かみクズカゴ。

おっさん。

文字の大きさ
上 下
16 / 32

 Myヒーロー  (お題:踏切・坂のある街・奇跡)

しおりを挟む
 僕の街には坂がある。
 海まで続く、長い長い坂道だ。
 僕はその坂を、自転車にまやがって一気に下る。

 風を切る感覚。
 人や物にぶつからないかという不安。訳の分からない興奮に満ちあふれ、僕が今、此処ここにいる事を全身で感じられた。

 あれだけ鬱陶うっとうしかった町並みは紙切れの様に吹き飛び、僕は晴れ晴れした気持ちになる。
 僕の悩んでいた事など、あの雄大な海と、どこまでも続く空に比べればちっぽけなものなのだ。

 僕の進行上に踏切が現れる。
 わずらわしい警鐘けいしょうが僕の心を苛立いらだたせた。

 「いっけぇ!」
 僕は下りて来た遮断しゃだん機をぎりぎりで潜り抜け前に進む。

 今の僕は誰にも止められない!

 警鐘は直ぐに過ぎ去り、道も終わりを告げた。
 ガードレールに自転車が突っ込むと、僕は宙に投げらされる。

 「あいきゃんふらぁ~い!」
 僕は全力で叫んだ。
 今なら、何処までも飛んでいける気がした。

 しかし、無情にも僕の体は海に飲み込まれる。
 結局、生きている以上は現実にあらがえないのだ。

 僕は安らかな気持ちで沈んで行く。
 それなのに。
 それなのに、それすらも現実は許してくれない。

 苦しくなった体が酸素を求めてもがくのだ。
 まだ生きたいと抗うのだ。
 そんな事をしたって無駄だと言うのに。

 「無駄じゃないさ」
 見知らぬ少年がもがく僕の手を取り、引き上げる。

 「ゲホッ!ゲホッ!」
 僕を抱き抱えた少年は何故か海の上に立っていた。

 「どうだい?僕と一緒に世界征服なんて言うのは」
 少年はそう笑うと、おどろおどろしい姿に変身する。
 僕のヒーローに出会った瞬間だった。
 
 「まさか、ここまで付いてくるとは思わなかったよ、一号君」
 ヒーローたちに囲まれ二人きり。

 僕はで、いち戦闘員だ。
 特殊な能力も無ければ、身体能力も常人並み。
 僕がいたからと言って、この状況は変わらないだろう。

 でも、そんな僕を。
 沢山の、同じ格好をした戦闘員の中の僕を、彼は覚えていてくれた。

 僕は無言で彼の横に立つ。
 初めと同じ、二人きり。
 それでも僕らはこれまで沢山の仲間を集めて、沢山の事をしてきた。

 世界征服まであと一歩。
 仲間の皆も、どこかで戦っているのだろう。

 僕は最後まで役に立たないかもしれないけれど…。
 それでも、この瞬間。彼の隣に立てていることがとても嬉しかった。

 二人でなら、どんな困難も乗り越えられる気がする。
 僕が前に出ると、踏切の警鐘が五月蝿うるさいいぐらいに僕の耳をつんざいた。

 煩わしい!
 僕は今とても気分が良いんだ!
 今の僕は止められない!

 あの時は道がなくて、沈んでしまったかもしれないけれど、今は彼が道になってくれている。

 今は捨てる為じゃない!
 守る為だ!
 進む為だ!
 笑う為だ!
 信じて加速しろ!
 不可能の向こうへ!

 「後に、その日の出来事を、人々は奇跡の日と呼んだとさ」
 静かに本を閉じた私が目を向けると、子どもたちはもう眠りについていた。

 窓からこぼれる月の光。
 虫の声と共に流れる優しい時間。
 あの戦いの日々が嘘のようだった。

 「一号。お前は今幸せか?」
 いつの間にか窓ぶちに腰かけていた彼が声を掛けてくる。

 「そんな事、聞くまでもないだろう?」
 僕の声に、彼は「だよな」と笑って…。

 僕は眠りに落ちた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...