後輩のカノジョ

るふぃーあ

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<退院後>1

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<退院後>

「おー、先輩、退院したんっすね。お元気そうで」

辻村の声が、耳元でキンキン響く。

「うるせーよ辻村」
「いやあ、先輩がいない間、大変だったっスよ。みんなでカバーして、やっぱり会社はチームだなって」
「あんたは研修旅行だったでしょ辻村」

部長、未婚の花である須見さん、通称おミスさんに睨まれて、辻村はへい、と首をすくめた。
この職場では、誰もおミスさんには敵わない。仕事もできるし計算も早い、何よりミスがない。

「で、宮田くん、仕事の方は大丈夫なの。体調とか」
「ええ。もう何の異常もないです。こっからバリバリ取り返します」

おミスさんに力こぶを作ってみせる。
退院後、しばらく家でぼーっとしていた。何日も。
昨日はさすがにヤバいと思い、軽くジョギングをしてみたが痛みもないし、完全復活だ。

「で、で、で、先輩、彼女さんの話、聞かせてくださいよぅ」
「うるせーって。仕事中だぞ」
「でも、みんな聴きたがってますよ。だってあの元坂商事の、社長の孫なんでしょ?」

そう。
舞さんを連れて社長に挨拶に来たことで、一気に社内に広まってしまった。
うちの社長からも、うちの宮田をよろしく頼む、と言われ、舞さんも赤面していた。

どうやら、マルイ社長と元坂社長は旧知の仲らしい。それはまあそうだろうな、大手取り引き先だし。
社長同士でも話があったらしく、社長から「身辺に気をつけておけ」などと言われてしまった。

辻村が言う通り、俺と舞さんの付き合いは会社全体の話題となっているらしい。
うまく行けば、元坂商事からの仕事も増えるのだろう。うちは比較的大手スポーツメーカーだから、元坂商事との取り引きがなくなってもすぐに経営が傾くことはないはずだが、あの元坂社長は地元の商工会だけでなく、政界にも顔が広い。軽いダメージ、では済まない。

「孫とはいっても、会社じゃただの秘書だ。それも複数いる秘書のうちの一人、いますぐどうこうってわけじゃない」
「でもでも、正式なお付き合いってやつ?そんな言葉がでるくらいお嬢様なんでしょ?噂じゃ、外国語もペラペラ、聖マルレの卒業生で、芸能人とも知り合いだって」

その噂は間違っている。
卒業生ではなく、現役女子高生だ。まあ訂正してやる義理もない。

正直、辻村の顔を正面から見られなかった。
ここに来るまでにも、ひどく喉が渇き、冷や汗が止まらなかった。

(先輩、俺の女に手を出したらしいっスね。萌絵に病室でフェラさせたとか?どういう了見っスかね)
(会社休んで女遊びとか、あんた最低の男ですね。マジ見損ないました。一発殴ってもいいっスよね?)

そのくらい言われることは覚悟していた。
辻村は単純バカだから、この陽気さはたぶん嘘じゃない。恐らく高梨さんは辻村に何も話していないのだろう。
辻村に会った瞬間、先に謝ろうか、とも考えていた。だが高梨さんが何も言わなかったのなら、それは黙ってくれていた彼女を傷つけることになる。

退院してから、数日は高梨さんのことばかり考えていた。
自分から早期退院を申し出たので、最終日には高梨さんに会わなかった。合わせる顔もなかった。
次に彼女が出勤してきた時、俺の病室のプレートが空になっているのを見てどう思うだろう。驚くだろうか、それともホッとするだろうか。

もしかして、不安になったり、寂しくなって連絡して来てくれるかもしれない。そんな妄想を数日は抱いていたが、携帯は会社からの連絡が来る程度で、あとは舞さんから毎日安否を確かめる連絡が来るだけだった。
舞さんに会う気も起こらなかった。デートに誘えば来てくれるだろうが、一応自宅安静中の身であり、正式な交際についての返事もしていない状態だ。

舞さんに合えば、きっと今の俺は口や手での行為を要求してしまうだろう。舞さんのことだから、きっとそれに応えてくれる。
その時、俺はどこまで踏みとどまれるか、自信がなかった。ホテルへ連れ込み、脱がせたら最後まで、暴力的な方法を使ってでも彼女の肉体を要求するだろう。心の奥に暗くて黒い情欲が燻っているのは間違いなかった。

「・・・・・・くん、宮田くん」
「センパイ、大丈夫っスか?」
「え?あ、ああ」
「電話、鳴ってるわよ」

ぼうっとしていたらしい。おミスさんに言われ、意識が戻ってきた。
受話器を手に取る。

「宮田です」
「交換です。元坂商事、元坂社長から外線です」
「繋いで下さい」

ぎゅっと受話器を握り直す。

「おはよう、宮田くん。元気かね」

元坂社長の声。

「おかげさまで、今日から出勤しております。その節は、色々とご厄介になりました」
「そうか。・・・・・・快気祝いに、今晩一席、どうだね」
「えーと、今日は会議もありませんし、大丈夫です」
「では18時に車を寄越す。マルイくんも連れてきてやってくれ、電話はしておいたからの。舞も連れて行くから、楽しみにしておるぞ」
「はい、18時ですね。失礼します」

電話を切る。

「おおっと、あちらからご催促ですか?正式なお付き合い、とやらの」
「黙って仕事しろ」

そうは言ったものの、仕事が手に付かない。
また電話が鳴った。

「はい、営業部宮田です」
「社長がお呼びです。至急社長室へ」
「はい、伺います」

おミスさんに目を向けると、行って来いとジェスチャーされた。
失礼します、と一礼して部屋を出る。

エレベーターで最上階へ向かうと、ご苦労、と社長室のソファに座らされた。

「失礼します」
「ん、元気にしているようだな」
「おかげさまで」

マルイ社長は50代後半、先代社長から引き継いで数年。営業成績も上昇しており、やり手と評判が高い。
ナイスミドルのダンディなロマンスグレーだ。精力的な顔立ちで、愛人の噂も聞く。

「要件は分かっているね。先程、元坂社長から連絡が来た。夕食を一緒に、という話だ」
「はい。ご同行させていただきます」
「君は怪我をさせられた身だ。労災は当然として、損害賠償を求めても良かった。あちらも当然、君の健康を気にかけているだろう。加害者は社長の秘書にして孫、その経歴に傷がつくことは極力避けたい。だから君のことを気遣っている」
「はい」
「その上で聞こう。・・・・・・君はあの元坂源治郎の孫、舞さんと一緒になるつもりなのかね?」
「・・・・・・それは」

俺は言い淀んだ。
どう返事をするべきなのか。

「ここでの会話はオフレコだよ宮田くん。正直に言ってくれて構わない。・・・・・・私も正直に話そう。今回の件、妙に違和感を感じるのだ」
「違和感?」
「そうだ。元坂源治郎は頑固者で、自分にも他人にも厳しく、好き嫌いも激しい御仁だ。味方と思った者には極力世話を焼くが、敵視した、あるいは無能と判断した者に対する風当たりは非常に厳しい。娘婿を選ぶのに、候補者を屋敷に集めて競わせた、というのは、この界隈では有名な話だ」
「そうなんですか」
「そうだ。その源治郎翁が、ことさら可愛がっていたのが孫娘の舞さんだ。その子を、ただ一度怪我を負わせただけの、中堅メーカーの平社員と結ばせようという。どう考えても違和感がある。君はうちの会社でも優秀な人材であり、将来の幹部候補でもある。それは認めよう。だがさほどの実績もなく、顔もまあ平凡だ。大手商社の孫娘を妻に迎えるような人間とは、私には思えない」

はっきりとした言い方だ。好感が持てる。

「俺もそう思います。急過ぎるなって」
「宮田くん、君だけが知っている情報、あるいは君だけが握っている秘密があるのかね?あの日、君は元坂商事へ納品に行き、社長室へ入った。その直後、階段から突き落とされ、下手すると死ぬところだった。・・・・・・何かを見た、あるいは聞いたのではないか?元坂源治郎はそれを揉み消すために、君を内部へ引き入れようとしているのではないのか?」
「・・・・・・いえ、そんなことはありません。俺だけが知っている秘密も、隠し事もありません」
「舞さんは清楚な美人だ。君には婚約者、あるいは心に決めた女性がいるのかね?」
「おりません」
「では聞こう。今夜、元坂源治郎は間違いなく、君に決断を求めてくる。君は元坂舞さんを妻として迎える、あるいは元坂家に婿入りする気はあるのかね?」

・・・・・・
俺は即答できなかった。

舞さんはすごい美人、ではないけれど、社長が言うように清楚な女性だ。俺の好みより小柄で、体型も細めで、膨らみも少ないけど、結婚相手として不服か、と問われれば全然不満はない。
直前に別の女性を知らなければ、一切断る理由などなかった。

社長はちら、と腕時計を見た。

「あと7時間かそこらで、その決断を聞かせてもらうことになるだろう。ここでの曖昧な表現や決断の延期は、君の人生を大きく左右することになるだろう。これは社長ではなく男としての助言だが、宮田くん、男には決断する時が来る。それは今日かもしれない。よく考えて返事をしたまえ。以上だ」
「はい」
「ちょっと待て。・・・・・・ああ、須見くんか。宮田くんは今日、少し休暇をやってくれ。うん、うん、そうか。ならいい。・・・・・・宮田くん、少し外を散歩して来たまえ。誰かに相談してくるのもいい」
「はい、ありがとうございます。・・・・・・失礼します」

エレベーターを降り、一度自分の席に戻った。
携帯と財布を鞄に詰める。

「部長」
「社長から聞いてるわ。今日はゆっくりしてきなさい」
「はい」
「18時までには戻るのよ」

と、俺の席の電話がまた鳴った。

「はい、営業部宮田です」
「よう、宮田。元気してるか」

同期入社の奴だ。

「お前、今日復帰だってな。同期で飲みに行こう、って話してんだが」
「悪い。今日はちょっと先約だ」
「おっと、噂の元坂嬢か?」
「また説明するから」

電話を切った。
ふう。

「では部長、休んでいた間の、お得意様周りに行ってきます」
「無理に仕事しなくてもいいのよ」
「いえ」

と。
また電話が鳴っていた。

また同期か。

「はい、営業部宮田」
「交換です。外線で宮田さんへの連絡です。病院から、と」
「えっ?・・・・・・分かりました、繋いで下さい」

なんだろう。治療費はもう元坂社長が支払ってくれたはずだが。
あるいは主治医の先生からだろうか。

切り替わる音がした。

「はい、宮田です」
「あの・・・・・・・・・・・・です」
「はい?」

聞き取りにくい、小さい声。

「すみません、どちら様でしょうか」
「あの・・・・・・高梨、です」

どくん、と心臓が鳴った。
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