49 / 86
マスオ、死者の都へ向かう2
しおりを挟む(何者だ)
う。
マスオは驚いた。頭の中に直接響く声。深く低い声だ。
「ヒメ、何か聞こえたか」
「いえ」
マスオにだけ聞こえているようだ。
(我が眠りを妨げる者は誰だ)
(マスオ、だ)
返答してみる。
直接声には出さずに。
(マスオ、吸血鬼の眷属にして狼と熊、蜘蛛、翼持つ獅子に聖なる馬、そして亜人の血を持つ者よ。そなたの目的を言うがいい)
な。
こいつ、俺のことを見抜いてるのか。
マスオは一層警戒を強めた。間違いない、この死せる都のボスだ。
(力だ。力を得るために来た)
じろ。
動かないはずの王座の主が、暗闇の中でマスオを睨んだ気がした。
(力を欲するか。己の欲のために)
(そうだ。俺は復讐してやりたい。そのための力が欲しい)
ニタリ。
骸骨の口が笑みを浮かべた。
(欲望のために力を欲するか。王たるに相応しき思い上がり、そして不届き者よ。・・・・・・では、その素質を見せろ)
ギイ。
玉座の主が、ゆっくりと立ち上がる。
マスオのエコーロケーションではわからないことだが、玉座の主はスケルトンキングであり、その正体は王の遺骸に憑依した死霊(レイス)であった。
死霊の意思によって、骸骨が剣を持ち上げる。
それに呼応して、先程まで彫像のように動かなかった両脇の兵士たちが、ギギギ、と音を立てて動き始めた。
まずい、とマスオは直感する。
その数、20体以上。まともに相手にできる状況じゃない。
「ヒメ!伏せてろ!」
「はい!」
蜘蛛に変身。一斉に糸を放つ。
両脇の兵士と玉座へ、メクラ撃ちで糸を解き放った。動く音が少し減る。ある程度は絡め取ったらしい。
より多くの糸を送り込む。
だが玉座からは足音が近いてくる。こちらには効果がなかったようだ。
どうする。どちらから倒す。前方のボスか、両脇の兵士か。
もちろんボスだ。こいつさえ倒せば。
ワーバットに戻って距離を測り、錆びた剣を叩きつける。
ギィン!
玉座の主は、体重と跳躍を乗せた一撃を、手にした剣で安々と振り払った。
「ぐあっ!?」
攻撃を受けていないのに、マスオは深々と傷を負った。
どうやら攻撃を跳ね返すらしい。逆にワーバットの姿で、攻撃力が低めで助かった。今のがオーガの全力だったら、自分の首が飛んでいた。
一撃を喰らい、マスオは痛みに身がすくむ。
相手の剣と打ち合わせてはだめだ。直接身体を狙わないと。
とすれば、距離を取るのはむしろ不利になる。接近しながら戦ったほうがいいはず。
(あんたは何モンだ!自分も名乗れよ!)
(良かろう。・・・・・・我が名はコ=レド、かつて英雄王と呼ばれた者だ)
ぶおっ。
突然マスオの頭の中に、色とりどりの輝かしい記憶が流れ込んできた。
若き日の英雄コ=レド。
樹海が生まれる前、この地に非力な人間の住める安全な場所はなかった。妖魔や魔獣たちは日常的に人を襲い、エサとして食らった。
人間たちは弱く、洞窟へと追い詰められるしかなかった。
コ=レドは人々を率い、戦った。
手にした剣をふるい、人間に仇なす存在を次々と追い払った。力強い英雄の存在に、人々は安住の地を求め、次々にコ=レドの元へ集った。
魔獣を打倒し、亜人たちを退け、樹海の木々を切り倒し、柵を立て、家を建て。
畑を耕し、家畜を捕らえ、子を生み、育てた。いつしか英雄と呼ばれた。
コ=レドは求められ、この地に王国を築いた。
国の中心部には王都を整備した。洞窟を掘削し、宮殿を建てた。魔獣に襲われぬ巨大な地下の宮殿を。
美しい王妃を迎え、コ=レドの王国は人間界唯一にして随一の国となった。
だが、その統治は困難を極めた。
度重なる妖魔や魔獣の襲撃、病の蔓延、住民同士の争い。
全ての要望を聞き届けていた耳は、やがて疲れ果てて閉じることが多くなった。発していた鋭く勇ましかった声は、しゃがれひび割れた。
長年かけて築いた英雄の名声は、いつの間にか軽蔑と憎しみの代名詞へと変わっていった。
民を信じられなくなり、臣下の言葉を聞かなくなり。
やがて、不貞を疑った王妃を自らの手で弑した。
英雄の剣は、耄碌した老人の杖代わりとなった。
人々は宮殿から去り、地上へと、樹海の外へと出ていった。従う者たちも僅かとなった。
コ=レドは死の淵にあり、自らを、そして民を呪った。
どうしてこうなった。
英雄とまつりあげ、最後は孤独の淵へ突き落としたことを。
全霊を込めて、生けとし生けるものたちを呪った。
(王たるものは王として死ぬべきであった。どうして予を殺してくれなかった、英雄として)
(知るかよ。王様なら、引き際を考えれば良かったんだろ!)
激しく身を翻しながら、マスオは思念でコ=レドと語らい続けた。
幸福な時間は続かないものだ。それは、ごく限られた場所で、ごく短期間ながら玉座に座っていたマスオにも理解できた。
(人の欲望に際限はない。力を、権力を手にした者に手放す勇気は失われる。その力が大きいものほどな)
(だったら、そんな奴は最初から手にしなけりゃいい!)
(なら、貴様は最初から持たぬというのか?権力を手にする力を)
(手にするさ。そして精一杯楽しんで、そして死んでやる!お前みたいに、死んでからグダグダと言わずにな!)
パリン。
乾いた音がして、髑髏が動きを止めた。
マスオの錆びた剣が、空っぽの眼窩を貫いていた。
(・・・・・・いいだろう。貴様が力を手にし、失うところをゆっくりと眺めてやろう。・・・・・・この剣は我が分身、そのような錆びた剣ではなく、我を持っていくが良い)
ボロっ。
砂となり、玉座の主は崩れ去った。
あとには闇よりも黒い魔石と、ひと振りの剣だけが残った。
(こいつ、この剣が本体だったのかな)
マスオに話しかけていた思念。
英雄の怨念が、剣に宿っていたのかもしれない。
魔石を口にする。
ガリッ。
ぱああああっ。
マスオは光り輝いた・・・・・・はずだが、暗闇で見通せない。
(これは・・・・・・レイス?)
実体を持たない、ガス体のような薄い影。
武器を持つことはできないようだ。
誰かに憑依すれば可能だろう。憑依すれば操ることもできそうだ。
あとはワーバット同様、生命力吸収の能力があるようだ。
闇を見通せる力、死者を操る能力があることも分かる。
マスオは剣を拾った。ワーバットの肉体では大きすぎる剣を。
明らかに、普通の武器とは違う気配を感じる。
柄を手にしたマスオは、剣を通じて英雄の戦いの記憶が流れ込んでくるのを感じた。
数多の魔物たちと戦い、激戦を潜り抜けてきた経験。
敵の長所と弱点、戦い方、倒し方。生態や行動パターンに至るまで、途方もない量の知識が詰め込まれていた。この剣を手にしただけで、マスオの中に百戦錬磨のつわものですら手に入れることのできない、何百年分もの経験値が流れ込んできた。
それに、魔法を操る力。
英雄コ=レドは魔法を使えなかった。だが剣にはコ=レドの記憶があり、魔法使いたちを使役してきた彼の知識が残されていた。
マスオは左手に力を込め、イメージとともに放つ。
「ファイアーボール」
どぅん!
闇の中で響く、激しい炸裂音。そして熱気が吹き付けてきた。
あ。ここ地下だった。
ガスとか溜まってなくて良かった。マスオは安堵する。
「ヌシ様、これは」
「心配するな、俺の魔法だ」
「ま、まほう」
ワーベアは魔法を使えないらしい。
しかし、手にしただけで魔法を使えるようになるとは。これは魔剣なのか?
(おまえ、魔剣、なのか?)
(・・・・・・)
(剣に意識が宿ったのか?それともお前が英雄を操ってたのか?)
(・・・・・・)
(おい、聞いてんだろ)
だが、何も返してはこなかった。
ゆっくりと眺めてやろう、と言った最後の言葉を思い出す。
口出しせず、ただ傍観するつもりってか。いいだろう。たっぷりと見せつけてやるぜ、俺の生き様を。そうマスオは不敵に微笑んだ。
レイスの魔石を口にして、マスオはますます自らが強くなったのを感じた。
ゴブリンロードは小柄ながらも強靭な肉体を得、ホブゴブリンもまたひときわ強くなった。
オーガはボスオーガから、さらに角が長く太く、キングオーガとなった。
蜘蛛も狼も、ワーベアも強さに磨きがかかった。だが何より変化したのはワーバットだ。完全にヴァンパイアへと進化した。そうマスオには感じられた。
レイスの意識を支配下に置いたマスオに対し、彫像の兵士たちの動きも止まっていた。
「ヒメ」
「ヌシ様、あの敵を、倒されたのですか?」
「ああ」
力を持った者は、いずれああなるのだろうか。
コ=レドの記憶にあった、若き日の輝かしい笑顔を思い浮かべる。
老いた日の、濁りきり、澱み切った眼差しも。
そうならないという保証はどこにもない。
死霊の王を倒しても、暗い闇は晴れないままだった。
ここは死者を弔う死の宮殿、常闇の墓場でいいだろう。それが相応しい。
45
お気に入りに追加
117
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

悪役貴族に転生した俺は悪逆非道の限りを尽くす
美鈴
ファンタジー
酷いイジメを受けていた主人公大杉静夜(おおすぎせいや)。日に日にイジメは酷くなっていった。ある日いつものように呼び出された静夜は仕方無く呼び出された場所向かう。それが自分の最後とは知らずに…
カクヨム様にも投稿しておりますが内容が異なります
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる