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4話 傾く心
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駅近くのもんじゃが美味しい居酒屋に九条さんを連れて入った。ここは立地が良く味も良い割に若い客が少ない。本当は美味しいお店をいくつか探していたのだが、九条さんが「司の行きつけに連れてってよ」というので、いつも地元の爺さん婆さんで賑わっているこの古びた居酒屋に来た。「へぇ、ここが司の行きつけか」と九条さんは店内を見回した。
「すみません、九条さんの雰囲気にはあんまり合わないですよね」
「そう?司はなんでここに通ってるの?」
「晩飯は浜本と食うか大体一人なんで、ここなら一人でも入りやすくて周りもガヤガヤしてるから寂しくないっていうか、周りの声を聞いていると一人で食べてる感じがしないっていうか」
「確かにそれいいかもしれない」
そう言って九条さんは笑った。一人でテーブルの接客をするおばちゃんに声をかけ、ビールとカルピスを頼むと、九条さんは「なんだ、司は今日飲まないの?」と少し残念そうにした。確かに先輩にだけ飲ませるのは後輩として如何なものかと思うが、俺は仕事の前日には酒を飲まない主義だ。ビールとカルピスが届き、チーズもんじゃと海鮮もんじゃ、その他にもいくつか注文して乾杯をした。
「くくっ。ていうか酒飲まないにしてもなんでカルピス?」
「いいでしょ。濃い食べ物にはカルピスが一番合うんですよ。知らなかったですか?」
「うん、初めて知った。可愛い」
「…別に可愛かないでしょ。俺のこと可愛いとか言うの九条さんだけですよ」
「そう?皆思っても言わないだけでしょ。田口さんが司に構うのも反応が可愛いからでしょ」
なんだか九条さんといると自分が乙女になったような気になる。そんな部分1ミリも持っていなかったはずなのに。
おばちゃんがテーブルの鉄板でもんじゃを作るのを待っている間、九条さんはその手際の良さに感心した様子でじっと鉄板の上を見ていた。そんな九条さんを見ているともんじゃを作り終えたおばちゃんが「イイ男連れてきたね」と俺の背中を肘で小突いて厨房の方へ戻っていった。やっぱり誰が見てもイイ男だよな、と思う。
俺はカルピスをぐいっと飲んで本題へ入った。
「九条さん、この前のこと、誰かに話したりしてないですよね?」
「あぁ、なんで?」
「あ、いや、今日の朝事務の女性たちに囲まれちゃって。家に行ったかとかってまで聞かれたので、もしかして全部知られてるんじゃないかって怖くなって」
「で、司はなんて言った?」
「一緒に帰っただけだって言いました」
「一緒に帰っただけね」
九条さんは微笑を浮かべてビールを飲んだ。ビールジョッキに視線を落としたその表情が少し物悲しげに見える。
「俺は何も言ってないけどね。そんなに深く捉えなくていいと思うぜ」
「確かにそうですよね。すみません、疑っちゃって。あと他にも聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「いいよ。何聞きたいの?」
九条さんはもんじゃを口に入れると「アチッ」と声を出した。
「あ、えっと九条さんって俺のことどう思ってます?」
「どうって…?可愛いと思ってるよ」
「それだけ?」
「面白いとも思ってる」
そうじゃなくて俺のこと好きなのかってことが知りたいのに上手く聞き出せない。もしかして好きってわけじゃないのかな。そんなことに今更気がついた。
「俺以外とも前みたいなことしたりするんですか?」
「まぁ、ときどきね」
「男ですか?」
「どっちもかな。俺宮本武蔵だから」
「はぁ…もしかして社内にもそういう相手います?」
「いたかな」
最悪だ。これで合点がいった。九条さんがこういう人だと知っていれば彼と関係を持つ人は俺が彼の家に行ったかどうか気になるだろう。きっと今朝の彼女たちの中に九条さんと関係を持っている人がいるのだろう。浜本が気をつけろと言ったのはこういう人だと知ってのことだろうか。
「司、食べないと焦げるぞ。これめっちゃ美味いな!」
そう言われてもんじゃを口にしたが心のモヤモヤが邪魔をしていつもより美味しく感じない。
「なんであの日俺を誘ったんですか」
「んー…面白そうだなって思ったからかな」
「数あるうちの一回くらいゲテモノでもいいかって感覚ですか?」
そう言って苛立つ感情を抑えながら黙々ともんじゃを食べた。弄ばれたんだと思うとむしゃくしゃする。自分だって中途半端な気持ちで酒を言い訳にしていたくせにだ。顔を見ると感情を抑えられそうにないからずっと下を向いてもんじゃを食べた。
「司、俺お前のことそんな風に思ってないよ。俺、ずっと二番目なんだよ。好きだって言われてもその人には彼氏がいたり、数週間後には俺じゃない誰かと熱烈に愛し合っていたり。俺は顔が良いから結構モテるんだけど誰も俺とは本気で付き合いたいとは思わないみたいだ。男とも女とも上手くいった試しがない。結局みんな俺の外見にしか興味ない。だから二番目でいいんだ。その方がお前も気楽だろ」
やっと口を開いかたと思えば一体何を聞かされているのだろう。俺は今までずっと周りのことを気にして生きてきた。これまでの人生で周りが見えなくなったことなど一度もない。しかし、この時初めて俺は周りが見えなくなった。
「そりゃあ九条さんが誰もちゃんと愛してないからだ!誰かをちゃんと愛せるようになったら、その人もちゃんと九条さんの中身を見て愛してくれるはずです!今目の前にいる人が自分の写し鏡だって昔婆ちゃんが言ってました!」
周りのことも気にせずに九条さんに物凄い勢いで突っかかってしまった。言い切ると途端に周りが気になってこの場にいることが耐えられなくなった。ぽかんとする九条さんから目を逸らし一万円札をテーブルに叩きつけて「お先失礼します」と言って店を出た。九条さんが後ろから何か言ったが聞こえないふりをした。
「すみません、九条さんの雰囲気にはあんまり合わないですよね」
「そう?司はなんでここに通ってるの?」
「晩飯は浜本と食うか大体一人なんで、ここなら一人でも入りやすくて周りもガヤガヤしてるから寂しくないっていうか、周りの声を聞いていると一人で食べてる感じがしないっていうか」
「確かにそれいいかもしれない」
そう言って九条さんは笑った。一人でテーブルの接客をするおばちゃんに声をかけ、ビールとカルピスを頼むと、九条さんは「なんだ、司は今日飲まないの?」と少し残念そうにした。確かに先輩にだけ飲ませるのは後輩として如何なものかと思うが、俺は仕事の前日には酒を飲まない主義だ。ビールとカルピスが届き、チーズもんじゃと海鮮もんじゃ、その他にもいくつか注文して乾杯をした。
「くくっ。ていうか酒飲まないにしてもなんでカルピス?」
「いいでしょ。濃い食べ物にはカルピスが一番合うんですよ。知らなかったですか?」
「うん、初めて知った。可愛い」
「…別に可愛かないでしょ。俺のこと可愛いとか言うの九条さんだけですよ」
「そう?皆思っても言わないだけでしょ。田口さんが司に構うのも反応が可愛いからでしょ」
なんだか九条さんといると自分が乙女になったような気になる。そんな部分1ミリも持っていなかったはずなのに。
おばちゃんがテーブルの鉄板でもんじゃを作るのを待っている間、九条さんはその手際の良さに感心した様子でじっと鉄板の上を見ていた。そんな九条さんを見ているともんじゃを作り終えたおばちゃんが「イイ男連れてきたね」と俺の背中を肘で小突いて厨房の方へ戻っていった。やっぱり誰が見てもイイ男だよな、と思う。
俺はカルピスをぐいっと飲んで本題へ入った。
「九条さん、この前のこと、誰かに話したりしてないですよね?」
「あぁ、なんで?」
「あ、いや、今日の朝事務の女性たちに囲まれちゃって。家に行ったかとかってまで聞かれたので、もしかして全部知られてるんじゃないかって怖くなって」
「で、司はなんて言った?」
「一緒に帰っただけだって言いました」
「一緒に帰っただけね」
九条さんは微笑を浮かべてビールを飲んだ。ビールジョッキに視線を落としたその表情が少し物悲しげに見える。
「俺は何も言ってないけどね。そんなに深く捉えなくていいと思うぜ」
「確かにそうですよね。すみません、疑っちゃって。あと他にも聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「いいよ。何聞きたいの?」
九条さんはもんじゃを口に入れると「アチッ」と声を出した。
「あ、えっと九条さんって俺のことどう思ってます?」
「どうって…?可愛いと思ってるよ」
「それだけ?」
「面白いとも思ってる」
そうじゃなくて俺のこと好きなのかってことが知りたいのに上手く聞き出せない。もしかして好きってわけじゃないのかな。そんなことに今更気がついた。
「俺以外とも前みたいなことしたりするんですか?」
「まぁ、ときどきね」
「男ですか?」
「どっちもかな。俺宮本武蔵だから」
「はぁ…もしかして社内にもそういう相手います?」
「いたかな」
最悪だ。これで合点がいった。九条さんがこういう人だと知っていれば彼と関係を持つ人は俺が彼の家に行ったかどうか気になるだろう。きっと今朝の彼女たちの中に九条さんと関係を持っている人がいるのだろう。浜本が気をつけろと言ったのはこういう人だと知ってのことだろうか。
「司、食べないと焦げるぞ。これめっちゃ美味いな!」
そう言われてもんじゃを口にしたが心のモヤモヤが邪魔をしていつもより美味しく感じない。
「なんであの日俺を誘ったんですか」
「んー…面白そうだなって思ったからかな」
「数あるうちの一回くらいゲテモノでもいいかって感覚ですか?」
そう言って苛立つ感情を抑えながら黙々ともんじゃを食べた。弄ばれたんだと思うとむしゃくしゃする。自分だって中途半端な気持ちで酒を言い訳にしていたくせにだ。顔を見ると感情を抑えられそうにないからずっと下を向いてもんじゃを食べた。
「司、俺お前のことそんな風に思ってないよ。俺、ずっと二番目なんだよ。好きだって言われてもその人には彼氏がいたり、数週間後には俺じゃない誰かと熱烈に愛し合っていたり。俺は顔が良いから結構モテるんだけど誰も俺とは本気で付き合いたいとは思わないみたいだ。男とも女とも上手くいった試しがない。結局みんな俺の外見にしか興味ない。だから二番目でいいんだ。その方がお前も気楽だろ」
やっと口を開いかたと思えば一体何を聞かされているのだろう。俺は今までずっと周りのことを気にして生きてきた。これまでの人生で周りが見えなくなったことなど一度もない。しかし、この時初めて俺は周りが見えなくなった。
「そりゃあ九条さんが誰もちゃんと愛してないからだ!誰かをちゃんと愛せるようになったら、その人もちゃんと九条さんの中身を見て愛してくれるはずです!今目の前にいる人が自分の写し鏡だって昔婆ちゃんが言ってました!」
周りのことも気にせずに九条さんに物凄い勢いで突っかかってしまった。言い切ると途端に周りが気になってこの場にいることが耐えられなくなった。ぽかんとする九条さんから目を逸らし一万円札をテーブルに叩きつけて「お先失礼します」と言って店を出た。九条さんが後ろから何か言ったが聞こえないふりをした。
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