冬は寒いから

ぬっこ

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5話 自覚

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 俺は電車に乗らずに家までの道を走った。冷たい空気が肌を刺し、耳が痛む。こんなに苦しいのに手足の先は冷たくかじかんでいる。それでも走ったのは冷静になりたくなかったからだ。冷静になってしまうと自分が爆発してしまいそうだ。そう思って白い息を吐きながらひたすらに走った。

これ以上走れない。そう思った時歩道の段差に躓いて転びそうになった。立ち止まると身体から一気に汗が噴き出した。この時初めて身体が熱く火照っていることに気がついた。それと同時に認識してしまった。俺は九条さんに心惹かれているのだと。

九条さんにあんな風に言ったものの自分だって〝好き〟という感情を持てたのはごく最近のことだった。今までも綺麗な人を見てドキドキしたり天真爛漫な人を見て可愛らしい人だと感じたりすることはあった。ただそれが好きという感情につながることはなかった。何かに執着したこともなくアイドルを追いかけた経験もない。それどころか友人と呼べる存在さえ俺にはごく僅かだった。学生時代から仲良くしていた友人がいてもに進学する度にその友人とは疎遠になった。大学時代に仲の良かった友人とも就職を機に疎遠になり、今や友人と呼べるのは浜本だけだ。そんな浜本に好意を持つようになったのは何がきっかけだったか覚えていない。ただ、彼は俺とは正反対で友人も多く明るく、時々大雑把で強引なところもあるけれど流されやすい自分にはそんな彼の性格が心地よく感じる。尊敬できて俺にとって凄くカッコいいやつだしもっと構ってほしいなんて欲を持ってしまうのは彼に対してだけだ。

九条さんもどちらかといえば浜本と同じタイプの人間だと思っていた。誰からもモテて人当たりがよく俺とは真逆の人間。でも、もしかしたら彼は少し俺と似ているのかもしれない。〝二番目でいい〟か。俺が浜本に対して思う気持ちと同じだ。俺はもう走れなくなった脚を動かした。

スマートフォンを見ると九条さんからメッセージが届いていた。「明日仕事終わりに1階ラウンジに迎えに行くから予定を空けておいてほしい」その一文は「メッセージを取り消しました」が四件続いた後に送られたものだった。「今日は本当にすみませんでした」と送り、続けて「明日、承知しました」と送るとすぐに既読がついた。慌ててスマートフォンの画面を閉じようとするとネコのキャラクターがハートを抱えたスタンプが送られてきた。

可愛いな。口元が緩むのを頬を押さえて阻止しながらそんな風に思った。早く直接謝って仲直りしたい。その日は眠りにつくその瞬間まで九条さんのことを考えていた。


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