1 / 2
青春ナポリタン
しおりを挟む
「今日の学食ナポリタンらしいで!」
カズキはナポリタンを食べたことがないというユウタを誘って食堂へ来た。食券を買い、トレーを持って並ぶとフワフワと湯気を立てながらナポリタンが現れた。昔ながらのケチャップナポリタンだ。それからおまけで付けてもらった唐揚げ二個を目の前に二人は興奮した。
席につくとユウタは早速「うまそ~」と言いながら一口目をゆっくりと口に入れた。それをもぐもぐと丁寧に咀嚼し、喉仏がゴクンと動くのを見届けるとカズキは喋りだした。
「そういえばなんでユウタはナポリタン食べたことないん?」
「ナポリタンっていうより家が和食派で殆どパスタとか食べたことない」
「ヘェ~。変わってる。俺の家は寧ろパスタ派やから。レンチンやけど」
「カズキはなんでナポリタン好きなん?」
「え、俺好きとか言ったっけ?」
「いや、言ってないけどいつも昼はパンやのに今日は珍しく学食誘われたから…」
「あー確かに。…ナポリタンは昔一回だけ、父ちゃんが作ってくれてそれがめっっちゃ美味かってん。それで、だから俺が食べたいっていうか、なんかユウタにも食べてほしかってん」
そう言うとユウタは少し微笑んで「そっか」と呟くように言った。それからもう一口食べて「うん。めっちゃ美味しい」と言う。カズキは自分が作ったわけでもないのに「やろ!」と得意気に言うとケチャップソースのかかったナポリタンを一気に啜った。あの時のナポリタンには敵わないけれどやっぱり美味い。
******
ユウタと初めてちゃんと話した日のことは今でも鮮明に覚えている。サッカー部の練習で校門前の坂道をひたすらに走らされていた時、本を片手に一人で下校する彼とすれ違った。彼とは同じクラスだったが喋ったことは殆どなく、いつも教室の隅で本を読んでいる静かな奴という印象しかなかった。ただのクラスメイト以外の何者でもない。別に声をかけてやる理由もない。しかし、ずっと喋る機会を探していた。そして今がその時だと脳が思うよりも先にユウタの肩を掴んで声をかけていた。
「佐藤!」
彼は一瞬ビクッと反応し「なにっ」と驚いた様子でカズキの方を見た。
「あ、いや驚かせるつもりはなかってんけど…なんで一人なん?」
「え…一人が楽やから…?」
質問の意図が分からないという風にユウタは首を傾げた。何か用があって声をかけたわけではないので曖昧な質問をしてしまった。
「一人でなにしてんの?」
「本、読んでる」
そう言ってぶっきらぼうに見せてきた本のタイトルは見たこともない難しい漢字が二つ並んでいて読めない。全身に流れていた汗が少し引いてまた別の汗が額から流れる。なんで喋りかけてしまったんだろうと後悔しているとサッカー部の先輩の「集合~」という声が聞こえた。
「あ、じゃあ俺行くわ。呼び止めてごめん。また喋ろう」
そう言うとユウタはカズキの目を見てはにかんだ笑顔を見せた。さっきまで能面のような顔をしていたくせにその瞬間、目の中に星が光って顔の周りに花が咲いたように見えた。「じゃあまた」とすぐに目をそらして去って行くユウタの後ろ姿をカズキは暫く眺めていた。
次の日からユウタと喋るようになり、仲良くなった。というより一方的に喋りかけた。それから掃除当番や放課後の委員会の会議など色んな所に連れ回した。そうするうちに最初はとっつきにくい壁がある奴だと思っていたが次第に表情豊かで面白い奴だということが分かった。何よりユウタのはにかんだ笑顔が好きだった。だからちょっとからかっては彼の顔を確認する。そして好きな漫画をプレゼンするみたいにみんなにその話をした。すると「カズキになんか嫌なことされたら言いなね」「ユウタくんが可哀想」なんてみんなユウタに同情する。みんな分かってねぇな。ユウタはどんなに本に夢中になっていても俺が呼べば嬉しそうな顔をする。それがカズキの心を満たした。
ユウタは次第にカズキがいなくてもクラスの他の生徒たちとも喋るようになっていった。最初は自分の好きな漫画がみんなに認められたような感覚で嬉しかった。でもそれはいつからかカズキにとってあまり嬉しいことではなくなった。クラスのやつらと楽しそうに話すユウタを見る度、最初に話しかけたのは俺だから!と言いたくなるのは女々しいのだろうか。
******
カズキが食べ終わるとユウタは「はや~」と驚いた。女の子の前で言うと呆れられるが早食いに関しちゃ絶対の自信がある。そういう風に躾けられたわけではないが家ではなるだけ早く食べ終えて部屋に戻る必要があった。それを意識しているうちに早く食う癖がついたのだ。しかし早食いの癖は家以外で役に立ったことがない。誰かと食事に行くと大体手持ち無沙汰な時間がやってくる。「あ!」とカズキは思い出してスマートフォンのカメラをユウタに向けてシャッターを切った。
カシャ
音に気づいたユウタは「え!今写真撮ったん?」と驚いて尋ねてきた。
「ミサキちゃんにユウタの写真頼まれててん。なぁ?送っていい?」
スマートフォンの画面を操作する手を掴もうとユウタが手を伸ばしてきた。
「あかん!そもそもなんで俺の写真なんかいるん?」
「俺に聞くなよ」
たぶんあれだ。ミサキちゃん自身か若しくはミサキちゃんの周りにいる女子の誰かがユウタのことを気になってるとかそういうやつだと思う。俺を経由するなんて癪だから言ってやらないけど。それかワンチャン俺と連絡取るための口実ってのは……無いなとカズキは首を振った。
「別に写真撮るのはいいけど1人で写るのはちょっとさ…。あと撮る時は何か声かけてよ」
「注文が多いですねー」
はい、じゃあとカズキはまたスマートフォンをユウタに向ける。
「ちょっと待って!2人で…」
「ハイ、チーズ」
カシャカシャカシャ
ピースサインを作りながらも不満げな表情で写真に写るユウタが面白くて思わず笑ってしまう。
ユウタはそんなカズキをいつものことだと納得しながらも少し不満気に「なぁ、あと残り少しやから食べてしまって良い?」と皿に残った二口分ほどのナポリタンを指さした。カズキは「んっ」とだけ返事をしてどの写真をミサキちゃんに送ろうかと迷っていた。こっちの方が面白いか。1枚の写真を選択し、「一緒にナポリタン食べてる」と一言添えて送信した。そしてユウタが食べ終えたのを見てカズキはまたスマートフォンのカメラをユウタに向けた。
「ユウタユウタ!」
ユウタはまたしてもピースサインを作り、今度は笑顔も作っている。
「……」
「え、まだ?」
カズキは何も言わないでスマートフォンの画面に写るユウタの様子を見ていた。ユウタは不安そうにカメラに向かって「カズキ?」と言うとゆっくりと手を元に戻した。するとカズキは「ほら!撮ってるよ!」と言った。その言葉を聞きユウタは再びピースサインを作る。しかしシャッター音は鳴らない。
え、何?と困った顔で笑うユウタにカズキは「これ、動画」と言った。そして「写真とは言ってないやん」と笑った。そう言っている間にもユウタはみるみる顔を赤く染めた。
「はは、顔赤くなってる」
「はぁ?なに?意味わからん…」
増々赤くなる顔を隠すようにユウタは顔を下に向けた。その間もずっとカズキはスマートフォンのカメラをユウタに向け続けた。
「それ続けるならずっと顔下に向けとくから!」
いつもより少し語気の強いユウタの声を聞いてもカズキは何も言わない。ユウタはチラッと顔を上げてカズキがまだ撮っていることを確認すると慌てて顔を下に向けた。その様子は天敵を見つけた小動物を思わせた。かわいいヤツ。だからからかいたくなる。
でもそれから暫くしてもユウタは顔を上げない。少し不安になってこちらに向いているユウタのつむじを突いて「そろそろ行くか?」と尋ねた。するとユウタは一瞬ビクっとして「もう、カズキが変な遊びするから嫌やった」と拗ねた様子でまだ顔を上げずにいる。
「さっきの動画消せよ」
ユウタは顔を上げるとカズキの顔をジッと見た。やっぱり少し怒っているみたいだ。嫌われたくないけど謝りたくもない。この関係性も崩したくないから不安になる内心とは裏腹に平然と話した。
「あぁ、誰にも見せんよ」
「ほんまに?」
「うん」
「ならいいけど」
「いいんかい!」
カズキがツッコむとユウタは顔を上げて再び笑顔を見せた。よかった、嫌われてない。ユウタはいつもコレだ。何をされたってすぐにそれを忘れたみたいな笑顔をみせる。でもそれを良いことにいつも試すようにからかうようなことをしてしまうことを反省してないわけじゃない。
「…やりすぎた?お前ちょっと泣いたんじゃない?」こういう風にしか言えない自分は少し嫌いだ。するとユウタは「ううん、別に。カズキはかまってちゃんやから仕方ないなって」とスンとして言った。
「はぁ?違うし!」とも言い切れないが「俺がお前に構ってやってるの。お前は俺がいないとボッチやし…俺がいないとダメやろ?」と反論した。少し手が震えているのを隠すようにカズキは唇を噛んだ。ユウタはそんなカズキの顔をジッと見つめて「そうかも」とだけ答えた。動画を消すつもりはない。けれど本当に誰にも見せるつもりはないし見せたくない。だって誰にも取られたくない。
食堂を出たところでカズキのスマートフォンに通知が来た。きっとミサキちゃんからだ。先程送ったユウタの写真に対する反応に違いない。トーク画面を開くと「口にケチャップついてるのかわいい」とあった。
写真をよく見ると不満気な顔でピースするユウタの口元にはケチャップソースが付いていた。そして横にいるユウタを見るとまだ口の端に付いたままになっている。赤い血が出てるみたいだ。これ、かわいいか?面白い写真を送ったはずが思っていた反応と違って少し萎える。
カズキはユウタの口元を指で拭って「ケチャップソース付いたままになってた」と見せた。しょーがないやつだな、そう思って向けた指をユウタは舌の先でペロっと舐めた。驚いて後にのけぞるとユウタは「びっくりした?さっきの仕返し!」と言ってはにかんだ笑顔を見せてそのまま歩き出した。カズキは先に歩き出したユウタの後ろ姿を佇んだまま暫く眺めた。
びっくりしたっていうか…胸に手を当てるとドッドッドッと心臓の音が手のひらを押す。
指の先にまだ少し残るケチャップソースを口に入れるとほんのりと甘酸っぱい味がした。
カズキはナポリタンを食べたことがないというユウタを誘って食堂へ来た。食券を買い、トレーを持って並ぶとフワフワと湯気を立てながらナポリタンが現れた。昔ながらのケチャップナポリタンだ。それからおまけで付けてもらった唐揚げ二個を目の前に二人は興奮した。
席につくとユウタは早速「うまそ~」と言いながら一口目をゆっくりと口に入れた。それをもぐもぐと丁寧に咀嚼し、喉仏がゴクンと動くのを見届けるとカズキは喋りだした。
「そういえばなんでユウタはナポリタン食べたことないん?」
「ナポリタンっていうより家が和食派で殆どパスタとか食べたことない」
「ヘェ~。変わってる。俺の家は寧ろパスタ派やから。レンチンやけど」
「カズキはなんでナポリタン好きなん?」
「え、俺好きとか言ったっけ?」
「いや、言ってないけどいつも昼はパンやのに今日は珍しく学食誘われたから…」
「あー確かに。…ナポリタンは昔一回だけ、父ちゃんが作ってくれてそれがめっっちゃ美味かってん。それで、だから俺が食べたいっていうか、なんかユウタにも食べてほしかってん」
そう言うとユウタは少し微笑んで「そっか」と呟くように言った。それからもう一口食べて「うん。めっちゃ美味しい」と言う。カズキは自分が作ったわけでもないのに「やろ!」と得意気に言うとケチャップソースのかかったナポリタンを一気に啜った。あの時のナポリタンには敵わないけれどやっぱり美味い。
******
ユウタと初めてちゃんと話した日のことは今でも鮮明に覚えている。サッカー部の練習で校門前の坂道をひたすらに走らされていた時、本を片手に一人で下校する彼とすれ違った。彼とは同じクラスだったが喋ったことは殆どなく、いつも教室の隅で本を読んでいる静かな奴という印象しかなかった。ただのクラスメイト以外の何者でもない。別に声をかけてやる理由もない。しかし、ずっと喋る機会を探していた。そして今がその時だと脳が思うよりも先にユウタの肩を掴んで声をかけていた。
「佐藤!」
彼は一瞬ビクッと反応し「なにっ」と驚いた様子でカズキの方を見た。
「あ、いや驚かせるつもりはなかってんけど…なんで一人なん?」
「え…一人が楽やから…?」
質問の意図が分からないという風にユウタは首を傾げた。何か用があって声をかけたわけではないので曖昧な質問をしてしまった。
「一人でなにしてんの?」
「本、読んでる」
そう言ってぶっきらぼうに見せてきた本のタイトルは見たこともない難しい漢字が二つ並んでいて読めない。全身に流れていた汗が少し引いてまた別の汗が額から流れる。なんで喋りかけてしまったんだろうと後悔しているとサッカー部の先輩の「集合~」という声が聞こえた。
「あ、じゃあ俺行くわ。呼び止めてごめん。また喋ろう」
そう言うとユウタはカズキの目を見てはにかんだ笑顔を見せた。さっきまで能面のような顔をしていたくせにその瞬間、目の中に星が光って顔の周りに花が咲いたように見えた。「じゃあまた」とすぐに目をそらして去って行くユウタの後ろ姿をカズキは暫く眺めていた。
次の日からユウタと喋るようになり、仲良くなった。というより一方的に喋りかけた。それから掃除当番や放課後の委員会の会議など色んな所に連れ回した。そうするうちに最初はとっつきにくい壁がある奴だと思っていたが次第に表情豊かで面白い奴だということが分かった。何よりユウタのはにかんだ笑顔が好きだった。だからちょっとからかっては彼の顔を確認する。そして好きな漫画をプレゼンするみたいにみんなにその話をした。すると「カズキになんか嫌なことされたら言いなね」「ユウタくんが可哀想」なんてみんなユウタに同情する。みんな分かってねぇな。ユウタはどんなに本に夢中になっていても俺が呼べば嬉しそうな顔をする。それがカズキの心を満たした。
ユウタは次第にカズキがいなくてもクラスの他の生徒たちとも喋るようになっていった。最初は自分の好きな漫画がみんなに認められたような感覚で嬉しかった。でもそれはいつからかカズキにとってあまり嬉しいことではなくなった。クラスのやつらと楽しそうに話すユウタを見る度、最初に話しかけたのは俺だから!と言いたくなるのは女々しいのだろうか。
******
カズキが食べ終わるとユウタは「はや~」と驚いた。女の子の前で言うと呆れられるが早食いに関しちゃ絶対の自信がある。そういう風に躾けられたわけではないが家ではなるだけ早く食べ終えて部屋に戻る必要があった。それを意識しているうちに早く食う癖がついたのだ。しかし早食いの癖は家以外で役に立ったことがない。誰かと食事に行くと大体手持ち無沙汰な時間がやってくる。「あ!」とカズキは思い出してスマートフォンのカメラをユウタに向けてシャッターを切った。
カシャ
音に気づいたユウタは「え!今写真撮ったん?」と驚いて尋ねてきた。
「ミサキちゃんにユウタの写真頼まれててん。なぁ?送っていい?」
スマートフォンの画面を操作する手を掴もうとユウタが手を伸ばしてきた。
「あかん!そもそもなんで俺の写真なんかいるん?」
「俺に聞くなよ」
たぶんあれだ。ミサキちゃん自身か若しくはミサキちゃんの周りにいる女子の誰かがユウタのことを気になってるとかそういうやつだと思う。俺を経由するなんて癪だから言ってやらないけど。それかワンチャン俺と連絡取るための口実ってのは……無いなとカズキは首を振った。
「別に写真撮るのはいいけど1人で写るのはちょっとさ…。あと撮る時は何か声かけてよ」
「注文が多いですねー」
はい、じゃあとカズキはまたスマートフォンをユウタに向ける。
「ちょっと待って!2人で…」
「ハイ、チーズ」
カシャカシャカシャ
ピースサインを作りながらも不満げな表情で写真に写るユウタが面白くて思わず笑ってしまう。
ユウタはそんなカズキをいつものことだと納得しながらも少し不満気に「なぁ、あと残り少しやから食べてしまって良い?」と皿に残った二口分ほどのナポリタンを指さした。カズキは「んっ」とだけ返事をしてどの写真をミサキちゃんに送ろうかと迷っていた。こっちの方が面白いか。1枚の写真を選択し、「一緒にナポリタン食べてる」と一言添えて送信した。そしてユウタが食べ終えたのを見てカズキはまたスマートフォンのカメラをユウタに向けた。
「ユウタユウタ!」
ユウタはまたしてもピースサインを作り、今度は笑顔も作っている。
「……」
「え、まだ?」
カズキは何も言わないでスマートフォンの画面に写るユウタの様子を見ていた。ユウタは不安そうにカメラに向かって「カズキ?」と言うとゆっくりと手を元に戻した。するとカズキは「ほら!撮ってるよ!」と言った。その言葉を聞きユウタは再びピースサインを作る。しかしシャッター音は鳴らない。
え、何?と困った顔で笑うユウタにカズキは「これ、動画」と言った。そして「写真とは言ってないやん」と笑った。そう言っている間にもユウタはみるみる顔を赤く染めた。
「はは、顔赤くなってる」
「はぁ?なに?意味わからん…」
増々赤くなる顔を隠すようにユウタは顔を下に向けた。その間もずっとカズキはスマートフォンのカメラをユウタに向け続けた。
「それ続けるならずっと顔下に向けとくから!」
いつもより少し語気の強いユウタの声を聞いてもカズキは何も言わない。ユウタはチラッと顔を上げてカズキがまだ撮っていることを確認すると慌てて顔を下に向けた。その様子は天敵を見つけた小動物を思わせた。かわいいヤツ。だからからかいたくなる。
でもそれから暫くしてもユウタは顔を上げない。少し不安になってこちらに向いているユウタのつむじを突いて「そろそろ行くか?」と尋ねた。するとユウタは一瞬ビクっとして「もう、カズキが変な遊びするから嫌やった」と拗ねた様子でまだ顔を上げずにいる。
「さっきの動画消せよ」
ユウタは顔を上げるとカズキの顔をジッと見た。やっぱり少し怒っているみたいだ。嫌われたくないけど謝りたくもない。この関係性も崩したくないから不安になる内心とは裏腹に平然と話した。
「あぁ、誰にも見せんよ」
「ほんまに?」
「うん」
「ならいいけど」
「いいんかい!」
カズキがツッコむとユウタは顔を上げて再び笑顔を見せた。よかった、嫌われてない。ユウタはいつもコレだ。何をされたってすぐにそれを忘れたみたいな笑顔をみせる。でもそれを良いことにいつも試すようにからかうようなことをしてしまうことを反省してないわけじゃない。
「…やりすぎた?お前ちょっと泣いたんじゃない?」こういう風にしか言えない自分は少し嫌いだ。するとユウタは「ううん、別に。カズキはかまってちゃんやから仕方ないなって」とスンとして言った。
「はぁ?違うし!」とも言い切れないが「俺がお前に構ってやってるの。お前は俺がいないとボッチやし…俺がいないとダメやろ?」と反論した。少し手が震えているのを隠すようにカズキは唇を噛んだ。ユウタはそんなカズキの顔をジッと見つめて「そうかも」とだけ答えた。動画を消すつもりはない。けれど本当に誰にも見せるつもりはないし見せたくない。だって誰にも取られたくない。
食堂を出たところでカズキのスマートフォンに通知が来た。きっとミサキちゃんからだ。先程送ったユウタの写真に対する反応に違いない。トーク画面を開くと「口にケチャップついてるのかわいい」とあった。
写真をよく見ると不満気な顔でピースするユウタの口元にはケチャップソースが付いていた。そして横にいるユウタを見るとまだ口の端に付いたままになっている。赤い血が出てるみたいだ。これ、かわいいか?面白い写真を送ったはずが思っていた反応と違って少し萎える。
カズキはユウタの口元を指で拭って「ケチャップソース付いたままになってた」と見せた。しょーがないやつだな、そう思って向けた指をユウタは舌の先でペロっと舐めた。驚いて後にのけぞるとユウタは「びっくりした?さっきの仕返し!」と言ってはにかんだ笑顔を見せてそのまま歩き出した。カズキは先に歩き出したユウタの後ろ姿を佇んだまま暫く眺めた。
びっくりしたっていうか…胸に手を当てるとドッドッドッと心臓の音が手のひらを押す。
指の先にまだ少し残るケチャップソースを口に入れるとほんのりと甘酸っぱい味がした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
咳が苦しくておしっこが言えなかった同居人
こじらせた処女
BL
過労が祟った菖(あやめ)は、風邪をひいてしまった。症状の中で咳が最もひどく、夜も寝苦しくて起きてしまうほど。
それなのに、元々がリモートワークだったこともあってか、休むことはせず、ベッドの上でパソコンを叩いていた。それに怒った同居人の楓(かえで)はその日一日有給を取り、菖を監視する。咳が止まらない菖にホットレモンを作ったり、背中をさすったりと献身的な世話のお陰で一度長い眠りにつくことができた。
しかし、1時間ほどで目を覚ましてしまう。それは水分をたくさんとったことによる尿意なのだが、咳のせいでなかなか言うことが出来ず、限界に近づいていき…?
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる