまま、俺も古文という名の呪文で眠りに落ちた。
そこで、木津川と出会った。
保健室の中。
そこに、大量の機材が持ち込まれていた。
巨大なカメラとハンディカメラ、照明装置、集音マイク。
監督らしきヒゲの人物が、何やら黒板にチョークで書き込んでいた。
「はいカット!」
「カーーーーーット!」
メガホンが飛び、指示が飛び交う。
その中心にいるのは、ひとりの女子高生。
木津川千鶴。
大人しい、気の弱いイメージの彼女は、いま大量の男性スタッフたちに囲まれながら、「保健室のベッドの上でセンパイのことを想いながら自慰行為をする」撮影を終了したところだった。
セーラー服は淫らに胸元が開けられ、スカートはたくしあげられ、激しいオナニーを終えて、パンティの中央に染みが浮いていた。
「いやあ、良かったよちづるちゃん。いいオナニーだったね。おじさんたちももう、ビンビンだよ」
「・・・・・・はい」
「じゃあ次、図書室での本番ハメ撮り、いこっか」
「・・・・・・はい」
俺は呆然と言うか、あっけに取られて眺めていた。
しかし、周囲の反応ですぐに分かった。誰も俺に話しかけてこない。これは現実ではなく、夢の中だ。
スタッフとして認識されているのか、木津川千鶴が俺を見咎めて何か言うこともなかった。
タオルが彼女の肩に掛けられ、図書室へと移動。
学校の図書館を撮影に使っていいはずもないが、彼女の中ではそういうことも折り合いがついているのだろう。誰もいない図書館へと機材が持ち込まれ、既に「前戯」を終えた彼女が、図書たちの間で本番撮影を待っていた。
AV男優役が、嬉しそうな表情で木津川を眺めていた。
たまにテレビで見るイケメン俳優だった。きっと木津川の趣味なんだろう。
俺はそいつの背後に回ってヘッドロックをかまし、ポイと窓の外へ放り投げた。
その時初めて、夢の中では現実と違ってほぼ無敵だ、という事に気づいた。
男優が入れ替わったことなど誰も気にせず、俺は本番です、と言われて服を脱いだ。
夢とは思えないリアリティだった。木津川千鶴の肉体は細部に至るまで現実そのものだったし、彼女の柔らかな肌も、抱きしめた時の髪の毛から立ち昇る香りも、唇や絡まった舌の温かさも、ショーツを脱がせる時の手触りも、現実以上の存在感があった。
図書館の中で人に囲まれながら全裸、という状況でも、しっかりとおっ勃っている自分に驚いたというか、呆れた。
複数のカメラと視線が向けられる中、俺は生まれて初めて「セックス」をした。
そう、これはもう、本物のセックスだった。
それまでも、夢の中でそれっぽい行為に夢精することはあった。男子高校生として当然だ。
だけど、この夢の感覚は別次元だった。もう、現実以上に現実だった。
俺は木津川の名前を呼びながら、彼女を図書館の本棚の間で立ちバックで付きまくり、喘がせまくった。
最後は大きな机の上に押し倒して、正常位で膣の中に射精した。
行為が全て終わると、撮影スタッフたちは消えていた。きっと彼女の意識がそう望んだんだろう。
彼女は今さらながらに、俺の顔を見つめた。
「え、か、からすま、くん、だよね?」
「おう」
それから、少し話をした。
夢の中の図書室のソファで、抱き合いながら。
本、特に空想小説が好きな彼女は、自然と男女の性行為を描写した作品を目にするようになり、思春期特有の興味を覚えた。
知れば知るほど、調べれば調べるほど、彼女の中で性行為に対する関心は高まっていった。
最初は嫌悪感すら覚えていた行為が、男女ともに愉悦を覚える描写や快楽に溺れる表現、許されぬ恋や乱暴な性行為など、過激な文章に心が踊るようになった。
いつしか、読書後に自分の股間へ指を伸ばすことが増えた。
ちょうどその頃、彼女の大学生の兄が、AVを買い集めるようになった。
妹に観せようと思っていたわけではないだろうが、部屋に放置してあったようだ。
彼女は時々こっそりと兄の収集物を借り、そこで本の中だけでは知ることのできない、生の男女の絡み合いを目にした。
自分のPCへとコピーし、気に入ったシーンは何度も眺めて自慰にふけった。
特にお気に入りだったのが、図書館で女子高生がレイプされる、というシーンだった。
だが乱暴さはほとんどなく、嫌がりながらもAV女優さんは制服姿のままアンアンと喘ぎ声を漏らし、行為を終えると口でご奉仕した。
そして、それらの作品にのめり込むうちに。
自分がそうなったら、という妄想を、消すことができなくなった。
「まさか、からすまくんとすることになるとは、思ってなかったけど」
「だよな」
「どうして、わたしの夢の中にいるの?」
「さあ?」
「不思議だね」
夢の中の木津川は、初めて見せてくれる笑顔で微笑んだ。
チャイムが鳴り、そこで目が覚めた。
俺は夢であったことに安堵し、同時にひどく後悔した。もっと見ていたかった。
隣の席を見ると、一瞬木津川と目が合ったが、彼女は恥ずかしそうに目を逸らし、何も言わず教室を飛び出して行った。
次の時間、次の日、そして次の月曜5限、ふたたび彼女の消しゴムを握ってみたが、もう木津川の夢を見ることはできなかった。
「からすまくん」
その日から2週間後。
その後も折を見てちら、と木津川の様子を伺ったりしたが、彼女は(雨屋ほどではないにしろ)真面目な生徒らしく、古文以外の授業中に居眠りしていたりすることはなかった。
俺はあの日のことが忘れられず、夜、もうそろそろ木津川も寝てるかなーと自宅ベッドで消しゴムを握ったりもしたが、やっぱり効果はなかった。
その後、学校内くらいの近さでないとこの「能力」が発動しないことが分かったが、それは試行錯誤の末の結果であり、この時はまだ分かっていなかった。
放課後、部活へと向かう俺に、木津川から話しかけてきた。
「ん?」
「あの、ちょっと相談が、あるんだけど」
「おお、さとやにも春が来たぞー」
からかうみつるはまだこの頃、森下と付き合っていなかった。
でもこいつは中学の頃、既に彼女がいたらしいので、やはり死ぬべきである。
話しかけてきた木津川は先に立って図書室へ向かい、俺もあとを付いて図書室の中へと入った。
向かった先は、あの本番撮影で使った本棚の間のスペースだった。
ここで俺は、木津川を抱いた。まだリアルな感触を覚えていた。
彼女は振り向いた。
「あのさ、からすまくん」
「ん」
「ここに来た意味とかって、分かったりする?」
やっぱり、木津川も覚えてたんだ。
あれから一切会話もしなかったし、木津川も話を振ってきたりしなかったので、あれって単なる俺だけの夢だったんじゃないか、とか思い始めていたところだった。
「ん、まあ。夢の中で、とか」
「・・・・・・あれって、現実だったのかな」
「いや、夢だと思う」
木津川は、胡蝶之夢、という物語の話をしてくれた。
蝶々になった筆者が、夢の中で蝶々となっていたのか、それとも今が夢の中なのか、と考える内容だという。どこかで聞いたような話だ。
「授業でやったよ、確か」
「おぼえてねー」
ここしばらく、どうしてあんなリアルな夢を見たのか、と不思議だったという。
その前もその後も、あんな夢は見ていない、と。
「どうしてあんな事が起こったのかな」
「さあな」
「からすまくんは、なにか心当たり、ない?」
「うーん・・・・・・き、木津川が密かに俺のことを好きで、それで、とか」
しかし、ジトッとした表情を向けられて、俺の軽口はそこで止まった。
「そういえば、さ」
「うん」
「あの時、これを持ってたんだよ。・・・・・・これって、木津川のじゃね?」
俺はずっと持っていた消しゴムを差し出した。
「あ、わたしの。どこで?」
「教室に落ちてた。・・・・・・悪い、別にパクろうとしてたわけじゃないけど、なんとなく渡しそびれてさ。・・・・・・あんな夢、見たあとだし」
「うん、分かる。わたしもあの後、からすまくんの顔、まともに見られなかったし」
いつも無表情な木津川が、少しはにかんだ。
笑った木津川は、夢の中と同じく可愛かった。
その後、夢の話をした。
やっぱり、夢の中で聞いた木津川の話は、本当のことだった。
自分がエロ小説でオナニーしていたり、兄のAVをのぞき観ているってこと。
その話になると、顔を真っ赤にして睨んでいたが、あたしやっぱり言っちゃってたんだ、そういうこと、と諦めたような口ぶりだった。まあ、夢の中で俺に話したのは木津川自身だしな。
「セックスしたいのか?木津川」
「・・・・・・分かんない。興味はある。でも、好きじゃない人となんて嫌」
「その割には俺と・・・・・・いやなんでもない」
「あ、あれは、夢の中だからいいの!」
木津川が将来的なAV女優志望、なのかどうかは聞かなかった。聞いたら怒られるだろうし、夢の中でみたからってそれが本心とは限らない。
それを言えば、俺だって木津川とセックスしたいってことになる。別にしたくないとは言わないが、クラスの中で一番、ってわけでもない。
「ねえ、ちょっと実験、してみない?」
「実験?」
「そう。夢の中で会えるなんて、ちょっといいなって。これ、今夜握って眠ってみてくれないかな。12時に」
そういって、彼女のハンカチを手渡された。
散々喋っていたせいで俺は練習に1時間以上遅刻し(プラス、他の男子共が「こいつ部活サボって女といちゃついてたんすよ」とセンパイ方に告げ口したせいで)、キャプテンにガッツリ叱られたりしたが、なんとか部活を終えて家に戻り、風呂に入って着替え、ハンカチを握りしめ、高鳴る胸を抑えて眠りについた。
翌日、ちょっと目の下にクマのある木津川が隣の席にいた。
「よ」
「おはよ。・・・・・・だめだったね」
「ああ。・・・・・・木津川、何時に寝た?」
「12時くらいに。からすまくんは?」
「同じく。・・・・・・じゃあ、一緒くらいの時間に寝ててもだめかぁ」
「みたいだね。あれって単なる偶然、だったのかな」
「かもな」
月曜じゃなかったけど、授業変更で古文の教師が入ってきて、俺たちは数分後、並んで眠りの世界に入った。
ハンカチを握りしめながら。
「き、木津川?」
「うそ、からすまくん!?これ、夢の中だよね?」
「だよな」
俺たちは、誰もいない公園にいた。
本当に静かで、なんの音もしない。やはり現実ではないようだ。
俺はてのひらを上にして、炎の呪文(っぽいなにか)を唱えてみた。
ボボッ。赤い炎が出た。
「ファイアーボール!」
俺の手から飛び出した炎の玉は、俺と木津川がいる公園の木に直撃し、赤々と燃え上がった。
しかし周囲には誰もいない。消防車を呼ぶ声もない。
「すごい、本当に夢の中、なんだ・・・・・・」
「だな」
早くセックスしたい、と思ったが、言い出せなかった。
「ね、わたし、空を飛んでみたいと思ってたの。いいかな?」
「いいんじゃないか?箒とか?」
彼女の手の中に長い箒が現れ、彼女は制服姿でそれにまたがった。
「ど、どうすれば、いいかな」
「とべ、とか叫んでみれば?」
「うん、分かった。・・・・・・翔べ!」
ぶわん。
そろそろと浮かび上がる、ではなく、一気に急上昇。
パンツが見えないかな、と期待したが、あっという間に遠くへと飛び去ってしまっていた。
と思うと、すごい勢いで戻ってきた。墜落もせず、彼女はふわりと魔法少女のように軽やかさで地面に舞い降りた。
「すげーな」
「すっごい、めっちゃ楽しかった!夢がかなったよ!」
おおお。
木津川が笑ってる。満面の笑みで。
やっぱ、笑うと結構可愛いな。
「夢だしな」
「ね、からすまくんもやってみたら?楽しいよ!」
「よーし、じゃ、じゃあ・・・・・・飛びコプター!」
俺はポケットからT字型の何かを取り出し、頭のてっぺんに取り付けた。
俺の予想では、これで飛べる。はず。
だが、木津川と違って、俺はゆっくりと舞い上がるだけだった。
しかも、すぐに見えない障壁にぶつかって無様に墜落した。なぜか、もの凄く痛かった。
「いってえ・・・・・・夢の中なのに、なんでこんなに痛いんだ」
「でも夢じゃなかったら死んでたよ、今の高さ」
「まあそうだけど」
その後、木津川とふたりで散々色んなことを試してみた。
都庁っぽいビルをビームサーベルでなぎ倒してみたり、つるかめ波を手から打ち出してみたり、身長の倍くらいの高さにあるゴールにダンクを決めてみたり。
誰もいないネズミーランド、を想像して創造したりして、でもよく見ると記憶が曖昧なのかあっちこっちが破綻していて、イッツスモールなワールドが入口の壁しかなかったりして、それをぶっ壊してふたりで笑い転げた。
チャイムが鳴った時、本当に残念に思ったものだ。
「・・・・・・ありがと、からすまくん」
「おう。はい、ハンカチ」
「ね、また試してもらってもいい?授業中、月曜5限目限定だろうけど」
「まあ、気が向いたらな」
しかしその翌週、木津川は体調不良で休んだ。
俺は別の女子のアイテムを入手して、木津川以外とでも「能力」が発現するか試したりして、それでひどく心理的ショックを勝手に受けたりして、翌週には席替えがあって木津川とは席が離れ、その後森下とみつるが付き合ってショックを受けたりして、それ以降、木津川とはあまり話す機会がない。
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ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
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