22 / 32
廃墟 (お題:夏・青空・海)
しおりを挟む
ジジジジ…
アブラゼミが鳴いている。
ジジジジジジジジジ…
「…うるさい」
私は目を瞑ったまま文句を垂れるが、そんな事ではこの五月蠅さも、この纏わりつくような暑さも消えてはくれなかった。
ジジジジジジジジジ…
「おかーさーん。窓閉めてー」
寝転ぶ畳の上から、母に助けを求めるが、返事は返ってこない。
「…ちぇ」
そういえば今日。母は漁業組合の会合で遅くなると言っていた。
…と言うことは、冷房をガンガンかけていても、文句を言われないのでは?
私は身を起こすと、一直線へ縁側へと向かい、雨戸を閉める。
それだけで、五月蠅い蝉の声は殆ど聞こえなくなり、あの煩わしいぐらいに青い空も視界から消え失せた。
「後は電気とエアコン。扇風機もつけてー」
私はそれぞれの電源を入れると冷蔵庫に向かう。
「アイス!」
「ピーンポーン」
ソーダ味の氷菓子を聖剣のように掲げ、冷蔵庫の前ではしゃいでいた私は、呼び出し鈴の音で、急に現実に引き戻される。
親のいない開放感から、テンションが上がっていたのだ。仕方ない。
誰に言うわけでもなく、自分に言い訳をすると、ほぼ下着同然の自身の服装に気が付く。
「少々お待ちくださーい!」
私は大きな声で叫んだ。
このぼろ屋は音がよく通るので、今の声でも十分に家の外まで聞こえただろう。
私は袋から出してしまった氷菓子を冷凍庫に戻すわけにもいかず、口に咥え、とりあえずズボンだけを穿いて玄関まで向かった。
「お待たせしましたー!」
その間にもアイスが解けて垂れそうになったり、ズボンがうまく穿けなかったり、何より相手を待たせている事の焦りから、相手を確認もせず勢いよく玄関の引き戸を開けた。
いや、そんなことは言い訳だ。私は端から警戒すらしていなかったんだから。
だってしょうがないじゃないか。
私は知らない。
あまり喋らない父さんと、口うるさい母。
全学年が一つの教室に入ってしまうほど人数の少ない学校で、皆とこの田舎について愚痴ったり、下らない話をしたり。
よくご近所さんが多く作ってしまったと言う、おかずを貰ったり、お返しに私の家は売り物にならない魚介を配ったりもしていた。
商店のおばさんが優しくて、後輩の健司君の背伸びがちょっと可愛くて…
それが日常だ。それ以外は知らない。知りたくもない。
「…ん」
嫌な夢を見た。何度も、何度も見た夢だ。
私は身を起こすと、伸びをして、辺りを確認する。
縁側から外を見ればもう夜だった。
静かな夜はただただ、波の音を繰り返すだけ。
それでいて、月の明かりが優しくあたりを照らしてくれていた。
しばらく縁側でボーっとしていると、キッチンの方から光が見えていることに気が付いた。
月と別れるのは寂しかったけれど、私は光に向かって歩く。
「あ、あんた。起きたの」
キッチンの戸を開けると、母さんがいつも通り料理をしていた。
「疲れた」
私がそういうと、母は「そう」とだけ言って、料理を続けた。
それだけの会話だった。
それだけの会話に安心すると、また眠気が襲ってくる。
私は食卓に着くと、テーブルの上に腕と頭を乗せ、うつぶせになった。
「お疲れさん」
あまり喋らない父が、そう言いながら、私の肩に手を当ててきた。
「えへへへへぇ」
私は顔を上げ、得意げに笑ったつもりだったのだが、どうも力が入らない。
「明日は裏のおばちゃんも顔を出してくれるらしいわ。あと、仲の良かった健司君も…」
母が何かを話している。でも、もう限界だった。
瞼が閉じていく。意識が落ちていく。
でも…。
母の料理をする音と、父がみるテレビの音。
もう、繰り返すだけの波の音は聞こえてこない。
私はちょっとだけ休ませてもらうことにした。
==========
※おっさん。の小話
外が怖い。
繰り返す日常も怖い。
でも、家族といる瞬間だけはとっても安心するんだ…。
アブラゼミが鳴いている。
ジジジジジジジジジ…
「…うるさい」
私は目を瞑ったまま文句を垂れるが、そんな事ではこの五月蠅さも、この纏わりつくような暑さも消えてはくれなかった。
ジジジジジジジジジ…
「おかーさーん。窓閉めてー」
寝転ぶ畳の上から、母に助けを求めるが、返事は返ってこない。
「…ちぇ」
そういえば今日。母は漁業組合の会合で遅くなると言っていた。
…と言うことは、冷房をガンガンかけていても、文句を言われないのでは?
私は身を起こすと、一直線へ縁側へと向かい、雨戸を閉める。
それだけで、五月蠅い蝉の声は殆ど聞こえなくなり、あの煩わしいぐらいに青い空も視界から消え失せた。
「後は電気とエアコン。扇風機もつけてー」
私はそれぞれの電源を入れると冷蔵庫に向かう。
「アイス!」
「ピーンポーン」
ソーダ味の氷菓子を聖剣のように掲げ、冷蔵庫の前ではしゃいでいた私は、呼び出し鈴の音で、急に現実に引き戻される。
親のいない開放感から、テンションが上がっていたのだ。仕方ない。
誰に言うわけでもなく、自分に言い訳をすると、ほぼ下着同然の自身の服装に気が付く。
「少々お待ちくださーい!」
私は大きな声で叫んだ。
このぼろ屋は音がよく通るので、今の声でも十分に家の外まで聞こえただろう。
私は袋から出してしまった氷菓子を冷凍庫に戻すわけにもいかず、口に咥え、とりあえずズボンだけを穿いて玄関まで向かった。
「お待たせしましたー!」
その間にもアイスが解けて垂れそうになったり、ズボンがうまく穿けなかったり、何より相手を待たせている事の焦りから、相手を確認もせず勢いよく玄関の引き戸を開けた。
いや、そんなことは言い訳だ。私は端から警戒すらしていなかったんだから。
だってしょうがないじゃないか。
私は知らない。
あまり喋らない父さんと、口うるさい母。
全学年が一つの教室に入ってしまうほど人数の少ない学校で、皆とこの田舎について愚痴ったり、下らない話をしたり。
よくご近所さんが多く作ってしまったと言う、おかずを貰ったり、お返しに私の家は売り物にならない魚介を配ったりもしていた。
商店のおばさんが優しくて、後輩の健司君の背伸びがちょっと可愛くて…
それが日常だ。それ以外は知らない。知りたくもない。
「…ん」
嫌な夢を見た。何度も、何度も見た夢だ。
私は身を起こすと、伸びをして、辺りを確認する。
縁側から外を見ればもう夜だった。
静かな夜はただただ、波の音を繰り返すだけ。
それでいて、月の明かりが優しくあたりを照らしてくれていた。
しばらく縁側でボーっとしていると、キッチンの方から光が見えていることに気が付いた。
月と別れるのは寂しかったけれど、私は光に向かって歩く。
「あ、あんた。起きたの」
キッチンの戸を開けると、母さんがいつも通り料理をしていた。
「疲れた」
私がそういうと、母は「そう」とだけ言って、料理を続けた。
それだけの会話だった。
それだけの会話に安心すると、また眠気が襲ってくる。
私は食卓に着くと、テーブルの上に腕と頭を乗せ、うつぶせになった。
「お疲れさん」
あまり喋らない父が、そう言いながら、私の肩に手を当ててきた。
「えへへへへぇ」
私は顔を上げ、得意げに笑ったつもりだったのだが、どうも力が入らない。
「明日は裏のおばちゃんも顔を出してくれるらしいわ。あと、仲の良かった健司君も…」
母が何かを話している。でも、もう限界だった。
瞼が閉じていく。意識が落ちていく。
でも…。
母の料理をする音と、父がみるテレビの音。
もう、繰り返すだけの波の音は聞こえてこない。
私はちょっとだけ休ませてもらうことにした。
==========
※おっさん。の小話
外が怖い。
繰り返す日常も怖い。
でも、家族といる瞬間だけはとっても安心するんだ…。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる