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向上心

第167話

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 「おい!待て!クリア!」
 走り去ろうとするクリアを絡めとろうと、俺は糸を飛ばした。
 
 「駄目ですよ。ルリ様」
 しかし、それはコグモから伸びるムカデの尻尾によって叩き落されてしまう。
 
 「なにすんだよ!コグモ!」
 俺は彼女に食って掛かりつつも、森の中へ進んで行くクリアを、見失わない様に走り出す。
 
 「大丈夫です。安心してください。クリア様には私の仲間が一人、ついていますので、その子が発するフェロモンで大体の位置は分かります」
 そう言って、俺の横を並走してくるコグモ。

 しかし、そんな事を言われても、心配な物は心配だ。
 もしもの事があったらと思うと、気が気ではない。

 この世界は、ほんの一瞬で大切な人の命を奪うのだ。
 彼女に構っている暇は無かった。
   
 「……はぁ……。ルリ様は本当に分からず屋なんですから……」
 コグモは走りながらやれやれと言った様に、片腕で頭を抑えると、もう片腕をこちらに伸ばして、手のひらを向けて来た。
 
 「お!おい!」
 その手首から糸が発射される事は予想できた。
 予想は出来たが、コグモのべとべとな糸は、触れるだけで接着されてしまうので、叩き落とす事も出来ず、かと言って、こんな至近距離では避ける事も出来ない。
 
 「はい!捕獲完了です♪」
 彼女は嬉しそうに笑うと、糸を巻き上げ、俺を、その両腕の中に、お姫様だっこの要領で、抱きかかえた。
 
 「ん~~~!ん~~~~!」
 すまきにされ、口まで塞がれた俺は、芋虫の様に動く事しかできない。
 一層の事、この体を捨てて、コアから直接コグモの神経を……。
 
 「ルリ様?私が信用できませんか?」
 彼女は俺を見ずに、足を進めながら問うてくる。

 真剣な表情で、クリアの後を追いながら、そんな事を言われては、反抗的だった俺の心も揺らぐ。

 「冷静になって下さい。クリア様はあの小さな体で、ただがむしゃらに走っているだけです。私達が糸を駆使すれば、余裕で追いつけますよ……。ほら」
 彼女はそう言いながら、木の上に登る。
 そこからは、確かに、俯きながら走るクリアの姿を確認する事が出来た。
 
 「……このまま、しばらく後を付けながら、見守りますよ」
 木の上を伝って、一定の距離を保ちつつ、クリアに気付かれない様に後を追うコグモ。

 俺には、そんな事をする理由が分からなかったし、なにより、クリアの安全を確保する為、いち早く、その身柄を抑えてしまいたかった。
 
 「……あのままクリア様を捕まえて、どうするつもりだったんですか?」
 未だに攻撃的な視線を送る俺から何かを察したのか、クリアの方を見ながら、淡々とした声で、質問してくるコグモ。
 
 (そんなの、捕まえてから考えれば良いじゃないか!)
 俺は糸を通してコグモに伝える。
 
 「……では、今、考える時間があります。考えてみてください。クリア様はルリ様に捕まった後、どうすると思いますか?」
 
 そりゃあ、まぁ、捕まれば抵抗するだろう。
 抵抗して、怒って、それでも、時間が経てば落ち着いて、いつも通りに……。

 ……いつも通りに戻るのか?クリアの心は成長してきている。そもそも、いつも通りなんてものが存在するのか?
 
 クリアは何故、あんなにも怒ったのだろうか?
 その原因が分からない限り、本当の解決は見えないのではないか?
 
 「……お互いに、距離を置く事も大切です。ずっと近くにいては、見えない物もありますから……」
 彼女は、俺に、と言うよりは、自身に語り掛ける様に呟く。

 それは、リミアが姿を消した時の話だろうか?
 それとも、俺がコグモ達を置いて、ゴブリン達の前で気絶していた時の話だろうか?
 
 ……でも、そうだ。彼女の言う通りだ。
 このままでは問題を先送りにするだけで、何の解決にもならないだろう。

 お互い、距離を置く時間が、考える時間が必要なのかもしれない。
 俺の為にも、クリアの為にも。
 
 ……確かに、この距離なら、クリアに襲いかかるであろう脅威も、ある程度、事前に把握でき、かつ、迅速に対応できる位置だろう。
 
 (……もう大丈夫だ。糸、解いてくれ)
 俺の声に、コグモはこちらに顔を向け「はい!」と、笑顔で答える。
 彼女の元気な笑顔を見ていると、この過酷な世界でも、俺たち家族は、何とかうまくやっていける気がした。
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