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マスオ、再起を図る2
しおりを挟む(あんの野郎・・・・・・ぶっ殺してやる!)
着陸直前に森へハンモック状に糸を吐き、なんとか墜落死は免れた。蜘蛛の身体が軽く、平べったい形状だったのも幸いした。
だがダメージが酷い。あちこちに木の枝が突き刺さり、グリフォンに食われた脚からは、体液がどくどくと吐き出されていた。
ワーウルフの姿に戻る。
蜘蛛はオーガや獣人族と違い、回復が遅い。しばらく蜘蛛の姿を使うことはできないだろう。歩けないとは言わないが、脚を1本失ってバランスも悪く、思うような機動は取れないだろう。王国兵たちを手玉に取った華麗な足運びは無理だ。
(おのれ・・・・・・おのれおのれおのれえええええ!)
だが、冷静になって考えると、明らかに失敗だった。
あのグリフォンは樹海をねぐらに、そして狩場にしているモンスターだ。樹海に多数生息している蜘蛛のあしらいなど、赤子の手をひねるようなものだろう。
糸を吐いた瞬間、待ってました、とばかりに飛び上がった。地上や森の中では無類の強さを発揮する蜘蛛も、空中に放り投げられればただのザコだ。
大騒ぎをしていたので、ヒメはとっくに起きていた。
「グリフォンにやられた」
「まあ、よくご無事で。ヌシ様」
「あいつ、ぶっ殺してやる」
「ヌシ様でも、それは難しいでしょう。グリフォンにはワーベアもなかなか敵いません」
ヒメはそう言ったが、そんなことはない。ワーベアやワーウルフは銀製の武器、あるいは勇者ナオヤの剣のような、魔法を帯びた武器でないと有効なダメージは与えられない。
それとも何か、あのクチバシや鉤爪は魔力を帯びている、とでもいうのか。幻獣だし、ありえない話ではない。
「まずは傷を治す。それから奴を始末する」
「なら果実を採ってまいりましょう。ユニコーンが狩れると良いのですが」
なに。
いるのかユニコーン。
「ユニコーン、だと」
「はい。彼らの角は、たちどころに傷を癒やし、失った手足を回復させる妙薬です。ですが、樹海の中でユニコーンを探すのは至難、彼らは個体数も少なく、なかなか見つかりません」
「だが欲しいな。ヒメ、樹海へ行くぞ」
「お供させていただきます」
服を脱ぎ、ヒメはクマの姿に、マスオは狼の姿に変身した。
樹海はヒトの姿では歩きにくい。道はなく、木の根や吸血植物、大きな昆虫などが多数生息しているためだ。
マスオは力強いクマの姿よりも、細身の狼の姿を好んだ。こちらの方が走りやすい。
ウォン、と一言吠えると、樹海の中を進む。
たちまちのうちに蜘蛛やら野生クマやらが襲ってくるが、特に苦労もせずに倒していく。奴らの気配やクセは分かっている。油断しなければ、今さら糸に巻かれたりはしない。
鼻を利かせながら進むが、ユニコーンを思わせるような馬の臭いは感じられなかった。
途中、回復力のある赤い果実を見つけ、2匹して齧る。何度か採集に来たことがあるし、香りで分かった。
と。
ヒメは何かに気づいたように、マスオの顔を見た。
(あ)
果実のなる木々についていた足跡。
馬の蹄のような跡だ。
追跡すること十数分、マスオは白く輝く馬体を見つけた。
間違いない、ユニコーンだ。額に大きな角がついている。
「ヒヒイイイーン!」
マスオがそっと近づくと、気づいたユニコーンは角を突きつけて襲ってきた。
だが相手にもならない。軽くステップして躱し、首元へ食らいつく。喉を食い破ると、あっけなく死んだ。
マスオがヒトの姿を取ると、ヒメもまたヒトの姿へ獣化を解いた。
「これがユニコーンか」
「はい。あのリゴールの果実をよく食しているのです。この角も、リゴールの果実の成分が結晶化したもの、と言われています」
「なるほどな」
ボキリ。
マスオは硬い角を手でへし折った。口に放り込み、咀嚼する。ラムネのような味がした。
ぱあああ。
身体が緑色に輝いた。白河サキが使っていた回復魔法と同じ色だ。
(あ、しまった)
オーガの姿、あるいは蜘蛛やワーベアの姿で使えば良かったのに。失敗した。
が、オーガの姿に変身したところ、傷は癒え、右足も生え揃っていた。
ワーベアの傷も直っている。
驚くことに、切断された蜘蛛の足も生え揃っていた。どんな姿でも使えば他の変身体まで回復できるらしい。これは嬉しい誤算だ。
それに。
ユニコーンの死骸に輝く、純白の魔石。
マスオは魔石を口に入れた。ガリ、と音を立てて噛み砕く。
(おおおおお)
マスオの身体が、ユニコーンへと変身する。ちゃんと角も生えていた。
移動速度や長距離移動は狼のほうが優れそうだ。だが誰かを乗せて移動するには適した形態だろう。
ちょっと念じてみたが、ワーユニコーンだったり、ケンタウロスのような形態は取れなかった。
角をそっとヒメに押し当てる。
ぱああああ。
緑色の回復光が、ヒメを包んだ。
「素晴らしいですヌシ様。・・・・・・回復していただき、ありがとうございます」
他人を回復させる力もあるらしい。ちょっと使った程度では折れもしなかった。
自分は回復できないようだ。だがいざとなれば、自分で自分の角をへし折って食えばいい。
(よし、この能力でグリフォンの野郎をぶっ殺してやる)
**
何日かかけ、マスオはグリフォンとの戦いに備えた。
毎日ヒメを連れて樹海を走り、奴らの巣を探した。ユニコーンの姿をとって角をへし折り、回復の実を食べて角に溜めた。
以来、ユニコーンは見つからない。ヒメの言う通り、かなりのレアモンスターなのだ。
「味をしめた」はずのグリフォンだが、なかなかワーベア村にはやってこなかった。蜘蛛の足はさほど美味しくなかったらしい。
結局、リゴールの実を食しても4日程度では折れた角が生えてくることはなく、5日目の朝にグリフォンの巣を発見した。
村からかなり離れたところにある、塔のような細さの天を衝く裸の岩山。
巣のあちこちにフンが落ちていて、その中にマスオの、樹海の蜘蛛とは違う黒蜘蛛のものらしき体毛のついたものがあった。こいつで間違いない。
「ヌシ様」
「お前は隠れてろ。俺が始末する」
夕暮れまで隠れて休み、陽が陰ってきた頃オーガに変身した。
1本の大木を引き抜き、それを棍棒にグリフォンの棲む岩山の根っこを殴りつける。
「ヴェアアアアアアッ!」
「キュオオオオオオオン!」
マスオの叫びに呼応して、グリフォンが大きく鳴き、大空へ舞い上がった。
巣を攻撃する「不埒者」を視認して、怒りに燃えた目で降下してくる。
マスオはあたりに落ちていた石を次々に投げたが、対空砲火を俊敏に躱してグリフォンはマスオへと踊りかかった。
「ヴォオオッ!」
「キシャアアアアッ!」
巨体が激しくぶつかり合う。
マスオの棍棒がグリフォンの頭部を殴りつけ、クチバシがマスオの肩を深くえぐった。前足でマスオの身体を引っ掻く。
だがオーガの回復力は驚異的だ。みるみるうちに傷が塞がっていく。
しかし、グリフォンの身体の強さも相当なものだった。何度殴りつけても、グリフォンは戦意を失うことなくマスオに突っかかってきた。オーガが殴る程度では、さほどダメージにならないらしい。
互いに有効打が得られないまま、時間が過ぎていった。
最後の陽光の残滓が消える。
「キュアッ!?」
急に姿が見えなくなったことに驚き、グリフォンは声を上げて周囲を見回した。
だがその頃にはもう、マスオはグリフォンの背に登っていた。
ぐさっ!
グリフォンの背に、短剣を突き立てる。
ゴブリンの姿で。
「キュアアアアアアアッ!」
どうっ。
マスオを乗せたまま、グリフォンは空へと舞い上がった。
ずざっ!
片翼が根本から切り落とされた。
「キュオオオオオオオン!」
激しい痛みに、グリフォンが叫ぶ。
(短剣、持っておいて良かったな)
洞窟の戦いの前、ハイゴブリンが「ママたち」のために持ってきてくれた短剣の1本だ。
翼を失い、マスオに首を絞められ、グリフォンが錐揉み状に降下する。
マスオは確実に仕留めんと、あらん限りの力でグリフォンを押さえつけた。パイルドライバー。
ぐわしゃっ、と派手な音を立て、地面に突き刺さった。
マスオもゴブリンの姿で、ゴロゴロと転がった。もう少し高い場所から落下すれば奴と心中だっただろう。
ふう。
グリフォンは鳥の目と脳を持っている。
だから夕闇になれば視界が鈍る。そう期待した。それが功を奏したのかは分からない。
が、陽光が消えた瞬間、確かにたじろいだ。弱いゴブリンに変身したのは賭けでもあったが、うまく意表を突いて背中に登ることができた。
背中に乗ってしまえば、もうグリフォンにできることは少ない。翼を切り落とされて終わりだ。
ふあー。
強敵を倒した達成感で、マスオは短剣を手に夜空を見上げた。
俺の脚を食った罰だ。ざまあみろ。
ぱああああ。
また魔石だ。
マスオは金色に光る魔石を、口に入れた。
ゴブリンの顎では噛み砕けなかったので、ワーウルフに変身して噛み砕く。
マスオの身体が輝いた。
マスオは、巨大なグリフォンとなった。
「ヌシ様、さすがです」
戦いの一部始終を見ていたヒメも、手を叩いて祝福してくれた。
彼女を背に乗せ、マスオは夜空へ舞い上がった。
うん、確かに暗い。だが見えないほどではない。
狼の姿では遠かったグリフォンの巣も、樹海の上を飛べばあっという間にワーベア村に着いた。
マスオはまたひとつ、強くなった。
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