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向上心

第162話

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 ブチブチブチ……。
 「んぐっ……」
 コグモの欲求を満たす為、ある程度の感覚を戻した俺は、何度目になるか分からない引き裂かれる痛みに、弱々しく声を上げた。

 何を考えているのか、ボーッとした様に、俺の腹に頭を突っ込みながら、はむはむ。と、ゆっくりと食らうコグモ。

 正直、もう、血が抜けきって、力が出ない。
 予備の糸も無くなって来た。
 と言うか、気力が持たない。
 
 「……そろそろ、終わりじゃ駄目か?」
 俺の声に、ハッとこちらを向き返るコグモ。
 どうやら、正気に戻ったらしい。
 
 「すみません。夢中になってしました……。もう大丈夫です」
 そう言って、俺の上から離れると、痛ましい俺の姿を見て、本当に申し訳なさそうにする。
 どうやら、ここまで欠損すると、自動修復機能も意識しなければ使え無い様だった。

 ……まぁ、これで彼女の欲求が収まったなら良かった、か……。

 「これって、しばらくは続くのか?」
 地面に転がったまま俺はボーッと空を見上げて、呟く。
 
 「わかり、ません……。もしかしたら、ずっと……」
 本当に、彼女にも分からないのだろう。
 初めての経験なのだ、仕方が無い。
 
 「でも!欲求をめなければ、今回の様にはならないはずです!量も……抑えられると思います……」
 段々尻すぼみになる彼女の声は、聴いているこっちまで不安になって来る。
 
 「……そうだな。毎回このペースで食べられると、俺が無くなっちまうしな……」
 と言うか、痛みによる精神の消耗が激しいので、そう何度も耐えられる気がしない。やられるにしても、最小限に抑えたいものだ。
 
 俺の声に「はい……」と、ただひたすらに、申し訳なさそうに答えるコグモ。
 しかし、仕方が無い事は仕方が無いのだ。理性の強い人間ですら生理的欲求には打ちかけない。

 もし打ち勝てる奴がいるとして、そいつはただ、生理的欲求が低いだけに思う。
 きっと、そんな人間達には、生理的欲求の強い人間の気持ちなど、本当の意味で分かる日など、来ないだろう。
 何故なら、彼らは、その気持ちを一生かけても自らで感じる事が、知る事が出来ないのだから。
 
 俺は足りない欠損部位の糸を補うため、体をコグモ並みに小さくすると、意識的に修復作業を開始する。
 その間に、コグモはクリアの周りに付いた糸を静かに剥がし始めた。
 
 「…………」
 無言の空間。自然の発する音と、二人の作業音だけが聞こえる。
 かけるべき言葉が無い。しかし、気力が湧かない為か、かけるべき言葉を探して焦る事も無い。
 ……ただただ、気まずかった。
 
 「……あ、そうだ。クリアがこのまましばらく目を覚まさない様なら、家に連れて帰って、ベッドで寝かせて、全て夢だったって事にしておかないか?」

 俺の少々強引な提案に、コグモは苦笑いをしながらも「そうですね」と、答えてくれた。
 きっと、彼女自身。ここで起こった事は夢として処理してしまいたいのだろう。
 
 「んじゃぁ。そう言う事で……」
 「はい……」
 再びの沈黙。
 
 「あぁ、そうだ。欲求がたまったら言えよ。少量で済むなら、適当な所に隠れてすませば良い」
 「ありがとうございます。そうさせて頂きます」
 
 少し悲しそうな笑顔で答えるコグモ。
 きっと、優しい彼女は誰かを傷つけるのは嫌なのだろう。
 
 また、無駄な事を言ってしまっただろうか?
 彼女の欲求を抑えるすべを一緒に探す事を提案した方が、良かっただろうか?
 
 馬鹿な俺には何が正解なのか分からない。
 俺は無駄な事を口走らない様に、自身の体をつくろう事に集中した。
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