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マスオ、敗北する2

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2週間ほどが経過した。
まだ人間たちが、ナオヤたちがやってくる気配はなかった。

ゴブリン洞窟ではなく、オーガ村の牧場が襲撃を受けた。
一部の柵が破壊され、牛が数頭、殺されて食われていた。

柵の外で、メス狼たちが惨殺されていた。
牛たちや柵を守ろうとしたのだろう。激しく争った形跡があった。

しかも。
狼たち、マスオのメスたちは、乱暴されてから殺されていた。
死体には全て、大量の精液の匂いがまとわりついていた。

(一体、誰が)
(メスとはいえ、狼が6頭もいて、一方的に蹂躙される相手とは)

マスオは狼と牛の死体を調べた。
大半は巨大な力で殴り殺されていた。あるいは別の遺体には、巨大な爪痕があった。

(この爪は・・・・・・)

長く鋭い爪による傷、それが5本並んでいた。
5本指の、爪のある生き物。

(クマ、だな)

クマらしき足跡も残っている。間違いない。

だが、クマがメス狼を襲うだろうか。
それに、マスオは樹海で何度かメス狼たちを連れてクマ狩りをしたことがあった。今さらこの狼たちがクマごときに遅れを取るはずもなかった。
集団で襲われたのか?確かにクマの足跡は複数あった。だが複数で狩りをするクマなど、聞いたこともない。

それに、奇妙な部分があった。
クマが去っていた足跡はあるが、牧場へ向かった足跡がないのだ。
その代わり、人間の靴の後が残っていた。

(人間が、クマを使役して牧場を襲った?)

まさか。クマが人間に懐くはずがない。
子グマの頃から飼っていたとして、それでも牧場へ連れてきて襲わせたりするほど懐くのだろうか。
それに、牛にはナイフを使って解体した形跡がなかった。金属の匂いも残っていない。あるのはクマの唾液の匂いだけだ。肉を得る目的ならともかく、何のために人間がついてきたのかが分からない。

だが。
マスオは怒りに震えた。

(あいつらの仇は取ってやる)

狼だが、曲がりなりにも王たるマスオの妻たちであった。
そいつらに手を出し、犯した挙げ句殺した。その罪は軽くない。

マスオは匂いを追跡した。
いつも向かう樹海の森よりも、ずっと離れた場所まで足跡は続いていた。
やがて、クマらしき足跡は、とある川のほとりで消えていた。

(川を渡って逃げたか)

足跡を消すような知恵がある、ということだ。もしくは偶然か。

いや、待て。
マスオの嗅覚は、別の匂いを捕らえた。

(これは)

パンを焼く香り。
そして、肉を焼き、スープを温める匂いだ。

(こんな樹海の近くに、人里が?)

いくつもの丘があり、川が流れていて、崖もあり滝も流れている。見通しはさほど良くない。
だが人間が住んでいる形跡、あるいは街がある形跡はない。樹海はすぐ近くに迫っていて、いつでも大蜘蛛や他の獣が顔を出してもおかしくなかった。

だが、匂いを辿っていくと、やがてマスオの眼前に10軒ほどの村が現れた。
丘の上から見下ろす。

(本当に村があった)

こんな場所があったとは。
マスオはゆっくりと村へ近づいた。間違いない、人間の村だ。昼前の時間、炊事の煙が立ち昇り、木造と石造りの家が並んでいる。
小さな村だが、農耕が行われているらしく、畑がいくつかあった。麦が実り、赤い実の生った植物が並んでいた。

「おや、狼だね」

不意に声をかけられ、マスオは驚いた。
ほとんど気配もなく、すぐ近くに男が立っていたのだ。
身長180センチほど、驚くほどに筋骨隆々の肉体だ。地球にいればボディビルダーかと思われるほどに。

(俺を見て、驚かない?)

今のマスオは狼の姿だ。普通の狼とは違い、馬並みの大きさがある。
だが、男は微笑んだまま、マスオを値定めするように眺めていた。

普通、村の近くにこれほど巨大な狼が現れれば、腰を抜かして逃げるか、他の村人へ警告を発するだろう。
マスオは男に異質なものを感じた。

(こいつ、普通の人間じゃないな)

じろ、と睨みつける。
はは、と男は笑った。

「そうか、君は昨夜の。・・・・・・これは悪いことをしたな。あの狼たちが可愛いかったもんでね、つい手を出してしまった。謝るよ」

やはり。
こいつが犯人か。

殺す!
瞬時に距離を詰めると、マスオは男に向かって飛びかかった。巨大なアギトを開く。
大男とはいえ、所詮は人間の大きさだ。今のマスオのアギトなら、この程度の頭を容易に口に含むことができる。噛み砕くなど容易い。

だが。

ガキッ!
男は右腕を差し出すと、いとも簡単にマスオの顎を捕らえた。マスオのキバも、巨体の突進力も、安々と受け止めて。

(なっ)

「悪い、とは思っているが、そう簡単に食われる気はないんでね」

ボゴッ!
吹っ飛ばされてから、左ストレートを腹部にもらったのだ、と分かった。

馬並みの巨体を、腕一本で。
この男、尋常な力じゃない。

「ヴォッ!」

マスオはオーガの姿へと変身した。
たちまち4メートルもの巨人の姿を取る。武器はないが、身長差は倍以上だ。拳で殴り殺してやる。

だが。
それでも男は顔色ひとつ変えなかった。

「ほう。オーガだったのか。狼男ならぬ、狼オーガとはね。変わってるな。・・・・・・なら、こちらも本気を出そうかな!」

ふん、と男が両腕に力を込めた。
見る見るうちに、身長が3メートルほどまで伸びていく。
それだけではない。つるっとしていた人間の皮膚に、もっさりとした赤い体毛がびっしりと生えていく。
いかついながらも穏やかだった顔は、いまや巨大なクマの顔に変形していた。

(こいつ・・・・・・ワーベアか!)

「ヴォアッ!」

マスオは襲いかかった。いくら巨大化したとはいえ、ワーベアは3メートルそこそこだ。筋肉の量も、オーガの敵ではないはず。
だが、マスオは今日何度目かの思い違いをまた繰り返すことになった。

(攻撃が・・・・・効かない!?)

新調したばかりの巨大な金棒を振り下ろしても、ワーベアはがし、といとも簡単に受け止めた。
それだけでなく、巨大な爪を突き刺してきた。

「ヴェアアアアッ!」

ぐさり、と胸を突き刺される。
オーガの肉体は、それほどやわなものではないはずだ。剣や斧で切り裂かれるならまだしも、ただのクマならさほど傷もつかないはず。
だがワーベアの爪は藁半紙を切り裂くように、いとも易々とマスオの胸板へ5本の線をつけ、そこから大量の出血を噴き出させた。

マスオは何度も殴りつけ、蹴りつけ、噛みつき、拾った石で殴りつけるが、ほとんどダメージが通っていない。
多少は傷もついているのだろうが、ワーベアはどこ吹く風で一方的にマスオの身体を嬲り続けた。

(だ、ダメだ)

マスオは逃げ出した。
再度狼に変身し、文字通り尻尾を巻いて逃げた。

(つ、強い。強すぎる)

何か魔法的な力で守られているのか、あるいは防御力がものすごく高いのか。
オーガの肉体は再生能力に優れている。あのまま戦っていてもしばらくは保っただろうが、騒ぎが村に知られ、もう一人、あるいは一匹出てきたらもう万事休すだ。
メス狼たちの仇を討つこともできず、マスオはおめおめと洞窟へ逃げ帰った。


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